じ す い !   作:劇団おこめ座

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 カレーには各家庭に格言あり。
 否定すれば戦争になる。
    鈴木智恵


味を加えない勇気 夏野菜のカレー

 闇堕ちしたピエロのような姿の怪人がすぐそばに立っていた。

 

「貴様が、レニーナ・クロレッティを倒したという魔法少女とやらか?」

 

 慌てて距離を取る。全く気が付かなかった。

 ていうか、何その怪人?

 

「あんな雑魚を倒して調子に乗るなよ。あいつはネームド怪人の中でも下位クラス。私のような中位クラスのネームド怪人を倒してから偉そうな態度をと……」

 

 轟音と眩しい光が通り過ぎていく。

 私の髪が爆風でふわりと舞う。

 そして、その光が通り過ぎた後には、怪人の姿は跡形もなかった。

 

「……」

 

 私はしばらく何も言えなかった。

 いや、もう少しだけ聞いてあげてもよかったんじゃないかな。

 せっかく本人が気持ちよく喋ってたんだし。

 

「何あの怪人。攻撃もせず突っ立っていたけど、頭大丈夫なのかな」.

 

 ビーム兵器みたいな技を使って狙撃したサナが、何食わぬ顔でやってくる。

 

「サナさん。お約束って知っている?」

 

ーーー

 

 この世界には、魔法少女協会なんてものはない。

 魔法少女を保護する国の機関もない。

 危険な怪人と戦っているのに、魔法少女に誰もおひねり一つ寄越さない。

 

 なぜなら……魔法少女サナ、桜紗奈が強すぎるからだ。

 

 どれだけ強力な怪人が現れても、サナが倒してしまう。

 大きな怪我をすることもない。

 街が壊滅するような被害も、未だかつて起こってない。

 

 だから人類は、魔法少女という存在がどれほど危険なことをしているのか、本当の意味では理解していない。

 

 当の本人もこのままで、大丈夫だと思っていたのだろう。

 

 そして、数年後、サナが自炊ができないことを発端に、栄養が偏り、内臓疾患で命を落とし、人類滅亡するということを、魔法少女チエこと鈴木智恵、私を除いて誰も知らない。

 

ーーー

 

 サナは冷蔵庫を開けて悩んでいた。

 

「何を使えばいいかわからない」

 

 私もサナの隣に並んで考える。

 

「何も思いつかないか……」

 

 私は腕を組んだ。

 

「メニューを考えるって結構ストレスだから、誰かに『これ食べたい』って言われて作るの、結構楽なんだよね」

 

「本当にそれ。作る身になって、お母さんも大変だったんだなぁーて思うわ」

 

「うん……」

 

 サナが冷蔵庫を見つめる。

 

 そして、しばらく考えた後。

 

「こういう時は……」

 

 私は人差し指を立てた。

 

「カレー!」

 

「えっ、カレー?」

 

 サナの顔がぱっと上がる。

 

「カレーなら多少野菜の種類が変わっても成立するから。冷蔵庫の余り物を片付けるには最適なんだよ」

 

「へぇー」

 

「昨日か一昨日、カレー食べた?」

 

「食べてないけど?」

 

「なら、カレーなら食べられるでしょ」

 

「そうだね。カレーなら毎日食べれるし」

 

「よし、決まり」

 

 献立が決まった瞬間、サナの表情が少しだけ明るくなった。

 料理って、実際に作ることだけが大変なんじゃない。

 何を作るか決める。その最初の一歩が、案外重いのだ。

 

 ベースの材料をキッチンに出していく。豚の細切れ300g、じゃがいものメークイン2個、にんじん一本、玉ねぎ1個、あとは市販のカレールー。

 

「ちなみに、鈴木家では、ルーはパーモント派です」

 

「えっ、カレールーに派閥があるの?」

 

「あります。でも、パーモントよりスパイシーなシルバーカレーも捨てがたい。ところで甘いと食べれないとかある?」

 

「私は甘口好きだよ」

 

「それなら甘口で作ります」

 

「元々ここに甘口のルーしかないよね?」

 

「辛さは後で足せます。一味唐辛子で」

 

「ちゃんとしたスパイスじゃなくていいの?」

 

「B &Sの赤色のカレー粉の缶の側面の材料表にだって、ちゃんと唐辛子が書かれているんだよ。一味唐辛子も立派なスパイスです」

 

 サナは納得したように頷いた。

 

「そして、追加の野菜は、ピーマンと茄子。農学部の知り合いの子がくれたやつね」

 

 私は袋からピーマンとナスを取り出して、キッチンに並べた。

 

 どちらも新鮮で、見るからに美味しそうだ。

 

「これも鍋に入れて一緒に煮込むの?」

 

「いや、これは、油炒めにしてカレーライスの上に乗せます」

 

ーーー

 

 炊飯器のスイッチが押されて、米の準備はできた。

 

「まずは玉ねぎとじゃがいもの皮を剥きます」

 

「にんじんは?」

 

「もらったり、買った土付きのにんじんじゃないなら洗うだけでいいです。皮は薄いので食べられます」

 

「へぇー知らなかった」

 

 サナはにんじんを手に取って、じっと眺める。

 

「玉ねぎの根っこの部分と先端のところを切ると皮はむきやすいです」

 

 ざく、ざくっと切って、サナに渡す。

 

「……本当だ。さっきまでむきにくかったのに。つかめる場所ができたからかな」

 

「そういうこと。次はジャガイモ。これはこのピーラーという文明の力を使います。ジャガイモを片手で持って、刃を当てて引くだけ。あと、くぼんでいる場所は、端っこの出っ張っている部分でほじる」

 

「簡単だね!」

 

 サナがピーラーを動かすとシュッ、シュッと皮が剥けていく。

 

「おお……!」

 

 本人も驚いたように目を輝かせる。

 

「これ、楽しい」

 

「でしょ?」

 

 私まで嬉しくなる。

 料理初心者が道具の使い方を覚えていく瞬間を見るのは、思ったより楽しいものだ。

 

「気をつけてほしいのは、ジャガイモの芽は有毒だから、しっかり削ってね。皮も緑色だった時は厚めに皮をむいてね。これも有毒だから」

 

「そんなに危ないの?」

 

「摂取した量によっては、吐き気や嘔吐、腹痛、下痢なんかの症状が出ることがあるんだよ」

 

 私はジャガイモを指差す。

 

「一口食べて即死するようなものじゃないけど、わざわざ食べる必要もないからね。

 それに、舌にピリピリするような刺激や、強い苦味を感じることもある」

 

「えっ、そうなの?」

 

「食べたことあるから間違いない」

 

「よく、生きてたね……」

 

「絶対に食べないでね。買う時に芽はなくても、冷蔵庫で発芽しちゃうこともあるし、日光を浴びてジャガイモの皮が緑色に変わることもあるから気をつけなきゃいけない」

 

「料理って、意外と危険もあるんだね」

 

「火も包丁もあるからね。だからこそ、最初に知っておくのが大事」

 

 そんな話をしながら、私はペティーナイフを手に取る。

 すると、サナが私の手元を見て、不思議そうな顔をした。

 

「ところで、私にピーラーを使うように教えたのに、チエちゃんはペティーナイフを使ってむくんだ……」

 

「あー、私はすごく不器用で、ピーラーで何回も爪を削っちゃって、あまりに下手くそすぎて、親から皮剥き禁止令が昔出てね。包丁でむくようになった」

 

「どうやったら爪を削るの?」

 

「親指が上になるようにジャガイモを握ると、右側に指が並ぶじゃん。これで飛び出ている、中指とか薬指の爪をね……」

 

「チエちゃんでもうまくいかないことあるんだ」

 

「癖でずっと直らないんだよね。ジャガイモ、にんじん、だいこん……まあ、ダメだったわ」

 

「でも、包丁で皮剥きできる方が器用だよ」

 

「まあ、長く生きたら、いやでもできるように……」

 

「チエちゃん、10代はまだ長くないよ?」

 

 前世の感覚で口を滑らせ、サナのツッコミを受ける。私は咳払いで誤魔化した。

 

「はい、次は玉ねぎとにんじんを切ります! 玉ねぎは半分にしてから、繊維に対して垂直に切ってください! にんじんは一センチ角にします!」

 

「ど、どうしたの大きい声になって!?」

 

「料理に集中しましょう! 手を怪我しますよ!」

 

 サナは納得していない顔をしていたが、それ以上は追及してこなかった。

 

「はい、切ったら、耐熱皿に入れてラップして電子レンジで500w、4分くらい加熱します」

 

「これはなんで?」

 

「にんじんと玉ねぎに早く火を通すためだよ」

 

「そうなんだー。じゃあ、ジャガイモも……」

 

「ジャガイモはダメ。火を通しすぎると崩れちゃう。今回は細長いメークインという品種で、比較的崩れにくい品種だけど、にんじんを先にやわらかくするための時間差を作るの。ジャガイモが柔らかいのに、にんじんが硬くて茹で時間を増やして、じゃがいもが全部鍋に溶けるという事態は防ぎたい」

 

「カレーって思っていたより深いんだね」

 

「各家庭にカレーの作り方があるくらい深いよ。では、電子レンジで温めている間に、じゃがいもを切ります。2センチ角くらいかな」

 

 前回の包丁レッスンが利いたのか、サナの手取り足取りの指導もスムーズになってきた。

 まだ危なっかしさは、あるけどね。

 

「次に鍋に、サラダ油を小さじ2くらい入れて火にかけて、あったまったら、豚こま肉を入れます。本当は豚バラ肉を入れたいけど、豚バラ肉、高くて辛い。軽く色が変わったら、電子レンジで加熱した玉ねぎとにんじんを入れます。軽く炒めたら、もしあるなら、お酒……白ワインでも調理酒を一振り程度入れます。そして、市販のカレールーの箱に書かれている分の水を、水道から出るお湯に変更していれます」

 

「お湯?」

 

「そう。時短です。

 沸騰したら、ジャガイモを入れます。10分くらいで柔らかくなりますので、10分後に固さをチェックします」

 

「ねえチエちゃん、追加の隠し味とかスパイスは入れないの? 隠し味にチョコやコーヒーを入れるって聞いたことあるけど」

 

「できればローレル(月桂樹の葉)を1枚入れたいところだけど……サナさん、スパイスを買い揃えても余らせるでしょ? まずは基本の味を覚えてからで十分。それに、メーカーの優秀な研究員たちが試作を重ねて一番美味い黄金比で作った商品なんだから、素人が下手に何かを足す必要はないんだよ」

 

「そういえば、そうだよね。こういう製品って凄い研究やテスト、調査を重ねて商品化になるんだよね」

 

「そうそう。素人考えでなんでも足したらいいというものではないです。でも、ローレルを入れて煮込むのは、大体のルーでいい感じになるからおすすめかな」

 

「なんか、白いような茶色いようなものが浮いてる」

 

 私はキッチンペーパーを手に取った。

 

「ああ、アクだね。取らないと見栄えが悪くなるのと味も若干だけど悪いんだよね。キッチンペーパーで取るか」

 

「キッチンペーパー!?」

 

「そう。鍋にキッチンペーパーを入れて、箸で絡めるように動かすと簡単にアクが取れる。注意してほしいのは、やりすぎると水分を取りすぎちゃうのと、油分がなくなりすぎてコクが消えちゃう」

 

「へぇー……本当に簡単に取れる」

 

「キッチンペーパーの方がよく取れるけど、おたまでも取れるよ。どうせなら、普通のおたまじゃなくて、アク取りのしやすいおたまを買っておくと便利かな。

 そろそろジャガイモの固さどうかな? ジャガイモを箸で刺してみて」

 

「すっ、と箸が入った! ジャガイモ、柔らかくなってるね!」

 

「じゃあ、火を切って、市販のルーを一箱の半分入れて。少し混ぜます」

 

 固形だったルーが、鍋の中身を少しずつ茶色いカレーへと変わっていく。

 

「火を切らずに沸騰させたままルーを混ぜると、逆に溶けにくくなってカレーの中で塊になって残るから注意して。

 これ、知らない人、結構いるんだよね……。

 ジャガイモを砕かないように優しく混ぜてね。溶けた頃合いでまた火をつけて、ひと煮立ちさせます」

 

「これでカレーできたね!」

 

「次は野菜を炒めます。ピーマンを縦に半分に切り、ヘタと種を捨てる。ナスもヘタを取り除いて半分に切る。ナスの皮側にさいの目状に切れ目を入れてアク抜きをします。その間にフライパンに油を大さじ一杯分入れて火を入れます。ピーマンとアク抜きをしたナスを入れて炒めます。ナスは炒める前にキッチンペーパーで水気を拭かないと油がはねて、その綺麗なお顔が火傷だらけになるからね。炒めるときはフタを使うと火の入りが早まります。

 焦げ目がついたら野菜炒めは完成です。さあ盛り付けよう」

 

「普通のカレーライスみたいに注ぐの?」

 

「そうそう。最後にピーマンとナスの油炒めを乗せて出来上がり」

 

ーーー

 

 カレーの香りが部屋に漂うのに、目に映るのはヘルシーな見た目である。

 一口、スプーンですくって食べると、確かにあのパーモントカレーの甘口である。

 メジャーにして、最強のおいしさ……りんごとハチミツ、パーモント。

 

 ピーマンにカレーをつけて、一口かじる。

 ほんのり苦味と、カレーの旨味が混ざり、さわやかな風味と変わる。

 次はナス。ジュワリと油の染み込んだそれは、柔らかく、そして香ばしく、カレーの香りをさらに引き立て、カレーの味を邪魔しない。

 

 うん、いいできだ。

 

 でも、次はスパイスの効いたシルバーカレーにして、カリッカリに皮を焼いた鶏もも肉のステーキを乗せて食べたいな。

 

「野菜って、こんなに美味しかったっけ!? ナスとピーマン、ただ炒めただけだよね! カレーと一緒に食べるとおいしー!」

 

「ただ炒めるのが私なりの正解だと思うんだよね。

 昔さ、ピーマンをカレー鍋で一緒に煮込むと苦くなったんだ。だから、別に炒めるべきなんだ、って気付いたんだよね。それと、ナスは油炒めにすると、すごく美味しいじゃん。カレーに乗せたら味が倍増するに違いない。そう思って作ったら、当たった」

 

「偉い、偉いよ、チエちゃん!」

 

 目を輝かせてカレーを平らげてお代わりするサナを眺めながら、私は自分の皿を綺麗に平らげた。

 

 その姿を見て、肩の力を抜いた。

 今日もちゃんと食べた。

 それだけのことなのに、私はどうしても安心してしまう。

 未来で、この子が一人で部屋の中で倒れている姿を見たことがあるから。

 だから、こうして笑ってご飯を食べている姿を見るだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 

「ふう、ごちそうさま。やっぱり、カレーは美味しいね。そういえば……」

 

 ふと、久しぶりに、ビジョンという少し遠くの未来までを見るチートを発動させ、近年中のサナの死因を確認する。

 もう、きっと出てこないだろうと思ったら、食卓に残る中途半端に残ったカレーとキッチンにはカレーがこびり付いた鍋、そしてトイレでうずくまるサナが見えた。

 

「どうしたのチエちゃん?」

 

 私は遠い目をしていたんだと思う。

 

「……あ、サナさん。残ったカレーの保存について、すごく大事な注意点がある」

 

「えっ、なになに?」

 

「カレーが入った鍋を、そのまま常温で放置するのは絶対にダメ。ウェルシュ菌っていう熱に強い菌が増殖して、お腹を壊す原因になるから」

 

「ええっ!? カレーって二日目が一番美味しいって言うのに!?」

 

「あれは『冷蔵庫で正しく保存した二日目』の話! 残ったカレーは粗熱が取れたら、1食分ずつタッパーやジップロックに分けて冷蔵庫か冷凍庫に入れること。冷ます時は鍋ごと氷水につけるか、浅い容器に移すと早く冷えるよ」

 

「知らなかった……絶対そのままコンロの上に放置してたよ……」

 

「命が助かったね。冷凍しておけば、忙しい日の夕飯にもすぐ使えるから」

 

「自炊って、作るだけじゃなくて保存までがセットなんだね。勉強になります、チエちゃん!」

 

 お腹を満たし、満足そうにタッパーへカレーを小分けにするサナを見つめていた。

 冷凍庫の廃棄弁当のスペースがこれからカレーのタッパーやいろんな自作料理の冷凍に変わっていくんだろうなあ。

 そんなことを考えていると、サナが振り向いてちょっとバツの悪そうな顔を作る。

 

「……ところでチエちゃん、明日のご飯……どうする?」

 

 メニューを考えるの、みんな面倒だよね。

 

ーーー

【本日の夕食の栄養価】

 

・ごはん 200g

・豚こま肉と野菜のカレー

・ナスとピーマンの油炒め(ナス1個、ピーマン1個)

 

栄養素   栄養価   充足率

カロリー  約830kcal  約42%

タンパク質 約25g   約50%

ビタミンC  約40mg   約40%

βカロテン  約2,400μg 約60%

カリウム  約1,000mg 約50%

カルシウム 約65mg   約10%

鉄     約2.1mg  約20%

 

【アドバイス】

 カルシウムが少なめなので牛乳を1杯飲みましょう!

 カロリーオーバーが気になる人は低脂肪乳がおすすめ!

 

 カレーには牛乳がすごく合うのでおすすめです!

 合うよね? えっ、合わない?

 よし、戦争だ!




読んでいただきありがとうございます

カレーライス、週一で食べたいです。

誤字の報告ありがとうございました!
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