鈴木智恵
対数関数は高校2年生で習うんだけど……
本当にチエちゃん、中学生?
桜紗奈
伊達眼鏡を指で押し上げる。
度のないレンズ越しに見る世界は、いつもと変わらないはずなのに、なんだか落ち着かない。
先日のインタビュー、あれから何が変わったわけでもない。
魔法少女サナは、変身している間は誰にも正体がバレない。あのキラキラの衣装と若返った容姿は、日常の私たちとは切り離された別の人として世間に処理される。14歳くらいのころに一度もバレていなかったことも考えると、前世の魔法少女もののアニメでよくある、認識阻害の魔法というやつが変身中に発動しているのだろう。
自分からそんな魔法をかけているなんて一度も言ってこないから、自動発動型なんだろう。
でも、そのインタビューの隣でちんまり写り込んでいたメスガキ風魔法少女チエの方は、そうはいかなかったらしい。
駅前の商店街で、二度見されたのが二回。
二度見だけならまだいい。三度目は、指を差されかけて、嫌な予感がして顔を伏せた。
声をかけられたわけじゃない。ただの偶然かもしれない。
しかし、私はわかっている。
バレかけているんだ。
私をこの世界に送りつけた神様は、認識阻害なんて、そんな便利なパッシブ魔法なんてかけてるわけないし、私の方から使える気がしない。
もし、そんな気の利いたことをしてくれるなら、そもそもサナの側に専属管理栄養士でもつけたはずである。あのくそか……み……おや、急に天気が悪くなってきたな……おっと、近くで落雷か……。
いやぁー、勉強になるなあー、栄養学とかさ、頭良くなる感じするわー。最近なんて医学書まで読み始めましたよ。不甲斐ない私めに試練を与えた神に感謝しなければ。
ふぅー、一難去ってまた一難、私は元次男。
伊達眼鏡をかけて、髪型を変えて、なるべくうつむきがちに歩くことにしよう。
似合っているかどうかは、どうでもいい。
来世の眼鏡っ子ハーレムのためなら、この試練、乗り越えるまで。
ーーー
この世界には、魔法少女協会のようなものも、魔法少女を保護する機関も存在しない。魔法少女の活躍にお金を振り込んでくれる制度もない。
それは、ひとえに、サナが強すぎるからだ。
誰も、彼女の生活を心配しないし、彼女自身の認識阻害の魔法(もしくは特性?)があるため、身バレすることもない。
迷惑な追っかけが来ることもなければ、ストーカーに狙われる心配もない
しかし、彼女の相棒である私は別である。
私が、魔法少女チエ、だと世間に知られたら、私の生活も面倒なことになるし、巻き添えでサナや私の家族も被害に遭うことだろう。
魔法少女を守ってくれる機関が、まだ存在してない世界なんだ。
だから、私自身が特定されるわけにはいかない。
ーーー
今日も超余裕の勝利だった。もちろん、サナだけ。
怪人や魔物が現れ、私が苦戦してようやく一匹を倒し終えた頃には、世界最強の魔法少女サナが他の10匹近くいた全ての怪人や魔物を、ブンブンと魔法のステッキの先端から出現したピンク色の光の刃で斬り捨てて終わっていた。
内臓や血が飛び散るようなことはなく、キラキラと崩れながら彼らは消え果てた。
私だけ別ゲーしてんだろうか、と時々思うけど、サナが圧倒的に強すぎるだけなのだ。
それでも今日は疲弊していた。まあ、主に私がだけど。
倒し終わったら、別の街で怪人が現れたり、また別の街で魔物が現れたりとしていた。
仕方なく、私たちは分かれて戦った。私は近くの街の魔物を引きつけ時間稼ぎしつつ、機会があれば反撃。その間にサナが離れた街に行き、怪人たちを秒で薙ぎ払ってもらい、合流して魔物を駆除してもらった。
それですっかり日は落ちてしまい、帰りが遅くなる。
家に帰って母親が作ってくれたご飯を食べたい。だけど、サナが『こんな日にどんな料理をすればいいか、わからない』と思っているかもしれない。
そうと思うとこのまま、じゃっ、と私が帰るのははばかられる。
だから今日は、料理そのものを頑張るより、疲れている日にどうやって手抜きの自炊をするか教える日にしよう。
まあ、とんでもなく本当に疲れている時は、冷凍庫で冬眠している廃棄弁当をチンしてもらおう。
「あー、今日も疲れたからサナさんのところでご飯を食べて行こうかな」
「でも、なんも準備してないよ」
「買い物していけば大丈夫」
そう私は近所のスーパーに連れていきながら、伊達眼鏡をかけて、薄手のジャンパーのフードを被った。
「あれ? チエちゃん、目悪かった?」
「ああー、私の中で闇属性キャラをイメージしてコーデしてんの」
サナは、痛いものを見てしまった目をするが、取り繕う。さすが大学生。
「え? あ、ああ、そうだね、チエちゃんそういう歳だもんね」
サナが特に疑う様子もなく、あっさり納得する。
「そうそう、わかる?」
ちょろいぜ、と思いながら両腕を頭に組む。
「わかるよー。私も右目が見えないはずのものが見えない設定した痛い……あ、そうじゃなくて、そういう設定したことあったなあ。まあ、一週間後に両目ともそれが本当に見えるようになったり、変身したら目からビームも出せるようになったけど」
あっ、この子斜め上すぎるわ。試験でグラフ描いていたら、グラフの範囲から求めていた線がぶっ飛んでいるような、書き直し必須の絶望を感じるね。
「……さすが、世界最強だねー」
そんなことをしゃべりながらスーパーの自動ドアを潜り抜ける。
「さすがに、今日は晩御飯作りたくないなー」
と言いながらお惣菜コーナーを見る。
疲れた目が急にギンと回復する魔法のシールの貼られたお惣菜を見つける。まあ、値引シールなんだけど。
閉店時間が近くなり、ほとんどのお惣菜に値引シールが貼られているが、やはりお寿司系統はほとんど棚からはなくなっている。
揚げ物コーナーを見ると半額シールの貼られた身の厚いアジのフライを見つける。
「これ美味しそうじゃん」
「チエちゃんもお惣菜選ぶことあるんだね」
「揚げ物を家でやるのはかなり面倒だから時々買いたくなるよね。一人暮らしだと一人分だけ作るとか揚げ物だとエグいから」
アジのフライのトレーを買い物かごに入れる。
「でも、お米をこれから炊くのは面倒……」
そうだよなー、と思う。
今日は私だって疲れているのだ。
だからといって、料理を何もしないなら、そもそも私がサナの家に行く理由がない。自分の心の中の弛んだケツをビシリと叩いて気を引き締める。
そんな時、ふと、この組み合わせ美味しかったな、と思い出した。
いくつかの材料を買い物かごに入れて歩く。
ーーー
【調理!】
材料をまな板の側に置いていく。
アジのフライに食パン、サラダほうれん草に玉ねぎ。
「なんとなく想像つくけど、チエちゃん、今日のメニューはなんですか?」
「フィッシュサンドです。大学生活のころにお世話になったなあ」
「サナちゃん、飛び級してたの?」
サナが目を丸くしてこちらを見る。しまった、口が滑った。
「……今、私、闇を抱えた痛い女の子をやってるの」
「あ、はい、そうでしたね」
よし、誤魔化せた。サナ、ちょろいな。しばらくこれで行こうかな。
「今回は超簡単です。まず玉ねぎの皮を剥いて薄くスライスします。二人分だから1/4くらいでいいかな。辛いの苦手なら電子レンジで、500w3分くらい熱を通すと辛味が抑えられます」
「生の玉ねぎの辛さって熱で消えるんだ」
「そうそう。ちっちゃい子に生の玉ねぎは辛くて食べにくいことがあるから熱を通すのがおすすめ。次にサラダほうれん草を軽く流水で洗って、根本を切って、パンに挟めそうなサイズに切り揃えます。まあ半分くらいにすればいいかな」
「そう言えば、ほうれん草って茹でるんだった?」
私は鍋を取り出そうとするサナを止める。
「普通のほうれん草よりシュウ酸が少なくて、生食向けに作られているんだよ。下茹でしなくても食べられるから、こういうサンドイッチには便利なの」
「下茹でするとビタミンCがなくなるの?」
「うーん、説明しづらいんだけど、まず、ビタミンCって熱に弱いのと、水溶性ビタミンだから水に溶けやすいんだよね。下茹ですると熱でビタミンCが壊れるのと、水の中に溶け出してしまうんだよね」
「じゃあ、生で野菜は出来るだけ食べた方がいいの?」
「そうとは言えなくて、緑黄色野菜に多く含まれるβカロテンは熱を加えて、油と一緒に摂取すると体に吸収しやすい」
「えー、それめんどいね」
「野菜を作ったこの世界の神様は万能ではないってことだね。控えめに言ってポンコツサディストぉ……」
急に部屋の灯り点滅し、轟音と同時にガラスがビリビリ震えた。
「雷……近かったね。雷ってドキドキするよね」
悪意のかけらもない笑顔で、サナがそう言った。私は乾いた笑いを漏らすしかない。これ、マジもんの天罰、神のいかずちなんだぜ……。
「あ、あーそうだね。えーとなんの話だったかな、サラダほうれん草を切って、パンにマーガリンかマヨネーズを薄く塗ります」
「これは?」
「味もあるけど、パンを野菜の水でべちゃべちゃにしないため、コーティングかな。油は水を弾くでしょ」
「あぁー、そーなんだ」
「パンに玉ねぎ、サラダほうれん草、アジのフライを乗せて……中濃ソースを上からかけて、パンで挟み、半分に切ります」
「出来上がりだね!」
お皿の上に、長方形のサンドウィッチ、三角形のサンドウィッチが載せられた。中身は同じだけど、アジのフライの白い身が見えて食欲がそそる。
あー、紫蘇の葉を入れたらもっと美味しくなりそうだったなぁ……。
「あとは、りんご一個を洗って、スティック状に切ります」
「えっ、これからりんごも入れるの?」
「ただのデザートだよ」
「あの、1/4とかのサイズに切って芯を取る感じじゃないの?」
「この切り方の方がめっちゃ楽だし、皮も食べやすい」
「へぇー」
「最後に今日はお茶を飲みたい気分だから、粉茶にします」
「粉茶?」
「緑茶を粉末にしたものだよ。回転寿司屋さんに行くとあるでしょ。あれ、お湯ですぐ作れるからおすすめ。ちなみに茶葉を丸ごと粉にしたタイプなら、普通のお茶より茶葉の成分をそのまま取れるよ。ちなみにこれは、私の家の煎茶をミキサーで粉末にしたものです」
緑色の粉末が入った小さなパケ袋をサナに見せる。
「チエちゃん、これ、白色だったら最悪お巡りさんに間違えられるよ」
「そういう話はやめなさい」
私は粉茶をマグカップに入れ、お湯を注いだ。
ふわりと緑茶の安心する香りが部屋に広がる。
これで今日のちょっと遅くて疲れた日の夕食は完成。
ーーー
【実食!】
食パン耳がついたままの野生味のある見た目のサンドウィッチをかじる。
アジのフライのコッテリとした味わいとサラダほうれん草の甘味、スパイシーな生玉ねぎが中濃ソースでしっかりとまとまりができている。
「見た目通りの味だけど、サラダほうれん草の味が新鮮! サラダほうれん草ってほんのり甘い感じがするね」
「茹でてもほうれん草は美味しいから、生ならなおさら美味しい。生はいいよねー、ナマは」
サナが咳払いした。
ようやく意味がわかったのか。バレないように下ネタを言い続ける遊びがまた範囲が狭くなったか。
「それにしても、これって料理なの?」
「サンドウィッチのレシピってこんなもんじゃない。オーソドックスなのは、ハムとレタスをパンに乗せて切って出来上がり。それに比べたら凝っている方だよ」
「あっ、そう言えばそうだ……」
サナが食卓に残るサンドウィッチを見つめる。
「サナさんは、料理を重く受け止めすぎなんだよ。料理は、何かを自分で作ることだけじゃなくて……出来合いのものを組み合わせても料理だし、自分で炊いたご飯と一緒に出すだけでも、自分の食事を自分で用意したことになるよ」
そう伝えると、サナは何かを閃いたかのように、私に顔を向けた。
「そうなんだ。難しく考えすぎてたんだ……じゃあ、冷凍廃棄弁当を温め直して食べるのも、自炊!?」
貴様! それだと一周回って全て台無しだろうがあああ!
お前、数年後に死ぬじゃねえかああああ!
「そうはならねえ……ならないじゃん、サナさん!」
「一瞬チエちゃん、本性が出たね!」
サナがケラケラと笑いながら温かいお茶を一口飲む。
なかなかサナも、私をからかうのが上手くなったもんだと、お茶を飲む。やっぱりあったかいお茶は心がほっこり休まるな。
ーーー
【本日の夕食の栄養価】
・アジフライサンド(一人前)
食パン6枚切り2枚、アジフライ1枚、サラダほうれん草1株、玉ねぎ1/8個、中濃ソース大さじ1/2、マーガリン少々
・りんご 1/2個
・粉茶 1杯
栄養素 栄養価 充足率
カロリー 約620kcal 約31%
タンパク質 約27g 約54%
ビタミンC 約18mg 約18%
βカロテン 約1,000μg 約25%
カリウム 約720mg 約36%
カルシウム 約156mg 約24%
鉄 約2.1mg 約20%
【アドバイス】
手軽にこれだけバランスの良い栄養価を叩き出せるなら、かなりいいです。
ビタミンCを増やしたいなら、一人分をリンゴ1個に増量したり、カルシウムを補充するなら、お茶の代わりに牛乳という手があります。
でも、手抜きをしたい時は、完璧なメニューを目指すより、そこそこの栄養価を目指す方が気が楽でいいと思います。
堅苦しく頑張っちゃうと続きません。
読んでいただきありがとうございます。
手抜き料理も、調味料のおかげですごく美味しいものができるようになりましたよね。
メーカーさんにホント感謝!
スーパーのお惣菜担当の方々にも感謝!
お話の設定の変更をしました。
今までは、お話の世界には魔法少女はサナとチエの2人だけにしていましたが、他にも存在していることとします。
それに伴い、矛盾しているところを少しずつ訂正していきます。