ボクの力なら男の子を女の子に変えることなんて簡単だよ!!
「
「無理すぎるッ…!!」
自室のベッドの上にて俺は人語を話す白い化け物と対峙している。こいつは前触れもなく部屋に現れ、自分をキュゥべえと名乗った。それから世界を救うためだとかいう大層な思惑を理由に気持ちの悪い契約を持ちかけてくるのである。
「君にとっても悪い話じゃないはずだ。無個性は社会的地位が低く、生きる事を望まれない。実際君はさっき実の兄に言われたじゃないか、『来世は個性が宿ると信じてワンチャンダイブ!!』ってね」
その言葉を聞いて、俺は思わず口籠った。『無個性』ってのは俺の代名詞みたいなもんで、何処に行っても着いてくる言葉だ。学校でも家でもそれは変わらず、俺は常に蔑みの視線に晒されている。
先程キュゥべぇに言われた通り、俺は双子の兄の勝己から学校の教室で自殺教唆をされる程に嫌われているし、4歳以降からはまともに会話したこともない。
「ぬいぐるみも爆破されちゃったんでしょ?せっかくお母さんから貰った宝物だったのに、残念だね」
「……嫌なこと思い出させるなよ」
丁度その時は幼馴染で無個性仲間の『いずちゃん』も居て、俺たちふたりは胸にボロボロのぬいぐるみとノートを抱いて無言のまま帰路に着いたのだ。このぬいぐるみは母さんが昔に作ってくれたクマちゃん人形で、俺が唯一悩みを話せる存在だった。
……自分で言ってて悲しくなってくるけどな。
「つかあれは、俺がこの歳にもなってぬいぐるみを学校に持ってきてたのが悪かったんだよ。だって、なぁ?普通に気持ち悪いだろ?」
「そんなの関係ないよ。君の兄がそうしたのは、君が『無個性』だったからだ」
「それは……」
実の兄から死を望まれ、学校の全員からも同じ様な扱いをされるというあんまりにも壮絶な人生を俺は送っているが…これは仕方の無い事案なのである。
「残念だけど、この社会には無個性の人権なんかないんだよ。それは君もよーく分かってるだろ?」
「……」
この世界は案外シビアだ。家族に無個性がいるってだけで後ろ指を指される事もある。別に俺が虐められるのはどうでも良かったが、母親の悪口を大人が言っている場面を見た時は心臓が止まるかと思った。
『あの人無個性の子を産んだんですって』
『まぁ、ならあの人病気なの?』
『多分そうよ。近付かない方がいいわ』
公園の端っこに固まって噂話をする大人たちを母親と手を繋いで見た時が、一番生まれてきたことを後悔した気がする。その後母親は申し訳なさそうな声色で『…もう帰ろっか』と言い、俺の手を引いて家に帰ったのだ。
お陰で俺は二度と公園になんか行けなくなったし、母親もあまり外出はしなくなった。女の口に蓋は出来ない。噂は一瞬にして広がり、あの日から俺には『無個性』のレッテルが貼られ母親諸共この社会から締め出されたのだ。
「それにせっかく生き返ったと思ったらいつの間にか知らない世界にいて、知らない誰かになってたなんて……とっても可哀想だよ」
「な、ななな何でお前がその事知ってんの???」
そう。何を隠そう俺は転生者なのだ。前世ではしがない会社員として平凡な人生を送っていたが、残業終わりに暴走したトラックに轢かれて死ぬというあんまりにも残念な最期になってしまった。
俺の人生で運が良かったことなんてあの時即死できたことくらいで、その後はマァ見事につるべ落とし。気付いたら赤ん坊に生まれ変わっているわ、同じ日本のはずなのによく分からない『個性』というものがあるわ。
信じられるか?人間が炎を吹いたり物を浮かせたりするんだ。何処のMARVEL映画みたいな世界だよと思ったが、この世界は全ての人間が個性をもって生まれてくる。それから【ヒーロー】という職業も存在しており、彼らは悪さをするヴィランをとっちめて世界を平和にする事を生業としている。
どうせならMARVELの方に転生したかった。だってあっちなら特殊能力を持ってる異質な人間だけが物語の主人公になれて、その他モブはただの一般人役だ。
だというのにこちらの世界は全人類が個性持ち。
特殊能力を持ってないやつの方が異質であり、排除されてしかるべきという地獄世界である。普通転生する時はチート能力とかが付くのが定番だが、顔が滅法いいだけで他になし。寧ろ顔がいいからこそ目の敵にされてる。
良いことなんて1個もねぇ。
「魔法少女になれば君もヒーローになれる!ボクと一緒に悪を打ち倒そうよ!」
「それに君は毎日死んでいるみたいに生きてるだろ?ならもういっその事死んじゃいなよ。そして新しい自分に生まれ変わるんだ!」
「君ひとりくらい世界から消えても誰も気付かないよ!だって無個性だから!」
「それが嫌だと思うなら、ボクと契約して魔法少女になりなよ」
酷く暗い瞳で俺を見つめてくるキュゥべぇは、普通に化け物にしかみえない。けれど、俺が今まで生きてきてこんなにも真性に付き合ってくれたやつはいずちゃん以来だ。偶に近付いてくるやつは居ても、ただの偽善者か心の中で俺を見下してくる奴だけ。
「……お前と契約したら、本当にこんな俺でも個性が使えるようになるのか?」
「勿論だ。そんなの簡単に叶えてあげれるよ」
「…空とか飛べんの?ビームとか打てたりする?」
「君がそれを望むなら、必ず【魔法少女】という個性が応えてくれる」
「そっ、か…」
こいつは人外だし、勢いがありすぎて怖いけど……それ程本気って事だろう。俺もそろそろ高校生になるんだ。いずちゃんにはヒーローを目指す為に一緒に雄英高校に行こうって誘われてたけど、内心俺は無個性が行ける訳ないと思っていたからあの時は断った。
だけど……もしこれで俺も『個性持ち』になれるのなら、考え直してもいいのかもしれない。
せっかくの魔法少女みたいな力が使える個性を貰えるチャンスだ。こいつが一体どんな存在なのかは分からないが、多分転生者特典みたいなのが少し遅れて来た感じだろう。
なら疑う必要なんて一切ない。
だってそれは本来俺が得てしかるべきものなんだから。
「お前と契約するよ、キュゥべぇ」
俺は右手を目の前の化け物に差し出して、そう言った。何の疑いもなく、ただ個性持ちになれるだけだと純粋に信じて。
「君なら分かってくれると思ってたよ、勝見___」
「っは?な、ん……で…」
唐突に心臓へと突き刺されたキュゥべぇの両耳。それを視界に入れた後、俺は痛みと恐怖に意識を失うのだった。
■
「んっ…あれ、俺…」
「おはよう勝見。まさか気絶しちゃうとは思わなかったよ」
「……え!?」
あれから俺は随分と長い事眠っていたらしく、窓から見える外は真っ暗だった。もう直ぐ飯の時間になるってのに……って待て待て、俺さっきこいつに殺されかけたよな!?
「おいキュウべぇ!!お前さっき俺の心臓に耳突き刺して殺そうとしただろ……って、あれ?」
ベッドから勢いよく身を起こした俺は、枕元に寝そべってやがったキュゥべぇの首根っこを掴んで持ち上げる。だが、その時妙な違和感を感じた。
「……俺の声、こんなに高かったっけ?」
そう。声がおかしいのだ。双子だからなのか、俺は兄の勝己と顔も声もそっくり。だというのに今俺の口から出た音は可憐な少女のものだ。思わずキュゥべぇを放り投げて自分の喉に触れると、酷く細いものに変わっている。
「え?え?何これ、なんで胸膨らんでんの?」
加えて本来あるはずのない物が胸についているではないか。恐る恐るに触れてみると、ふわふわとした弾力があって何時までも触っていたい気分になる。
「……なんか、強く揉むと痛いな」
俺は暫く無心にそれを揉んでいたが、少し力を加えたらズキッという痛みが走った。まさかこのぷっくりとした形の良いスクイーズは……本物なのか?いやしかし、そんな訳がない。
だって俺は、男だぞ?
突然襲ってきた恐怖に冷や汗を流しながら俺は股の間へと手を伸ばす。長年付き合ってきた俺が男であるという象徴。さわさわと触り、何回も確認する。
……しかし、そこには何も無かった。
「っおいキュゥべぇ!!なんか俺、女になってるぞ!?」
「当たり前だろ?君はボクと契約して魔法少女になったんだから」
慌てふためく俺とは違い、キュゥべぇは落ち着いた様子でそう言った。毛繕いをしながら、まるで俺が女になってしまったことは大した問題では無いように。
「どういう事だ!?魔法少女みたいな個性が使えるだけじゃなかったのか!?」
「えぇ?ボクはそんなこと一言も言ってないよ。あの契約は魔法少女になる為のものであって、個性だけを与えるものじゃないんだ」
「なっ、なんでそれを教えてくれなかったんだよ!!」
「訊かれなかったからさ」
キュゥべぇのその言葉に、俺は頭の中が真っ白になる。訊かれなかったからってなんだ。普通は契約する前に重要な事は話すだろう。しかも男から女に変わるなんていう一番大事なことは、絶対に教えるべきだ。
「ど、どうすんだよこれ。元に戻せねぇのか!?」
「無理だ。もう君は魔法少女になってしまったんだからね。そこにあるソウルジェムが魔法少女の証だよ」
俺は傍に落ちている謎の宝石に視線を向けた。手に取って見てみば綺麗なオレンジ色をしており、卵型の石がキラキラと光っている。
「っこんなもの…!!」
何処と無く脈を打っているようにも感じ、俺はゾッとしてそれを遠くに投げようとした。これさえ無ければ元に戻るかもしれないという、微かな希望を抱いて。
「やめといた方がいいよ」
「…何でだ。詳しく説明しろ」
しかし、投げる寸前というところでキュゥべぇから制止されてしまう。俺は苛立ちを抑えながら問いかけた。こいつは『訊かれなかったから』という免罪符で説明することから逃げやがるので、しっかりと目を合わせる。
「そのソウルジェムはさ、君自身なんだよ」
「……はぁ?」
「君の肉体はただの遠隔操作の端末に過ぎない。そのソウルジェムが本体から一定以上離れると、君の肉体は活動を停止する」
「んだよ、それ……停止するって、」
「“死ぬ”ってことさ!」
顔は無表情なのに、声だけは明るいキュウべぇ。対して俺は目の前にいる詐欺野郎に殺意が湧き、その間抜け面をぶん殴ってやろうと右腕を振り上げた。
しかし、その瞬間。
「……勝見?もう直ぐご飯だから、降りてきなさい」
「っ!?」
扉越しに聞こえる母親の声に、俺は急いでキュゥべぇと自分の口元を抑える。バクバクと大きな音を立て始めた心臓。キーンという耳鳴りが頭の中に響き渡り、俺はキュゥべぇを抱えて咄嗟に窓の外から飛び出した。
足首がグキっと曲がるかと思ったが、俺の身体能力は随分と向上しているらしく2階から飛び降りてもどうって事ない。そんな自分に恐れを抱きながらも家から離れるように走り出す。
「っあぁ…クソ!!」
返事なんて出来るわけがない。突然女の子になりました、なんて言われたらどうすりゃいいんだ。俺のせいで母さんのストレスは溜まりに溜まってる。そこへ更に上乗せするような大問題を持ち出されたら、あの人はどうなる?
「勝見、家を飛び出して他に行くところはあるのかい?GPSで追跡されてしまうから携帯を置いていくのは正解だ。けど、君は一文無し。どうやって生活するつもりかな?」
「うるせぇ!!そんなもんは後で考えるからいいんだよ!!」
腕の中でタラタラと腹が立つ事しか言わないキュゥべぇを一喝し、俺はただ何処か遠くを目指して夜の街を走った。見慣れた街。俺の生まれ故郷。けど、この場所に俺の良い思い出なんて一個もない。
だったらもう、こっちから捨ててやる。
「だったら南に10キロ進んだ先にある路地裏に行きなよ」
「は、はぁ?なんでそんな遠くに…」
「そこは魔女の悪意に吸い寄せられた沢山のヴィランが屯している場所なんだ。彼らを倒してくれるならボクとしても嬉しいし、ついでに懐からお金を貰ったらどうかな?」
「っそ、そんな事出来るか!!つか魔女ってなんだよ!!」
突然犯罪行為を唆された俺は思わず立ち止まる。その拍子に大人しく腕の中へと収まっていたキュゥべぇが逃げ出した。俺の制止を聞かず、そのままトタトタと可愛らしい足音を立てて歩き出す。
「魔女というのは、周囲に悪意を振りまいてヴィランを生み出す危険な存在だ」
「ヴィランを、生み出す…?」
「“魔が差した”って言葉があるだろう?それは魔女によって引き起こされた悪意の事なんだ。本当なら留まれたはずの1歩。魔女はそういう人間達の背中を無情にも突き飛ばす」
「それを魔法少女となった君に、倒してもらいたいんだ」
街灯の下、光の円ができている部分にちょこんと収まったキュゥべぇは俺の理解が追いつかない話をした。この世界で大きな社会問題となっているヴィランという存在。それが生まれる理由が、魔女による物だとキュゥべぇは言うのだ。
「…そんなの、教科書には書いてなかった。ネットにも載ってねぇじゃん」
「当たり前だよ。普通の人間に魔女は見えないからね」
「なら幽霊みたいなもんじゃねぇか。本当にそんな奴がいんのかよ」
「今から行って確かめればいい。実際に見れば君も納得できるんじゃないかな」
「……」
キュゥべぇが嘘をついてる可能性は大いにある。今こんな事になっているのは、大事な事は一切言わないという詐欺師の鏡みたいなキュゥべぇのせいだ。けれど、同時に俺が魔法少女になってしまったことは事実。
どんな個性を使ったのかは分からないが……俺の魂をソウルジェムとやらにしやがったのも事実だ。ヘンテコな力を持っていることは確かなキュゥべぇが、今更俺に嘘をつくとは思えない。
「分かった、お前の言う通りにしてやる」
「そうか、なら早く…」
「但し!!今後俺を騙したり手篭めにしようとしたらぶん殴るからな!!」
「安心して、ボクは君の味方だよ」
白々しいキュゥべぇの言葉に舌を打つが、今の俺にはキュゥべぇしか味方が居ない。とにかく今はこいつの指示に従って、何とか軌道に乗ったら絶対に捨ててやる。
「……じゃあ、道案内してくれ」
そうして俺は混乱が収まらないままに、キュゥべぇに連れられて街から逃げ出したのだった______