牢屋敷に来てから二日目の朝が来た。
一日目、アンアンが倒れた騒ぎの後、残りの自由時間は結局屋敷内で自由にお絵描きしまわるノアの付き添いの時間になってしまった。
レイにとってはどちらにせよ、やることもない時間であったし、おかげでノアの描く色々な絵を見ることもできた。
心なしかノアとも仲良くなれたようにも感じられたので有意義な時間だったとも言えるかもしれない。
「ノアちゃん、あー……まだ寝てるかな?」
レイは朝食に行く前にノアの部屋に訪れていた。
理由は、ノアを朝食に誘うためだ。
昨日の感じを見る限り、ノアはかなり自由な子だ。
自分のやりたい時にやりたいことをする。
牢屋敷に来たばかりのときも自分の好きなように家具の配置を変えていたりしたし、部屋の中でも好き勝手にお絵描きをしていた。
だからこそアンアンとの一件が起こってしまったのだろうし、それから部屋から連れ出した後も好きな場所に行っては好きなように絵を描いていた。
その時のノアの楽しむ様子からもそれ程までに絵を描くことが好きなのだろう。
それこそ、夕食よりお絵描きを優先してしまう程に。
だからこそ朝ご飯も食べずにお絵描きするんだろうと思いこうして誘いに来たが、まだ眠っているようだった。
「まぁ、後で持ってきてあげればいいか」
レイはそう考えて食堂へと上がっていった。
朝食も昨日の夕食と同じようにビュッフェ形式、内容もそこまで変わりはない。
相変わらずどろどろしたスープだったりなんか変な色のご飯だったり見た目も相変わらず良くない。
作って貰ってるだけありがたくはあるが、ここはなんとかならないものだろうかとは思う。
刑務所のご飯でもまだ良いものが出る筈だろう。
刑務所に入ったことがあるわけではないので想像でしかないが、流石にここまでのものは出ないだろう。
もしあの看守がこれらを作っているのであれば、文句を言ったところで仕方ないのかもしれない。
時刻は6時過ぎ、食堂にはまだレイ以外誰もいない。
レイが早起きなだけなのか、それともみんな昨日のことで疲れてるのか。
恐らくどっちも理由としてはあるのだろう。
そう考えてると誰かが食堂に入ってきた。
「あら、おはようレイちゃん。早起きなのね?」
「あ、おはようございます、マーゴさん」
一言挨拶を交わすとマーゴはそのまま朝食を取りに行った。
それからそこまで時間も経たない間に次々とみんなが起きてくる。
それから自然と昨日のように二つのグループに分かれて集まっていた。
やはり昨日の一件で完全にグループが分かれてしまったらしい。
エマを中心とした
ちなみにレイは現在昨日と同じようにエマ達と食事を取っている。
とはいってもみんなが起きてきてから当たり前のようにシェリーとハンナがレイの席に集まってそこからメルル、エマと集まってきただけなのだが。
「それで、結局どうしますの?」
「うーん、まだボク達、ここのことよく知らないし、色々調べてみるのがいいんじゃないかな」
「つまり、探索ですね!!」
「ま、それが無難ですわね」
「わ、私もお手伝いしますっ……!」
どうやらエマグループはこの牢屋敷について色々と調べてみるらしい。
ここに従わないって話からするにここから出られる手がかりを見つけることが当面のエマ達の目標となるのだろうか。
ふとエマの視線がレイのほうに向く。
「えっと、良ければレイちゃんも手伝ってくれないかな……?」
「私にできる範囲で良ければいいよ」
「っ! ありがとう!」
エマの頼みに頷いたら満面の笑顔で感謝の言葉をレイに告げた。
それに対しレイはここまで喜ばれるとは思ってなかったので少し苦笑いをしていた。
大袈裟と思う部分もあるが、元々エマのグループに入ってるわけでもなくスタンスとしては気が向けば手伝うくらいの言い方をしてしまっていたので、不安に思う部分ももしかしたらあったのかもしれない。
実際のところエマのグループに入ってるわけでないのは本当だが、あまりほかの人に迷惑をかけすぎない範囲であれば基本的に協力していいと考えている。
レイにとっては牢屋敷から出る理由はないが、帰る場所があって牢屋敷から出たいと言う人もいるだろう。
そんな人達の力にはなりたいと思う。
元々、暫くは牢屋敷に住むということで探索自体はするつもりでいたので、その延長線上でできることなのでやることも変わらない。
「それなら連絡先を交換しませんか? 何かあったときに連絡は取れるようにしておいたほうがいいと思うんです」
なるほど、確かにそうだとレイはシェリーの言葉に納得して支給されたスマホを取り出した。
(えーっと、あれ、連絡先ってどうやって交換すればいいんだろ)
残念ながらレイは携帯に疎かった。
そもそも、牢屋敷に来る前は携帯は持っていなかったので、全てが手探りなのだ。
大体は感覚でなんとかなるものの、こういうのをすぐにやるとなると手間取ってしまう。
「えっと、教えてあげるよ?」
「あぁ、ごめん。ここに来る前携帯持ってなかったから、慣れてなくって」
結局エマの言葉に甘えて教えてもらうことになった。
そうして無事に4人と連絡先を交換することができた。
そして朝食を終えて4人と別れて行動することになった。
探索するならある程度別れたほうが得られるものは多いだろう。
エマ、シェリーは二人で探索、ハンナとレイは各々見てまわることになった。
メルルは一旦アンアンの様子を見に行くのに医務室に向かうらしい。
「ノアちゃん、朝ご飯持ってきたよ」
「あ、レイちゃん。えへへ、ありがとう」
レイは4人と別れてからとりあえずノアに朝食を届けるために地下へと戻った。
ノアへと朝食を乗せたトレイを差し出すと嬉しそうに受け取る。
見れば、先程まで監房でお絵描きをしていたようだ。
(うーん、これは困ったなぁ)
監房でのお絵描きは控えるように言っていたのだが、どうやら我慢できなかったらしい。
自由時間帯は外でお絵描きしてもらうとしても、それ以外はは監房の中にいないといけない時間だ。
ノアの性格からして好きな時に絵を描きたいタイプだろうから、監房の中にいないといけない時間帯に絵を描きたいってなった場合我慢してもらうしかない。
まぁ、我慢できなかったからこうなっているのだろうが、その辺りもあまり強くは言えない。
恐らく娯楽も少ないであろうこの牢屋敷で楽しくやれているというのを縛ることはレイには出来なかった。
とはいえ、カラースプレーの匂いも結構あるので、昨日みたいに極端なことにならなかったとしてもアンアンがどう感じるかはわからない。
なにか他にいい案があればいいが、現状思いつかないのでやはり当人同士で話し合っていいようにしてもらうしかないのかもしれない。
「アンアンちゃんが戻ってくる前には消しておいてね」
「ううん、のあはね、アンアンちゃんが喜ぶ絵を描くんだよ」
ノアも昨日のことに多少は思うことがあったのだろう、これがノアなりに考えて出した答えらしい。
つまり、監房の中ではアンアンのために絵を描くということなのだろう。
そうすればアンアンも喜ぶし、ノアもお絵描きしたいのを我慢しなくていい。
アンアンがどう思うかはわからないが、上手く転べば良い方向に向かうかもしれない。
「そっか、頑張ってね」
「うん、のあ頑張るね。今度、レイちゃんが喜ぶ絵も描いてあげるね」
「それは嬉しいなぁ。楽しみにしてるね」
そう言ってくれるのは純粋に有難い。
ノアの絵の上手さは昨日見せて貰っているし、それを自分の為に描いてくれるというのだ、嬉しくないわけがない。
そんな小さな楽しみを胸にレイは監房を後にした。
次に訪れたのは医務室だ。
先程ノアとアンアンの話もしたし、少し様子を見に来たのだ。
そこには、ベッドで横になって眠っているアンアンと看病しているメルルがいた。
「あ、レイさん……」
「こんにちは、メルルちゃん。アンアンちゃんの調子はどう?」
「熱はまだ多少ありますが……昨日に比べればかなり良くなってきてますっ……」
「それはよかった」
アンアンの調子をメルルから聞いてレイはほっと息を吐いた。
これなら近いうちに復活できるかもしれない。
アンアンが監房に戻る時が少し気がかりではあるが、そこはなるようになることを祈るしかない。
ノアも悪い子ではないようだし、充分仲直り出来る可能性はあるだろう。
「メルルちゃんは昨日からずっとアンアンちゃんの看病してるの?」
「は、はい……。とはいっても……アンアンさんが寝ている間こまめに休憩は取ってますし……好きでやってることなので全然苦ではないんですよ……?」
朝食もちゃんと食べに来ていたし、自己管理はしっかりと出来ているようだ。
とはいえ、恐らくここまで監房に居ないといけない時間と食事の時間以外はほぼここにいるのだろう。
実際のところ、恐らく牢屋敷のメンバーで一番薬品関係に詳しいだろうし、魔法からして相性がいいのでなるべくしてここの担当になっている感がある。
「って言っても、ずっと看病するのも大変だろうし、たまには散歩とかでもしてきたら? 看病なら私でもできるし」
「で、でも……」
「メルルちゃんは優しいね。でも、メルルちゃん一人に看病全部任せるのもちょっと申し訳ないのもあるし、私もアンアンちゃんのこと心配だから、お手伝いしたいんだ」
「そ、そういうことでしたら……お言葉に甘えちゃいますね……?」
そう言って多少の会話の後メルルは医務室を後にした。
メルルがここに残ろうとしてたのも何かあるわけでもなく純粋にアンアンのことが心配なのだろう。
レイはメルルが使っていた空のティーポットに新しいハーブを入れてお茶を入れていく。
ハーブ自体はメルルが摘んできたもので、置き場所もメルルから聞いていた。
お茶を入れていると布が擦れるような音が聞こえてきた。
どうやらアンアンが目を覚ましたようだ。
「おはよう、アンアンちゃん。調子はどうかな」
アンアンはレイを見ると少し首を傾げながらスケッチブックに文字を書いていく。
『メルルはどうした?』
「メルルちゃんなら、気分転換に散歩に出たよ。一人で看病全部やってもらうのも申し訳なくて、交代したんだ」
レイはそう言いながら新しく入れたお茶をアンアンの元へと持っていく。
「……美味しい」
レイの入れたお茶を一口飲んだアンアンは頬をほころばせる。
どうやらお気に召したみたいだ。
『貴様も美味しいお茶を淹れられるのだな』
「まぁ、牢屋敷に来る前は一人で生きてきたからね。繰り返してるうちに身についたスキルって感じかな」
『両親は?』
「死んだよ。引き取ってくれるような相手もいなかったから、そこから一人暮らししてる」
アンアンは驚いたような表情を浮かべて俯いた。
そしてそのままスケッチブックに新たに文字を書いていく。
『すまない』
「ううん、全然大丈夫だよ」
この謝罪は亡くなった両親のことを聞いてしまったことに対するものだろう。
レイは特に気にしないが、確かにこういう話題は触れられたくない人間もいるだろう。
もう何年も一人で生きているのでレイは慣れているのだ。
両親が亡くなったのも病気とかであれば仕方のないことだし、既に割り切っている。
両親の死因がよくわかってない理由は、未だに記憶がぼんやりとしているからである。
恐らく、レイの記憶喪失は少々特殊だ。
はっきりと覚えているものもあれば、何一つ覚えてないものもある。
お茶の淹れ方も、両親が既に他界していることも、一人暮らしで習得したスキルの殆どもしっかりと覚えている。
だが、両親がどうして亡くなったのか、どうして魔法が使えない筈なのに魔法や魔女、なれはてのことまで知っていたのか、それらについては一切思い出せない。
もしかしたら、魔法が使えないというのもただの思い込みで、ただ自分の魔法が思い出せないでいるだけなのかもとすら思ってしまう。
このように夜神レイの記憶は、平凡な部分はしっかりと覚えているのに、まるで夜神レイという少女を構成する要素から重要な部分だけを切り取ったかのように大切な記憶だけが抜け落ちている。
もしかすると、両親が死んだことに割り切りをつけられているのも断片的に記憶がないからなのかもしれない。
ふと、アンアンの両親はどうなのだろうと考えたが、それこそ触れない方がいい話題なのかもしれない。
「……色々考え事していたら喉が渇いた……夜神レイ、わがはいにもう一杯【お茶を淹れろ】」
「喉乾いちゃった? いいよ〜」
「あ……」
アンアンに言われレイは何の疑問もなく頷いた。
どうやら、考え事をしていたのはレイだけではなくアンアンも同じようだった。
気がつけばアンアンの手元のコップは空になっており、レイはそれを回収しておかわりを淹れに行く。
(そういえば、基本スケッチブックで話してたけど、喋れないわけではないんだね)
そんなことを考えながら淹れ直したお茶を持ってアンアンの元へと向かうと、アンアンは固まったままレイを見つめていた。
その姿を見たレイは首を傾げる。
「アンアンちゃん、どうかした?」
レイの呼び掛けにアンアンははっとした表情になり慌ててスケッチブックに文字を書く。
『すまない、気が抜けて貴様に魔法を使ってしまった』
「魔法?」
『わがはいの魔法は軽度の[洗脳]。相手が少しでも納得することであれば、わがはいの言葉通りに動かすことができる』
なるほど、とレイは納得する。
これがスケッチブックで話すようになった理由か、と。
相手が納得することであれば、言葉通りに動かせてしまう『洗脳』の魔法。
その発動条件がそのまま『言葉』であるのならば、普通に話すなら意図せず魔法が発動してしまうこともあるのかもしれない。
だからこそ、筆談という方法を取るようになった。
「わがはいの両親は、壊れてしまった。…………わがはいが、壊してしまった……」
ぽつりと、アンアンは悲しそうな表情でそう呟いた。
恐らく、レイの両親と同じように亡くなっている訳ではないだろう。
亡くなっているなら『壊れた』なんて表現はしないはず。
アンアンの魔法から考えて、『魔法の影響で精神的に壊れた』と捉えるべきなのだろう。
そのほうが、しっくりと来る。
だが、それにしては一つだけ気になることがあった。
だから、レイはそれを確かめるためにアンアンに一つお願いをしてみた。
「アンアンちゃん、もう一回私に魔法を使ってみてくれないかな」
アンアンは驚いた表情でレイを見た。
『わがはいの話を聞いていなかったのか?』
アンアンがそう言うのも分かる。
明言まではしてないが、魔法が原因で両親が壊してしまった、なんて話をした直後にこんなお願いをしたのだから。
当然そんな反応にもなる。
だが、レイはそれでも確かめてみたかった。
「お願い、アンアンちゃん」
少し真剣な表情で告げるレイにアンアンは困惑の表情を浮かべながらも、渋々といった感じで小さく頷き、口を開いた。
「夜神レイ、わがはいに【薬を用意しろ】」
アンアンが告げた。
そして10秒、1分、2分と静寂の時間が続く。
その間、レイは何一つ動いていない。
「……なん……で……」
その結果にアンアンの表情も次第に驚愕の表情を見せていた。
「うん、やっぱりアンアンちゃんの魔法、私には効いてないみたい」
これが、レイが感じた違和感、そして確かめたかったことだ。
アンアンはレイに対して魔法を使ってしまったと言っていたが、それにしてはあまりにも違和感がなさすぎた。
恐らく魔法として発せられた部分は状況からして『お茶を淹れろ』の部分なのだろう。
だが、それは命令されたからでもなんでもなく、最初からレイがしてあげたいと思っていたから動いていたに過ぎない。
その時に魔法が使われたような感じも、急に気分や考えが変わったような感じもなにもなかった。
それも含めての魔法の可能性もあるが、それを確かめる意味での確認なのだ。
決して今言われたことも不可能なことではない。
解熱剤の場所はメルルから聞いているので、現実的に不可能なことを命令されたというわけでもない。
総合的に言って、アンアンの魔法はレイには効いていなかったということになる。
『それが貴様の魔法か?』
「わからない。私は私の魔法を知らないから」
『そうか』
「でも、そうなのだとしたらアンアンちゃんの魔法のことは気にせずお話できるってことだね」
その一言にアンアンは目を見開いた。
考えてみればそうだ。
アンアンの魔法が効かないということは、アンアンの両親のようになることは絶対にないということだ。
筆談で会話をしているのも、少なからずその影響もある筈だ。
だが、レイが相手であればそれらの心配を気にする必要が一切ない。
それらを気にしているアンアンにとってはありがたい情報だろう。
アンアンもそれを理解したのか、少し嬉しそうな表情を浮かべている。
「さ、少し無理もさせちゃったし、もう少し休んでよう」
メルルから聞いた場所から解熱剤を取り出してアンアンに渡す。
アンアンはそれを受け取り飲み、横になる。
それから少しの間雑談しているとアンアンは少し疲れたのかすぐに寝てしまったので、レイは丁度戻ってきたメルルにアンアンを託し、起こさないように静かに医務室を後にした。
着実にノアとアンアンの好感度を上げていってますね
決して作者の推しだから特別扱いしてるわけではありません
たぶん
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