エレウス教国内、ディスタシン神殿に併設された使徒の居住区。そこで私は、穢れなきピクトスは、日夜祭務を執り行っています。
「・・・また、腸喰らいが増加してる・・・。まだ贄が足りないと言うのですか・・・」
ここディスタシン神殿は次元の神、ディスタシン様を祀った神殿では有りますが、表向きは空間の神、ディスティマ様の神殿が内包する教会の一つ、と言う事になっています。何故、わざわざ偉大なる神の名を隠すのかは分かりませんが、それが天啓の異能を持つ使者様の言の葉である以上、我々使徒は、敬虔なる使徒は、従うのみなのです。
コンコン、
「はい、どうぞ」
「失礼します、ピクトス様。・・・やはり、フユゾラ様はフィーリア王国に囚われている様です。手の者が確認した限りでは、騎士団とロミオ・ルージュが交代で監視をしているそうです」
「そう・・・ですか、分かりました。報告ありがとうございます、エフロス。今日はもう休んで下さい」
「はっ、ピクトス様もどうかご自愛下さい」
エフロスが頭を下げ、退出する。
エフロス。敬虔で、真面目な良い子なのですが、少し頭が硬い子なのです。齢十五にして、使徒である私の護衛に抜擢された才人ではあるのですが、その生真面目さが祟って上層部とはあまり折り合いが付けられない子でもあるのです。使者様にも時折り無礼な事を言ってしまいますし。
「・・・いけないいけない。今はフユゾラ様の事でしたね」
・・・ああ、でも心配です。エフロスが上層部に目を付けられないと良いのですが。
「これはこれは、使徒ピクトス。どうなさいましたか?わざわざ大聖堂に足を運ぶだなんて。使徒の方々の集会は、今日ではないでしょう?」
「はい、神殿長。実はご報告がありまして。・・・フユゾラ様の所在が判明しました、フィーリア王国、王宮に監禁されている様です」
「・・・成程、やはりフユゾラ様はフィーリア王国の甘言に、惑わされてしまっていた様ですねぇ・・・。分かりました、この件は明日の集会で話し合いましょう。・・・使者様には戻り次第、私の方から伝えておきますね」
「お願い致します。・・・それにしても、使者様はいつ頃お戻りになるのでしょうか、もう一週間ほど拝見していないのですが」
「ふーーむ。そうですねぇ・・・、内容が、内容なので何とも言えないですね!いかに使者様とはいえ、いかにイケダ様とサトウ様を連れ立っているとはいえ、相手はあの大魔王メディアですからねぇ。場合によっては敗北の末退却、という可能性すら有ります。つまり・・・・・、分かりません!」
そんなに元気良く言う事なのでしょうか。
しかし、大魔王メディアですか・・・。現在では大英雄ガガンボ様の忠実な配下、との事ですが、百年ほど前までは人類を侵略する凶悪な魔女だったと聞き及んでおります。ここ数十年、魔大陸から出て来てない様ですし、わざわざ今刺激する必要はあるのでしょうか?・・・使者様の、神々の考えはよくわかりませんね。
「そうですか。使徒として、天啓を頂きたかったのですが、それでは仕方ありませんね。転生者の方々も出払っている以上、私に出来ることは有りませんし、今日はもう休ませていただきます」
「ええ、それが良いでしょう。使徒が体調を崩してはいけませんからね。どうぞ、ごゆっくりお休み下さい」
「はい、それでは失礼致します」
イケダ様も、サトウ様も、勿論使者様も、ご無事なら良いのですが・・・。ああ、神よ。いと尊き次元の神よ。どうか彼の方々を見守って下さいませ。どうか、無事に帰れる様に。
使徒の業務の中で、私が苦手としているのが集会です。信徒の方々と共に神々に祈りを捧げる集会ではなく、八つの国に一人ずつ存在する、使徒とディスタシン神殿の神殿長が、ディスタシン様の奇跡によってクロリアス帝国の大神殿に集められ、そこで開かれる集会があるのですが、どうにも気乗りしないのです。何故なら、
「そう、フユゾラ様の行方がわかったのね。ならどうして直ぐ迎えに行かないのかしら?」
「いやぁ、そう言われましてもねぇ、フィーリア王国となると現状そう簡・・・」
「貴方には聞いていなくてよ?ドロルド神殿長。・・・さあ、答えてくださるかしら?穢れなきピクトス」
この様に毎回詰められるからです。フユゾラ様が、エレウス教国を発った事が判明して以来、必ず一度はその件を突かれるのです。特に最近は、使者様の天啓が無いのでこれといった議題が生まれず、暇つぶしの様に針の筵にされます。
この集会に意味はあるのでしょうか?
「黙っていては分からなくてよ?早く答えなさい」
「・・・はい、獣性たるルギナイ」
この呼び方も苦手な原因です。前までは特に気にならなかったのですが、フユゾラ様に集会の内容をお話しした時、チュウニビョウみたいだね。と笑われてしまいました。それが何の病なのかは分かりませんが、兎に角、恥ずかしかったのです。
「・・・彼の国にはガガンボ様が居られます。彼の大英雄であれば、敵対しているとはいえ、無抵抗の転生者様を拷問する様な非道を行うとは考えられません。・・・ですので、フィーリア王国を攻め落とした後に、安全を確認した後に、お迎えにあがろうかと。そう考えております」
「物は言いようね、忘れたのかしら。我々使徒の目的を、使者様が教えて下さった神々の天啓を。・・・いかにガガンボ様といえど、自らを殺害する為に作られた転生者様にまで慈悲を与えて下さるなんて事が本当にあると思っていて?」
この女も、失礼。獣性のルギナイも苦手な要因です。クロリアス帝国の使徒であり、公爵家の出身だそうです。それが原因でしょうか?いの一番に転生者であるヤジマ様を死なせたくせに、フユゾラ様の件で私を目の敵にしてくる傲慢さは。・・・ビッチめ。
「まぁまぁ、そんなに責めなくても良いじゃ無いか。穢れなきピクトスも頑張っているんだし、寧ろ私達が手を貸すべき時なんじゃ無いかな?同じ使徒同士、大変な時は力を合わせるべきさ!」
この女も嫌いです。輝きのイーリス。まるで私の味方の様に振る舞ってはいますが、それはただ、使者様が我等がエレウス教国を拠点に使っているからに過ぎません。寧ろ裏では、自らの国に使者様を呼ぶ為、色々な工作をして来ている悪女なのです。・・・ふぁっきゅー。
ああ、帰りたい。使徒なんてみんなこんな感じです。特に語り合うべきこともないのに集まり、お互いの足を引っ張り合う。本当に時間の無駄です。
・・・エフロスは元気でしょうか。
「お疲れ様でした、使徒ピクトス。・・・今回も大変でしたねぇ、良くぞ我慢しましたよ」
「ありがとうございます、神殿長。・・・ですがこれも使徒の大切な業務。できて当然なのです」
無駄で、無意味で、無価値な時間を終え、漸く国に帰れました。ディスタシン様の奇跡のお陰で、移動が楽なのだけが救いですね。流石我等が神。さす神、と言うやつです。
「とはいえ少し疲れました。このまま部屋に戻り休ませて頂いても宜しいですか?」
「勿論ですとも、使徒ピクトス。貴女の健康は使者様の望み。ごゆっくりと・・・」
「ピクトス様ぁ!!!」
あら、エフロス。元気そうで良かったです。しかしとても慌てていますね。誰かに虐められたのでしょうか?
「使者様が!!」
・・・ふざけている場合では無い様ですね。
「これは・・・。既に亡くなっている様ですね。・・・何があったのですかな、使者様」
「はははは、・・・見ての通りですとも!敗走です!完全なる敗走です!!転生者を二人失いながらも魔王メディアを討ち取ることすらでき無かったのですからね!!!」
私達が大聖堂に着くと、そこには血に塗れた使者様と、一切の外傷は無いものの、物言わぬ遺体となったイケダ様がおりました。・・・まだ心の臓は抜き取っていない様ですね。いえ、その暇すらなかったのでしょうか?
「失礼します、『グレーターヒール』」
「おお!これは有難い!実は喋るのもギリギリでしたので、かなりの瀕死でしたので!」
「大魔王メディア・・・、まさか使者様すら及ばぬ存在とは・・・。使者様、サトウ様は?」
「ああ、勿論彼女も死にましたよ!大丈夫、ちゃんと魂は収容しておりますので!」
使者様曰く、戦闘中サトウ様の心の臓を喰らうことで、大魔王メディアを退けることはできたそうですが、殺し切るまでは行かなかった様です。イケダ様に関しては、次元の狭間に落ちたそうですが、ディスタシン様のお力で使者様共々この大聖堂に帰還させて頂いたとか。本当にギリギリの戦いだった様ですね。
「ん?・・・なんと、何と何と何と!!?!」
「・・・どうやら天啓が降った様ですねぇ、どの様な内容で?」
「外に出ましょうか!お二方!!せめてこの目で!この肌で!!彼の英雄の力を感じなくては!!」
言われるがままに、使者様の背を追い神殿のテラスへと向かった私達。
テラスへと辿り着いたその瞬間。轟音、或いは爆音。まるで直ぐそばで特大の爆破魔法が炸裂したかの様な衝撃が私達を襲いました。私の人生史上最も巨大な恐怖が私を襲い、けれどそれは次の瞬間に更新されました。
「おお!!!素晴らしい!!!!!これが、これこそが!!神々さえも恐れる、人間の可能性の極致ィイ!!!!」
何やら騒いでる使者様の直ぐ隣で、私は天を仰ぐことすら出来ません。
何故でしょうか、何故、天から巨大な岩が降ってくるのでしょうか?これが人に許された力なのでしょうか。
『あー、対フィーリア王国の為に組まれた連合軍。及びその連合軍を構成する八つの周辺国に住まう知性を持つ皆さん、こんにちは。私は大英雄ガガンボである。昨夜のデモンストレーションは楽しんでもらえたかな?』
どうやら私達の敗北は揺るがない様です。