「・・・現在、ガガンボ様に指名依頼は来ていませんね。オーガの群れが発見された報告は受けていますが、そちらは既にロミオ様が向かっています」
「そっかあ、それじゃあ今日はギルドでゆっくりしてようかな。ありがとうね、マンドリル」
「マリアンヌです」
日頃忙しくしている私だけど、別に毎日依頼がある訳でも無い。私は基本的に他の冒険者や兵士達ではどうしようもない災害の対処しかしていない、そんな私が毎日働かなきゃいけない様であれば人類は多分もう滅んでる筈さ。
それに、今回みたいに凡百の冒険者じゃどうにもならない様な時でもロミオが出張る事もある。最近はゴブリンのパシリばかりやってる彼だけど、一応本職は冒険者だからね。私の休みの為に精々働いてもらおう。
「そうだなあ・・・、マンドリル、ブルステーキとビール頂戴。後チーズも」
「ですから・・・はぁ、少々お待ち下さい」
ギルド内で一番目立つ席を陣取り、依頼に向かう冒険者に見せつける様に酒とステーキを食う。あははは、見てる見てる。羨ましいだろう、妬ましいだろう、でも君達は今から任務なのさ、精々絶望に苛まれながら働くと良い。
「やあ、朝から随分と性格の悪いことをしてるね、ガガンボ」
「おはよう、モルフィ。珍しいね、寝坊助の君がこんな早朝からギルドに顔を出すなんて」
S級冒険者のモルフィ。古い付き合いであり、私が来るまではフィーリア王国最強の称号を冠していた女エルフだ。実力はロミオを超えていて、神獣狩り、なんて物騒な二つ名まで持っている。彼女が王都で活動していた当時を知る人間からすれば、紛れもなく英雄の一人に数えられるだろうね。
「君にそんなに褒められると照れるな」
「どうしてS級冒険者って奴は躊躇いもなく人の心を覗き見るんだろうか。失礼しちゃうわ」
「良いじゃないか、ワタシに知られて困る過去なんかないだろう」
確かに、モルフィは基本的に私の事を全肯定している。彼女なら私がメディアに排泄を命じた事さえ好意的に受け取るだろうね。
「・・・最低だな、君は」
「あれ?」
「おはようございます、モルフィ様。指名依頼の件ですね、伺っております」
「ああ、手続きを」
「かしこまりました。・・・はい、それではお気を付けて」
「ああ」
どうやら、モルフィは指名依頼に行くらしい。流石はS級冒険者、その調子で私の休みの為に頑張って働いてくれ。
「・・・暇だろう、ガガンボ。君も来てくれ」
「うーん、なんでだい?君一人に指名が来てるって事はそんな難しい依頼でもないだろう?」
「偶には良いじゃないか、久しぶりに一緒に依頼に行こう。運んでくれ移動が面倒臭い」
「漏れてるよ、本音」
仕方ない、今日は騎士団も宮廷魔導士も王都にいる筈だし、私が離れても大丈夫だろう。
久しぶりにデートと行こうか。
フィーリア王国北部の平原、国境に接してる訳でも、強力な魔物の巣窟という訳でも無い。都市部同士の移動にも使われる平凡な平原だ。他所から変な魔物が住み着いたのかな?
「腸喰らいが住み着いたらしい」
「ああ、なるほど。確かにそれはS級案件だね」
腸喰らい、喰らった対象の魔力を取り込み際限無く成長するという特殊な魔物だ。元々は大した力も持たない存在で、他の魔物に食われる事が大半だけど、運良く成長した個体が現れると話が変わる。数百年前には饕餮と呼ばれる竜すら喰らう腸喰らいが現れ、国を一つ滅ぼしたらしいからね、発見次第すぐに殺さなきゃいけない。
「そういえば、腸喰らいも一応は神獣に分類されるんだっけ?」
「ああ、歴史上何度か絶滅しているけど、その度に世界の何処かで自然発生するんだ。堕ちた神そのものなのか、ただの眷属なのかは知らないけど、神々の存在が関係しているのは間違いないよ」
全く、迷惑な話だよね。自分達の事を崇めろ、信仰しろー。とか言うくせに、定期的にこういう災害を振り撒いたりする。言ってる事とやってる事が矛盾してるじゃ無いか。
「神の意志を測ろうとする事自体無駄だよ。あれらは所詮、意志を持った自然現象でしか無いからね」
「確かにね、いっそ全員タルタロスに叩き落としてしまおうか」
一人二人ならともかく、神々を絶滅させるとワンチャン世界が滅ぶ。でもタルタロスの中なら未来永劫、生きたまま封印出来るし良いアイデアなのでは?あそこは封印されれば私でさえ独力では脱出出来ないであろう場所だし。
まあその場合、タルタロス自体の封印を一回解かなきゃいけないから、中に封印されてる化け物どもがワラワラ出て来てそれこそ世界が滅んじゃうだろうけどね。
「タルタロスね、見たことないなぁ」
「見なくて良いよ、あんな所。君には合わない」
「・・・それは、美しい貴女には似合わない・・・、ってことかい?」
「いや、あそこは暑いんだ、寧ろ熱い。前に涼しくしようと思ってコキュートスから氷持って行ったんだけど、三秒で溶けた」
「コキュートスの氷って絶対溶けないんじゃ無かったっけ?」
あれは私も驚いた。タルタロスを見張ってる暑がりの友人の為にわざわざコキュートスまで行ったのに一瞬で溶けるんだもの。彼、少し泣きそうになってたな。ウケる。
「そこで笑う辺り君は昔から何も変わらないね」
「私の役割は百年前から何も変わらないからね。だから私自身も変わる必要が無いんだ」
「何だか寂しい事を言うね。まぁ、ワタシは今の君が好きだから別に良いんだけど」
「それで言うと君は少し変わったね」
「ワタシが?・・・自分じゃわからないな」
「そうかい?四十年前より更に人見知りになってるよ。受付嬢とかちょっと怖がってたし」
「そう・・・なのか。・・・確かにこの四十年、殆ど森の中で暮らしていた。人と会うのなんて一年に十回も無かったから・・・」
まあ、エルフってそう言う種族だからね。エルフが厳格で口数が少ないイメージなのは、彼等のコミュニケーション能力に難があるのが理由だと私は思ってるよ。何ならモルフィは社交的な方さ。
「確かに・・・、里の皆んなも外部の人間と喋る時だけはやけに口数が少なかった。いつもは普通に宴会とかしてるのに」
エルフの宴会か、それは私も見た事がないなあ。いや、別に見たくないけどね、これ以上荘厳なエルフの里のイメージを崩したくないよ。
「お、見っけ」
「腸喰らいかい?」
「うん、あっちの方角だね。・・・思ったより成長してるなあ、早めに見つけられて良かった良かった」
平原に来てから二時間ほどか、丘の向こうにやけにガタイの良い鹿の魔物を見つけた。向こうも此方に気付いたらしい、四つの目全てで此方を警戒している・・・。けど、
「シッ」
一切の躊躇なく、モルフィが矢を放つ。瞬間、腸喰らいの頭部が爆ぜ、討伐証明の角を残して消滅する。頭部を失った身体は自分が死んだ事にも気付かず崩れ落ちた。
「処理は頼むよ、ガガンボ」
「はいはい」
魔法で地獄の炎を呼び出し、腸喰らいの死骸を燃やす。これをしないとアンデットとして蘇る可能性があるからね。腸喰らいのアンデットとか絶対面倒くさいし、大事な作業なんだ。
「しかし、思ったより早く終わってしまったなぁ、せっかく早起きしたのに」
「良い事じゃないか、簡単な依頼で莫大な報酬が手に入るんだ。何が問題なんだい?」
「・・・何でも無いよ、今帰ってもまだ昼前か・・・。どうだいガガンボ、偶には昼から呑みに行くと言うのは」
「私は朝から呑んでるけどね。・・・けど珍しいね、君から誘ってくるなんて。人と居ると疲れるんじゃ無かったっけ?」
「・・・よく良く考えてみると、最後に人と食事をしたのが四十年前の君との食事な事を思い出してね。流石のワタシも四十年一人は寂しかったらしい」
おーう、滅茶苦茶重い。可哀想すぎるよ、モルフィ。さっきの、エルフの中では社交的って言うのは撤回しておこう。
「いや、迷惑だったら良いんだ。一人でいるのも慣れてるしな・・・」
「いやいやいや、呑みに行こう、そうしよう。私も最近は盗賊みたいな奴としか呑んで無かったからね、久しぶりに君と食事を楽しむのも良いじゃないか」
落ち込んでいたモルフィの顔が、太陽に照らされたように明るくなる。どんだけ寂しかったのさ、一人が嫌ならさっさと王都に戻ってくればよかったのに。
「はい、腸喰らいの角ですね。確認しました、此方報酬金です」
「ありがとう。じゃあガガンボ、半分で良いかい?」
「わーい。ありがとう、モルフィ」
「あのー・・・、一応ガガンボ様は今回の依頼受けてないので、そういう行為をギルド内でされますと・・・」
「何か問題あるのかい」
「ピェッ!いえ!問題ありませんでした!どうもお疲れ様でしたぁ!!」
「そう」
「あまり怖がらせちゃダメだよモルフィ。早く行こう、ごめんねマンドリル」
「はい!マンドリルです!お疲れ様でしたぁ!」
あーあ、壊れちゃった。
「よし、じゃあ君の屋敷は向こうだったよね。まだワタシの部屋は残ってるだろうね」
「残ってるよ、クレアが掃除してくれてる筈だし」
「クレアか・・・。懐かしいな、実は口煩くて苦手なんだ。でも久しぶりだと何だか会うのが楽しみになってくるね」
「彼女も喜ぶさ、君の事は結構気に入っていたからね」
最初は貴重な休日が潰れたと思ったけど、終わってみれば良い休日だったかもね。モルフィも楽しそうだし、良いお小遣い稼ぎになった。毎日こうなら楽なんだけどなあ。