男を破滅させるタイプの小悪魔系ギャルが八十稲羽に転がっていますがソイツ男です 作:rikka
「おぉ……っらぁ!!!!!」
俺は、俺以外のペルソナ使いを確認したのは今年の六月が初めてだった。
ただでさえ田舎の八十稲羽は人が少ないし、仮に使えた奴がいたら絶対に騒いでいただろう。
「素晴らしい……実に素晴らしい」
気安く
俺の場合は力得たのが命の危機とセットで来やがった上に、しばらく毎晩が死闘の日々だったから余裕なかったけど!
「召喚器を使わず、苦痛を伴う様子もなくそこまで安定して……どうやら貴女は、彼らとは違う行程を経て覚醒されたご様子……」
野郎が頭を抱えて下を向いた。
ヤッベェ、来る――っ!
「貴女のその力、是非見定めさせてください。――来い……ペルソナ!!」
「『ランマル』!!! もう一発!!」
野郎が叫ぶのと同時に、背中から神経を連想させる赤い糸で出来た羽をもつ白いヒトガタが浮き上がる。
俺よりも出力の強い、ペルソナ。
(クッソ、人間型の化け物ならともかくペルソナ使い相手の戦いなんざ初めてだぞ!!)
火炎が凝縮し、爆発するその直前を狙ってこちらも爆発を起こす。
火炎ではない、魔力――と勝手に名付けているが、ペルソナが扱う力そのものの純粋な爆発。
『メギド』というらしい、今俺のペルソナが持つ唯一の攻撃魔法。
「ぐぉ……っ」
それでも相殺するにはほど遠い。
コイツのとんでもない威力の爆発の起点をズラして避けるのが精一杯だ。
(俺のランマルとは対極のタイプの奴だな、クソ!!)
とにかく物理。体力を削って大技を放って、相手を混乱や動揺させて押さえ込むのが俺の『ランマル』だ。
そして、こいつのペルソナはその逆に魔法に長けている。
打撃が通じないわけじゃないのが幸いだが、攻撃手段の豊富さで追い詰めてくるタイプはやりづらい。
(せめてもう一人……贅沢言うなら六月ン時のメカクレ先輩がいてくれりゃあ……っ!!)
こっちのペルソナの一時強化から物理、魔法それぞれに強いペルソナを切り替えての攻勢まで担当してくれたあの時のペアが今こそ欲しい。
化け物はいいんだ。
一度だけ戦って逃げるしかなかった、両腕が銃の奴みたいな例外はあるけど基本的に奴らは手数が限られている。
だから一度戦っておおよそを把握出来れば対策は容易い。
性能別物の色違いが現れて死にかけた事もあるけどそれはそれ。
「なるほど。ペルソナ能力そのものは他のペルソナ使いとそう変わらない。ですが、扱い方そのものは他の追随を許さない程に緻密で精確。単純な攻防ではなく、魔法の起点に正確に魔法を当てて威力を大幅に減退させるなど……貴女は『彼』とは違う方向で力に愛されている」
……ずっと一人で戦ってたからな。
力任せに戦った結果、必殺を確信していた渾身の一撃が自分に跳ね返って死にかけた事だってよくあった。
なんとか裏時間が終わるまで凌いだけれど、ボロッッボロで立ちあがるのすら難しかった事もある。
たまたま逃げ込んでいた神社の境内で休んでいたら、あのキツネが妙な葉っぱを押し当てて助けてくれたおかげでどうにか戻れた。
後日境内掃除をさせようと全力で服に噛みついて神社まで引っ張ってくるし、今でも定期的に掃除させに来るけど。
だからこそ、化け物が出て襲われた時は力を通してわずかな予兆を察して、被弾を最小にすることは無事に裏の時間を超えるための必須技能だった。
「そして召喚器もなく覚醒するとは……もしや、貴女は……」
「あん?」
「……『我は影、真なる我』」
「っ、てめぇ――」
「この言葉、聞いたことがおありなのですね?」
「その言葉をなんで――!」
それ、俺が最初の化け物――あの赤いマッチョに襲われて逃げている時にどっからか現れて俺を全力で殺しに来てた奴の言葉!
毎晩殺しに来るから全力で逃げて、それで終わらないから覚悟決めて応戦して……俺が『ペルソナ』を得た切っ掛けになった奴がいつも言っていた言葉を、なんでこいつが?
「ふ、ふふ……ハハハハハハハハハハ!! まさか! そのような事が起こり得るとは!!」
俺がその言葉を知っているっつー事を確信した野郎は、馬鹿みたいに笑ってやがる。
「なるほど、実に希少な才能だ。ですが、その力は使ってこそ意味がある物。いかがですか? 我々と共に、この影時間を楽しみませんか?」
「ああ゛? 少なくとも、容易く人に向かって
「おや。それは残念」
野郎が拳銃を構える。
拳銃ならまだいい。
問題はペルソナのぶつけ合いになった時だ。
(今撃ってきたのは炎、その前は氷。……雷ならともかく暴風起こす魔法まで使えるんならちと不味いな)
怪物とペルソナは似ている所がある。
放つ魔法や技が同じ。それぞれ種類がある。
そして物理を含めた特定の属性それぞれに対する耐性を持っていたり、あるいは弱点を持っていたりする。
自分の耐性は物理全般と雷属性。弱点は――風。
(魔法の撃ち合いでは絶対に勝てない。確実にここで決めるんなら、どうにか接近してペルソナぶちかましすんだが……)
近づくと言う事は
距離を取ってペルソナの身体強化の恩恵に頼っているから避けられるが、近距離だと注意を払うのが難しくなる。
「……ふぅ。どうやら、彼らも気付いたようですね」
間合いを維持するべきか、詰めるべきか。
大真面目に決めなければならない時に、足音が響く。
多分、桐条さん達だろう。
ひょっとしたら、あのペルソナを付け替えられる人も。
なんにせよ、数では優位に立てる……が……。
(……ここでコイツを足止めして、押さえれば……あの兄さんの応急手当や搬送に割く人手が減る)
ケン坊に任せた兄さんの様子が気になる。
言った通り攻撃の余波が届きにくい物影に隠れているようだけど、まだ無事ならば急いで病院に運ぶ必要がある。
コイツとここで無駄に戦いを長引かせる時間がもったいない。
「……ちっ、さっさと行け。次はその顎蹴り砕いてやんよ」
「おや、ふふふ……。ええ。再会の時を楽しみにしていますよ」
背中を見せつけるようにゆっくりと歩いて去っていく足音の反対側。
多分、桐条さん達だろう。
それに、
「……ケン坊」
声をかけるが、返事はない。
戦闘の音で聞こえていなかった嗚咽だけが、物陰からずっとしている。
「すぐにその人の止血をする」
ゆっくり歩いて、近づく。
槍は向こうの地面に転がったままだ。
ケン坊に武器はない。
あるとすれば、一つだけ。
路地裏を覗き込む。
小柄な男の子が、ただ泣いている。
多分どこかに隠し持っているだろう、あの拳銃みたいな、俺達が持つ
ただ震えて、泣いている。
「手伝ってくれないか?」
泣いたまま、頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
10月5日。
色々あったが一時編入の手続きを終わらせしばらくの間のクラスに挨拶をして、普通に授業を受けた。
俺は手続き関係でそっちには関わらなかったが、中等部と高等部は合同で朝から全校集会があったらしい。
内容は今朝未明に起こった謎の『事件』について。
なにかしらの事件に巻き込まれたと見える、休学中だった『荒垣真次郎』は未だ意識不明の重体で、何が起こったかは不明のままだと言う事。
それについてマスコミが訊ねてきても、うかつに対応しない事。
……と言う事を、挨拶前に待機していた部屋で聞かされた。
ついでに性別について三回も確認された。
あの女教師、いっそのことのスパッツごと下着脱いで見せた方が早かったかなチクショウ。
せっかく楽しみにしていたブレザーの制服だったのに、昨晩からの怒涛の流れで楽しむ余裕もなかった。
当初の予定じゃ俺の
「さて、如月千影君。さっそくだが、まずは昨晩の件――加えて六月に私と岳羽を助けてくれた事について、改めて礼を言わせてほしい。本当にありがとう」
「……まぁ、さすがに受け取っておきます。まさか、化け物じゃなくて人間相手にする事になるとは思ってなかったんで」
「あぁ……本当に、本当にありがとう。まだ意識は戻らず、峠を越えた訳ではないが……それでも、君の参戦があったからこそ、荒垣の病院への搬送が間に合った」
そして放課後――とりあえずクラスメイトとの時間を適当に過ごして、最低限のコミュ築いてから帰宅。
巌戸台分寮の四階、作戦室にペルソナ使いが集められていた。
前回ペアを組んだ有里先輩に、共闘した真田先輩、伊織先輩。桐条先輩に岳羽先輩。
(そしてここにはいねぇ天田――ケン坊に犬のコロマル。……いや、まぁ、百歩譲って犬はともかく……)
「? どうかされたでありますか?」
「……いえ、別に」
ロボはねぇだろ。ロボは。
どうなってるんだよ桐条の科学力は。
確かにウチの家電はメーカー保証や対応サービスの口コミ調べて全部桐条エレクトロニクス製チョイスしてるけどこれはねーだろ。
「あぁ、まぁ……そりゃ驚くよね。アイギス見たら」
「いや、オレはこの子が中学生で、しかもこの格好したこの顔で女の子じゃない事の方がビックリだぜ……。ミニスカート、普通に似合ってるとかどうなってんだよ……」
昨日も似たような格好でしょうが、伊織先輩。
なんだぁ? 六月ん時と同じセーラー着て抱き着いてやろうかぁ?
「それで、アイツらは裏時間……正しくは影時間でしたか。それを残すために、逆に影時間を消すために動いている皆さんを狙ってる……そういう事でいいんですよね?」
「そうだ。奴らはストレガと名乗っている」
……なんか、そんな名前の酒があったな。
店で洋酒にもっと手を出そうって親説得するって早紀先輩がウチに来てネットであれこれ調べていた時に見かけたような……。
「二年前の事故、そして今回の天田と荒垣の行動……。今回の一件は我々にとって乗り越えなければならない問題だ。だが、君のおかげでその傷は最小に抑えられた」
「影時間を消すまで、あと一歩だ」
リーダー格らしい桐条先輩と真田先輩――六月の件を越えて俺も調べたけど、公式戦無敗のボクシング部主将という事だ。
「そういうことなんだ。残す敵も後一体。その決戦に備えて、是非とも君には協力してもらいたい」
そして責任者的な立ち位置にいるのが、この眼鏡スーツか。
「月光館学院理事長の幾月だ。同時に、彼ら『特別野外活動部』の顧問も務めている」
今部屋に引きこもっているらしい天田を除けば、これで全員。
ご丁寧に犬のコロマルとやらも、ソファに座っている俺の隣にいる。
お前このタイミングでそこに来るなよ、もうそこにそんな姿勢で座られたら真面目な話の中でもお前を撫でるしかないじゃないか。
というか――
(げ、現場組がマジで未成年しかいねぇ……! 正気か!?)
六月ん時はたまたまで、実際は一人くらい――せめて大学生くらいのメンバーいるんじゃないかと思っていたんだけど、理事長が顧問のほぼほぼ高校生で構成された対怪物戦闘部!?
ラノベか!?!?
「君の力は、有里君とは違う方向に特別な力だ。召喚器を必要としない程安定したペルソナ召喚。そしてそれを用いた戦闘センスは相当な物だ」
…………。
(経験則として、教師だろうが同級だろうが、なんなら警察官でも『お前は特別だ』とか『地頭いいよね』とかテキトーな事言ってくる奴に碌な奴いなかったんだが……)
話を聞くに、このメガネも前線まで出ることはないって事らしいし。
自衛能力ないなら仕方ないって気持ちと、唯一の大人がなにやっているって気持ちが超ぶつかり合っている。
(さて、どうしたものか)
関わる気ではいる。
俺としても、何度も何度も死にかけたこのクソみたいな時間を消すことには賛成だ。
宿題をのんびりやったり、時折どうしてもストレスたまった時の誰にも気づかれない夜食やおやつ食ったりするアディショナルタイムが消えるのは少々惜しいが些細な事ではある。
だけど、問題は――
「戦力としての協力でしたら問題ありません。元より、自分は特別編入を受けた理由は影時間と、影時間にだけ現れる、前回の戦いの場にもなったあの妙な塔の調査が目的だったので」
「タルタロスだね?」
「塔の呼称ですか? ええ、はい。怪物――シャドウどうこうは置いておいても、やはり鍵はあそこにあると思うので」
そうだよ、戦うのは問題ない。
ただし。
「ただし、あくまで個人としての協力者という扱いにしてください。それが条件です」
昨日の件も合わせて、改めて思った。
コイツら、個々人はともかく組織としては全然全くこれっぽっちも信用出来ねぇ。
配達で世話になってるいいかげんな新聞配達店の方がまだ信じられるわ。
「……個人の? つまり、あくまでこの部の『外』の人間だと?」
「はい。その上でそちらが開示できると判断した情報の共有。並びに、作戦に際し私が不審な物を感じた時の質問権とその回答、そしてそれでも納得できなかった時の拒否権を認めてほしいんです」
大事な所がフワフワしてて、裏――影時間ってわけわかんねぇモノを探るために色々頼るには余りに不安すぎるわ。
ロボットいるくらいだから戦力的にはともかく、一番肝心の調査する時にコイツらにもたれかかるのは相当危険な気がしてる。
…………。
てか、小学生を戦場に放り込むなよ!
ペルソナ能力あるからそちらについては百歩譲っても行方不明なら作戦中止しろよ!!
次の満月を待とうって意見は出なかったのか!?
高学年っつっても小学生だぞ!?
しかもバリバリドギツい因縁あったんじゃねぇか!!
一通り昨日の一件の説明受けてドン引きしたわ!
これで一緒にやっていきましょうとはちょっと言えんわ!!
ここに完二いたら多分このスーツメガネの胸倉掴んでるわ!
そんで最悪そのままパンチか頭突き食らわしてるわ!
アイツ年下には甘いから!
「……なるほど。つまり他の事に関しては君の目で一から調べ直すつもりかい?」
「はい。申し訳ありませんが、昨日の一件にまつわる事情や作戦に踏み切った経緯を知らされた上で、本格的に籍を預けるには少々早いと判断しました」
「待て如月、次で終わるんだ。残す大型シャドウは一体のみ。作戦はそれで――」
「では、皆さんが『タルタロス』と呼ぶアレはなんだったんです?」
あと、こう、なんつーか。
次で終わると確信持ってる真田先輩もそうだけど。
「影時間とどういう関係が? 先ほどから、大型全てを倒せば影時間は消えると皆さんはおっしゃいますが、その明確な証拠は? 今の時点では映像一つしかありませんよね。その映像での証言を固めるための研究や調査の記録は?」
勢いに乗ってしまってる感が滅茶苦茶怖い。
こう、本人は安全と言い張っている荒い人の車の助手席に乗ってる感じというか。
「昨日皆さんは大型シャドウを倒したんですよね? でも、朝登校までの間に無気力症の人間を多数見ています。……着いたばかりの時よりも、さらに多く」
「次に待ち構える大型シャドウの影響力だと、我々は推測している」
「……推測と言う事はつまり、因果関係は不明のままなんですよね?」
完二絡みで刑事やお巡り、最近だとモロキンとか呼ばれてる
引き換えに印象悪くなるけど仕方ねぇ。
ガチの命かかってるんだ、不明瞭な点をそのままにしてたら死ぬ。
「皆さんは皆さんでプロセス踏んで来たから、納得して今の活動を続けているんでしょうけど、外から来た自分には信頼できるだけの要素がほぼゼロなんです。戦闘という命を危険に晒す行為が通常の行動に含まれるにも関わらず、昨晩のように安全の確保にも不備がある」
(あと、これは俺の感覚的な物だから口には出さないんだけど……)
明らかに、『死』の気配が重くなった。
昨日の夜こっちに着いた時よりも、今朝の方が……ナニカがヤバい。
先輩らが大型を倒した後に、何かの重圧がより重くなっている。
(この人らはこの町で覚醒したからか、これが当然みたいな顔してるけど……マジでやばいぞコレは……)
正直、今日の影時間がすでに怖いまである。
「戦いには参加します。だけど、すみません。納得できない事態に直面した時にそのまま従えるだけの心構えが出来ていません。本当に一月後が最後の決戦なのだとしても、一応線引きをしておきたいんです」
タルタロスの探索は当然として、大型とやらも出来れば満月一回分待って調べてみて欲しいんだけど……残り一体だし難しいだろうなぁ。
「ふむ。たしかに、昨日の件はこちらの不備が大きい。信用してくれと言ったって無理があるのは当たり前の話だ。それに加えて、君は二度も彼らの窮地を救ってくれている。借りが積もっているのはこちらだ」
理事長は平然としている。
一方で桐条さんはやや申し訳なさそうに、真田先輩は……よく分からん。
何かに怒って――苛立っている? 俺に対して……じゃなさそうだが……。
伊織先輩は感じからして、多分話に着いて来てない。
有里先輩や山岸先輩、岳羽先輩は納得している様子だ。
よかった、岳羽さんのお父さんの遺した映像を疑うような事言ったから、揉めるとしたらこの人だと思ってたけど、どうやらOKの範疇だったようだ。
ロボットはちょっと待って。
あとコロマル、今日は許すが明日から膝の上で転がるのはブラシした後な。
「君の要求は全面的に飲もう。残念ながら一部の装備は君の召喚方法が特殊なために間に合っていないが、急ピッチで調整を進めている」
「我儘を聞いていただき、ありがとうございます」
通ったか。
装備どうこうは正直どうでもいい。
今はそれより――
「それで、我儘ついでに早速一つ聞きたいことがあるんですけど」
「あぁ、なんだい?」
「ケン坊――天田乾の部屋ってどこです?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――ケン坊~、入るぞ~。
ずっと無音だった空間に、いきなり軽いノックの音と、昨日聞いた声が響いた。
「……やっぱり。お前、その様子じゃ丸一日碌に食ってねぇな? 時間なかったからおにぎりと適当な惣菜しか買えなかったけど、腹に入れときなー。
現れたのは、昨日のお姉さん――お姉さんだと思っていた人だった。
昨日は黒髪の一部に紫に染めていたように見えていたのが、今は見当たらない。
それに今日は丈の短いズボンじゃなくて、それよりは長いけどやっぱり短い黒のスカートを履いている。
お姉さんにしか見えないその人は、わざわざ脱ぐのが面倒くさそうなブーツを脱いでドアの端に置くと、手に色んなものが詰まったスーパーの袋を下ろして、床にペタリと座り込む。
「お姉さんじゃなかったんですね」
「言わなくて悪かったよ。本当に昨日関わるだけになると思ってたから、説明するとかえって面倒だと思ったんだ」
勝手に部屋を物色したその人は、わざわざ持って来ていたのか大きな真新しいバスタオルを広げて、その上におにぎりや総菜の入ったプラ皿を並べている。
「……先輩達に言われて来たんですか?」
「んや、むしろ甘やかすなって怒られたけど強行してきた」
「なんです、それ……」
「単純に俺のやり方でやらせてもらってるだけだよ。……せめて米とみそ汁くらいは腹入れとけよ。おにぎりは多めに買ってきたし、みそ汁はインスタントだけど……あぁ、ちょい待って、紙コップ使うからな」
変な人だ。
男なのに女の子の恰好して。
男なのに綺麗で、可愛くて。
初対面なのに僕をポートアイランドまで連れて行って。
関係なかったのに僕とアイツを守ろうとして。
放っておけって言われたんだろうにご飯持って来て。
「……あの、如月さん、でしたよね」
「おう」
「昨日は……その……ありがとうございました」
「どっち?」
「どっちって――」
「ポートアイランドまでの付き添い? それともその後?」
「……それは」
後者……だった。
特に意識せずに出たお礼の言葉だけど、多分、今僕は
「……助けて……くれた事です」
「ん、そっか。どういたしまして」
紙コップの中にインスタントの味噌汁を入れて、ポットのお湯を注いで割りばしでかき混ぜて、「ほいっ、お前の分」と渡してくる。
渡されたからには受け取らないと悪くて、とっさに手にした紙コップは熱かった。
「…………あの」
「おう」
「どうして来たんです? 怒られたんでしょう?」
「おう。『今は天田が一人で答えを出さなきゃいけない時だ』って」
「なら、どうして?」
「だって――」
「それが朧気な物でも、答えそのものは出ているんだろう?」
「…………っ」
「じゃなきゃ、昨日荒垣って先輩の救命活動手伝ったりしないし、助けられた事に素直に礼なんて言えやしないさ」
本当に、変な人だ。
本当に、知り合ったばかりなのに。
会話なんて、あの道中でのその場しのぎの適当な事しかなかったのに。
「だったら一人くらい甘やかす奴がいてもバチは当たらないだろうさ。それよりもちゃんと食っとけよ。その答えがなんにせよ、食ってないと動くに動けねぇぞ」
ズケズケと、平然と、前からそこにいたような空気でそこにいて、
「で?」
「で……って、なんです?」
「いつ出る?」
「は?」
「行きたいところあるんだろう?」
とっさに、手にした紙コップを支えなきゃと力が入った。
「…………どうして」
「窓」
少し、驚いて手が緩んだから。
「逃げるのとは違うだろうけど、一回抜け出すかなとは思ってたさ。昨日の一件、しゃーないとはいえ聞けば聞くほどお前はアウェイで、しかも足踏み許してくれる環境じゃないし」
昨日と同じくズケズケと人の中に入ってきて、その癖面白くないとは思わされても、不思議と不快とまではいかない妙な気分にさせられる。
「だから今日の授業終わり次第念のために飯買って、すぐにでもここに来るつもりだったんよ。で、話し合い終わって飯持って部屋入って出れそうなところ確認したら、案の定窓こじ開けようとした跡あるし」
探偵かな、この人。と思ってしまった。
「廊下見張られてる可能性考えて窓から出ようとしたんだろ? 怪我する可能性あるから止めときな。俺が同伴なら普通に出られんだろ」
小さなことを見落とさずに、拾い上げる。
「あの、如月先輩」
「おう」
「食べ終わったらもう一度、手を引っ張ってもらっていいですか?」
「おう」
「任せな、少年」