男を破滅させるタイプの小悪魔系ギャルが八十稲羽に転がっていますがソイツ男です 作:rikka
「ごめんなさいね? 中等部なのにこっちの仕事を手伝ってもらって」
「あ~、あまり気にしないでください長谷川先輩。江古田先生との一件もあって高等部の教師陣とは校長含めて大方一通り顔合わせも済ませていますし、こちらの活動にも理解を示していただいているので……」
結局寮の全員にカレーを振舞い、週が明けた月曜日。
いつも通りに授業を終えた自分は月光館学院高等部の図書室に足を運んでいた。
「というか、ここに来たのも今度の修学旅行の打ち合わせがあったので、ついでに単純作業のお手伝いをさせてもらってるだけッスよ」
「あぁ……君の本来の学校の行先も京都だったから?」
「はい。基本的にそれぞれ別個の旅行ですが、一部見学をあえて重ねる事で学生の行動管理を楽にしようという話になりまして」
「……随分と急な話じゃない?」
「おかげさまで、うちの中学の先生からは格別の信頼を得られたようです。はい」
嘘じゃない。
修学旅行そのものは八十稲羽の中学に合わせて出る事になっていたんだが、そこで名目上特待交換生徒として巌戸台に来ているのが俺だ。
各学校の交友とかもあって、一部修学旅行で交友を深めようなんていう訳の分からん話になってしまった。
夏休みにこっちのテニス部だかバレー部だかが八十稲羽の高校と交流合宿をやっていたらしいのだが、そのつながりもあるのだろう。
…………。
てか思い出した。
こっち来る前の夏休みに、高校の部活合宿でわざわざ天城旅館を予約した贅沢な学校があったわ、と。
ユキ先輩に頼まれて部屋の片づけやアメニティ補充、館内清掃の追加戦力として参戦したわ。
俺はその部活生さん達が合同練習している間に旅館で仕事していたから顔を合わせたことなかったんだけど、アレ月光館学院だったんだ。
俺がちょうどいいパイプ役になると判断した狸や狐が、桐条グループの色が強い月光館との交流を深めようとし、一方の月光館学院も荒垣先輩の件――傷害事件と認識されているアレの影響を
ちょうど江古田の一件――というよりは雑誌の件で俺がメディアを動かして見せたのも材料の一つだったのだろう。
メディアも都市と地方を繋ぐ動きとして報道している。
その時の呼び寄せパンダ役で、先月のように完全にキャラ作った状態でテレビの前に引っ張り出される羽目になったわ。
(おかげで忙しくはあるが、先輩らがいる高等部でもある程度自由に動けるパスポートを得たと思えば悪くないか)
「でも、千影君が来てくれるのは嬉しいわ。私相手に堂々と声をかけたり、叱ってくれるのは君だけだもの」
「……一応こちらでも目を光らせていますけど、あれから記者や妙な生徒の接触はありませんか?」
「ええ、大丈夫よ。……本当に、ありがとう千影君。その……なんていうか……」
長谷川沙織先輩。
本当に偶然知り合うことになった、月光館学園高等部二年生の図書委員。
二年間の留学のために有里先輩らの二年年上とは聞いているが……。
(マジで美人なんだけど……なんでかなぁ。仕草っていうか、雰囲気に隙があるんだろうなぁ)
色白の肌に泣き黒子、それにウェーブのかかったセミロングの髪。
同学年でこんな子いたら男子がほっとかないんだろうけど……話を聞くに集まるのは微妙――どころかむしろ害悪に成り兼ねない羽虫ばかりだ。
俺のポリシーに反するんだが、最近では男子の制服も常に持ち歩いて、高等部に入る時は着替えるようにしている。
海老パイセン同様、男避けに専念しなければならない人だ。
下手に放っておいていたら、いつの間にか繁華街に立ってそうでこの人怖い。
いや、滅茶苦茶失礼な感想だというのは分かっているんだけど、手を引いてやらねばと不思議と感じてしまう。
俺が守護らねば。
「私ね、君みたいな人初めてなの。私に求める人はいつもどこかコソコソしていたけれど、君はいつも堂々としていて、守ってくれて、手を引いてくれて……叱ってくれて……」
「先輩はもうちょっと我を出していいと思いますけどね」
完二は『我』を守るためにツッパる方向に鎧を纏ったけど、この人は『我』を守るためにノーガード戦法に出たタイプだと思う。
そうなった経緯まで踏み込めてないけど、求める事を恐れているから、求められる事を望んでいる。
求められる事に意義を感じて、なんでもしてしまう。
……いかん、マジで交友関係を維持しなければならない人だ。
変な男に引っかかったらヤベェ事になりかねん。
あの様子を見るにご両親もそこまで守ってくれそうにねぇし。
「……ねぇ、千影君」
「うっス」
「千影君は、怖くないの?」
「……なにが、でしょうか」
「自分の好きなように生きる事……かしら……」
「……割と思うように生きられてないんですが」
ペルソナとか、影時間とか、戦闘とか。
女装に関しても、八十稲羽でようやく受け入れられるようになったのにここではまた繰り返しだ。
とりあえず揶揄う男子は片っ端から脳焼いて、絡んでくる女子も男子モードで適当にやり過ごしているけど。
「でも、君が誰かに引いている所なんて見たことないわ。先日も桐条先輩や幾月理事長を前になにか揉めてたじゃない」
「あぁ……あれは身の安全を確保するための情報開示請求というか……」
「今は男の子の格好だけどいつもの女装だって、先生達に認めさせたんでしょう?」
「おかげで副会長の小田桐先輩にこの前捕まって、放課後延々と議論する羽目になりましたけどね」
しかも同時発生していた校内生徒の喫煙問題の調査だかでやりすぎて殴られそうになってるし、咄嗟に盾になったせいで殴られるわ空気変にするわ……。
うん、やっぱ月光館来てから中々俺が思う『好きに生きる』って出来てないわ。
「私には怖くて出来ないわ。自分の思う通りに振舞って、相手が嫌な顔をしたり、不機嫌になったりしたら……それって、『私』が否定されるという事でしょう? ……それを見るのが怖いの」
……だから求められたことを求められたとおりに、か。
「ん~~~~~~」
今日は用事があるっつってケンと伊織先輩の飯は作り置きのセットを用意してある。
米も二合予約で炊いているし。約束の時間まで余裕はある。
「それじゃあ、さっさと仕事を終わらせてさっそく先輩の『好きな事』をやってみませんか?」
「え?」
「今日、先輩のお時間があるならですけど」
やっぱ駄目だ。なんとなく放っておけない。
「先輩の好きな所で、好きな事をしてみませんか?」
「……千影君」
「まぁ、先日の件があって、俺実質先輩へのお目付け役も期待されてると思うんであんまりヤベェ所は無理ッスけど……」
「ううん、千影君。それなら、ちょっといいかしら」
「うス」
「私ね――」
「一度、友達とカフェでゆっくりお茶っていうのをしてみたかったの」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あれ? 今日は如月いねぇの?」
「今日は用事があるって言ってました。それでもご飯は作り置きを用意してくれてますので……これ、順平さんの分ですね。ラップをかけているお皿はレンジで温めてくれって。鍋のお味噌汁はさっき火にかけた所なので、温まるまで少し待ってくださいね」
「……いつの間に用意してたんだよアイツ」
「日曜日にいつも一週間分の食事で出来る事を纏めてやってますから。お味噌の量計って一回分ずつラップで包んだり、日持ちする料理をタッパーに詰めて冷蔵庫で寝かせたりして……」
「……なんでアイツ、男なんだろうな」
「ゆかりさんみたいな事言わないでくださいよ」
巌戸台分寮のリビングでは、いつもならファストフードかカップ麺を啜っている順平が、天田と共にキッチンに立っている。
「豚キムチにほうれん草と小松菜のツナマヨ和え、人参と卵の炒め物にお味噌汁……順平さん、ご飯はどれくらい食べます?」
「大盛り!」
「即答しましたね」
「ハッハッ、だから自分で盛るよ。えぇと……茶碗は……」
「あ、こちらです」
如月千影が来てからの影響の一つがこれだろう。
洗い物を始めとする家事を千影と天田が、それに時折寮生が分担して行う機会が増えた事だ。
それが切っ掛けとなったのかは不明だが、荒垣の一時離脱にともなう重苦しい空気は改善されて、前以上に個々の繋がりは強くなった。
「ところで天田」
「ハイ」
「この前如月が真田先輩と戦ったってマジ?」
「知らなかったんですか? はい、本当です」
ただその中で、微妙な空気になっているのが三年生組だった。
天田や順平に理由は分からないが、元から特別課外活動部に参加していた面々はともかく如月千影との距離感を測りかねているように感じていた。
「あっ、一応言っておきますけど喧嘩とかじゃないですよ? ただ……」
「あぁ。真田さん、明らかに如月を意識してるもんなぁ。桐条先輩もだけど」
その結果があの一幕だったのだろう。
先日、最近如月が気にかけている『長谷川』という女生徒を迎えに行った如月は、高等部の校門で取り巻きの女生徒を無視していた真田に声をかけられた。
――如月、頼む。悪いが付き合ってくれないか?
後に如月は、生まれて初めて女の視線で殺されるかと思ったと回想している。
――……どこに、ですか?
――体育館だ。美鶴に頼んで、今日は空けさせてもらった。邪魔は入らん。
さらにはこう回想している。
あの時初めて真田先輩を、頭の中で『この腐れプロテイン馬鹿が!』と罵倒したと。
さらにキツくなった女子の重力を伴うメンチに足をガクブルにしながら、更に切り返す。
――ちなみに、用件は?
――……お前にとって迷惑な話だとは分かっている。だが……頼む、如月。
――俺と……全力で戦ってくれ。
後に、如月千影はこう振り返っている。
あの時程、防衛目的以外でコイツボコろうと決心した日はなかったと。
「いやぁ、実は今日うちの男子共がケータイで動画見てるのチラッとみたら、真田先輩と如月っぽい男が素手――素手と足で戦ってる動画でさ」
動画の中では決着はつかず、引き分けだった。
ただし、真田の取り巻きの女生徒や騒ぎを聞きつけた野次馬の生徒らによって、その顛末は広く流れた。
あのボクシング部16戦無敗の真田と互角の異種格闘技戦を繰り広げた美少女がいる。
のちに美少女から美少年、最後に女装男で二段階変化をすることになった結果、とうとう高等部にまで『如月千影』の存在が認知されることとなった。
「動画なら、それ見て千影さんと断言できなかったんですか?」
「…………ほら、普段の如月見てるだろう?」
「ええ」
「町に出掛ける時はなんかこうパンクな……なんつーの? ゴスロリとかそれのミリタリーチックな奴とか着るけど……ここで過ごす時とか買い出しの時はメイド服じゃん。髪もロングにして」
「ええ」
天田は小さな脚立に乗ってコンロの前に立ち、味噌汁が沸騰しないようにゆっくりかき回してる。
それを見守りながら、順平は溜息を吐く。
「や、タルタロでの戦いとかで分かってんだけどさ。なんかアイツが素で戦ってる姿客観的に見てさ……」
「はい」
「脳がバグって判別付かなかった」
「皆さんそうおっしゃいますよね。僕には意味が分かりませんけど」
天田も順平も――というか関わった人間のほとんどが思う。
なんでコイツ女装やってんだと。
やってなければ、今頃彼女を連れて理想の学生生活送れていただろうと。
「あれだよ、なんつーか。子猫だと思ったらライオンになってたり、ライオンだと再確認してもう一度見たら子猫になってたり……その、カッコイイと可愛いと綺麗を常に反復横跳びで交互に行き来してるっていうか……」
これは岳羽ゆかりが激しく同意したことでもある。
「まぁ、それはなんとなく分かりますけど。……あっ、そろそろかな」
そうしている間に味噌汁が温まり、小さな泡がポコリポコリと湧き始めている。
「おっ、そんじゃこっちも用意するか。布巾借りるぜ。テーブル拭いてくる」
「お願いします」
「おう。……そういやその如月はどこに? また長谷川先輩と?」
「いえ。確か今日は……」
「――風花さんと食事をしてくるって」
「マジ!? …………え、デート?」
「どうなんでしょうね」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
長谷川先輩とお茶をしてから一緒にモノレールで巌戸台まで帰り、バスに乗るまで見送ってから商店街へと足を運ぶ。
ワイルダック・バーガー。
もはやおなじみと言えるハンバーガーチェーン店。
「ごめんなさい、如月君。ちょっと部活で遅くなっちゃった」
「いえ、こちらも実は少し遅れ気味だったので気にしないでください」
定番と言えば定番なだけに選択肢は多く、同時にこの時間に学生がいてもおかしくなく、かつ込み入った長話をしてもおかしくない店はここしかなかった。
「というか、ややこしい仕事を頼んですみません先輩」
「ううん。……あの時、如月君の話を聞いて私も思ったの」
注文を済ませて、二人だけど四人掛けの席に陣取る。
ハンバーガーやポテトが乗ったトレイを席に置くのと同時に、山岸先輩がかなり小さめのノートパソコンを取り出す。
「私達、今も満月の度に
さらに鞄からヘッドホンを取り出そうとしているが、さすがに目立つ。
手で制して、自前のイヤホンを鞄から取り出してノーパソにジャックを差す。
「あんまりやり取りするのも不味いかなと思って、私のパソコンだけにいれてあるんだけど」
「十分です。むしろ、俺の我儘なのに外でやり取りする事に同意してくれたのが意外でしたね」
電源ボタンを押して立ち上がりを待つ間、イヤホンをキーボードの上に置いてとりあえずドリンクで渇きを癒す。
「……如月君は、理事長と先輩達を警戒してるんだよね」
「正確には桐条グループと、その下に着いている先輩達ですけどね」
あのニヤケ眼鏡はとりあえず信じていない。
その上で、その裏に誰がいるのか――いると仮定すればそれは桐条グループの誰か、あるいはそのものである可能性が高い。
「部屋に呼んでのやり取りも考えましたけど、寮である以上人目を引きます。……特に男と女ですので」
「……? 男……?」
…………あの。
「……あ、あぁ! 男の子!! うん……男の子!!」
……山岸先輩?
俺今普通の男子制服着てますよね? 中等部の。
「あの、ごめんなさい。普段の如月君見てると普通に女の子にしか見えなくて……。あの、いつも天田君起こす時も、ご飯の用意する時もメイド服だし、その後学校に行く時も女子の制服着てるから」
ケンを風呂に入れる時いつも男の方に入ってるでしょうが!
メイド服は……うん、ごめんなさい。
あれはもうコスチュームとかじゃなくて完全に作業着なんで気が付いたら着てるんです。
「……伊織先輩に懇願されて、最近は甚平とか浴衣来てるんすけどね」
「う、うん。だけどほら、仕草とか……ね?」
ね? と言われましても。
戦いとかじゃない限り、重い着物を着ている時をイメージして動く感覚を少なくして、全体的にゆっくり動くように意識はしているけど……。
ユキ先輩のお母さんが面白がって、先輩と一緒に俺に日本舞踊とか教えているから……。
そういえば何年くらいになるんだ??
……十年……は行ってないな。
八年くらい???
ともかく、影響あるとすればアレか。
「まぁ、ああいう恰好を普段着にしているのは自分スからね……。ん、立ち上がった。先輩、これの――」
「あ、うん。……これだね」
「私達が屋久島で見せられた、例の大型に関しての映像のコピー」
ようやく目に出来るか。
桐条先輩やニヤケ眼鏡に直談判して要請した情報の中の一つ。
本当はもっと色々頼んでいるんだけど、あのニヤケ眼鏡め、機密保持だの外部流出の危険性を盾にほとんど寄越さねぇからな。
さて、もう次の『大型』とやらが出るまで一週間切ってるが……。
(なにか、掴めるか?)