トラックと行く異世界配送業~トラックごと転移したので配送無双します~ 作:延暦寺
あれから一時間ほど、カイナの指示に従って最寄りの街へ車を進めているが、一向に景色は変わり映えしない。
道中、モンスターっぽいデカい狼や、ゴブリンと思われる緑色の二足歩行のなにかを見かけたが、怖かったので遠巻きにスルーした。
せっかくのファンタジーらしい存在だが、安全第一である。
気分は完全に車内から見るサファリパークだ。
向こうもトラックが見慣れないせいか、警戒して近づいてはこなかった。
「なぁカイナ、さっきの緑のやつってやっぱりゴブリンか?」
『肯定します。1体ごとの戦闘力は新人冒険者でも対処可能ですが、集団の場合は単身で挑むのは危険です』
やっぱりそうか。さっき見たときは数匹固まっていたので、避けて大正解だったみたいだ。
『マスター、次の分岐を右折し、森の中へ入ります』
指示に従って右を見れば、現代日本ではお目にかかれないほど鬱蒼とした大森林が広がっている。
「ねぇカイナ、森の中って車で走れるのか?」
『主要な流通経路となっているため、馬車道が整備されており通行可能です』
なるほど、それなら大丈夫そうだ。
とはいえ見通しの悪い森の中だ。
うっかり現地の歩行者を轢いてしまったら一生トラウマになる。安全運転で行くとしよう。
指示通り森の中へ入ると、カイナの言う通り踏み固められた馬車道があった。
対向の馬車もいなかったので、ありがたく走らせてもらう。
「――ッ⁉」
森に入って数分後、突如として遠くから絹を裂くような金声が響き渡った。
「おいおい、まさか誰かが襲われてるなんてベタな展開じゃないだろうな……」
『肯定します。数百メートル先、進行方向にて複数名の反応を検知。現在、交戦中の模様です』
交戦中ってことは、交戦しているということなんですよ。
突然の出来事に混乱していると、カイナが『どうしますか』と淡々と尋ねてくる。
だが、俺が行ったところでどうにかなるのだろうか?
異世界転移の定番といえばチート能力だが、あいにく俺には何の戦闘力もない。
下手に突撃しても足手まといになるだけでは……。
「誰か……助けて……!」
葛藤する俺の耳に、再び切羽詰まった少女の声が届く。
「……ッ! ああもう、行くぞカイナ!」
俺は腹を括ると、アクセルペダルを踏み込んだ。
唸りを上げるエンジン音とともに、軽トラックが猛スピードで森の道を出発する。
「あれか!」
視界が開けた場所には、壊れた馬車と、それを取り囲む数人の武装した男たちがいた。
鎧を身にまとい覆面をした男たちが思い思いに武器を構え、二人の人物を追い詰めている。
一人は黒髪ショートカットの十代半ばくらいの少女。
もう一人は、彼女を庇うように刃を構える赤髪の女騎士。奮闘しているようだが、全身傷だらけで息も絶え絶えだ。
俺は直感で少女側が被害者だと判断し、思い切りクラクションを打ち鳴らした!
――ップーーーーーーー!!
「おらぁ! 轢かれたくなきゃ散れ、散れぇぇぇ!!」
「な、なんだあの鉄の怪物は!?」
「こっちに向かってくるぞ!?」
森中に響き渡る爆音と、向かってくる謎の鉄の巨塊に、男たちはぎょっとして引きつった顔を向ける。
俺はさらに追撃のクラクションを連打する。
「見たこともないモンスターだ! ずらかれ!」
「しかし、あの女どもは……!」
「構わん、どうせあのモンスターに喰われる! 逃げるぞ!」
男たちはそう叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
どうやらトラックを未知の凶悪モンスターと勘違いしてくれたらしい。
万が一、武器で攻撃されていたらガラスが割れていたかもしれない。彼らの判断の速さに感謝である。
二人のすぐ手前に車を止め、俺はドアを開けて車外へ出た。
「大丈夫ですか……?」
「まぁ、モンスターの中から人が……!?」
「お嬢様、下がってください! お気をつけを!」
突如として現れた俺に対し、赤髪の騎士が傷ついた身で剣を構え、警戒を強める。得体の知れない物体から出てきたのだから無理もない。
「えっと、落ち着いてください。俺はあなたたちの味方です。害を加える気はありませんよ」
両手を挙げて無害さをアピールしてみる。
「……お前は何者だ。それに、その鉄のモンスターはお前が従えている使い魔か?」
「俺は鴨津《かもつ》。これはトラックと言って……まあ、勝手に動く鉄の馬車みたいなものです」
俺が答えると、赤髪の女性は驚いたように目を見開いた。
「馬車だと……? 新種の魔道具とでも言うのか……?」
魔道具が何なのかはよく分からないが、そう理解してもらった方が話が早いだろう。
「あ、そういえば普通に言葉が通じてるな……」
何の違和感もなく日本語で会話していたが、冷静になれば言語が通じるのはおかしい。
『マスターがこの世界に来る際、自動翻訳の加護が付与されています。現地の言語はマスターにとって馴染み深い単語に変換されて認識されます』
俺が疑問を口にするとカイナが補足してくれる。
あら便利~。異世界お約束の翻訳機能機能か。
これがないと会話も成り立たないから非常にありがたい。
「まあ……! エレン、あの馬車、喋りましたよ!」
黒髪の少女が目を丸くし、エレンと呼ばれた騎士の腕を引く。
「ええと、そういう会話機能がついた魔道具なんです」
AIと言っても通じないと思うので、俺はもう魔道具で通すことにした。
「知能を持つ魔道具をお持ちとは、さぞ高名な賢者様とお見受けします。この度は危ないところをお助けいただき、本当にありがとうございました」
黒髪の少女は俺の言葉に納得がいったのか、そう言って丁寧にお辞儀をした。
「お嬢様! このような得体の知れない男に軽々と頭をお下げになるなど……!」
「エレン。この方の思惑がどうあれ、命を救っていただいたのは事実です。まずは感謝を述べるのが筋でしょう?」
凛とした少女の言葉に、エレンと呼ばれた騎士はグッと言葉を詰まらせ、悔しそうに剣を引いた。
「改めて名乗らせていただきます。私はリリィ・メルカトル。メルカトル商会という小さな商会の娘です。そして、こちらの女性はエレン。私の護衛の騎士です」
気品のある佇まいから良いところのお嬢さんだとは思っていたが、商会の娘さんだったか。
「俺は鴨津《かもつ》です。運送業をしておりまして……まあ、今は故あって放浪の身です。で、このトラックのナビゲーションAI……じゃなくて魔道具が、カイナと言います」
『カイナです。お見知りおきを』
リリィは「よろしくお願いいたしますね、カイナ様」と可憐な笑顔を浮かべた。
「そういえば、お二人はどうしてこんな危険な場所に? 先ほどの連中は野盗ですか?」
「実は……私の父――メルカトル商会の会長が重い病に倒れまして。その病に効くという噂の薬草を手に入れ、街へ戻る途中だったのです。ですが、その隙を狙われて野盗に襲われてしまい……」
なるほど、お父さんの命がかかっているわけか。
「なら急がないと危険ですね。俺の車で送りましょうか?」
「えっ、本当ですか⁉ 馬車は破壊されてしまったので、助かります。」
リリィの視線の先には、車輪がバキバキに破壊された彼女たちの馬車があった。とてもじゃないが修復不能だ。
だが、俺の軽トラも運転席と助手席しか座席がない。荷台に乗せるのもかわいそうだしな……。
『マスター、ポイントを消費してトラックの機能を解放いたしますか?』
俺が困り果てていると、カイナが提案してきた。
「そうか、変形機能があったな! 解放できる一覧を見せてくれ」
『承知いたしました』
視界に半透明のディスプレイが浮かび上がる。
中型トラック、大型10t車、冷凍ウィング車、果てはキッチンカーまで様々な形態が並んでいた。
どれもコストが高く手が出ないが……その中に『人員輸送トラック』という項目を発見する。
「これなら二人を乗せられるな。……でも、消費ポイント2,000ptかぁ~っ」
血と汗の結晶である手取り25万円(2,500pt)から2,000ptを引けば、残りは500ptを切ってしまう。ガソリン代(1pt=1リットル)を考えると大打撃だ。
だが……ここで出し惜しみをして彼女たちを見捨てるわけにはいかない。
「ええい男は度胸! カイナ、『人員輸送トラック』を解放だ!」
『承知いたしました。2,000ptを消費。人員輸送トラック機能を解放します』
次の瞬間、俺の愛車が眩い光に包まれた!
グググ……と車体が二回りほど巨大化していく。
光が収まると、そこにあったのは重厚な中型バンボディのトラックだった。
後部の荷台扉を開けると、そこにはふかふかの高級カーペットにふかふかのソファ、固定テーブル、そして冷暖房完備の快適空間が広がっている。
「見てくださいエレン! 鉄の馬車の内装が、お屋敷のように凄いです!」
「むう……外からの衝撃も防げそうな頑丈な構造……ただの魔道具ではありませんね」
二人は感動の声を上げている。
……上がているのだが、大問題が一つあった。
側面の巨大なガラス張り仕様。
外側からは完全な鏡にしか見えず、内側からは外の景色が丸見えという特殊仕様――そう、マジックミラーである。
「マジック〇ラー号じゃねえか!!」
俺の血と汗の20万円(2,000pt)を捧げて手に入れた相棒の新フォームは、男たちのロマンが詰まりすぎた紳士仕様車だった。
(……いや、外から中が見えないなら護衛的にも安全だし! 景色も見えて快適だし! 決して怪しい車じゃないからな⁉)
心の中で必死に言い訳をしながら、俺は複雑すぎる表情で二人を