トラックと行く異世界配送業~トラックごと転移したので無双します~ 作:延暦寺
「エレン! すごいですよ、これ! 中がとっても涼しいです……! そ、それにこのソファもふかふかで……商会のいちばん良い客間でも、ここまで豪華な椅子はありませんよ!」
「お嬢様、落ち着いてください……いや、しかしこの鏡も実に見事です。ここまで歪みがなく精度の高い鏡など、王都の大貴族でも持っていまい。しかも、外からはただの鏡にしか見えないのに、中から外は丸見えとは……なんとも面妖かつ素晴らしい仕組み……!」
2,000pt(20万円分)という血の涙を流して解放した人員輸送トラックの車内で、リリィとエレンは目を輝かせてキャッキャッと歓声を上げている。
二人が気に入ってくれたのは大いに結構なのだが……この車の
なんだろう、この精神的なプレッシャーは……。
「カモツ殿! この不可思議な鏡は何という魔導具なのだ!?」
「あ、ええと……それはマジックミラーといって、光の反射を利用して外からは見えず、中からだけ外が見える特殊な鏡なんです。外からはただの鏡にしか見えないんですよ」
俺が説明すると、エレンは「なるほど……!」と感心したように頷き、ペタペタと吸い付くように鏡面を触り始めた。目が完全に職人のそれである。
「どのような魔法陣が組み込まれているかは分からんが……外から中の様子が一切伺えないとなれば、敵を欺く隠密行動や、重要人物の護衛において完璧な防御壁となるな。実に理にかなっている……!」
「ふふ、エレンは極度の魔導具マニアなんです。特に、こういう変わったからくりを持つものが大好きで」
いつの間にか近くへやってきたリリィが、クスリと笑いながら教えてくれた。
最初は生真面目で危険な堅物騎士かと思っていたが、どうやら案外人間くさい一面もあるらしい。
「意志を持ち会話が可能な魔導具《カイナ殿》といい、この奇妙な鉄の馬車といい……カモツ殿、貴様は本当に何者なのだ? さっきはただの配達人と言っていたが、まさか伝説に聞く大賢者の類ではないだろうな?」
「いやいや、 さっきも言った通り、俺は本当にただのフリーの配達人で……」
実際、そうとしか言いようがない。
なぜ俺が軽トラと一緒に異世界へ飛ばされたのか、なぜカーナビがAI化してポイントで変形できるようになっているのか、俺自身が一番知りたいくらいだ。
「……ふむ。ただの配達人がこのような国宝級の魔導具を持っているとは到底思えんが。まあいい、貴様が我々の命の恩人であることは紛れもない事実だ。……これ以上深く突っ込むのは野暮というものだな」
「……そう言っていただけると、本当に助かります」
胸を撫で下ろしていると、リリィが袖口をちょんちょんと控えめに引っ張ってきた。
「カモツ様はフリーの配達人とおっしゃっていましたが、普段はどのようなものを運んでいらしたのですか?」
「えーと、運送会社……あー、いろんな商会から依頼を受けて、指定された場所まで荷物を届ける仕事ですね。個人の家へ届ける小さな荷物から、お店の在庫品まで、運ぶものはその時々で様々ですよ」
「なるほど……!」
リリィは可愛らしく顎に手を当て、感心したように頷く。
「ということは、カモツ様は本日もどこかへ荷物を届ける道中だったのでしょうか? お仕事中でしたのに、私たちを助けるために手を止めさせてしまい申し訳ありません……」
「あ、いや! さっきも言った通り、今はちょっと訳あって仕事はお休み中……というか、絶賛放浪中ですのでお気になさらず」
本当は、この世界に来る直前まで山奥の集落へ荷物を届ける仕事の最中だったのだが……異世界に飛ばされた際、荷台の荷物は綺麗さっぱり消滅していた。
もしかしたら、あの最後の配達依頼自体が、俺をこの世界へ誘い込むための罠だったのだろうか?
誰が何のためにそんなことをしたのかは、サッパリ分からないが。
「ふふ、もしかするとカモツ様があのタイミングで通りかかったのは、アイリス様の尊い導きかもしれませんね」
「アイリス様……?」
「なんだカモツ、貴様はこの世界の主女神であられるアイリス様をご存知ないのか? どこの田舎の出身だ。それでよく運送業などと……」
首を傾げる俺に、エレンが呆れたような眼差しを向けてくる。
「アイリス様はこの世界をお創りになられた主柱の一柱であり、特に海路や陸路……すなわち旅人や行商人の安全を守護される尊い女神様なのだ」
ほう……なるほど。日本で言うところの宗像三女神《むなかたさんにょしん》みたいなものか。
タゴリヒメ、タギツヒメ、イチキシマヒメの三柱からなる交通安全の神様で、陸海上のあらゆる移動を守護してくれるとされる女神だ。
何を隠そう、トラックドライバーである俺も安全祈願のお守りを肌身離さず持っている。
今乗っているこの軽トラのルームミラーにも、福岡の宗像大社で授かった交通安全の御札がしっかり結びつけられていた。
……ちなみに、変形した今もミラーの脇にちゃんとぶら下がっている。
仕事を始める前に現地へ参拝に行ったほど、俺は神社仏閣巡りが好きなのだ。
「――という、我々商人や旅人にとって最もありがたい女神様なのだ。貴様も道中の無事を感謝し、信心深く敬うように」
「ははは……肝に銘じておきます」
エレンのありがたい(?)説教を聞き流しつつ、俺は運転席に向かう。
この世界の歴史や宗教については、街に着いて落ち着いてから勉強し直すとしよう。
「さて、女神様のお話はまた後でじっくり伺うとして……リリィさんのお父上が待っているのでしょう? 急ぎましょうか」
「あぁっ! そうでしたわ! 珍しい魔導具に興奮して、すっかり失念しておりました……!」
「お恥ずかしい限りです……」
元の目的を思い出して頬を染める二人を、しっかりと後部の
何も知らない清らかなお嬢様と女騎士をこの部屋に乗せるのは、元ネタを知る男として非常に気が引けるのだが……なけなしの2,000ptを投じて解放したのだ、使わなければそれこそ大損である。
「走行中は揺れることもありますから、シートベルト……あー、ソファに深く座っていてくださいね。何か用があれば、この運転席に通じる小窓から声をかけてくれれば聞こえますので」
「分かりました。何から何まで、本当にありがとうございます!」
「行き先は王都メルヘンブルクでしたね。ちょうど俺もそちらへ向かう予定でしたから、気になさらずに」
本当は手前の街あたりに向かう予定だったのだが、恩着せがましくならないようそう誤魔化しておく。
「カイナ、王都メルヘンブルクまでのルート案内をお願い」
『承知いたしました。王都メルヘンブルクまでの最速ルートを再設定。ナビゲーションを開始します』
カイナのクリアなボイスが車内に響き、モニターに最短ルートが青いラインで描かれた。
俺はゆっくりとアクセルを踏み込むと、トラックが滑らかに走り出した。
「ひゃあ……っ⁉ 動き出しましたよ、エレン……っ!」
「うおっ、うおぉ……⁉ 本当に馬も引っ張っていないのに動いている……!」
背後から二人のはしゃぐ声が聞こえてくる。
ちょっとだけイタズラ心が芽生え、俺はアクセルを少し強めに踏み込んでスピードを上げてみた。
「あぁ……っ、は、早くなりました……っ! あん……っ」
「くっ……! 馬車と違ってガタガタした揺れが全くない……なんて心地いいのだ……んっ……」
……待て。
話している内容はトラックの性能に対する素直な感動のはずなのに、壁越しに漏れ聞こえてくる声と息遣いだけを聞いていると、めちゃくちゃ艶っぽくて怪しく聞こえるのは何故だ⁉
ダメだ……! これも全部マジッ〇ミラー号とかいう名前のせいだ……!
俺の脳が勝手に変な変換を起こしてやがる。
変な汗をかいた俺は、心の中で強く誓った。
今後、この車体モードのことは一切の不純な呼称を封印し、魔導ミラー号と呼ぶことにしよう。そうしよう。
「よーし、安全運転で王都まで爆走するぞー……!」
煩悩を振り払うように独りごちると、俺は夕道に差し掛かる街道を、王都メルヘンブルクに向けて爽快に駆け抜けていくのだった。