トラックと行く異世界配送業~トラックごと転移したので無双します~ 作:延暦寺
道中の移動は、拍子抜けするほど順調だった。
時折街道沿いにモンスターが姿を現すが、エンジン音を響かせて走る得体の知れない鉄の塊に警戒したのか、近づこうとはしない。
たまに好奇心旺盛な個体が寄ってきても、アクセルを踏み込んで速度を上げればあっという間に引き離すことができた。
「本当に凄いですね……。この速度で走り続けられるなんて」
「はい。馬車であれば、とっくに馬が音を上げて倒れているとこです」
後部席から漏れ聞こえる二人の感嘆の声に、俺は思わず口元を緩める。
こういうファンタジー世界の住民が現代地球の技術に目を丸くするというシチュエーションは、フィクションの物語でよく見かけたものだ。
実際に目の当たりにすると、なんだか無性に誇らしい気分になってくる。
――まあ、このトラックを作ったのは俺じゃないんだが。
時折すれ違う対向の馬車から、御者や乗客がギョッとしてこちらを見つめてくるのは、まあご愛敬だろう。
「あ……しまった」
「どうなさいましたか、カモツ様?」
ふとある懸念が頭をよぎり、俺が声を漏らすと、運転席に通じる小窓からリリィが顔を覗かせて尋ねてくる。
「いや、今王都に向かっていますけど、このトラックをどうしようかなと。目立ちすぎますし、入り口で止められませんかね?」
「ああ、それでしたら大丈夫です。魔導具と言い切ってしまえば問題ありません。ここまで高性能なものは見たことがありませんが、魔力さえ込めれば自動で動く魔導具自体は存在しますので」
それなら大丈夫……なのか?
実際、リリィたちも最初は驚いていたものの、「こういう魔導具だ」と説明したら納得して、今ではすっかりドライブを楽しんでいるわけだしな。
「それなら何とかなりそうですね。……あ、あと、このトラックって王都の中を走れそうですか?」
現代日本なら車道が整備されているのでトラックでも余裕だが、道幅が足りなくて身動きが取れなくなったら目も当てられない。
「そちらもご安心ください。王都には大きな商業区があり、日々数多くの大型馬車が行き来しております。四頭立ての荷馬車でも余裕ですれ違えるほどの道幅がありますから、問題なく通行できますよ」
そうなのか。
ファンタジーの王都の路地といえば、狭くいイメージがあったので少し意外だった。
だが言われてみれば確かに、物流の拠点なんだから馬車がすれ違えるだけの大通りがあって当然だ。
リリィの言葉に納得した俺は、そのままアクセルを踏み込んでトラックを走らせる。
――それからしばらく走ると、地平線の向こうに巨大な城壁が見えてきた。
その奥には、西洋の城が聳え立っている。
『もうすぐ目的地周辺です。案内を終了します』
「ありがとう、カイナ」
ナビを終了したカイナに礼を言うと、俺は後ろのリリィとエレンに声をかけた。
「もうすぐメルヘンブルクです。城壁に囲まれているようですが、どこから入ればいいですか?」
「まあ、もう着いたのですか!」
「うーむ……馬車とは比べものにならん速さですね、お嬢様」
俺の問いかけに、二人は驚きを隠せない様子で顔を見合わせている。
道中の見通しが良かったので、いつもより少しスピードを出していたからな。
良い子はきちんと法定速度を守ろうね!
「あ、カモツ様。輸送馬車専用の出入口がありますので、そちらへお願いします。場所は――」
リリィの指示に従ってハンドルを切ると、トラックは目的の門へと向かう。
近づくにつれて王都の規模の大きさがはっきりと分かり、周りを走る馬車の数もどんどん増えていった。
「……結構並んでいますね」
「ここはいつ来ても混雑しているのです。おとなしく順番を待つしかありませんね」
まあ、順番待ちくらいなら慣れているから平気だ。
こういう待ち時間にはスマホでも弄って暇をつぶすところだが、あいにくこの世界に来たときスマホはどこかへ消えてしまった。
異世界転生するならスマホも一緒に連れてきてほしかったものだが、無いものをねだっても仕方がない。
相棒であるこのトラックとカイナが手元にあるだけでも、十分すぎるくらいラッキーと思おう。
「――い。……おい、アンタ!」
進んでいく列をボケーッと眺めていると、不意に外から声をかけられた。
視線をやると、隣に並んでいた馬車の御者台から、五十代くらいの気さくそうなおっちゃんがこちらを覗き込んでいる。
「あんた、その鉄の馬車は一体全体なんだい? 馬もいねぇのに動いてるし……それに後ろのデカい鏡は何だ? めちゃくちゃ映りの綺麗な鏡じゃねぇか」
「お嬢様……本当に外からは、私たちの姿が見えないのですね……」
「ええ。このマジックミラー、搬でも何かと活用できそうです」
おっちゃんに話しかけられている間、後部席ではリリィとエレンが何やらヒソヒソと小声で密談している。
「あー……これはですね、馬が居なくても動く魔導具なんですよ」
「へぇ~! 魔導具ってのは便利なもんが多いが、こんな物スゴいのもあるんだなぁ!」
俺のテキトーな説明に、おっちゃんは感心したように深く頷いた。
どうやら、本当に魔導具とさえ言っておけば誰もが納得してくれるらしい。
魔法が存在する世界、便利すぎるな。
「そんなスゲぇ馬車でここに並んでるってことは、どこかデカい商会の者かい? あ、もしかしてエチゴ商会だろ! あそこは王都でもダントツでデカい商会だからな、それくらいの魔導具を持っててもおかしくねぇ」
エチゴ商会……?
「……王都で最も大きな商会です。我がメルカトル商会とは、資金力も規模も天と地ほどの差があります」
小窓からそっと教えてくれたリリィの声には、どこか哀愁が漂っていた。
弱小企業の苦労はよく分かるぞ……。
「残念ながら、エチゴ商会じゃないですよ。俺は今、フリーで就職先を探している最中なんです」
「そんなスゲぇ魔導具を持ってるのに無職なんか⁉ ガハハ! まあ、そんだけのモノを持ってりゃ、すぐに良い勤め先が見つかるさ! がんばれよ、兄ちゃん!」
御者のおっちゃんは豪快に笑う。
それから番が回ってくるまでの間、気の良いおっちゃんと暇つぶしがてら雑談を交わした。
「王都のあのメシ屋は旨い」だの「あそこの店の女の子が可愛い」だの、実に有意義な情報交換だ。
後学のために、可愛い子のいる店にはいつか行ってみようと思う。
……決してやましい気持ちではなく、あくまで文化交流の一環としてな!
そんな風に話していると、トラックが珍しいのか、周囲で待機していた他の御者や護衛の冒険者たちもゾロゾロと集まってきた。
「しっかし、本当に凄ぇ魔導具だな。馬なしで動くってのもそうだが……」
「いやいや、この後ろの鏡がヤバいだろ。そこらの貴族様が持ってる鏡だって、ここまで歪みなく綺麗に映るヤツはねぇぞ?」
「ちょ、ちょっとくらい削りとっても……バレへんか?」
バレてる、バレてるよぉ。
どさくさに紛れてマジックミラーのフチを削ろうとしたおっさんは、すかさず隣の商人に頭を小突かれていた。
しかし、トラック本体は魔導具の一言で誤魔化せたものの、マジックミラーの精度については完全に失念していた。
言われてみれば、リリィたちも最初にこれを見た時は絶句していたのだ。
現代日本じゃ当たり前すぎて気にも留めていなかった。
「うーん、鏡の精度を落とせたらいいんだけど」
『可能です』
可能なんかーい。
思わず心の中でツッコミを入れる。
それならそうと早く教えてくれればいいのに。
……え、聞かれなかったから答えなかった? 現代っ子だなぁ。
『ダウングレードになりますので、ポイントの消費は発生しません。実行しますか?』
「いや、今は注目の的になってるからな。王都に入ってから、こっそりダウングレードしてくれ」
『承知いたしました』
よし、これで鏡の問題はどうにかなりそうだ。
そうこうしている間にも列は少しずつ進み、ついに俺たちの番がやってきた。
「……これまた、とんでもないのが来たな」
本日何度目になるか分からないリアクションを浮かべながら、金属製の鎧を着た門番の男が近づいてくる。
「ここを通るってことは、何か荷物を積んでいるのか? 名前と所属、それと通行証があれば出せ。無ければ入場税を払ってもらうことになるが」
――しまった。
忘れていたが、俺はこの世界の通貨を1ガルドも持っていない文無しだった。
どう言い訳したものかと冷や汗をかいていると、トラックの後部ドアが開き、リリィがすっと降りてきた。
「お疲れ様です、ゴゾーさん。こちらの方はメルカトル商会の客人となります。通行証はこちらに」
「おお、リリィちゃんじゃないか。 まさか、この凄いのがメルカトル商会の……あ、いや! 別にバカにしてるわけじゃねぇんだ」
ゴゾーと呼ばれた門番は、ハッとしたように慌てて弁解を始める。
周りの御者たちからも「あの魔導具……メルカトル商会のものなのか?」「あんな凄ぇのを抱え込んでたとは……」とどよめきが起こった。どうやら、俺の想像以上にメルカトル商会は弱小らしい。
「ふふ、大丈夫ですよ。気にしていませんから。それよりも……通していただくことは可能でしょうか?」
「あ、ああ、もちろんだ。通ってくれ」
ゴゾーが頷くと、リリィはにっこりと微笑み、吸い込まれるように完璧で美しい
「ありがとうございます。――では行きましょうか、カモツ様」
こうして俺は、ついに目的の地――王都メルヘンブルクへと足を踏み入れるのだった。