無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
庭園に乾いた木剣の音が幾度も響き渡っていた。
5歳になった俺——アレン・グレイラットと双子の兄ルーデウスは、パウロとの本格的な剣術訓練の真っ只中にいた。
パウロから三大流派(剣神流・水神流・北神流)の特徴を聞かされた後、俺とルーデウスは揃って『剣神流』と『水神流』の二つを修得することを選択した。
攻撃に特化した神速の『剣神流』。
防御と受け流し、カウンターに特化した無敵の『水神流』。
この対極にある二つの基本を身につけることが、今後の俺たちの身体作りと実戦力の土台になると判断したからだ。
「よーし! それじゃあルーデウス、まずは剣神流の踏み込みからだ! ガバッと構えて、思い切って俺に打ち込んでこい!」
パウロが木剣を構え、豪快に声を張り上げる。
「は、はい! 行きます、父さん!」
ルーデウスはぎこちない手つきながらも木剣を上段に構え、パウロに向かって突進していった。
俺はその様子を少し離れた場所から見守り、パウロの体の軸やルーデウスの足の踏み込みを冷静に観察していた。
その、直後である。
ヒュッ……!
背後から、空気を鋭く引き裂く密やかな「風を切る音」が聴覚を叩いた。
(——なっ!?)
反射神経が脳の思考よりも速く反応した。
後ろを振り返る猶予すらない。俺は足裏で地面を強く踏みしめ、腰を急激に落としながら、右手に持っていた子供用の小さな木剣を片手で背後へと回し、自身の首筋と背中を庇うように斜めに掲げた。
ガンッ!!
激しい打撃音が木首に響き、手首から肘にかけてガツンと痺れるような衝撃が突き抜けた。
「……ッ!」
踏ん張って衝撃を殺し、素早く前方に一歩跳んで間合いを取りながら振り返る。
そこに立っていたのは、ポニーテールにしたシアン色の髪をなびかせ、片手で大人用の木剣を軽々と握ったニルシィだった。174cmの長身と豊満なFカップの胸元を揺らし、シアン色の瞳を細めてニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
「へぇ〜……不意打ち気味の一撃を、後ろ手だけで防ぐか。やるな、アレン?」
ニルシィは木剣を肩にトンと担ぎ、感心したように口笛を吹いた。
俺は痺れた手首を軽く振り、ジト目で彼女を睨みつけた。
「死ぬかと思ったぞ、ニルシィ。……あんた、魔術師の癖になんでそんな素早い剣が振れるんだ? 剣術もできるのか?」
俺の問いかけに、ニルシィは八重歯を覗かせてニッと胸を張った。
「当たり前だろ! あたしをただの引きこもり魔術師と一緒にすんなよ。これでも数々の修羅場を潜り抜けてきた元・上級冒険者だ。剣神流なら、軽くな」
「剣神流を……?」
俺が驚きで見つめる中、ニルシィはルーデウスの相手をしていたパウロに向かって歩み寄った。
「おい、パウロ。ちょっといいか?」
「ん? なんだニルシィ。今ルーデウスの打ち込みを見てるところなんだが……って、お前いつの間に木剣持ってんだ?」
パウロが首をかしげる。ニルシィはパウロの前に立つと、腕を組んで切り出した。
「パウロ、アレンの剣術……特に『剣神流』の稽古、少しあたしが受け持っても良いか?」
「あぁ? お前がアレンの剣術を? なんでだ?」
パウロが不審そうに眉をひそめる。ニルシィはチラリと俺に視線を送り、ニヤリと口角を上げた。
「理由は簡単だ。アレンが今やってる『魔術』にな、剣術の身のこなしが少し絡んで来てんだよ。あいつの目指してる複合錬成術式——手に持った武装を瞬時に変化させたり、近接戦闘と錬成を同時にこなすスタイルには、型にハマった剣神流じゃなくて、魔術と剣を組み合わせた実戦的な間合いの詰め方が必要なんだ。だから、そのあたりをあたしが直接教えたいのさ」
「……」
パウロは腕を組み、不機嫌そうに顎を擦りながら暫く考え込んだ。
自分の父親としての威厳や、剣術師範としての矜持が少し引っかかっているのだろう。だが、パウロも伊達に上級冒険者をやっていたわけではない。ニルシィの言わんとすることが、アレンの魔術の異質さと噛み合っていることを直感的に理解したらしい。
「……ふん。分かったよ。アレンの『剣神流』の基礎と応用は、ニルシィに任せる。その代わり、俺はアレンに絶対に崩れない『水神流』の受けを完璧に叩き込んでやるからな!」
「決まりだな! ありがとよ、パウロ!」
ニルシィはバチンと指を鳴らすと、木剣を持ち直して俺に向き直った。
「ってなわけでアレン! 今日からお前の剣神流はあたしが鍛え直してやる! 早速だが、思い切り打ち込んでこい!」
ニルシィは長身を軽く沈め、木剣を中段に構えた。その構えには隙がなく、独特の威圧感が漂っている。
「……後悔するなよ、ニルシィ」
俺は静かに息を吐き出し、木剣を強く握りしめた。
(5歳のこの身体……筋肉量もリーチも全然足りない。だが、走車や筋トレで培った体力と、前世で叩き込んだアクションや武術の知識、重心移動の理論なら頭の中に完璧にある……!)
前世の記憶と感覚を、この幼い肉体に強引に馴染ませていく。
ただ上から振り下ろすだけの素直な剣神流の打ち込みなど、俺はするつもりはない。
「ふぅーっ……!」
ザッ!!
俺の身体が前斜めへと滑り出した。
「——速い!?」
ニルシィのシアン色の瞳がわずかに見開かれる。
俺は直線的に突っ込むと見せかけ、相手の視界の死角——右斜め前へと踏み込んだ。同時に、幼い体格の低さを最大限に利用し、床スレスレまで体勢を低く落とす。
「ハッ!」
一足飛びでニルシィの懐へと潜り込み、下から突き上げるような直上斬りを放つ!
ガコンッ!
「くっ……!」
ニルシィは咄嗟に木剣の柄で俺の打ち込みを叩き落とした。だが、俺の攻撃はそこで終わりではない。
前世で憧れ、反復練習した『アクロバティックな近接連撃』のイメージを爆発させる。
叩き落とされた木剣の勢いと重心の傾きをそのまま利用し、俺は地を這うようにくるりと一回転。遠心力を乗せた左足の「ローキック(脛への蹴り)」をニルシィの前足へ叩き込んだ!
バシッ!!
「なっ……蹴り!?」
「まだまだぁッ!」
蹴りの反動で跳ね起きると同時に、空中で身体を捻り、遠心力を極限まで乗せた木剣の横薙ぎ——『剛撃』を繰り出す!
ドスッ!!
「ぐおっ!?」
ニルシィはギリギリで木剣を垂直に立てて受け止めたが、衝撃で174cmの巨体がわずかに後退した。
「ハぁぁッ!!」
着地と同時に、今度は脱力。手首のスナップだけを利用した『しなやかな連撃(軽撃)』へと瞬時にシフトする。
シュシュシュシュッ!!
木剣が風を切り、ニルシィの小手、胴、首元へと怒涛の突きと小刻みな斬撃が襲いかかる。
連撃で相手の意識を上に引きつけ、ガードを誘発させたところで——。
(今だッ!)
俺は再び体勢を沈め、すれ違いざまにニルシィの軸足へ強烈な足払い(打撃)を放つ!
「おっとおっ!?」
ニルシィは驚愕しながらも、流石の身体能力で高く跳び上がり、俺の足払いを回避した。
空中に逃げたニルシィを見上げる俺。ほんの数秒のやり取りだったが、息が荒くなり、全身の筋肉が悲鳴を上げ始めていた。
(くそっ……! イメージ通りには動けているが、やっぱり5歳の体力がついてこねぇ……! 技の切れと威力が持続しない……!)
空中から着地したニルシィは、シアン色のポニーテールを揺らし、ハァと息を吐いた後——見たこともないような凶暴で楽しげな笑みを浮かべた。
「……あはっ、あははははっ! なんだよそれ! なんだよ今の動きはアレン!?」
ニルシィはFカップの胸を激しく上下させながら、大爆笑した。
「剣神流の速い踏み込みの中に、アクロバティックな体術、足払い、蹴り、さらには重い一撃(剛撃)と軽い手数の連撃を交互に混ぜ込んで来ただと!? 5歳のガキがやる身のこなしじゃねえぞそれ!」
「……褒めても何も出ないぞ」
俺は木剣を構え直し、息を整えながら警戒を解かない。
ニルシィは木剣をクルクルと手元で回すと、シアン色の瞳をギラリと光らせた。
「最高だ……最高すぎるぞアレン! 既存の剣術の枠に収まらない、その変幻自在のスタイル! それこそお前が『星屑の錬成』で赤熱の短剣や長剣を戦いの中で瞬時に生み出し、間合いを狂わせながら戦うための『最高の骨組み』だ!」
ニルシィは踏み込みの姿勢をとった。雰囲気が一変する。元・上級冒険者としての本気の威圧感が、庭園の空気を押し潰す。
「だがなアレン! 技の組み立ては100点満点だが、身体の強さと『攻撃の重さ』が全然足りねぇ! 体幹がブレてるから連撃の合間に隙ができる! ほら、次はあたしから行くぞ! 守ってみな!」
ヒュンッ!!
ニルシィの姿が消えた。
(速っ……!?)
目の前に迫るシアン色の影。上段からの容赦ない振り下ろし!
ガァンッ!!
「ぐあぁッ!?」
俺は咄嗟に木剣を斜めに構えて『水神流』の受けを試みたが、ニルシィの圧倒的な筋力と体格差による一撃に押され、身体ごと後ろへ弾き飛ばされた。
ゴロゴロと庭の芝生を転がり、なんとか立ち上がる。
「ほらほら! 倒れてる暇はないぞ! 体幹を意識して、蹴りや連撃の最中も頭の位置をブレさせるな!」
ニルシィが間髪入れずに追撃の木剣を振るってくる。
「くっそ……やってやる!!」
俺は地面を蹴り、再びニルシィの懐へと突っ込んだ。
アクロバティックな回し蹴り、地を這うスライディング、木剣を逆手に持ち替えての近接打撃、そして渾身の剛撃——。
前世で培ったアクションの知識をすべて総動員し、ニルシィという高すぎる壁に向かって何度も、何度も打ち込んでいった。
少し離れた場所では、パウロが口をぐうの音も出ないほど開けて固まっており、ルーデウスもまた、俺とニルシィの常識外れな激闘を目を丸くして見つめていた。
「おいおい……あいつら、本当に家庭教師と5歳の子供の稽古かよ……」
パウロの呟きが、風に乗って消えていく。
全身が汗でビショビショになり、筋肉がちぎれそうなほどの激痛と疲労感が襲いかかる。だが、俺の心はかつてないほどの昂ぶりを感じていた。
前世の空想でしかなかった体術と、この世界の剣術、そして我が術式『星焔の創世宮』の錬成術。
それらが今、ニルシィという最高の師匠の手によって、一つの完璧な『強さ』へと昇華されようとしていた。
「まだまだぁッ! ニルシィッ!!」
「来い、アレン! お前の限界を見せてみな!!」
太陽が輝くグレイラット家の庭園に、どこまでも熱く、激しい木剣の打撃音が響き続けのだった。