無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
街での休暇を満喫したあの日から、あっという間に時が流れた。
日々の過酷な鍛錬と研究を重ねるうちに季節は巡り、俺——アレン・グレイラットと双子の兄ルーデウスは、無事に6歳の誕生日を迎えた。
6歳になったこの1年で、俺を取り巻く環境にも少し変化があった。
あの日、俺とニルシィが街へ休暇に出かけている最中、ルーデウスは村の通りでいじめられていた緑色の髪の子供——シルフ(シルフィエット)と運命的な出会いを果たしたらしい。
それ以来、ルーデウスは以前の引きこもりが嘘のように、毎日嬉々として村の外へ遊びに出かけるようになった。
俺も何度かシルフと顔を合わせたことがある。
初対面の時点で、俺は前世の知識(原作の知識)はもちろんのこと、自分自身の鋭い観察眼と感覚で、シルフがどう見ても女の子であることを一瞬で見抜いていた。華奢な骨格、柔らかな雰囲気、繊細な魔力の揺らぎ——どこをどう見ても愛らしい少女だ。
だが、俺はあえてルーデウスに「シルフって女の子だろ?」とは言わなかった。
ルーデウスも前世の記憶を持つ男だ。あのスケベで鼻が利く兄貴のことだ、きっと俺以上に早くシルフが女の子であることに気づき、心の中でニヤニヤしながら甘酸っぱい幼馴染イベントを楽しんでいるのだろう……と俺は勝手に思い込んでいたからだ。(まさかルーデウスが本気で男の子だと信じ切っているとは、この時の俺は知る由もなかった)。
◇
そして今日も、爽やかな朝の光が差し込むグレイラット家の庭園で、俺とニルシィの訓練が始まっていた。
午前のメニューは、俺のオリジナルの魔術体系『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』の魔術訓練だ。
「よし、アレン。そこまでだ」
シアン色のポニーテールを揺らし、174cmの長身に豊かなFカップの胸元を揺らしたニルシィが、満足そうに腕を組んで頷いた。
俺の右手には、高密度の土魔術で肉厚に錬成された小太刀が握られており、その表面には一定の出力で均一な「赤熱の火の膜」が完璧に定着していた。振り回しても火の膜が途切れることはなく、柄の手元には冷気が保たれている。
「うん、素晴らしい完成度だ。土の形状変化の速度、強度の維持、そして火魔術の熱膜の均一展開……どれをとっても文句のつけようがない。第一段階の『武器錬成(単体武装)』は、もう完成と言って良いだろう」
元上級冒険者であり、前世のオタク知識と高度な魔術知識を併せ持つニルシィからのお墨付き。俺は小太刀の魔力を解除して土へと還し、ふぅと息を吐いた。
「これで第一段階がクリアか……長かったな」
「だろ? だがなアレン、ここからが本当の地獄だぞ」
ニルシィは八重歯を覗かせて不敵にニヤリと笑うと、シアン色の瞳をギラリと光らせた。
「今日から、第二段階——『星焔の守護獣(ステラ・ガーディアン)』の構築へと移行する!」
「……! ついに来たか……!」
俺の胸が激しく高鳴った。
『星焔の守護獣』——それこそが、俺がこの世界で目指す究極の戦術体系の根幹であり、前世の妄想と今生の魔術理屈を融合させた最大の大技だった。
ニルシィは近くの丸太に腰を下ろすと、長い脚を組んで俺に向き直った。
「さて、本格的な指導に入る前にだ。お前が脳内で温めてるその『星焔の守護獣』ってヤツの構想、もう一回あたしに詳しく説明してみろ。設定がブレてねぇか確認したい」
「ああ、分かった」
俺は地面に一本の枝で図を描きながら、頭の中に完璧に描かれている4体の守護獣のイメージを語り始めた。
「まず1体目……『狼座(ルプス)の熾火(おきび)』。これは集団展開・群れ戦闘に特化した守護獣だ。一頭一頭のサイズは大型犬程度だが、一度に十数頭の群れとして練成・召喚する。機動力と連携で敵を包囲し、数で押し潰す役割を持つ」
ニルシィは「ふむふむ、あたしの玉犬(ぎょくけん)の群れバージョンだな」と頷く。
「2体目……『龍座(ドラコ)の劫火(ごうか)』。これは東洋龍の形態をした守護獣で、4体の中でダントツの最高火力を誇る。サイズも規格外で、全長は約50メートルに達する大巨体だ。天を舞い、圧倒的な熱線と広範囲の爆炎で戦場そのものを壊滅させる、俺の切り札(要塞攻略用)だ」
「ご、50メートルの東洋龍だと……!? お前、相変わらずスケールがおかしいだろ……」
ニルシィが引きつった笑いを浮かべるが、俺は構わず続けた。
「3体目……『虎座(ティグリス)の猛火(もうか)』。先ほどのルプスが群れで強みを発揮するなら、ティグリスは『個』としての白兵戦で真価を発揮する。しなやかで強靭な体躯を持つ巨大な虎の姿で、超高速の突進、鋭い爪撃、そして高密度の爆破打撃で単体の強敵をねじ伏せる近接特化型だ」
「なるほど、タイマン張るならティグリスってわけか。で、最後は?」
「4体目……『鷹座(アクラ)の瞬火(しゅんか)』。これは偵察および精密遠距離攻撃に特化した大鷹型だ。上空から高度な視覚共有で戦場全体を監視しつつ、超高速の急降下と共に『炎の羽(小さな投剣状の熱弾)』を雨のように降らせて、敵の弱点をピンポイントで射抜く」
「……」
俺が4体——『ルプス』『ドラコ』『ティグリス』『アクラ』の説明を終えると、ニルシィは腕を組んだまま、完全に沈黙した。
シアン色の瞳を閉じ、長い指でトントンと肘を叩きながら、じっくりと脳内で計算と検証を行っているようだ。元・上級冒険者として、そして魔術の専門家として、俺の提示した「妄想の産物」を現実に落とし込むための理論構築をしているのだろう。
沈黙が数分間続いた後、ニルシィはゆっくりと目を開け、ハァと大きな溜息をついた。
「……たく、相変わらずとんでもねぇロマンの詰め込みようだな、お前の脳内ノートは」
「笑うなよ。大真面目だ」
「笑ってねぇよ、感心してんだ!」
ニルシィは立ち上がると、ニッと八重歯を覗かせて言った。
「良いかアレン。お前のその『星焔の守護獣』だが……理論上、実現は可能だ。ただし、武器錬成の百倍は難しいぞ。これを完全習得するための工程(ステップ)は、大きく分けて3つだ」
ニルシィは3本の指を立てた。
「まず第一の工程! 武器錬成の技術を応用して、守護獣たちの『側(素体・外殻)』を作り出すことだ。土魔術で緻密な骨格と皮膚の形状を構築し、そこに火魔術の熱膜を定着させる。武器と違って、筋肉の動きや関節の構造まで模倣しなきゃならんから、これだけでも並の魔術師なら数年はかかる」
「……なるほど。土の外殻か」
「第二の工程! 側(素体)ができたら、次はそれを動かすための『核(コア)』……つまり『人工魔石』を、お前自身の魔力で錬成して体内に埋め込むことだ。これが守護獣の心臓となり、お前の意識とリンクして魔力を供給するバッテリーになる」
「人工魔石の錬成……!」
「そして第三の工程! 核が出来上がったら、最後にお前の意識を同調させて、それぞれを意のままに動かせるように自律制御・伝導の術式を組む。ここまでいって、初めて守護獣一頭の完成だ」
ニルシィの言葉に、俺はゴクリと唾を呑み込んだ。
途方もない道のりだ。だが、工程が明確になったことで、やるべきことがハッキリと見えた。
「よーし! 能書きはここまでだ!」
ニルシィはパンと景気良く手を叩くと、俺を指差した。
「取り敢えずだ! 武器錬成の応用で、守護獣たちの『形(側)』を実際に作ってみろ! 一番イメージしやすい小さめのやつ……そうだな、『ルプス(狼)』か『ティグリス(虎)』あたりで試してみな!」
「よし……やってやる!」
俺は庭の広場の中央へと歩み出た。
深呼吸をし、体内の魔力回路を全開にする。
頭の中に描くのは、力強くもしなやかな『虎座(ティグリス)の猛火』の姿だ。鋭い牙、しなやかな足の筋肉、太い首、そして俊敏に跳躍するための体幹構造。
(武器とは違う……! 剣や槍は『固定された金属の塊』だ。だが獣は生き物だ。関節があり、柔軟な肉体がある。それを土魔術の高密度錬成で再現しなきゃならない……!)
「——『星屑の錬成(スターダスト・フォージ)』!!」
俺の手から溢れ出た土の魔力が、地面を侵食し、黒い土の塊となって勢いよく盛り上がった。
ズズズズ……っ!!
「おお……! 形になってきたぞ!」
ニルシィが目を輝かせて見守る。
黒い土が収束し、体長2メートルほどの四足歩行の獣のシルエットが形成されていく。頭部が形作られ、耳が立ち、太い四肢が地面を踏みしめる。
(いける……! 武器と同じだ! 形状を記憶させて固めれば——)
だが、その直後だった。
ペキッ……ミシミシッ!!
「……っ!? なにっ!?」
完成間近と思われた土の虎の胴体に、突如として無数の「亀裂」が走り始めた。
「あ……くそっ! 重力とバランスが……っ!」
武器と違い、空洞や関節、複雑な曲面を持つ獣の体躯は、土の密度の偏りや重力の負荷に耐え切れなかったのだ。前足にかかる重量の分散が上手くいかず、胴体が自重に耐えかねて歪み始める。
「魔力を均一に流し込め! 崩れるぞアレン!」
「くっ……『火』の膜を被せて固める——『星焔展開』!!」
焦った俺は、土の構造が完成しきっていない段階で、強引に『熱膜(火魔術)』を上から被せて焼き固めようとした。
これが完全な裏目に出た。
不均一な土の内部に急激な熱が伝わったことで、体内の水分と魔力が激しく膨張。
パンッ!!!!
「うわぁっ!?」
豪快な破裂音と共に、錬成途中だった土の虎はバラバラに爆発し、黒い土煙と泥の塊となって庭中に飛び散った。
「ゴホッ! ゴホッ……っ!」
泥まみれになり、顔を真っ黒にした俺は、膝をついて激しく咳き込んだ。
ニルシィは飛んできた泥をひらりと回避し、呆れたように、しかし温かい目で見下ろしていた。
「……ハハッ、言っただろ? 『武器とはワケが違う』ってさ」
ニルシィは歩み寄ると、泥だらけの俺の頭をポンポンと叩いた。
「武器はただの構造体だから、均一に魔力を固めれば形になる。だが『生き物の側』は違う。骨、筋肉、肉の厚み、重心の置き方……それら全てが精巧に組み合わさってないと、自分の重さや魔力の圧力で破裂しちまうんだよ」
「くっ……」
俺は自分の小さな手のひらを見つめた。
第一段階の武器錬成があまりにもスムーズに成功していたため、どこかで甘えがあったのかもしれない。守護獣の素体錬成は、武器の錬成とは次元が違う難易度だったのだ。
「素体の錬成は、武器程上手くいかない。かなり難易度が上がるぞ」
ニルシィはシアン色の瞳を細め、静かに、だが力強く俺に告げた。
「だから……また一からやり直しだ、アレン!」
「……ふっ」
顔の泥を腕でゴシゴシと拭い、俺は力強く立ち上がった。ツリ目に炎のような情熱が宿る。
一からやり直し——望むところだ。
難しければ難しいほど、乗り越えた時の快感は大きい。前世での悔しさを晴らし、この世界で最強の近接錬成魔術師になるための壁としては、これ以上ない試練だ。
「……もう一度だ、ニルシィ! 今度は骨格の構造から一つずつ叩き直してくれ!」
「おうよ! その意気だ、あたしの自慢の弟子!」
太陽が高く昇るグレイラット家の庭園で、俺とニルシィの新たな挑戦——『星焔の守護獣』を具現化させるための、過酷で熱い試行錯誤の日々が、再び幕を開けたのだった。