無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する!   作:ぐちロイド

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第15話 湯浴みでの鈍感

雲行きが怪しくなり、空全体をどんよりとした灰色の雨雲が覆い始めていた。今にも大粒の雨が降り出しそうな湿った風が、庭園の木々を揺らす。

 

「……チッ、雨が降りそうだな。今日の素体錬成の反省とやり直しはここまでにしておくか」

 

ニルシィが空を見上げ、眉をひそめて木剣を収めた。

 

「そうだな……。不完全な土の素体じゃ、雨に濡れたらさらに崩れやすくなる」

 

泥と汗に塗れた顔を拭いながら俺が頷くと、二人で屋敷へと引き上げることにした。

 

玄関の重厚なドアを開けると、待機していたメイドのリーリャが丁寧なお辞儀で出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、ニルシィ様、アレン様。外の空気が荒れてまいりましたね……お二人のお召し物が大変汚れておりますので、アレン様のお部屋に温かいお湯(湯浴み)をご用意しておきました。どうぞお二人でさっぱりとお浴びください」

 

「助かるぜ、リーリャ! 泥だらけで気持ち悪かったんだよな〜」

 

ニルシィは満足そうに頷くと、何を思ったのか、俺の服の首根っこをひょいと猫のように掴み上げた。

 

「へっ……!? おい、ニルシィ! なんだ!?」

 

「なんだもかんだもあるか! さっさと浴びに行くぞ、アレン!」

 

ぐいぐいと力任せに廊下を引っ張られていく。

ニルシィの頭の中では、(前世どうせ妄想全開でノート書いてたようなインドアオタクだろ? なら確実に童貞だし、変に意識してぐずぐずされたら面倒だから一気に連れてってさっさと洗っちまおう)という超絶偏見に基づいた思考が働いていた。

 

「ちょっと待て! 俺は自分で歩ける! リーリャ、助けてくれ!」

 

宙ぶらりんのまま俺が必死に救出を求めると、リーリャは静かに微笑み、胸の前で手を重ねた。

 

「ふふ、仲がよろしくて何よりでございます。いってらっしゃいませ、アレン様」

 

「裏切られたぁーっ!?」

 

完璧なメイドの笑顔で見送られ、俺は抵抗むなしく二階の自室へと連行された。

 

◇

 

部屋に入りドアが閉められると、ニルシィは一切の躊躇なく、その場で豪快に服を脱ぎ捨て始めた。

 

174cmの長身、引き締まった美しい肢体、そして豊満なFカップの胸元が露わになっていく。布地が擦れる衣擦れの音に、俺は咄嗟に後ろを向いて壁と向き合った。

 

「……おい、ニルシィ。せめて脱衣所か布の仕切りくらい——」

 

「おーい、童貞君〜? 何後ろ向いてモジモジしてんだよ? 早く脱ぎなぁ〜?」

 

後ろからニルシィのニヤニヤとした意地の悪いからかいの声が飛んでくる。前世のオタク童貞を確信して完全に余裕ぶっこいている顔が、見なくても目に浮かぶようだった。

 

俺は壁を向いたまま、静かにジト目を向けた。

 

(……前世の俺を舐めるなよ。確かにオタクではあったが、ちゃんと大人の経験くらいはあるわ!)

 

「……言っておくが、俺は童貞じゃない。今脱ぐところだ」

 

「はいはい、強がり言っちゃって〜! ほら、背中流してやるからサッサと脱げ!」

 

「強がりじゃないと言っているだろ……っ!」

 

俺は不機嫌そうに溜息をつき、泥のついた上着とズボンを素早く脱ぎ捨て、お湯の張られた大きな木桶へと飛び込んだ。結局、ニルシィの豪快すぎるペースに巻き込まれつつも、二人で温かいお湯に浸かり、泥と汗を綺麗さっぱり洗い流したのだった。

 

◇

 

湯浴みを終え、さっぱりとした服に着替えた頃には、外は激しい雷雨となっていた。バチバチと窓を叩く雨音が屋敷中に響いている。

 

湯上がりで髪を拭きながら一階へと降りていくと、玄関の方からバタバタとした足音が聞こえた。

 

どうやら、外で遊んでいたルーデウスが帰ってきたらしい。

見れば、ルーデウスだけでなく、緑髪のシルフ(シルフィエット)も一緒にびしょ濡れになって立っていた。

 

「あらあら、ルーデウス様、シルフ様。大変な雨になってしまいましたね……」

 

出迎えたリーリャが、タオルを手際よく二人に差し出した。

 

「申し訳ありません、リーリャさん……急に降られてしまって」

 

「構いませんよ。ルーデウス様のお部屋にお湯をご用意してございますので、どうぞお二人で温まってください。私はゼニス様とパウロ様のお湯の用意がございますので、これで失礼いたしますね」

 

リーリャはそう言い残し、急ぎ足で奥の部屋へと去っていった。

 

(……ん? ルーデウスの部屋でお湯……?)

 

俺は階段の途中で立ち止まり、首をかしげた。

ルーデウスのやつ、まさかシルフと一緒に風呂に入る気か?

 

(いや……待てよ。ルーデウスのことだ、シルフが女の子だと知っていて、確信犯で一緒に入ろうとしてるのか……? それとも……)

 

そんな俺の胸騒ぎを余所に、ルーデウスは「シルフ、風邪をひくから一緒にお湯に入ろう!」と嬉しそうにシルフの手を引いて、二階の自分の部屋へと消えていった。

 

ニルシィが俺の隣に並び、不思議そうに眉をひそめる。

 

「なんだアレン? ルーデウスの奴、友達と風呂入るくらい普通だろ?」

 

「……いや。なんか嫌な予感がするんだが……」

 

そして、その予感は数分後、最悪の形で的中することになる。

 

◇

 

「きゃああああああっっっっ!!!!」

 

二階のルーデウスの部屋から、屋敷全体に響き渡るような、甲高い悲鳴が上がった。

 

「なっ……!?」

 

俺とニルシィが顔を見合わせたその瞬間、廊下の奥からドタバタと激しい足音が迫ってきた。パウロだ。

 

「なんだ!? どうしたルーデウス! シルフ!!」

 

パウロが木剣を手にして勢いよくルーデウスの部屋のドアを蹴り開けた。俺とニルシィも慌ててその後を追う。

 

部屋の中に飛び込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

濡れた服を無理矢理脱がされ、胸元を隠してガタガタと震えながら涙を目いっぱいに溜めているシルフ。

そして、その手前で、シルフから脱がせた湿ったズボンを手にしたまま、魂が抜けたような顔で硬直しているルーデウスの姿だった。

 

「……っ!? お前……ルーデウス、一体何をやっているんだ!?」

 

パウロが目を見開き、声を張り上げた。

 

いつもならここでパウロが激昂し、ルーデウスを怒鳴り散らして殴り飛ばすところだったかもしれない。だが——以前、家庭教師のロキシーを巡る騒動や稽古の際、ルーデウスから「一方的に叱るのではなくて、僕の言い分もちゃんと聞いてほしい」と強く訴えられたことがあった。

 

そしてパウロ自身も、若い頃に似たような大失敗や女性関係の過ちをやらかした苦い経験(トラウマ)がある。

 

パウロは深く息を吐き出すと、手にしていた木剣を床に置き、頭をガシガシと掻きむしりながら、必死に冷静さを保とうとしてルーデウスの前に屈んだ。

 

「……落ち着け。ルーデウス、冷静に説明しろ。……お前、一体全体なにをやらかした? 隠さずに言ってみろ」

 

低いが、頭ごなしに否定しないパウロの声。

ルーデウスは唇を激しく震わせ、顔を真っ青にしながら、絞り出すように声を上げた。

 

「ぼ、僕……僕はただ……! シルフが風邪をひいちゃうと思って……お風呂に一緒に入ろうって……! でもシルフが服を脱ぐのを嫌がるから……僕が脱がせてあげようと思って……ズボンを引っぱったら……っ」

 

「……ズボンを引っ張ったら、どうなった?」

 

「……な、ついてなかったんです……っ!!」

 

「ついてない……?」

 

パウロは一瞬ぽかんとしたが、シルフの華奢な体つき、涙を浮かべて縮こまっている愛らしい容姿、そして何より下半身の状況を見抜き、全てを理解した。

 

パウロは豪快に額を押さえ、天井を見上げて大きな溜息をついた。

 

「……お前、バカか。本当に知らなかったのか……?」

 

「え……? な、なにをですか……?」

 

「シルフはな……『女の子』だぞ!!」

 

「————え?」

 

ルーデウスの時が止まった。

瞳孔が開き、顔から完全に血の気が引いていく。

 

「女……の……子……? シルフが……? 男の子じゃなくて……?」

 

「当たり前だろ!! どこをどう見たら男に見えるんだよ!! お前、今まで気づいてなかったのか!?」

 

「……っっっ!!」

 

ルーデウスはあまりのショックに言葉を失い、その場に崩れ落ちた。

 

部屋の入口で見ていた俺は、思わず額に手を当てて深く天を仰いだ。

 

(マジかよ……ルーデウスの奴、本当に男だと思い込んでたのか……!? 前世スケベオタクの癖に、なんでこんな決定的なことに気づかないんだよ……!!)

 

ニルシィも横で「うわぁ……」と引きつった笑いを浮かべ、哀れみの視線をルーデウスに向けている。

 

パウロは膝をつき、絶望に打ちひしがれるルーデウスの肩をガシと掴んだ。

 

「いいかルーデウス。お前がシルフを心配して親切心でやったのは分かった。そこは理解してやる。だがな……理由がどうあれ、女の子の服を無理矢理脱がすなんてのは最低の行為だ! お前がやったことは、取り返しのつかない大罪なんだぞ!」

 

「……っ……はい……っ、ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」

 

ルーデウスは床に頭を擦り付け、ボロボロと大粒の涙を流しながら激しく反省し、謝罪した。スケベ心ではなく、本気の勘違いと善意から出た大失敗だっただけに、ルーデウスの精神的ダメージは計り知れないようだった。

 

パウロはそんな息子の背中を叩き、静かな声で言った。

 

「よし。事情は分かった。……お前が反省してるのもな。だが、俺に謝っても意味がない。謝るべき相手は誰だ?」

 

「……シルフ、です……」

 

「そうだ。……それと、あの子の本当の名前は『シルフィエット』だ。シルフっていうのは愛称なんだよ」

 

「シルフィエット……ちゃん……」

 

パウロはシルフ……シルフィエットの方へと向き直ると、優しく声をかけた。

 

「シルフィエットちゃん。本当に怖かったな、すまなかった。……こいつ、頭はいいんだが、肝心なところでとんでもない抜け作でな。お前が男だと思い込んで、良かれと思って服を脱がせちまったんだ。決して嫌がらせや悪気があったわけじゃないんだ。……だが、許さなくていい。こいつが全責任を持って、お前に一生かけて謝罪させるからな」

 

「……っ」

 

シルフィエットはタオルで体を覆いながら、涙目でルーデウスを見つめた。

ルーデウスは跪いたまま、消え入りそうな声で真摯に言葉を紡いだ。

 

「シルフィエットちゃん……本当にごめんなさい……! 僕、君が男の子だって本気で勘違いしてて……失礼なこと、酷いことをしてしまいました……! どんなお咎めでも受けます……本当に、ごめんなさい……っ!」

 

地面に額を押し付けて謝罪するルーデウス。

 

シルフィエットは暫く無言で震えていたが、ルーデウスの必死で必死な謝罪と、パウロのフォローを見て、彼の言葉に嘘がないことを悟ったようだった。

 

「……う、ううん……。ルディが……あたしのこと、心配してくれたのは……分かってるから……」

 

シルフィエットは小さく鼻をすする。

 

「……あたしも、女の子だって……ちゃんと言わなかったから……。だから……もういいよ……」

 

「シルフィエットちゃん……っ!」

 

ルーデウスは顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、シルフィエットの手を両手で優しく包み込んだ。

 

「ありがとう……ありがとう、シルフィエットちゃん……! 僕、これからは君のことをもっと大切にするから……! 『シルフィー』って呼んでもいい……?」

 

「……うん。シルフィーで、いいよ……ルディ」

 

シルフィエットは、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、小さく微笑んだ。

 

雨音が響く部屋の中で、怪我の功名というか雨降って地固まるというか、二人の絆は雨と共に深まったようだった。

 

◇

 

部屋の外の廊下で、事の顛末を見届けたパウロが「ふぅ……」と胸を撫で下ろしながら出てきた。

 

「やれやれ……一時はどうなるかと思ったぜ。まあ、一方的に怒鳴りつけずに話を聞いて正解だったな。俺も昔、似たような勘違いで修羅場を作ったことがあるから人のことは言えんが……」

 

パウロが苦笑いを浮かべていると、ニルシィがニヤニヤしながら小突いた。

 

「へぇ〜、パウロ。大人な対応じゃん? 前なら速攻で殴り飛ばしてただろ?」

 

「うるせぇな! 俺だって父親として成長してんだよ! ルーデウスに『僕の言い分も聞いてほしい』って言われた時、ハッとしたんだよ」

 

パウロは照れくさそうに頭を掻くと、俺の方へと視線を向けた。

 

「……ところでアレン。お前、さっきから全然驚いてなかったな?」

 

「……え?」

 

パウロの問いに、俺は少し視線を泳がせた。

 

「お前……まさか、最初からシルフが女の子だって知ってたのか?」

 

「……ああ。最初に出会った時から気付いていたぞ」

 

俺があっさりと認めると、パウロとニルシィ、そして部屋の中からひょっこり顔を出したルーデウスが「「「ええええぇぇぇっ!?」」」と驚愕の声を上げた。

 

ルーデウスが泣き腫らした目で、信じられないものを見るように俺に詰め寄ってきた。

 

「ア、アレン……!? 君、知ってたの!? なんで……なんで教えてくれなかったのさぁぁぁっ!?」

 

「……いや。お前当然気づいていて、知ってて幼馴染プレイを楽しんでるんだと思ってたんだ」

 

「どんな誤解だよ!! 僕をどんな目で見でたのさ本当のお兄ちゃんでしょ僕たち双子でしょ〜〜〜っ!?」

 

絶叫するルーデウス。

 

ニルシィは大爆笑し、パウロは呆れ返って肩を揺らしていた。

 

雨が降るブエナ村のグレイラット家。

勘違いと謝罪、そして兄弟の盛大な誤解が交錯した騒がしくも温かい一日は、こうして賑やかに過ぎ去っていくのだった。

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