無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
ノルンとアイシャという二人の妹が誕生してから月日は流れ、俺——アレン・グレイラットと双子の兄ルーデウスは7歳になった。
二人が7歳を迎えた頃、グレイラット家はかつてないほどの怒濤の「育児地獄」に見舞われていた。
ノルンとアイシャの二人が、とにかく泣くのだ。朝泣き、夜泣きはもちろんのこと、昼間もおしっこやウンチを漏らしては火がついたように泣き叫ぶ。それも一人が泣き止んだと思えばもう一人が輪唱するように泣き出す始末で、完璧な睡眠不足に陥ったゼニスとパウロは、半ばノイローゼ気味に目を落ち窪ませていた。
だが、そんな狂騒曲の中でも、メイドのリーリャだけは一人シャッキリと元気だった。
「奥様、旦那様! しっかりしてください! アレン様とルーデウス様の時がイージー過ぎたんですよ! 赤ん坊があやし言葉も理解して、勝手に大人しく寝てくれていたあの頃が異常だったのです! これこそが、本当の子育てというものです!」
リーリャの力強い言葉に、パウロは「うぅ……ルディとアレンは神童だったんだなぁ……」と頭を抱えて唸っていた。
当然、俺やルーデウスもただ見ていたわけではない。前世の記憶を持つ7歳児として、オムツの交換や汚れた布の始末など、できる限りの手伝いをこなしていた。
特に夜泣きが始まると、俺は意識を魔力切れで沈めて寝てはいるものの、どうしても泣き声が気になって目が覚めてしまい、あやしにいくのが日課のようになっていた。
とはいえ、前世の18年の人生で赤ん坊の世話などした経験がない俺だ。上手な抱っこやおんぶのコツなど分かるはずもない。だから俺がやるあやし方といえば、掌の上に小さな『風の旋風』や『七色に光る火の玉』を浮遊させ、綺麗な魔術の光を見せて赤ん坊の気を引く程度のことだった。だが、これが意外にも効果的で、ノルンもアイシャも俺の掌の光を見ると「あうー!」と目を輝かせて泣き止むのだった。
ある夜の夜泣きの時もそうだった。
暗い部屋の中、俺が小さな光の魔術を浮かべて二人の妹を見守っていると、起きてきたゼニスとリーリャがそれぞれノルンとアイシャを抱き上げ、母乳を与え始めた。
授乳の最中、ふとゼニスが疲れた顔に悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺に向かって言った。
「アレンも……飲む?」
「……飲まないよ。ノルンやアイシャに飲ませなよ」
俺が即座にジト目で冷ややかに返すと、ゼニスはからかいが通じなかったことを少し寂しがり、ほっぺたを少し膨らませた。
「もう、アレンったら相変わらず冷たいんだから……。アレンだって赤ん坊の頃は、こうやって美味しそうに飲んでいたのよ?」
「……昔の話だろ」
俺は照れくささを隠すように顔を背けたが、前世では味わえなかった温かい家族の絆を、こうした日常の何気ないやり取りの中で実感していた。
◇
そんな賑やかな日々の中、午後のパウロとの剣術稽古の最中のことだった。
汗を流し、木剣を交えている途中、パウロがふと何かを思い出したように口を開きかけた。
「そういえばだな……お前たち、学校に——」
だが、パウロはそこで言葉を途中で喉に引っ込め、言おうとした内容を引っ込めてしまった。
それを見逃さなかったルーデウスが「学校? 父さん、学校って何?」と追及した。
パウロは面倒くさそうに頭を掻きながら答えた。
「いやな、学校ってのは礼儀作法や算術、文字の読み書きを覚える場所なんだよ。だが……お前たち二人とも、そんなもん数年前に完璧にマスターしてんだろ? だから行く必要なんてねぇなと思ってな」
「ふん……」
俺は木剣を肩に担ぎ、心の中で鼻で笑った。
学校なんて行く暇があるなら、俺は一秒でも多くニルシィと庭に篭り、『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』の第二段階である守護獣の素体錬成の訓練をしたい。同年代の子供と集まって「あいうえお」を習うなど、苦行以外の何物でもない。
だが、ルーデウスは少し違ったようだ。
「へぇ……学校か。同年代の子たちがたくさん集まる場所なんだね」
前世で引きこもりだったルーデウスは、同世代のコミュニティというものに少し興味を示していた。
しかし、パウロは「行っても面白くもないぞ」と吐き捨て、自身の苦い実体験を語り始めた。
「あそこはな、頭の固い貴族のガキどもが集まる場所なんだ。出身や家柄で威張り散らす奴ばかりで、絡まれたり嫌がらせを受けたりしてロクなことがねぇ。俺も昔、貴族の鼻持ちならないガキを殴り倒して問題になったことがある」
パウロのリアルすぎる胸糞実体験を聞いた俺は、より一層学校への興味が失せた。そんな面倒な人間関係の吹き溜まりに行くくらいなら、森で魔物を狩っている方が百倍マシだ。
だが、続いてパウロが口にした言葉が、俺の琴線に触れた。
「まあ、つまらん学校に行くくらいなら、お前たちは将来『冒険者』になった方が良いぞ? 腕を磨いて世界中を旅する方が、よっぽど男冥利に尽きるからな!」
「冒険者……!」
その単語に、俺は一気に興味津々になった。
元・上級冒険者であるニルシィからも冒険者の話はよく聞いている。世界を巡り、強敵と戦い、己の錬成術式を試す……それこそが俺の目指す未来だった。
ところが——。
「ハハッ! 冒険者になれば女にもモテモテだぞ〜! 街ごとに可愛い女の子をつくってだな——」
パウロが調子に乗って余計なクズ発言を吐き散らし始めた。
せっかくの冒険者へのロマンを、父親のスケベな自慢話で台無しにされたのだ。
あまりのムカつきと呆れに、俺の理性のスイッチがプチッと切れた。
(このクソ親父が……っ!)
ザッ!!
「ぬおっ!?」
俺は木剣を構えたまま、ノーモーションで前足を踏み込み、パウロの顔面へ向けて左足での鋭い「回し蹴り」を繰り出した。
パウロがギリギリ目でおえるくらいの超絶な速さと軌道!
ガッ!!
「ぶおっ!?」
パウロは咄嗟に腕を立ててガードしたが、5歳からの血の滲むような筋トレと体術の成果が乗った重い一撃に、ズササッと数メートル後ろへ後退した。
「いってぇぇ!? なにすんだアレン!?」
「口を開けばクズ発言ばかりするからだ、このクソ親父。稽古に戻るぞ」
冷たく言い放つ俺に、ルーデウスは引きつった苦笑いを浮かべていた。
◇
ここ最近、屋敷の二階にあるルーデウスの部屋の前を通り過ぎると、よく中からシルフィーの声が聞こえてくるようになっていた。
どうやら、外に出られるようになったルーデウスが、シルフィーに文字の読み書きや初歩的な魔術のお勉強を教えているらしい。二人で仲良く仲を深めているようで、微笑ましい限りだった。
一方の俺には、やるべき重大な課題があった。
我が術式『星焔の創世宮』の第二段階——『星焔の守護獣(ステラ・ガーディアン)』の構築だ。
一番手の『狼座(ルプス)の熾火』は、ニルシィの『玉犬』という完璧なモデルが手元にあったため、素体錬成の完成度がかなり上がっていた。
だが、残る3体——『虎座(ティグリス)の猛火』『鷹座(アクラ)の瞬火』、そして『龍座(ドラコ)の劫火』は、モデルとなる実物が手元に存在しない。そのため、まずは手のひらサイズの「プラモデルサイズ」から作り出し、徐々に巨大化させていくというステップアップ方式で試行錯誤を続けていた。
(だが……やっぱりプラモサイズと実寸大じゃ、筋肉の躍動感や重心のバランスのリアリティが全然違う……! 本物の猛獣の骨格と躍動感を、直接この目で見て観察したい……!)
欲望を抑えきれなくなった俺は、母・ゼニスの元へ行き、「魔術の修行のために、ニルシィと一緒に二、三日ほど深めの森へ狩りに行きたい」と許可を貰いに行った。ゼニスもニルシィが一緒ならと、快く送り出してくれた。
出発の当日。
俺が庭で準備をしていると、ルーデウスがパウロに向かって、何やらものすごく丁寧な前置きをしつつワガママ(お願い)を言っているのが見えた。
「父さん、僕……シルフィーと一緒に学校に行きたいんだ。学費を出してほしい」といった感じの頼みだったようだが、パウロに「二人分の学費なんて出せるわけないだろ!」とあっさり断られていた。
代わりにルーデウスは、「なら、僕に何か仕事を斡旋してほしい。自分で稼いでシルフィーの学費を作るから」と頼み込み、パウロが「……分かった、知り合いに良い仕事がないか手紙を書いてみる」と約束することで話がまとまったようだった。
(ふむ……あいつもあいつで、自分の道を進もうとしてるんだな)
俺は兄の背中をチラリと見やりつつ、自分の装備を整えた。
腰にはニルシィから貰った『片刃短剣の魔道具』。胸には革の胸当て、腕には小手。準備は万全だ。
「よしアレン、行くぞ! 猛獣探しツアーの始まりだ!」
「ああ、行こうニルシィ!」
ニルシィが呼び出した『玉犬・黒』の背に二人乗りで跨がり、俺たちはブエナ村を飛び出し、普段よりさらに深い奥地の森へと向かった。
◇
——数時間後。
鬱蒼とした大樹が立ち並び、日光すら遮られる深い森の中。
「……いない。いないぞニルシィ……っ!」
俺は目を血走らせ、草むらをかき分け、樹上を見上げながら森の中を徘徊していた。
「おいおいアレン、落ち着けって! 目が血走ってて怖いぞお前!」
ニルシィが後ろから呆れ顔で追ってくる。
森に入ってからというもの、鳥系の魔物や大鷹のモデルになりそうな『大鷲の魔物』はいくつか見つかり、俺は木の上に張り付いてその羽の構造や滑空の動きを食い入るように観察・スケッチすることができた。
だが——肝心の『虎』が、いくら探しても全く見つからなかったのだ!
『虎座(ティグリス)の猛火』のモデルとなる、強靭でしなやかな猫科の大型魔物。
プラモデルサイズからの拡大実験で行き詰まっていた俺にとって、本物の虎型魔物の骨格と筋肉の動きを観察することは喉から手が出るほど欲しいデータだった。
「くそっ……! 鳥はいるのに、なんで虎がいないんだ……! アサルト・ボア(猪)や大トカゲばっかり出やがって! 虎を出せ虎をぉぉっ!」
「ハハハっ! 虎型の魔物なんてこのあたりの生態系じゃ激レアなんだよ! そう簡単に見つかるわけねぇだろ!」
ニルシィは大爆笑しながらも、「たく、手が焼ける弟子だねぇ」と呆れつつ、シアン色の瞳を凝らして探すのを手伝ってくれた。
「よし、アレン! 玉犬の鼻を使って、大型の猫科の匂いを追わせてみるか!」
「本当か!? 頼むニルシィ!」
「『玉犬・白』! 匂いを辿れ!」
白き大狼が影から現れ、クンクンと地面の匂いを嗅ぎ始める。
前世の妄想術式『星焔の創世宮』を完璧な形で具現化させるため、血眼になって虎を探す俺と、それに付き合う元・上級冒険者のエルフ師匠ニルシィ。
二、三日間の森での過酷(?)で熱い魔物探索の旅は、こうして賑やかに続いていくのだった。