無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
深々とした森の夜を越し、キャンプ二日目の朝を迎えた。
鬱蒼とした大樹の枝葉をすり抜けて落ちる朝日が、露に濡れた草むらをキラキラと照らしている。一晩の野営を経て、前日の激しい探索の疲労は『玉犬(ぎょくけん)』のモフモフとした毛並みに包まれて寝たおかげで綺麗さっぱり吹き飛んでいた。
「ふぁぁ……よく寝た。朝飯にしようぜ、アレン」
シアン色のポニーテールを揺らし、174cmの長身を伸ばして豪快にあくびをするニルシィ。
前日の探索で、目的の『虎』の魔物は見つからなかったものの、鳥系の魔物——とりわけ『鷹座(アクラ)の瞬火』のモデルになりそうな大型の大鷲の魔物は無事に発見できていた。
「ああ。今日はその『鷹座』の観察と素体錬成の試行錯誤から始めよう」
俺——アレン・グレイラットは、手早く干し肉とスープの朝食を済ませると、すぐにニルシィと共に森の奥へと向かった。
樹上に巣を張る大鷲の魔物の動きを息を殺して観察する。鋭い眼光、風を切る翼の角度、急降下する際の関節の連動、そして獲物を捉える爪の構造。
「なるほど……鳥類の骨格は軽量化のために内部が中空構造になっているんだな。だから土魔術で素体を作る時も、密度をガチガチに詰めるんじゃなくて、骨の内部に空気の層を作らないと飛翔時のバランスが崩れるんだ……!」
「へぇ……! 流石だなアレン! 前世の生物知識が光ってるじゃねぇか! よし、そのイメージで魔力を通してみな!」
ニルシィの助言を受けながら、俺は手のひらの上で土魔術を行使する。
シュシュシュ……ッ!
手のひらの上に顕現したのは、精緻極まる小さな大鷹の土素体だ。内部に密度の緩急をつけることで、これまでの重すぎて破裂していた失敗が嘘のように、しなやかで軽量なフォルムが完成する。
三日目の昼過ぎまで、俺たちは食事も惜しんで集中して鍛錬を続けた。三日目の夕方には家に帰ると母・ゼニスと約束していたため、限られた時間内での限界突破を目指したのだ。
結果——『鷹座(アクラ)の瞬火』の素体錬成は、ニルシィの『玉犬』を参考に完成度を高めていた『狼座(ルプス)の熾火』と同等レベルにまで到達した!
「ふぅ……! 出来たぞ! これで『狼』と『鷹』の二体は実寸大での素体構築の目処が立った!」
「大したもんだよ! たった二日でここまで仕上げてくるとはな!」
ニルシィが大爆笑しながら俺の金髪を乱雑に撫で回す。
虎は見つからなかったが、収穫としては十二分すぎる二泊三日のキャンプ修行となった。
◇
夕刻——。
橙色に染まるブエナ村の街道を抜け、俺とニルシィはグレイラット家の屋敷へと帰ってきた。
だが、玄関のドアを開けた瞬間、俺は屋敷の中に漂う「いつもと違う空気」を察知した。重苦しいわけではないが、どこかわずかに揺れ動いているような、妙な静けさ。
「……ん?」
俺が首をかしげていると、奥からゼニスが出てきた。
「おかえりなさい、アレン! ニルシィさんも、無事で良かったわ!」
ゼニスは安堵の表情を浮かべると、帰ってきたばかりの俺の身体をぎゅっと力いっぱいに抱きしめた。温かい母の体温と甘い香りに包まれながら、俺はその胸の中で静かに問いかけた。
「母様……なにかあったんですか?」
我が家の異変を察した俺の問いに、ゼニスは抱きしめる腕の力を少しだけ緩め、愛おしそうに俺の顔を覗き込みながら、静かに語ってくれた。
「実はね……ルディが最近、魔術の伸び悩みに突き当たっているらしくて……ラノア魔法大学に行きたいと言い出したのよ。シルフィーちゃんも一緒に連れてね」
「ラノア魔法大学……」
「ええ。でもね、うちは裕福というわけではないでしょう? ルディ一人分の学費ならなんとか出せるけれど、シルフィーちゃんの分までとなると家計的にもキツいし……何より、ただ与え続けたんじゃシルフィーちゃん自身のためにならないからね」
ゼニスは少し困ったように微笑んだ。
「それでね、ルディがお父さんに『学費を自分で稼ぐから、何か仕事を斡旋してほしい』って頼んで、お父さんが今日、知り合い宛てに手紙を送ったところなのよ」
「……なるほど。そういうことだったのか」
一連の事情を聞き、俺は脳内で超高速の思考を巡らせた。
ルーデウスが自分の将来のために動き出し、環境を変えようとしている。
そして俺自身もまた、我が術式『星焔の創世宮』を完成させるため、そして近接錬成魔術師として真の強さを得るために、次のステップへと進むべき時が来ていた。
(……今だ。今、言うべきだな)
俺はゼニスの抱擁から静かに身体を引き、ゼニス譲りの金髪をかき上げて、彼女の澄んだ瞳をまっすぐに見つめた。
「母様……ワガママを言っても良いか?」
俺の真剣な眼差しに、ゼニスは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「……取り合えず、話してごらん?」
俺は息を整え、自分の胸の内を率直に口にした。
「母様、俺……ニルシィ同伴で、冒険者活動を始めたいと思っている。……もちろん、家を飛び出すわけじゃない。許可を出してくれたとしても、最初は1ヶ月に一度か、二週に一度くらいのペースでって想定している……ダメかな?」
「……」
ゼニスの動きが止まった。
静寂が廊下に満ちる。
7歳という幼い息子から飛び出した「冒険者活動」という言葉。普通なら即座に一蹴されるような無茶な申し出だ。
暫くの沈黙の後、ゼニスは静かに口を開き、俺に質問を投げかけた。
「……なんで、冒険者活動を始めたいと思ったの?」
その問いに、俺は嘘偽りのない本音を二つ、彼女に告げた。
「今俺がやってる魔術……『星焔の創世宮』の守護獣を完成させるには、ただの基礎訓練だけじゃなくて、実戦での魔物の動きや実戦感覚を学ばないと次のステップに行けないからっていうのが一つ」
俺は少し視線を泳がせ、恥ずかしさを押し殺しながら二つ目の理由を口にした。
「……それと、俺の事を一番心配してくれるのは母様だから……パウロより先に、最初に母様に話したかったんだ」
「……っ」
ゼニスの胸が大きく上下した。
再び訪れる、長い沈黙。
ゼニスは俺の顔をじっと見つめ、俺の瞳の奥にある決して折れない強い意志と、自分への素直な信頼を感じ取っているようだった。
そして——ゼニスの顔に、溢れんばかりの優しい笑みが咲いた。
「……良いわよ。お母さんは、二週に一度の冒険者活動を許可します」
「母様……!」
「ただし! お父さんをちゃんと説得できたら、ね? ……取り合えず服を着替えてきなさい。もうすぐ夕御飯だから」
そう言って俺の頭を優しく撫でてくれたゼニスに、俺は深々と頷いた。
「……ありがとう、母様!」
俺は自分の部屋へと駆け上がり、二日間の泥と汗のついた服から、清潔な服へと素早く着替えたのだった。
◇
夜——食堂には、家族全員とニルシィが勢揃いしていた。
ノルンとアイシャの赤ちゃんたちも大人しく眠っており、いつもより少し落ち着いた雰囲気の食卓。
豪華な料理が並ぶ中、俺は一口パンを口に運んだ後、木剣の素振りで疲れた顔をしている父親・パウロに向かって堂々と切り出した。
「父さん。話がある」
「ん? なんだアレン。改まって」
パウロが肉を頬張りながら首をかしげる。俺はまっすぐにパウロを見据え、宣言した。
「俺、ニルシィ同伴で冒険者活動を始めたいと思っている。最初は二週に一度くらいのペースでだ。……母様からは、既に了承を得てある」
「ッゲホッ……!? ごふっ!?」
パウロがスープを喉に詰まらせて激しく吹き出した。
「ぼ、冒険者だとぉ!? 7歳でか!?」
パウロは血相を変えて立ち上がりかけ、隣のゼニスを見た。ゼニスは静かに優しく微笑んで頷いている。
パウロは目を白黒させ、それから腕を組んで深く考え込み始めた。
「……お前は、そう来たか」
パウロは顎を擦りながら、息子のこれまでの成長を一つずつ思い返すように呟いた。
「確かに……アレンはこないだもボアをあっさり狩ってきたし、今日まで二日間も野営してキャンプをこなした。剣術の上達も恐ろしいほど早いし、お前のその異質な戦闘スタイルは、型にハマった稽古より実戦で身に付けるものも多いのは確かだ……」
パウロの目が、父親としての厳しさと、元・上級冒険者としての真剣な光を宿す。
「……分かった。アレン、お前の冒険者活動を認める!」
「……っ!」
パウロは力強く頷くと、今度は俺の隣で悠然と肉を食っていたニルシィの方へと向き直った。
「ただし! ニルシィが付いているから大きな問題はないと思うが……長期依頼や高難易度依頼は絶対に受けないように頼むぞ? ニルシィ」
パウロからの真摯な依頼。
それを受けたニルシィは、174cmの長身を揺らしてFカップの胸をドンと叩き、八重歯を覗かせて豪快に笑い飛ばした。
「へっ! 任せときなパウロ! あたしがついててアレンに指一本触れさせやしねぇよ! 二週に一度の『実戦特別講義』として、最高の冒険者活動にしてやるからよ!」
ニルシィの力強い言葉に、パウロも「頼んだぞ」と満足そうに笑った。
こうして、俺の7歳にしての「冒険者デビュー」が正式に決定したのだ。
俺は腰の魔道具の短剣をそっと撫で、胸の中で不敵に笑った。
(待ってろよ、広大な世界……! ニルシィと共に実戦を重ね、我が『星焔の創世宮』を完璧な完成形へと引き上げてやる……!)
暖かな食卓の灯りの下、俺の新しい物語の幕が、静かに、しかし力強く上がろうとしていた。