無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
冒険者ギルドでの派手な初陣(迷惑なチンピラ5人組の瞬殺)を無事に終えた俺——アレン・グレイラットは、受付で正式に新人登録の札を受け取ると、まずは手始めとしてロアの街の周辺で受託できる「低ランクの魔物討伐依頼」を一件選んだ。
内容としては、街の近くの森に生息する小〜中型の魔物(アサルト・ボアなど)の討伐と素材の持ち帰りという、新人が最初にこなす典型的なものだ。
もっとも、俺の目的はギルドのランクを上げることそれ自体ではなく、あくまで我が術式『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』の第二段階——『虎座(ティグリス)』の実戦データの収集と、実戦での魔術・体術の感覚のすり合わせにある。
依頼書を懐にしまい、ニルシィと共に街の門を出て、目的地である近くの森へと向けて歩き出した。
木漏れ日が差し込む街道を並んで歩きながら、俺はふと隣を歩くシアン色のポニーテールの美女——ニルシィに視線を向け、思い出したように口を開いた。
「……そういえばニルシィ。一つ言い忘れていたが、今回の依頼の報酬、その半分はお前の取り分な」
「……はぁ? 何言ってんだお前?」
ニルシィは足を止め、シアン色の瞳を丸くして呆れたように俺を見下ろした。174cmの長身と豊かなFカップの胸元が揺れる。
「お前が自分で稼いだ最初の報酬だろ? なんで私が貰わなきゃいけねぇんだよ。そんなのいらないよ」
「いや、受け取ってもらう。……家庭教師代だ」
俺は淡々と、しかし真面目なトーンで続けた。
「一応、形式上は師弟関係で、名目上は魔術の家庭教師なんだからな。それに、こうして冒険者活動に同伴して面倒を見てもらっている以上、相応の対価を支払うのは当然だ。俺の稼ぎの半分は、お前の取り分だ」
「……」
ニルシィはしばらくの間、腕を組んでジッと俺の顔を凝視していた。
やがて、彼女は頭をポリポリとかきながら、どこか気まずそうに息を吐いた。
「はぁ……。お前なぁ、7歳のガキのくせにそういう変なところで大人びて気を使うんじゃないよ。……まったく」
そう言いながらも、ニルシィの口元には隠しきれない嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「まあ、そこまで言うなら……ありがたく半分貰っといてやるよ。その代わり、今度街で美味いもんでも奢ってやるからな!」
「ああ、それでいい」
師弟の間のちょっとした金銭の取り決めを終え、俺たちは再び森の入口へと足を進めた。
◇
森の樹々が作る深い木陰へと足を踏み入れた瞬間、俺の足がピタリと止まった。
(……ん?)
肌が粟立つような、妙な違和感。
何だか、森全体の「気配」がやけに重い。言葉でうまく表現できるか分からないが、空気の密度が濃く澱んでいるような、あるいは何者かの殺気や異常な魔力が周囲に満ち満ちているような、そんな気味の悪いプレッシャーを感じた。
「……ニルシィ、なんだかこの森……妙に気が重くないか?」
俺が小声で尋ねると、ニルシィもすでにその異変を察していたらしく、表情を引き締めて周囲の樹々を警戒するように見回した。
「あぁ……お前も感じたか。流石だな、アレン。あたしも気付いてるよ。普段のこの森の空気じゃない。何か……こう、澱んだ嫌な魔力が立ち込めてる。奥の方で何か変なことが起きてるかもしれないね」
ニルシィは腰の木剣に手を添え、低く警告を発した。
「気を抜くなよ、アレン。護衛のあたしがついているとはいえ、何が出てくるか分からん。いつでも動けるように準備しておきな」
「了解した」
俺は右手を腰の帯に添え、いつでも『星屑の錬成』を発動できるように神経を研ぎ澄ませた。
だが、奇妙なことに、森の奥へと足を進めていくにもかかわらず、通常の低ランクの魔物すら一匹たりとも姿を見せない。静まり返った森には、自分たちの足音と、不気味な風の音だけが響いていた。
(魔物が一匹もいない……? 普段なら、アサルト・ボアや雑魚の魔物くらいはうろちょろしているはずだが……)
警戒をさらに一段階上げ、俺たちは森のさらに深い奥地へと踏み込んでいった。
そして、鬱蒼とした茂みを抜けた開けた場所——。
「……っ、あれは」
そこに、今回の討伐依頼の目標である「アサルト・ボア」が一匹だけ、地面にうずくまるように倒れていた。
俺たちは慎重に近づいたが、警戒する必要すらなかった。
そのボアは、全身が無数の生傷と深い抉れ傷に覆われており、見るからに瀕死の状態だった。もはや自分で息をするのもやっとという有様で、放置しておきさえすれば、あと数分も経たずに勝手に死ぬレベルの致命傷を負っていた。
(一体、何にやられたんだ……? この辺りに、こんなボアを一方的にいたぶるような上位の魔物でもいたのか?)
周囲を警戒しつつ俺が眉をひそめていると、ニルシィがため息をつきながら近づいてきた。
「れっきとした依頼の目標だが……これじゃあ、狩ったというより、ただの『死体回収(トドメの処置)』だな」
「まあ、依頼の条件を満たすには、このトドメを刺してギルドに持ち帰ればいいんだろ?」
「そういうことだ。ほら、アレン、やってみな」
ニルシィはそう言うと、先日プレゼントした、魔力を流すと青熱の刃が形成される『片刃短剣の魔道具』を俺に手渡した。
俺はその魔道具の短剣を受け取り、柄にわずかに魔力を注ぎ込む。
シュンッ……!
鮮やかな青熱の刃が鋭く顕現する。
俺は苦しげに荒い息を吐く瀕死のアサルト・ボアの前に歩み寄り、その急所めがけて、躊躇なく短剣を突き立てた。
ズプッ……!
「……」
ボアが最後の一鳴きすら上げることもなく、ピクリと痙攣した後に完全に動かなくなった。依頼の討伐完了だ。
「よし、これで終わりだな。ニルシィ、頼む」
「りょーかい!」
ニルシィは手慣れた様子で空間収納の『魔法の袋』を取り出し、息絶えたアサルト・ボアの死体を綺麗に収納してしまった。
「さて、目標は早々に片付いたが……この森の妙な重さと、このボアの負い方を見ると、このまま奥に進むのは少し気味が悪いね。どうする、アレン? 一旦引き返すか、それとももう少し周囲を探索してみるか?」
ニルシィがシアン色の瞳を俺に向け、意見を求めてきた。
俺は短剣の魔道具を鞘に収め、さらに澱みが強まる森の奥をじっと見据えた。
「もちろん、奥に進むさ」
アレンは即座に、迷いのない力強い声で答えた。
瀕死のアサルト・ボアが物語るように、この森の奥には何か通常ではない異常、あるいは強力な存在が潜んでいる可能性が高い。しかし、それこそがアレンの求めている「実戦のデータ」であり、何よりも喉から手が出るほど欲しかった「虎型魔物」のヒントに繋がるかもしれないのだ。引き返すという選択肢はアレンの脳内には微塵もなかった。
「……はは、そうだと思ったよ」
ニルシィは呆れたように苦笑いを浮かべたが、そのシアン色の瞳にはどこか楽しげな光が宿っていた。
「了解だ。護衛のあたしを信じて、しっかり後ろについてきな。ただし、何かヤバいのが出てきたら一目散に逃げるんだからね」
「分かってるよ。行くぞ」
二人は警戒をさらに強め、澱んだ空気が立ち込める森の深部へと足を踏み入れていった。
◇
さらに深く、獣道すら消えかけた鬱蒼とした樹林帯を抜けた時、視界が急に開けた。
そこは森の中央に位置する、不自然なほどぽっかりと木々が排除された平地だった。広大な空間が円形に広がり、その中央の奥まった場所には、ぽっかりと口を開けた薄暗い洞窟が存在している。周囲の地面には激しい戦闘の痕跡や、抉られたような深い爪痕が無数に残されていた。
(……ここか。この洞窟の奥に、何かがいる)
アレンは足を止め、右手を腰の帯に添えて完全に戦闘態勢に入った。ニルシィもまた、愛用の木剣を構え、いつでも介入できるように気配を殺して周囲を警戒する。
洞窟の暗がりから、ふっと重苦しい獣の息吹と、ただ者ではないプレッシャーが漏れ伝わってきた。
「奥の洞窟から、はっきりとした気配がするな……」
アレンは目を細め、中の様子をうかがった。しかし、奥が暗すぎて中の正確な姿までは視認できない。じっと待っていても相手が出てくる気配がないため、アレンは自ら引きずり出すことを選択した。
「……引っ張り出すぞ」
アレンは右手を前方へ突き出し、集中を高める。
体内の魔力回路を結合し、高密度の熱量を一気に練り上げる。
「——『ファイヤーボール』!」
ボォッ!!
一瞬で形成された高熱の火球が、凄まじい唸りを上げて洞窟の暗闇めがけて撃ち出された。
直後、洞窟の奥で凄まじい爆発音と熱風が弾けた。
ドゴォッ!!
「グルルルゥッ……!!」
地鳴りのような、怒りに満ちた獣の咆哮が洞窟内から轟き渡る。
爆発の衝撃で周囲にもうもうと煙が舞い上がり、視界が白く濁った。その煙の向こう側から、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を放つ「一つのシルエット」が姿を現した。
——間違いない。
煙の向こうに浮かび上がっていたのは、誰もがひと目でそれと分かる、筋肉隆々の巨大な「虎」の姿だった。
(……きた……! 念願の、虎型の魔物だ……!)
アレンの心臓が、興奮と歓喜で激しく脈打った。
頭の中で描いていた『虎座(ティグリス)』の脳内モデルと、目の前に実在する猛獣の骨格を照らし合わせるための生きたデータが、今まさに目の前にある。
興奮が抑えきれなくなったアレンは、思わず口元を緩ませ、その場で右手を掲げた。
「——『星屑の錬成(スターダスト・フォージ)』!」
シュパッ!!
アレンの右手の中に、実戦用の「刀」が瞬時に顕現する。
アレンは一刻も早くその骨格の動きと筋肉の躍動を間近で観察するため、躊躇なく地を強く蹴り飛ばし、猛然と突進していった。
「おいおい、ちょっと待てって……!」
少し離れた位置で様子を見ていたニルシィは、そのあまりの猪突猛進っぷりに額を押さえ、やれやれといった調子で大きな溜息をついた。
「まったく、こういう時だけはアイツは本当にお子様(ガキ)だな……。まあいい、危なくなったらあたしがすぐに片付けてやるさ」
ニルシィは呆れながらも、いつでも加勢できるようにいつでも動ける態勢を整え、その場で見守ることにした。
◇
ガァァァッ!!
怒り狂った巨大な虎型の魔物が、鋭い爪を光らせながらアレンめがけて飛びかかってきた。
その突撃速度は凄まじく、まともに食らえば一撃で致命傷になりかねない。
だが、アレンの目は冷静そのものだった。
ニルシィとの過酷な剣術稽古で培った『水神流』の回避技術と、前世の武術的な重心移動の理論が、アレンの身体を極限の精度で動かす。
「っ……!」
ザッ! と紙一重で虎の巨体の横をすり抜け、繰り出された鋭い爪撃を刀の腹で受け流す。
カーンッ!!
金属音のような硬質な衝撃が腕に響くが、アレンは力任せに打ち返すことは一切しなかった。彼の目的は、この虎を「素早く倒すこと」ではなく、「その全身の骨格と筋肉の動きを観察し、頭の中に完璧なデータとして焼き付けること」だからだ。
(前足の踏み込みの角度はこうか……! 跳躍する瞬間、背筋の筋肉がここまで収縮する……! 首の付け根の可動域は想像以上に広いな……!)
アレンは一切の攻撃をせず、完全に「防戦」に徹しながら、虎のありとあらゆる動き、重心の移動、筋肉の収縮の仕方を、まるで写真に焼き付けるように細部まで脳裏に刻み込んでいった。
防ぐ、流す、避ける。
アレンが華麗にいなしていくたび、虎はさらに激昂し、より激しい連撃を浴びせてくる。
(よし……! これだけ間近で観察できれば、頭の中の設計図のピースはすべて埋まった……!)
十分すぎるデータを得たアレンは、これ以上ここで時間をかける必要がないと判断し、次のステップへと移行した。
「まずは、おとなしくしていてくれ」
アレンは一歩後ろへ飛び退き、一瞬の隙をついて地面に両手を叩きつけた。
「——『土魔術・地殻拘束(アース・ドーム)』!」
ゴゴゴゴ……ッ!!
凄まじい地響きと共に、虎の足元の地面から無数の硬質な土の壁が一気にせり上がり、瞬く間にドーム状の巨大な檻となって、暴れる虎の姿を完全にその内部へと閉じ込めた。
「グルルルッ……! ドンッ! ドンッ!」
ドームの内側から凄まじい衝撃と爪で引っかく音が響いてくるが、高密度で錬成された土のドームはそう簡単には崩れない。
アレンは戦闘態勢を解き、フゥと息を吐きながら少し離れた場所へと移動した。
「ふう……完璧なデータが取れた。これならいける」
アレンは地面に胡坐をかき、再び集中を高める。
先ほどまで目の前で観察していた本物の虎の骨格、筋肉の厚み、関節の柔軟性、そのすべてを、今度は自分の魔力と土魔術で完全に再現する作業に入る。
「——『星焔の守護獣:虎座(ティグリス)の素体構築』!」
シュシュシュシュ……ッ!!
アレンの両手から溢れ出た土魔術の魔力が、地面の上でうねりを上げ、みるみるうちに一頭の「虎の素体(外殻)」の形へと収束していく。
頭部、胸郭、しなやかな四肢、そして太い尾。
先ほどまでのプラモデルサイズとは比較にならない、中型犬サイズを優に超える本格的な素体がみるみるうちに組み上がっていく。
「おお……! さっきの本物の動きのイメージ通りなら、この関節の角度と筋肉の配置は……!」
アレンが夢中になって素体の微調整を行っていると、背後からスッと近づいてきた影があった。
ひょいと覗き込んできたのは、シアン色のポニーテールを揺らすニルシィだった。
彼女はアレンが作り上げたばかりの虎の素体をじっと観察し、腕を組んでフームと唸った。
「ふむ……。全体のシルエットはなかなかの出来栄えじゃないか。本物を直視して観察してきただけあって、骨格のバランスは悪くない。だがね、アレン」
ニルシィはスッと手を伸ばし、その虎の素体の「前足の付け根」と「背骨のつなぎ目」を指先で軽くツンと突いた。
「ここが甘い。お前、前足の荷重バランスを均一にしすぎているだろ? 実際の四足歩行の猛獣ってのはな、走る時も跳ぶ時も、体重のほとんどが前肩の特定の筋肉にかかるんだ。このままだと、魔力を通して動かした瞬間に、その肩の関節の結合部から自重でミシミシと亀裂が入って自壊するね。間違いなく失敗する」
「っ……! なるほど……!」
アレンはハッと気づき、自分の作った素体の構造を改めて見直した。
言われてみれば、前世の知識や人間としての感覚が邪魔をして、四足歩行の動物特有の「荷重の偏り」に対する配慮が完全に抜け落ちていたのだ。
「流石だな、ニルシィ。そこまで見抜くとは」
「当たり前だろ、これでも一応お前の師匠なんだからね!」
ニルシィは得意げにふんと胸を張った。
「さて、指摘された部分は分かったな? じゃあ、今の助言を踏まえてもう一回作り直してみな。どうせあのドームの中の虎はまだ暴れてるんだ、時間はまだあるさ」
「ああ、分かった!」
アレンは頷くと、先ほど作りかけた虎の素体を一度魔力に還元して土へと戻した。
そして、ニルシィに指摘された「前足の荷重バランス」と「筋肉の結合部の強化」の修正点を頭の中で再構築し、再び新しい素体の錬成へと取り掛かる。
「もう一度だ……! 今度こそ完璧に組んでみせる……!」
アレンが集中を再開し、再び土魔術の光がその手に灯る。
万全の観察眼と、相棒であるニルシィの的確な指摘。その二つが噛み合うことで、アレンの『星焔の創世宮』は着実に、しかし確実に対象の域へと近づいていくのだった。
うっそうとした森の中央の広場で、失敗と修正を繰り返しながら泥だらけになって素体構築に没頭する少年と、それを頼もしく、そして温かい眼差しで見守るエルフの師匠。
その熱気は、森の澱んだ空気を少しずつ、しかし確実に払い除けていくようだった。
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