無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
朝、ベッドの中で目覚めた俺は、昨夜みた夢のあまりのシュールさとスケールの大きさにしばし天井を見上げて呆然としていた。
前世の母親が実はこの世界を統べる「月の女神」であること。そして、今日訪れるボレアス家で「ヒルダに絶対に接触しろ」と言われたこと。
(……いや、誰がこんなトンデモ話を信じるんだよ。いくら母さんでも、さすがにニルシィにすら話せるわけがない)
夢の出来事は頭の片隅に深く刻み込まれたが、現実的に考えて人に話せるような代物ではない。俺は首を横に振ってその思考を一旦追い払い、いつも通り朝食を済ませた。
その後、ニルシィと共に『玉犬・黒』の背に跨がり、ビュンと風を切ってロアの街へと向かった。
街に到着すると、まずは予定通り冒険者ギルドへ立ち寄り、午前中のうちにサクッと手頃な低ランクの討伐依頼を一件クリアして済ませてしまった。
ギルドを出たところで、俺は隣で伸びをしていたニルシィに声をかけた。
「なぁニルシィ。俺はこれから、ボレアス家で家庭教師をしてる兄貴(ルーデウス)の様子見に行こうと思うんだが、お前はどうする?」
「んー? そうだねぇ、私は特に用事もないし、街の店でもぶらぶらして適当に時間潰してるわ。夕方頃に、あの大きな噴水のところで待ってるから、そこに落ち合おうぜ!」
「了解した。じゃあ、後でな」
ニルシィとはそこで一旦別れ、俺は一人でフィットア領の権力者であるボレアス・グレイラット家の広大な屋敷へと向かった。
◇
ボレアス家の重厚な門の前に到着すると、厳めしい顔をした門番が二人、武器を携えて立っていた。
俺は臆することなく近づき、丁寧に声をかけた。
「あの、すみません。ボレアス家の当主様に、ご令嬢の家庭教師をやっているルーデウスの弟のアレンと言います。今日は兄の様子を見にきたのですが、当主様に面会をさせてくれないかと、中で伝えてもらえませんか?」
「ほう、ルーデウスの弟だと?」
門番の一人は、目の前にいるのがまだ幼い8歳の子供であることに驚きつつも、俺の纏う落ち着いた空気とただ者ではない気配を感じ取ったのか、「少々待て」と告げて屋敷の門をくぐり、中に伝えにいった。
数分後、門番が戻ってきて「中へ通せとのことだ。ついてこい」と案内してくれた。
広々とした敷地を抜け、豪華な本館の応接室に通されると、そこにはボレアス家の重鎮たちが勢揃いしていた。
上座には豪快な笑みを浮かべた当主のサウロスが座り、その隣には息子のフィリップ、そしてフィリップの妻であるヒルダが静かに座っている。
俺は背筋を伸ばし、キリッとした礼儀正しい作法で頭を下げた。
「初めまして。本日は突然の我が儘を聞いていただき、誠にありがとうございます。いつも兄のルーデウスが大変お世話になっております。……こちら、道中で見つけたつまらない物ですが、良かったら皆様で召し上がってください」
挨拶をしながら、俺は懐(空間収納)から、ボレアス家に来る前に高級茶菓子店で買い求めておいた『極上の詰め合わせ菓子』の包みを差し出した。
サウロスはそれを一目見ると、豪快にガハハと笑い声を上げた。
「堅苦しい挨拶なんていい! 普段通りに気楽に話せ小僧!」
フィリップもまた、感心したように深く頷きながら、横にいた妻に聞こえるように小さく呟いた。
「……やはり、ルーデウスもそうだったが、アイツ(パウロ)の息子たちは、どうしてこうアイツと違って礼儀正しくしっかりしているんだ……」
そのフィリップの隣に座っていたヒルダは、艶やかで美しい深紅の赤髪を揺らし、息を呑むように俺の姿をじっと見つめていた。
(……なるほど、あの人がルーデウスの叔母にあたるヒルダか。ツヤのある綺麗な深紅の赤髪で、気品があって……スタイルも凄いな)
俺が内心でそんな感想を抱いていた一方、ヒルダはアレンの姿を一目見た瞬間、別の意味で心を撃ち抜かれていた。
(……なんなのこの子……! なんて可愛くて、それでいてどこかクールで凛々しいの……っ! ああ、もう! 私の子供にしたいわ……! 養子に欲しい……!!)
心の中では我が子のように愛おしがり、抱きしめたい衝動に駆られていたヒルダだったが、彼女の元々の冷徹な気質と貴族としての仮面が邪魔をし、表情には一切出さない。彼女はすまし顔のまま、冷ややかなトーンで短く返した。
「……有難く、いただきますわ」
(——おっと、昨日の夢で母さんが「絶対に接触しろ」って言っていたのは、この人のことだな……。無事に接触はできたが、一体どういう意味があるんだ……?)
俺が内心で首をかしげていると、ちょうどタイミングよく、屋敷の犬の獣人女メイド(ギレーヌではない、別のメイド)が部屋に入ってきた。
サウロスがそのメイドに尋ねる。
「おい、ルーデウスとエリスは今どこにいる?」
メイドは深々と一礼し、「はい、今は中庭で剣術の稽古中かと……」と答えた。
「なら、そこにいるルーデウスの弟を中庭まで案内してやってくれ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
俺はサウロスたちに再度軽く会釈をし、その犬の獣人メイドの後について応接室を後にした。
◇
メイドに案内され、本館の石造りの廊下を抜け、開放的な中庭へと通された。
メイドは「それでは失礼します」と一礼して去っていった。
俺は中庭の隅の石畳に立ち、少し離れた場所から訓練の様子をそっと観察した。
(ふむ……兄貴の剣術か)
屋敷を出る前よりは明らかに身体の使い方が洗練されており、剣筋も鋭くなっている。しかし、客観的に見て「そこそこの上達」といったところで、圧倒的な実戦の修羅場を潜ってきた者の動きにはまだ届いていない。
(……それに、あそこにいる赤い髪の女の子……エリスお嬢様か)
少し離れた場所でルーデウスと打ち合っている、燃ゆるような赤髪の少女。
彼女の剣術には荒削りな部分が目立つが、それを補って余りある野生的な勘と、一撃の重い圧倒的な「強さ」が確かに備わっている。あの年齢でこれだけの気迫と実力を持つとは、さすがボレアス家の血筋というべきか。俺は内心で小さく感心した。
その時だった。
稽古に集中していたルーデウスの視界の端に、ふと見慣れた金髪の少年——俺の姿が飛び込んできたらしい。
「——っ!?」
ルーデウスは突然動きを止め、目を見開いて大声を張り上げた。
「アレン————っ!!?」
まさか弟がこんなところにいるとは思っていなかったのだろう。あまりの驚きにルーデウスの意識が完全に訓練から逸れてしまった。
その致命的な隙を、赤髪の少女(エリス)が逃すはずがなかった。
「隙ありっ!!」
ガツンッ!!
「ぐえっ……!」
エリスの容赦ない木剣の一撃がルーデウスの脇腹に綺麗にヒットし、ルーデウスはそのまま地面に盛大に転がり伏して気絶しかけた。
「やったぁ! 私の勝ちよ、ルーデウス!」
エリスが勝ち誇ったようにふんっと鼻を鳴らし、木剣を下ろす。
その傍らで、木陰に控えていた全身黒ずくめの狼の獣人——ギレーヌも、ピクリと耳を動かしてこちらに視線を向けた。
ガタガタと情けなく地面這いつくばっているルーデウスのことは一旦放置し、俺はスッと姿勢を正すと、エリスとギレーヌの二人に向かって真っ直ぐに歩み寄り、落ち着いたトーンで挨拶の言葉を紡ぎ始めるのだった。
転移事件編で出すオリキャラについて、
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