無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
(※時は、エリスが10歳の誕生日を迎えてから2日後のことである)
中庭の土埃が舞う中、先ほどまでルーデウスを圧倒していた赤髪の少女——エリス・ボレアス・グレイラットと、その傍らで静かに佇む黒ずくめの狼の獣人・剣王ギレーヌの二人へ向けて、俺——アレン・グレイラットは一歩前へ踏み出した。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、落ち着いた声音でハッキリと挨拶を告げる。
「初めまして、エリスお嬢様に剣王ギレーヌ様。俺はルーデウスの弟のアレンと言います。以後、お見知りおきを」
礼儀正しく、しかしどこか冷徹なまでの落ち着きを払った俺の挨拶を聞き、エリスはフンッと鼻を鳴らした。だが、彼女の視線はすぐに俺の全身を包み込む「装丁」へと釘付けになった。
「……あんた、その格好……」
エリスは目を細め、俺が黒いコートの下に着用している実戦用の皮の軽装鎧や、腰に帯びた魔道具の短剣をじっと見つめた。そして、何かを確信したように食い気味に声を荒らげる。
「もしかして、その装備は……あんた、冒険者なのっ?! まだガキのくせに!?」
「あ、ああ。そうだが?」
俺が淡々と頷くと、エリスの瞳に猛烈な闘争心と好奇心の炎がパッと灯った。彼女はぐいっとアレンの鼻先まで顔を近づけ、興奮した口調でまくし立てた。
「ふぅん……アレンって言ったかしら! ちょうどいいわ、私と勝負しなさい!」
「は……? 勝負って、初対面でいきなりか?」
面食らった俺が思わず目を丸くして、少し離れた木陰に控えているギレーヌの方へとチラと視線を送った。
すると、ギレーヌは鋭い黄色の目を細め、面白がるようにふっと口角を上げると、「好きにやれ」と言わばかりに小さく頷いてみせた。
「……ギレーヌも許可してるし、いいのか?」
「当たり前よ! 逃げるなんて言わせないんだから! さあ、行くわよ!」
俺が返答に困っている間に、エリスはすでに自分の木剣を拾い上げ、戦闘態勢に入っていた。
そこに、地面を這うような低く重い声が響いた。
「そこまでだ。審判は、私が務めよう」
いつの間にか、ギレーヌが風のように音もなく二人の間に割り込んできていた。彼女は鋭い視線をエリスとアレンに向け、淡々とルールを告げる。
「使用するのは木剣だ。……ちなみに、アレン、お前は魔術を使えるのか?」
「ああ、一応は使えるが……そちらのルールに合わせるよ。どうする?」
俺がそう答えると、エリスはフンと胸を張り、自信満々に言い放った。
「決まってるでしょ、魔術も有りよ! 容赦なく、本気で来なさい! じゃないと一瞬で叩きのめすんだから!」
「……わかった。じゃあ、魔術も解禁でいこう」
俺が頷くと、ギレーヌは満足そうに片手を挙げ、公式のルールを宣言した。
「ルールは単純だ。武器は木剣を使用すること、魔術の使用も許可する。ただし、殺すのは絶対に禁止だ。相手が『参った』と降参するか、私が危険だと判断して止めるまで続ける。……いいな?」
「「異存無いわ(ない)」」
エリスがやる気満々に木剣を構え、俺もまたその場で軽く息を整えて姿勢を低くした。
そんな二人を少し離れた場所から見守るように、先ほどまで地面に這いつくばっていたルーデウスが、慌てて起き上がりながら青ざめた顔で叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれアレン!? 相手はあの暴れん坊のエリスお嬢様だぞ!? いきなり勝負なんて無茶だ!」
「兄貴は黙って見てろ。怪我はしないさ」
俺が振り返らずにサラリと言い放つと、ルーデウスは「そういう問題じゃなくて……!」と冷や汗を流しながら頭を抱えた。
◇
「——では、勝負開始(はじめ)ッ!!」
ギレーヌの鋭い号令が、中庭の空気を切り裂いた。
「どりゃあああっ!!」
合図の音と同時に、エリスは獣のような猛烈な気迫を纏い、凄まじい前屈みの突進で一気に距離を詰めてきた。剣神流特有の初動の爆発力。ガムシャラだが、その一撃には一頭の野獣に匹敵する圧倒的な破壊力が込められている。
だが——。
(遅い)
前世の知識と、ニルシィをしごかれて磨き上げた体術の基礎。そして数々の実戦で研ぎ澄まれた俺の動体視力の前には、エリスの直線的な突進はすべてスローモーションのように見えていた。
ザッ!
アレンは最小限の動きでエリスの突進の軌道から身体を半歩ずらし、彼女の剣先をいなす。
そして、すれ違いざまに——。
「っ……!?」
アレンのしなやかな左足が、無防備になったエリスの脇腹へと正確無比に突き刺さった。
ドスッ!!
「ぐぇっ……!?」
衝撃で息を詰まらせたエリスは、バランスを崩してそのまま数歩後ろへと大きく後退させられた。
「なっ……こいつ、私の突進を……!」
エリスは顔を真っ赤に染め、悔しそうに歯噛みしながらすぐに態勢を立て直そうとする。
だが、アレンはその反撃の隙を1ミリたりとも与えるつもりはなかった。
「終わりじゃない」
タンッ!!
アレンは追撃に転じるため、地面を爆発的に蹴り飛ばした。
しかし、ただ突撃するだけではない。アレンは走り出すと同時に、左手に持っていた木剣を、エリスの顔面めがけて強烈な勢いで「投げつけた」。
「っ……飛道具!?」
エリスは咄嗟に飛んできた木剣を自分の木剣で弾き落としたが、そのほんの一瞬の目くらましが致命的な隙を生んだ。
シュパッ……!!
アレンがエリスに肉薄するその直前、彼の右手の中に高密度の土魔術と熱皮膜が収束し、美しく禍々しい「星屑の錬成の刀」が瞬時に顕現する。
「——そこだ」
回転の遠心力と踏み込みの衝撃を限界まで乗せたアレンの腕が、美しく、そして容赦なく振り下ろされた。
ガキィンッ!!!
「がっ……あぁっ……!?」
刃こそ落としてあるものの、高密度の魔力塊が乗った強烈な袈裟斬りの打撃がエリスの木剣を真っ向から叩き折り、彼女の身体を強烈な衝撃ごと吹き飛ばした。
ズサササッ……!!
エリスは中庭の砂利の地面を派手に転がり、数メートル後ろでようやくピタリと停止した。
◇
「ぐうっ……! はぁ、はぁ……っ……!」
砂まみれになり、ボサボサになった赤髪を揺らしながら、エリスは両手をついて這いつくばった。
彼女が手にした木剣は、中央から無残にパッキリとへし折れていた。
周囲は完全な静寂に包まれていた。
ルーデウスは口をあんぐりと開けて絶句し、少し離れた場所で見ていたギレーヌさえも、その黄色の瞳を丸くして微かに驚きの表情を浮かべていた。
(……ふっ。これが、剣神流の初動の爆発力に対する、実戦錬成術の答えだ)
アレンは手に持っていた星屑の錬成の刀をすっと消滅させ、乱れた息を整えながら、倒れ込んでいるエリスを見下ろした。
だが、エリスの戦意はまだ折れていなかった。
「くっ……ふざけ……ふざけんじゃないわよ……っ!!」
エリスは怒りと悔しさで涙目を浮かべながら、まるで牙を剥く雌獅子のように、折れた木剣の片方を握りしめて再び立ち上がろうとした。
「まだよ……! まだ終わってないんだからね……っ!!」
「無茶をするな、エリス。勝負ありだ」
アレンは冷徹な、しかしどこか慈悲を含んだトーンで告げると同時に、容赦のない「追撃の連撃」へと移行した。彼女に反撃の隙や考える余裕を一切与えるつもりはない。実戦の厳しさをその身体に叩き込むための、容赦なきコンボの嵐が幕を開ける。
シュシュシュッ!!
アレンの両手から、再び次々と『星屑の錬成』による小型の鈍色の短刀や、足元を縛るための土の魔力が幾重にも展開される。
「なっ……なんだこれ……! 動けない……!?」
足元から伸びてきた硬質な土の枷がエリスの両足首をガッチリと捕縛し、彼女の自由を瞬時に奪い去った。
エリスが「うそ……足が……動かないっ!?」と焦り声を上げた瞬間、アレンの姿が目の前から消え去った。
(——死角からの、最適化された体術と魔術の融合コンボ)
ザッ!!
「っ……!?」
エリスの背後に、音もなくアレンの影が滑り込んだ。
振り返る暇すらない。アレンの鍛え上げられた掌底が、エリスの背中の急所(重心のバランスを崩す一点)へと正確無比に叩き込まれた。
ドスッ!!
「ぐぅっ……! はうっ……!」
肺の空気が強制的にすべて搾り出され、エリスはその場で膝から崩れ落ちた。
だが、アレンの手は止まらない。追撃の手を緩めず、彼女が再び立ち上がる前に、空中に浮遊させた魔力の光弾と連続する打撃のラッシュを絶妙な力加減で浴びせ続ける。
バンッ! バンッ! ドスッ!!
「きゃっ……! や、やめ……っ! ぐぅ……っ!」
反撃しようにも、木剣は折れ、足は縛られ、重心のバランスは崩され、あらゆる選択肢をアレンの圧倒的な先手必勝の連撃によって完全に封殺されていた。
それはまさに、一方的な「教育的指導」であり、実戦における圧倒的な格上の暴力の具現化だった。
そして——最後。
アレンはスッとエリスの正面に回り込み、彼女の首筋のわずか数ミリ手前で、高密度な熱魔力を纏わせた指先をピタリとピタリと静止させた。
ピリピリと肌を焦がすような熱の余韻が、エリスの首筋を撫でる。
「……そこまでだ」
静寂の中、アレンの冷徹な声が響き渡った。
エリスは全身を泥と汗で汚し、息を切らせながら、自分の首筋にあるアレンの指先を見つめた。
彼女の瞳には、怒りや悔しさだけでなく、自分を圧倒的な実力で完全に叩きのめした存在に対する、抗いようのない「恐怖」と「絶対的な敗北感」が深く刻み込まれていた。
「……私の、……負け……」
エリスは力なく唇を噛み締め、その場にどさりと尻もちをついた。
「勝負、そこまで!! 勝者、アレンッ!!」
少し離れた場所から見守っていたギレーヌが、大きな声で勝敗を宣言した。
中庭には、風の音だけが吹き抜けていく。
ルーデウスは呆然と立ち尽くし、ギレーヌは腕を組んで感心したようにアレンの背中を見つめている。
そして、泥まみれになったエリスお嬢様を叩きのめした8歳の少年・アレンは、何食わぬ顔で服の埃を払い、静かに息をつくのだった。
転移事件編で出すオリキャラについて、
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