無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
剣王・ギレーヌとの壮絶な死闘の末、文字通り奇跡的な相打ちの形に持ち込んで一歩も引かなかったアレンだったが、本人の脳裏には冷徹な現実がしっかりと刻み込まれていた。
(——今の技、今の魔力量、そして今の身体能力のすべてを出し切って、ようやく互角の相打ち。……間違いなく、次は絶対に負ける)
ギレーヌの底知れぬ実力、そして戦闘経験の圧倒的な差を肌で感じたアレンは、己の未熟さとさらなる高みへの渇望を同時に噛みしめていた。
そんなアレンの胸の内を知ることもなく、先ほどまで地面で泥まみれになりながら絶望していたルーデウスが、目を輝かせながらパタパタと駆け寄ってきた。
「ア、アレン……っ! す、凄かったぞ……! ままさか、あの剣王ギレーヌ相手にあんな大立ち回りを演じるなんて……! 君は一体いつの間にそんな化け物になっていたんだ!?」
尊敬と驚愕が入り混じった顔でまくし立てる兄に対し、アレンは静かに息を整えながら首を横に振った。
「いや……褒められたもんじゃないさ。今回はたまたま相手が正面から付き合ってくれたのと、奇跡的なタイミングが噛み合っただけだ。……次にもし同じ相手とやったら、絶対に負ける」
アレンのその言葉は謙遜でも何でもなく、純粋な事実に基づくものだった。
しかし、そのやり取りをそばで聞いていたもう一人の人物——先ほどアレンに完膚なきまでに叩き伏せられ、プライドを木端微塵に砕かれたはずのエリスが、ふらり、と立ち上がった。
彼女の顔には、先ほどまでの絶望や涙の色はすでに微塵も残っていなかった。
荒々しく自分の頬をパチンと両手で叩き気合を入れ直すと、燃ゆるような深紅の赤髪を揺らしながら、アレンの目の前へとズカズカと歩み寄ってきた。
「ちょっと、アレン!」
「ん……? なんだ、まだ負け足りないのか?」
アレンが冷めたツリ目で問い返すと、エリスは悔しそうに歯ぎしりをしながらも、その瞳に闘志の炎をメラメラと燃え上がらせてこう言い放った。
「ふん……! あんたに一回負けたからって、私がこのままで終わると思ったら大間違いよ! ……アレン! あんた、これから定期的にこの屋敷に来て、私と勝負しなさい!」
「……俺が? ここに通えって?」
「そうよ! 次こそは、その涼しい顔をボコボコにして、私の手でギャフンと言わせてやるんだから! 覚悟しときなさい!」
いつの間にかすっかり立ち直り、むしろ以前よりも強靭な闘争心を宿して食ってかかってくるエリスの姿に、アレンは思わず呆れたような、しかしどこか関心したような複雑な笑みを浮かべた。
(……ほう。流石は原作で『狂犬』と呼ばれるだけのことはあるな。これだけ派手に叩き折られても、一晩どころか数分でバネのように立ち直るとは……。折れないメンタルに関しては大したものだ)
アレンが内心で感心しながら、ふと少し離れた場所に控えているギレーヌの方へと視線を送ると。
ギレーヌはフッと野性的な笑みを浮かべ、無言のまま「構わない、好きにさせろ」とばかりにゆっくりと首肯してみせた。
(――なるほど。ギレーヌとしても、エリスが良い刺激を受けてさらに成長する材料になると踏んでいるわけか)
「わかった。気が向いたら、二週に一度の冒険者活動のついでにでも、また顔を出して相手をしてやるよ」
アレンがそう了承すると、エリスは「っ……! 逃げも隠れもできないわよ、絶対に来なさいよね!」と顔を真っ赤にしながら、どこか嬉しそうな、誇らしげな表情を浮かべた。
◇
それからしばらくして、西の空がオレンジ色から深い茜色へと移り変わり、夕方の帳がロアの街全体を包み込み始める頃合いとなった。
「そろそろいい時間だな……」
アレンはボレアス家の広大な敷地を後にし、門番たちに軽く会釈をしながら、約束の場所である街の中心部の「大きな噴水広場」へと向けて歩き出した。
石畳の通りを抜け、水のせせらぎが心地よい噴水広場に到着すると、すでに待ち合わせの相手はそこにいた。
174cmの長身と綺麗なシアン色のポニーテール、そして一際目を引く抜群のスタイルを持つニルシィが、噴水の縁に腰掛けながらヒマそうに足をブラブラと揺らしていたのだ。
「お、来た来た。お疲れアレン」
アレンの姿を認めたニルシィは、ふわりと立ち上がり、長い足を軽やかに歩ませて近づいてきた。
彼女のシアン色の瞳が、アレンの衣服の微細な汚れや、先ほどの激しい戦いの余韻が残る空気感を一瞬で看破する。
ニルシィはクスッと小さく笑いながら、からかうような口調で問いかけた。
「へぇ……その空気、ただの物見遊覧の顔じゃないねぇ? ……さてはアレンお前、ボレアス家の連中に連れられて、また派手に暴れてきたな? 匂いでわかるよ……『剣王』と一戦やってきたな?」
「……相変わらず勘がいいな、ニルシィ。隠しごとはできそうにない」
アレンが苦笑いを浮かべながら肩をすくめると、ニルシィは面白そうに両手を腰に当てた。
「そりゃあね、伊達に元・上級冒険者やってないっての。で、どうだったんだい? あの怪物みたいな剣王ギレーヌを相手にして、お前の『星焔の創世宮』は通用したのかい? 結果を聞かせてみなさい!」
ニルシィの好奇心に満ちた視線を受け、アレンは静かに息をつき、今日の中庭での一部始終を包み隠さず語った。
「……紙一重だった。最後はお互いの急所に刃を突きつけ合う、完全な相打ち……いや、正確に言えば、向こうの剣速がわずかに早かったから、俺の負けと言ってもいい。……俺の全力を叩き込んで、ようやくギリギリで渡り合えたってレベルだ」
そこまで話し、アレンは少しだけ悔しさを滲ませるように視線を落とした。
「……だが、もし次に同じ条件で戦ったら。あの人は間違いなく俺の動きを完全に学習し、次の手を用意してくる。……次は、絶対に負ける」
自分の実力の限界と、本当の頂点に立つ者たちの壁の厚さを冷静に分析し、淡々と事実を告げるアレン。
その小さな背中には、まだ8歳とは思えないほどの凄まじい修羅場の記憶と、次へ向かうための冷徹な向上心が宿っていた。
だが——。
「……そっか」
ポンッ、と。
アレンの頭の上に、温かく柔らかい感触が乗せられた。
「え……?」
顔を上げると、ニルシィはいつの間にかアレンの目の前まで歩み寄っており、その慈愛に満ちた(そして少し照れくさそうな)笑みを浮かべていた。
次の瞬間、ニルシィは両手を大きく広げ、アレンの小さな身体をそのまま自分の豊かな胸の中へとグッと引き寄せ、力強く抱きしめた。
「むぐっ……!?」
アレンの顔が、ニルシィの自慢のFカップの胸の膨らみに完全に埋め尽くされる。
ふんわりと香る甘いシャンプーの香りと、包み込むような圧倒的な温かさがアレンの全身を包み込んだ。
「よくやったね、アレン」
ニルシィの声音は、いつものからかうような軽口ではなく、心から弟子を誇らしく思う、優しく穏やかな師匠のものだった。
「まだ8歳のガキのくせに、世界でも指折りの『剣王』を相手に一歩も引かず、相打ちまで持ち込んでみせたんだろ? 十分すぎるほど凄まじい快挙だよ。……よく頑張った、よく生きて帰ってきたね、あたしの大自慢の弟子さま」
「……ニルシィ、苦しい……胸に埋まって息が……」
「うるさい! たまには素直に甘えなさいの! よしよし、よくできました〜!」
バフバフと容赦なく胸の中に押し潰されながらも、アレンはそこで無理に身体を引くのをやめた。
前世を含めても、ここまで全身全霊で自分の戦いを認め、無条件で褒めてくれる存在などいなかった。張り詰めていた神経が、ニルシィの温もりと優しい声によって、心地よい安堵感へと溶かされていくのを感じる。
「……ありがとよ、ニルシィ」
アレンが照れくささを隠すように、モゴモゴと小さな声でお礼を告げると、ニルシィは「どういたしまして!」と満足そうにふふんと鼻を鳴らした。
◇
それからしばらくして、すっかり心も身体も軽くなった二人は、『玉犬・黒』を呼び出してその背に跨がり、夕暮れの街道を駆け抜けてブエナ村のグレイラット家へと帰宅した。
屋敷の門をくぐると、そこにはいつものように温かい家族の灯りが漏れており、新しい一日を終えた穏やかな空気が流れていた。
過酷な実戦と、未知なる神々の影、そして確かな自分の成長を胸に刻み込みながら、アレンの8歳の物語は、さらに深く、熱く加速していくのだった。
転移事件編で出すオリキャラについて、
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