無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
グレイラット家の広大な庭園。爽やかな風が木々を揺らす中、立ち並ぶ俺——アレン・グレイラットと、家庭教師としてやってきたエルフの魔術師、ニルシィ・ドラゴリューズの姿があった。
174cmの長身に、グラマラスで豊満なFカップの胸元。シアン色のポニーテールを揺らす彼女は、見た目通りのラフな調子で腰に手を当て、ジッと俺を見下ろしている。
「さて、アレン。まずは魔術を発動させるための『基本原理』ってやつを、お前がどう理解してるか教えてもらおうか」
ニルシィはシアン色の瞳を少し細め、試すような視線を投げてきた。
3歳児に対して向ける質問としてはあまりに高度だ。普通なら「魔法の呪文を唱えて、えいってやる!」とでも答えるのが関の山だろう。
だが俺は前世の記憶を持つ転生者だ。前世のオタク知識と、この世界に来てからルーデウスとは別に自主鍛錬で培った魔力運用の理屈は、すでに頭の中で完璧に整理されている。
俺はゼニス譲りの金髪をサッとかき上げ、ツリ目をニルシィに向けながら、淀みなく口を開いた。
「魔術の行使は、大きく分けて三つのステップで構成されている。第一に体内の『魔力の生成と練り込み』。第二にそれを意図した現象へと変質させる『構造のイメージと魔力への付与』。そして第三に『体外への放出と定着』だ」
「……」
「魔法陣や詠唱は、本来そのプロセスを簡略化・安定化させるための補助補助装置(ガイド)に過ぎない。本質は、体内にある魔力をどれだけ精密に、かつロスなく外界の現象へと変換できるか……そうだろ?」
一気に言い切った俺に対し、ニルシィはぽかんと口を開けて固まっていた。
100年以上生きているという彼女のシアン色の瞳が、信じられないものを見るように丸くなっている。
「……マジかよ。おいおい、3歳でそこまで原理を言語化して理解してんのかよお前……」
ニルシィは頭をガシガシと掻きむしり、思わずといった様子で苦笑いを漏らした。
「パウロから『うちの双子はちょっと変わってる』とは聞いてたが、変わってるなんてもんじゃねえぞ。……ははっ、やっぱりあたしの目に狂いはなかったな! めちゃくちゃ面白いじゃねえか」
ニルシィは愉快そうに喉を鳴らすと、表情を少しだけ引き締め、ポンと自分の胸を叩いた。
「よし、合格だ! 理論は申し分ない。なら次は、そのプロセスをどう効率化させるかだ。アレン、魔術において一番重要なのは何だと思う?」
「……『イメージ』か?」
「大正解!」
ニルシィはバチンと指を鳴らした。
「魔術ってのはどこまで行っても『イメージ』の産物なんだよ。で、世間一般じゃ『詠唱』が必須みたいに思われてるが、あたしの持論じゃあんなもん、自分の脳内に具体的なイメージを強制的に膨らませるための『自己暗示』に過ぎない」
そこまで言うと、ニルシィはニヤリと口角を上げた。
「つまりだ。最初から脳内で寸分の狂いもなく現象の形、密度、性質まで完璧に『イメージ』出来てるんなら、長々とした詠唱なんて邪魔なだけだ。詠唱短縮どころか、最初から『無詠唱』で発動させるのが一番手っ取り早くて強力なんだよ」
(ほう……さすがは上級冒険者、魔術の本質をよく分かってる)
俺が無詠唱の有効性に納得して頷くと、ニルシィは腕を組み、ニヤニヤとしながら俺を促した。
「講釈はこのくらいにしよう。論より証拠だ。アレン、お前が今出せる一番得意な魔術を発動してみせろ。どんなイメージでどう作ってるか、あたしに見せてみな」
「俺の得意なやつか。分かった」
俺は深呼吸をし、集中を高めた。
前世でノートに書き殴っていた妄想の術式——天上の星の炎を纏わせ、物質を依り代として武装を錬成する『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』。その基本能力である『星屑の錬成(スターダスト・フォージ)』の再現だ。
まだ完璧な術式としては成立していないが、現段階でも「土魔術でベースを作り、そこに火魔術の熱を付加する」という複合操作なら可能になっている。
俺は右手と左手を同時に構えた。
右手の掌の上に魔力を集中させる。高密度の火魔術を練り上げ、ただの火球ではなく、内側と外側で逆方向に回転する重厚な「螺旋の炎球」をイメージして圧縮した。
同時に、左手には土魔術を行使。足元の土から鉱物成分を引き揚げ、前世で覚えた刀剣のフォルム——片刃で洗練された『日本刀』の形状へ瞬時に錬成する。
シュバッ!
俺の前に、高速で旋回する渦巻く熱の塊『螺旋の火球』と、黒く光る強固な『土の長剣』が同時に顕現した。
「……ほう」
ニルシィのシアン色の瞳が怪しく光る。
3歳の子供が無詠唱で、しかも火と土の二系統を同時に、かつ複雑な形状で出力してみせたのだ。常識的な魔術師が見れば泡を吹いて倒れるレベルの芸当である。
だが、ニルシィは驚きつつも、その鋭い観察眼で俺の魔術の「欠陥」を即座に見抜いた。
「——ストップ。そこまでだ」
ニルシィは手をかざし、俺の魔術を遮った。
「言いたいことは山ほどあるが……まず第一に、ダメダメだな!」
バッサリと言い捨てられた。
「な……どこがダメなんだ?」
俺が問い返すと、ニルシィは呆れたように肩をすくめ、俺が作り出した螺旋の火球と土の剣を交互に指差した。
「お前、器用すぎて逆に無駄が多すぎるんだよ。まずその火の球! なんだその無駄な螺旋回転は? 確かに密度は上がってるが、回転に魔力を奪われて外熱が逃げてんだよ。爆発させたいのか、貫通させたいのかが中途半端だ!」
「っ……!」
「それと、その左手の土の剣! 形にこだわりすぎて余計な魔力を使ってやがる。もっと肉厚を削ぎ落として、分子の密度を高めろ。あと一番ダメなのは——なんで火と土を『別々』に出してんだ?」
ニルシィは一歩踏み込み、俺の顔を覗き込んだ。
「お前がやりたいのは、土で基礎(依り代)を作って、そこに火の熱をまとわせる『複合錬成』だろ? なのに右手に火、左手に土って分けてちゃ、魔力の伝達効率が落ちて威力が半減する。体内で火と土の魔力を混ぜ合わせてから、一つの現象として同時に放出しろ!」
的確すぎる指摘だった。
前世のイメージに引っ張られるあまり、俺は「火」と「土」を別の現象として脳内で処理し、力技で同時に並行発動させていたのだ。それでは魔力の伝達にロスが生じ、威力も効率も落ちてしまう。
「……なるほど。体内で二つの属性を融合させてから一気に形にするのか」
「理解が早くて助かるよ。よし、もう一回やってみろ! 今言った三つ——『火の回転の無駄を省く』『土の密度を上げる』『最初から体内で合体させて練る』だ!」
「言われなくてもやってやる!」
俺は悔しさをバネに、すぐに次の魔力練成に入った。
(体内で、火と土を……混ぜ合わせる!)
体内の魔力回路を一つに繋ぐイメージ。土の「固形・質量」のイメージに、火の「熱・拡張」のエネルギーを練り込んでいく。
「くっ……!」
だが、異質な二つの魔力を体内で混ぜ合わせようとすると、強烈な反発磁石のように魔力が暴れ出そうとする。それを前世で鍛えた精神力と緻密な魔力操作で強引に抑え込む。
「『星屑の錬成』……ッ!」
俺が手をかざすと、地面から岩石が跳ね上がり、そこに体内で練り上げた凄まじい熱量が宿った。
ズドンッ!
目の前に現れたのは、真っ赤に熱せられた重厚な『炎の巨矛』だった。先ほどより明らかに密度が高く、放たれる熱気も段違いだ。
しかし——。
バリバリッ!
錬成された巨矛は、誕生してわずか数秒で表面に亀裂が入り、激しい炎を吹き散らしながら崩壊してしまった。
「うわっと!?」
俺は咄嗟に後ろへ飛び退き、爆風を防ぐ。
「甘い甘い!」
ニルシィは腕を組みながら、煙の中から声を張り上げた。
「いまのは土の密度に対して、付与した火の熱量が強すぎたんだよ! 熱膨張で土が耐えきれずに砕けたろ? 土の硬度と火の温度の配分比率(バランス)が狂ってる! 火が10なら土は15で受け止めろ!」
「くそっ……もう一回だ!」
俺は煙を振り払い、すぐに立ち上がった。
悔しかった。前世の知識とこの世界の魔力があれば、最初から格好良く完璧な武装を錬成できると思っていたのに、このエルフの師匠の前では自分の甘さがボロボロと露呈していく。
だが同時に、身体の底から熱い高揚感が湧き上がってくるのを感じていた。
独学では決して気づけなかった「複合魔術の精密なバランス制御」が、ニルシィの指導によって急速に洗練されていく実感が湧いていたからだ。
「よし、もう一度! 土の配分を増やして、火の熱量を均一にコーティングする……!」
俺は再び魔力を練り上げる。
「土15、火10……いや、熱伝導を考慮して表面だけに熱を集中させる!」
「そうだ! 内部まで全焼させようとするな! 表面の膜として熱を這わせろ!」
ニルシィの鋭い声が飛ぶ。
俺は脳内で構造を再構築した。土の魔力で頑丈な長剣の骨格を形作り、その表面だけに高密度の火の魔力を「薄い皮膜」のように均一に貼り付け、循環させる。
「はあぁぁぁっ!」
俺が気合と共に手を突き出すと、一瞬の閃光と共に、一振りの『赤熱の片刃剣』が完成した。
黒々とした緻密な土の刃の表面を、揺らめく灼熱の炎が刀身を舐めるように覆っている。今度は崩壊しない。圧倒的な熱量と堅牢な質量が、見事に調和して一本の武器として成立していた。
「……どうだ!?」
俺は息を荒らげながら、完成した赤熱の剣を掲げてニルシィを見た。
ニルシィは完成した剣に近づき、じっくりと検分するように目を細めた。そして、剣の側面にペシッと軽く指先で触れる。
「ふーむ……形にはなったな。さっきより格段にマシだ」
一瞬、褒められたかと思って胸を撫でおろしかけた俺だったが、ニルシィは容赦なく次のダメ出しを叩きつけてきた。
「だが、まだ『60点』だな!」
「なっ……! どこが不満なんだ!?」
「柄(つか)の部分だよ、柄!」
ニルシィは自分のポニーテールを揺らしながら、俺の持つ剣の柄を指差した。
「お前、刃の部分に集中しすぎて、自分が握る柄の部分まで熱が伝わって伝熱してんじゃねえか! 今は魔力で手を保護してるから火傷してないみたいだが、そんな無駄な魔力消費してたら実戦じゃすぐに魔力切れになるぞ! 柄の部分は完全に断熱処理しろ!」
「あ……」
言われてハッとした。確かに、手元にまで仄かな熱が伝わってきており、無意識に手元の魔力で熱を遮断していた。これでは武器を維持するだけで二重に魔力を消耗してしまう。
「それからな、剣の刃渡りがお前の身長に対して長すぎる! 前世のアクション気取りか知らんが、今の3歳の体格でその長さ振ったら一振りで体勢崩すぞ! 自分の今の体格とリーチに合わせた最適な長さに錬成しろ!」
「っ……!」
前世のアクション気取り、というワードに一瞬ヒヤッとしたが、ニルシィは単に「子供の身の丈に合っていない」という意味で言ったらしい。
だが、悔しいが全てもっともな指摘だった。
「もう一回だ! 柄の断熱、体格に合わせた刃渡りの最適化! 10秒以内にやってみろ!」
「言われなくても——やってやるさ!!」
俺は歯を食いしばり、掲げていた剣を一旦解体して土と火の魔力へと還元した。
(柄の断熱……土の魔力の中に空気の層を作るイメージだ。熱伝導率を極限まで下げる! そして刃渡りは俺の腕の長さに合わせたショートソード形へ!)
思考を加速させる。
ニルシィから叩き込まれる怒涛の改善点を、脳内で一つずつ修正し、イメージを研ぎ澄ましていく。
体内で火と土の魔力を融合させる。比率は土15、火10。
表面に熱の皮膜を生成しつつ、手元には完全な断熱層を形成。
刃渡りは今の俺の体格で最も扱いやすい、軽快な短剣(ショートソード)の寸法へ——!
「『星屑の錬成』・修正版……ッ!!」
カッ!!
庭園に眩い赤熱の光が弾けた。
俺の手に収まったのは、俺の肘から先ほどの長さを持つ、完璧なバランスの『炎の短剣』だった。
柄を握る手に熱は一切伝わってこない。刃からは周囲の空気を歪ませるほどの高熱が放たれているにもかかわらず、手元は完全に冷ややかなままだ。
俺は前世で叩き込んだナイフアクションの動作で、短剣を手に取ってシュシュッと素早く風を切ってみせた。体勢は一切崩れない。しっくりと手に馴染む。
「……ふぅーっ」
息を吐き出し、完成した短剣を構えてニルシィを見る。
そこには、腕を組み、口元をニヤりと歪めて俺を見つめるニルシィの姿があった。
「……合格だ」
ニルシィは満足そうに頷いた。
「柄の断熱も完璧。サイズも今の体格にベストマッチ。何より、一度言われたダメ出しを次のターンで全部修正して形にして見せた。……大したもんだよ、ホントに」
ニルシィは歩み寄ると、ポンポンと俺の金髪を乱雑に撫で回した。
「あーあ、恐ろしいガキだねぇ。この調子で仕込んでいったら、数年後にはどんな化け物になっちまうんだか」
「化け物は余計だ……」
俺は照れ隠しにニルシィの手を払いのけ、錬成した短剣の魔力を解除して土へと還した。
全身から汗が噴き出しており、激しい疲労感が押し寄せてくる。
短時間でこれほど濃密な魔力操作と修正を繰り返したのは生後初めてだった。だが、それと同時に胸の中は清々しい達成感で満たされていた。
ニルシィはシアン色の瞳を輝かせ、楽しそうに笑った。
「よし! 基本の錬成と熱量のコントロールはこれで一歩前進だな。だがアレン、お前のやりたい『頭の中の再現』はこんなもんじゃないんだろ?」
「……当たり前だ。これはまだ、基本中の基本に過ぎない」
俺が不敵に笑うと、ニルシィは「いいねぇ!」と声を弾ませた。
「なら次は、その熱量を攻撃として撃ち出す『排熱のコントロール』と、もっと複雑な『多重錬成』の修行に入るぞ! 覚悟しときな!」
「望むところだ!」
型破りで容赦ないエルフの家庭教師、ニルシィ・ドラゴリューズ。
彼女との出会いによって、俺の『星焔の創世宮』を具現化させるための過酷で最高に刺激的な修行の日々が、本格的にスタートしたのだった。