無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
午前中の熱のこもった魔術講義が終わり、屋敷の食卓には家族と二人の家庭教師が勢揃いしていた。
ゼニスの作った温かいスープとパンを全員で囲む。ロキシーは小さな身体に似合わずしっかりと匙を動かし、ルーデウスはどこかデレデレとした鼻下を伸ばした顔でロキシーの隣に座っている。
一方、俺の隣に座るニルシィは、高身長と抜群のスタイルを惜しげもなく揺らしながら、豪快にパンを口に放り込んでいた。
「んむ……ごちそうさん! 美味かったよゼニス」
「お口に合って良かったですわ、ニルシィさん」
満足そうに腹を叩くニルシィの横で、俺も静かにスープを飲み干した。
午前中の魔術の授業は、俺にとってもルーデウスにとっても極めて濃密な時間だった。
俺はニルシィの厳しいダメ出しと的確な指導のおかげで、体内での複合魔力練成と『柄の断熱処理』という重要な課題をクリアし、前世の妄想術式『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』の基礎能力【星屑の錬成(スターダスト・フォージ)】を大きく前進させることができた。
だが、午後のスケジュールは別だ。
「よーし! 腹も膨らんだことだし、午後は待ちに待った剣術の訓練だぞ! ルディ、アレン!」
パウロが豪快に立ち上がり、自分の胸を叩いて二人の息子を見下ろした。
その眼光は、午前中の魔術騒動の鬱憤を晴らさんばかりにギラギラと輝いている。
庭へ出ると、日差しが少しだけ傾きかけていた。
パウロは自分の愛用する真剣と、大人用の素振り用木剣を壁に立てかけると、腕を組んで俺とルーデウスに向き合った。
「さて……威勢よく庭に連れ出してみたはいいが、問題があってな」
パウロは苦笑いを浮かべながら、自分の大きな手を広げてみせた。
「お前達二人間に合うサイズの『小さな木剣』が、この家にねぇんだ」
「あぅ……(木剣がない?)」
ルーデウスが首をかしげる。
パウロは頭を掻きむしりながら続けた。
「まあ、3歳から剣を振らせるバカ親なんて普通はいねぇからな! 村の鍛治屋に注文は出しておいたが、届くのは数日後だ。だから……取り敢えず今日は、基礎中の基礎! 走り込みと筋トレを欠かさずやれ!」
パウロの指差した先は、屋敷の周囲をぐるりと一周する敷地の境界線だった。
「まずは屋敷の周りを走れるだけ走れ! その後、腹筋・背筋・腕立て伏せだ! 剣を握る体力がなきゃ、どんな流派の型も身につかねぇからな!」
「「はい!」」
俺とルーデウスは返事をし、走り込みを開始した。
(走り込みと筋トレ、か……望むところだ!)
俺は心の中で前世の血をたぎらせていた。
前世の俺はオタクではあったが、アニメのスタイリッシュな殺陣やアクションシーンに強く憧れ、独学で各種武器の扱いや体の使い方、トレーニングを一通り叩き込んでいた。
だからこそ、頭の中には「身体をどう動かせば効率よく筋肉がつくか」「どう体重を乗せれば体幹がブレないか」という知識が完璧に入っている。
だが——現実の壁は、甘くなかった。
タッ、タッ、タッ……ハァッ、ハァッ……!
(くっ……重い……! 脚が全然前に出ねぇ……!)
走り始めてわずか三分。
俺の呼吸は荒くなり、ゼニス譲りの金髪からボタボタと汗が吹きこぼれた。
頭の中では、前世で培った完璧なフォームと脚の回転のイメージがある。しかし、今の俺の肉体は、まだ生まれてたった3年の幼児の身体なのだ。心肺機能も、太ももの筋肉も、骨の強度すらも圧倒的に未発達だった。
隣を見ると、ルーデウスもすでにゼーゼーと肩を上下させ、倒れ込みそうな顔で走っている。あいつも中身は大人のはずだが、肉体の限界には抗えないらしい。
「ほらほら! 足が止まってるぞ、ルディ! アレン! 腕を振れ!」
パウロの容赦ない声が飛ぶ。
(くそっ……! 前世の知識があっても、肉体がついてこなきゃ意味がねぇ……! もどかしすぎる……!)
前世のアクション訓練の感覚を取り戻し、パウロの上級剣術を即座に盗んで俺の『星屑の錬成』と組み合わせてやる——そう意気込んでいた俺にとって、この「たった数百メートル走っただけで膝が笑う」という現実の幼児の体力のなさは、あまりにももどかしく、歯がゆいものだった。
「ハァ……ハァ……! 腕立て……腹筋……!」
走り込みを終えた後、そのまま地面に倒れ込みそうになる身体を鞭打ち、俺は筋トレへと移行した。
前世の知識を活かし、フォームだけは3歳児とは思えないほど完璧な腕立て伏せをこなす。
それを見ていたパウロが、驚いたように目を丸くした。
「ほう……! アレン、お前すげぇ綺麗なフォームだな! 教えてねぇのに体幹がしっかりしてやがる!」
(当たり前だ、前世でどれだけ筋トレしたと思ってんだ……! だが、回数が続かねぇ……!)
10回を超えたあたりで、小さな腕がプルプルと激しく震え出し、ぺしゃん、と地面に潰れてしまった。
悔しくて地をつかむ。
体力がなさすぎる。今は地道にこの小さな肉体を鍛え上げていくしかないのだと、身体の底から痛感させられた。
結局、昼過ぎまで続いた基礎訓練で、俺とルーデウスは完全に体力を絞り尽くされ、泥のように地面に転がることになった。
◇
夕方——。
たっぷりと汗を流し、行水をして着替えた俺は、重い足取りで2階へと向かった。
体力が底をついて疲労困憊ではあったが、俺の探求心は死んでいなかった。
午前中にニルシィから叩き込まれた魔術の基礎、そして前世の記憶。それらが脳内で交差し、新たな疑問と欲求が湧き上がっていたからだ。
2階の部屋へ行くと、そこにはニルシィがいた。
長身をベッドに投げ出し、シアン色のポニーテールを乱しながら、優雅に本を読んでいる。
「ん? なんだアレン。パウロのしごきで死んだかと思ってたが、もう動けるようになったのか?」
ニルシィは本から目を離し、シアン色の瞳を俺に向けた。
「……体力がなくて嫌になるよ。だが、休んでる時間がもったいない。ニルシィ、魔術のことでいくつか聞きたいことがあるんだ」
俺は床に腰を下ろし、ニルシィを見上げた。
ニルシィはニヤリと笑い、本をパタンと閉じると、体を起こしてFカップの胸元を揺らしながら足を組んだ。
「いい度胸だ。で、何が知りたい? 3歳の弟子殿」
俺は前世からの知識、そして我が術式『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』の第二段階——【順転(眷属・四獣)】の構想を頭に浮かべながら、直球の質問を投げかけた。
「『ゴーレム』というものは、この世界に存在するのか?」
「……あ?」
ニルシィのシアン色の瞳が、一瞬だけ丸くなった。
ゴーレム——泥や岩石、金属などを依り代とし、魔力核を仕込むことで自律的に動かす泥人形・自動人形の技術。
前世のオタク知識において、自律型の式神や眷属(狼座の熾火、鷹座の瞬火など)を生み出すためには、この「ゴーレム錬成」の技術の応用が不可欠だと俺は予想していたのだ。
ニルシィは顎に手を当て、少し感心したように息を吐いた。
「ゴーレム、ねぇ……。また面白い単語を出してきたな、アレン。……結論から言えば、存在するよ。土魔術や鉱物魔術の高等技術としてな」
「やっぱりあるのか!」
俺のツリ目が輝いた。
だが、ニルシィはすぐに人差し指をチッチッと左右に振ってみせた。
「だがな、アレン。言っておくが……今の段階のお前じゃ、100%無理だ。到底できねぇよ」
「……な、なぜだ? 自体内の魔力で土の形を作り、そこに魔力で動く『核』を埋め込めば——」
「甘い甘い、甘すぎるぞ3歳児!」
ニルシィは呆れたように肩をすくめた。
「ゴーレムの構築ってのはな、単に土を人形の形にして動かすだけの生半可な代物じゃないんだよ。自分の体から離れた物質に『自律的な行動パターン』を記憶させた複雑な魔力核を定着させなきゃならん。それは高度な結界術や陣形術、さらには莫大な魔力密度と緻密なプログラミングみたいな魔力操作が必要になる超・高難易度技術なんだ」
ニルシィはベッドから立ち上がり、俺の目の前にしゃがみ込むと、ポンポンと俺の額を指先で突いた。
「お前は午前中、土で短い短剣一本作るのすら『柄の断熱が〜』とか『熱量の配分が〜』って苦戦してただろ? 自分の手で握って直接魔力を流し込んでいる武器すら完璧に制御できてない奴が、手から離れて勝手に動く人形(ゴーレム)を作れるわけねぇだろ」
「ぐっ……」
ぐうの音も出ない正論だった。
午前中の授業で痛感した通り、俺の魔術はまだ「手元での単純な複合錬成」の域を出ていない。手から離れた物質を自律行動させるなど、今の俺の魔力操作精度では途中で魔術が霧散するか、暴走して爆発するのが落ちだ。
見透かされた俺が歯噛みしていると、ニルシィは柔らかく微笑み、俺の金髪を優しく撫でた。
「焦るなよ、アレン。お前の成長速度は異常だ。だがな、家を建てるのに基礎を飛ばして屋根は作れねぇんだよ」
ニルシィのシアン色の瞳が、師匠としての温かみと厳しさを帯びて俺を見つめる。
「まずは武器の方——手元で錬成する剣や矛の品質と構造を、無意識レベルで安定して作れるようになれ。火と土の比率、断熱、強度の最適化、それらを完璧にマスターして、魔力の無駄遣いをゼロにするのが先決だ」
ニルシィはニッと八重歯を覗かせ、胸を張った。
「それが完璧にできるようになって、お前の体内の魔力容量がもっと増えたら……その内、時が来たらゴーレムの作り方も一から教えてやるよ。あたしも一応、上級冒険者だからな。その手の高等技術の理屈くらいはバッチリ頭に入ってる」
「……本当か?」
「あたしが弟子に嘘ついてどうすんだよ。約束してやる」
ニルシィは小指を差し出してきた。
子供っぽい仕草だが、彼女なりの真摯な「約束」の形なのだろう。
俺はニルシィの小指に、自分の小さな小指を絡め合わせた。
「わかった。まずは武器の錬成を完璧にする。……絶対にすぐに追いついてみせるからな」
「へいへい、期待して待ってるよ、頼もしい弟子殿」
ニルシィは嬉しそうに笑うと、俺の頭を乱雑に撫で回した。
夕闇が迫り、部屋の中が橙色に染まっていく。
昼間の地獄のような筋トレによる全身の激しい筋肉痛と、午前中からの魔術の試行錯誤による脳の疲労感。
だが、俺の心には一切の迷いはなかった。
(ゴーレム錬成技術の応用による眷属の召喚…… 道は遠いが、確実に繋がっている。まずはパウロとの訓練でこの幼い身体を徹底的に鍛え上げ、ニルシィのもとで【星屑の錬成】を極限まで高めてやる……!)
隣の部屋からは、ロキシーから熱心に講義を受けているルーデウスの声と、ロキシーの静かな声が聞こえてくる。
兄も、俺も、それぞれの師匠のもとで、確実にこの世界の理を吸収し始めていた。
前世の妄想でしかなかった『星焔の創世宮』が、この異世界の地で、少しずつ、しかし着実に「現実の脅威」として産声を上げようとしていた。