無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
時が経ち、俺——アレン・グレイラットと双子の兄ルーデウスは5歳の誕生日を迎えた。
屋敷の食卓には、いつにも増して色鮮やかな料理が並び、ささやかなパーティーが開かれていた。
このアスラ王国には、誕生日を毎年祝うという習慣は無いらしい。だが、一定の年齢になると、家族が記念の品を贈るのが通例なのだそうだ。
その「一定の年齢」とは、五歳、十歳、十五歳。
十五歳で成人となるこの世界では、非常に分かりやすく、人生の大きな節目を意味している。
「よーし! それじゃあ、まずは父親である俺からだ!」
パウロが酒の入った杯をドンとテーブルに置き、誇らしげに胸を張って二つの包みを差し出してきた。
中から出てきたのは、子供の体格から見ればかなり大きいが上質な鋼で作られた「普通の実剣」と、練習用の「短い木剣」のセットだった。俺とルーデウスにそれぞれ一組ずつ渡される。
パウロは何やら「男なら剣を持て!」だの「これで今日から俺の弟子だ!」だのと熱弁を振るっていたが、俺はその長い講釈を適当に聞き流していた。
ずっしりとした金属の重みを小さな手で確かめながら、俺は心の中で静かに毒づく。
(持てないって訳ではないが……まだ実戦で持つには早いな)
体力が少しずつついてきたとはいえ、5歳の骨格と筋肉量でこの実剣を振り回せば、自分の肘や肩を痛めるのが目に見えている。木剣での振りの訓練がメインになるだろう。
続いて、母のゼニスが優しく微笑みながら、二冊の分厚い本を差し出してきた。
「ルーデウスにはこれ。そして、アレンにはこれをあげるわね」
ルーデウスに渡されたのは、様々な薬草や植物の絵が精密に描かれた『植物辞典』。
そして俺の手に委ねられたのは、革張りの重厚な『鉱石辞典』だった。世界各地で採掘される鉱物や魔鉱石の性質、硬度、伝導率などが網羅された一冊だ。
本を受け取った瞬間、俺のツリ目が歓喜でわずかに見開かれた。
(! これは……! 将来、眷属や自律型ゴーレムの『魔力核』や強固な外骨格を作る時に、最高の参考資料になりそうな鉱石があると良いな……!)
俺が心の中で前世からの野望を燃やしていると、隣でルーデウスが先に「お母様、ありがとうございます!」と丁寧にお礼を言った。
俺も続いて、辞典を大切そうに胸に抱えながら口を開いた。
「……ありがとう、母さん。大切に使わせてもらうよ」
短くはあるが、本心を込めた感謝の言葉。
するとゼニスは感極まった様子で瞳を潤ませ、「まあ……! 二人とも、なんて良い子なの……!」と声を震わせると、ガバッと俺とルーデウスの二人を同時に思いっきり抱き寄せ、ギューっと力いっぱいに抱きしめた。
「ぐえっ……息が……っ」
「母さん、胸が……苦しい……!」
ゼニスの豊かな胸の中に埋もれ、俺とルーデウスは同時に苦悶の声を上げたが、その温もりに家族の愛を感じずにはいられなかった。
次に、ルーデウスの師匠であるロキシーが進み出た。
彼女はちんまりとした身体で大きな鞄から取り出した、ルーデウスの背丈に合わせた綺麗な装飾の施された「魔法術用の小さな杖」を贈っていた。ルーデウスはまるで宝物でも扱うかのように、目を輝かせてそれを受け取っていた。
そして最後に、俺の家庭教師であるニルシィ・ドラゴリューズが動いた。
「さて……最後はあたしからだ、アレン」
174cmの長身を揺らし、Fカップの胸元を覗かせながら、ニルシィはニヤリと不敵に笑った。彼女が腰の帯から取り出したのは、装飾が排された無骨な革製の鞘に収まった、一振りの短剣だった。
「ほらよ、受け取りな」
俺が受け取ると、その短剣には刃が存在しなかった。柄(ツカ)と鍔(ツバ)だけの、妙な構造をしている。
「ニルシィ、これは……?」
「魔道具(マジックアイテム)さ。柄の部分に自分の魔力を流し込んでみな」
言われた通り、俺が体内の魔力をほんのわずかに柄へと注ぎ込む。
シュンッ……!
一瞬にして柄の先端から青熱の光線が伸び、鋭利な『片刃の短剣』の刃が魔力によって美しく形成された。
「うおっ……!?」
「魔力を流すと刀身が顕現する、特殊な片刃短剣の魔道具だ。お前がいつもやってる『土と火の複合錬成』のイメージトレーニングにも最適だろ? 刃の長さや熱量もお前の魔力操作次第で多少変えられる仕様にしておいた。誕生日おめでとう、アレン」
ニルシィは八重歯を覗かせて八面六臂の笑みを浮かべ、俺の頭を乱雑に撫で回した。
(……最高のプレゼントだ。これなら場所を選ばずに術式の組み立てや刀身の密度のイメージ展開ができる……!)
俺は魔力を切り、刃を消すと、短剣を大切に腰へと装着した。
「……感謝する、ニルシィ」
「へへっ、いい顔するじゃねぇか!」
その後は、ゼニスとリーリャが腕を振るった豪華なごちそうを全員で心ゆくまで堪能し、笑顔と歓声が絶えない素晴らしい夜となった。
◇
翌日——。
5歳になった俺は、朝一番で庭に出て魔術の自主鍛錬を行っていた。
ニルシィの厳しいダメ出しと指導を受け続けて2年。俺の『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』の基礎たる【星屑の錬成(スターダスト・フォージ)】は、目覚ましい進化を遂げていた。
手元での土魔術による金属骨格の錬成、火魔術による表面の熱皮膜、そして柄の完全断熱処理。これらを体内での同時並行操作で行う「武器の錬成精度」は完全に安定していた。形が狂ったり、バランスが崩れたりすることはもう一切ない。
(武器の精度も安定してきた……。あとは、一度生成した武装をどこまで長時間、魔力を無駄消費せずに顕現させ続けられるかだな……)
魔力効率の極限化。これがクリアできれば、次はニルシィと約束した「自律型ゴーレム(眷属)」の構築技術へとステップアップできるはずだ。俺は腰の魔道具の短剣を触りながら、確かな手応えを感じていた。
そして——午後は、待ちに待った剣術の訓練の時間となった。
「よーし! ルディ、アレン! 今日からいよいよ本格的に剣術の稽古を始めるぞ!」
庭の中央で、パウロがプレゼントした木剣を手にして仁王立ちしていた。
本格的な剣術指導。これは俺にとって願っても無いことだった。
5歳になり、この2年間の毎日の走り込みと筋トレのおかげで、体力もそこそこについてきた。腕や足にも幼いながら筋肉が多少つき、運動神経も劇的に向上している。
(とはいえ……まだ前世の体術や武術の動きを完璧に再現できるまでには至ってないな)
前世の俺がイメージしていたスタイリッシュな身こなしや、重心移動による滑らかな斬撃。今の子供の体格では、関節の可動域や筋力の絶対値が足りず、頭のイメージ通りに身体が100%追いつくわけではない。
だからこそ、この世界の「剣術」という技術体系をパウロから完璧に吸収し、自分の身のこなしの骨組みにする必要があった。
だが——。
俺の期待は、開始5分で打ち砕かれることになった。
「いいか!? 剣を振る時はな、腰をこう、ガッ!と落として、相手が隙を見せたら足で地面をドカン!と蹴るんだ! で、腕をビュッと振って、刃先を相手の首元へバシッ!と叩き込む! 分かったか!?」
「……」
パウロの教え方は、控えめに言っても「クソ」がつく程下手くそだった。
言語化の能力が絶望的に欠如しており、すべての動作の説明が擬音と感覚論(ガッ、ドカン、ビュッ、バシッ)だけで構成されているのだ。
隣で木剣を構えていたルーデウスを見ると、案の定、完全にポカーンとした状態でフリーズしていた。剣術の完全な初心者であるルーデウスにとって、パウロの長嶋茂雄ばりの感覚的指導は暗号以外の何物でもない。
「あの……父さん? もう少し具体的に、足の踏み込みの位置とか、肘の角度とか……」
「ああん!? 肘の角度だあ!? そんなもん考えて振ってたら斬られるだろ! 心で感じてバッ!と振るんだよ、バッ!とな!」
「はぁ……(だめだこれ)」
ルーデウスは半目になりながらも、パウロの動きを目で見て必死に自分なりに解釈し、ぎこちなく木剣を振っていた。前世が引きこもりだったルーデウスにしては、必死に食らいついている方だろう。
一方の俺は、パウロの大雑把な説明を脳内で即座に「前世の運動理論」へと変換・翻訳していた。
(ふむ……『ガッ!と腰を落とす』は重心の低段階定着による体幹の安定。『ドカン!と地面を蹴る』は床反力を使った瞬発的な抜刀間合いの詰め。『ビュッと振る』は肩の脱力から手首の返しによるスナップ加速か……)
パウロ自身の動きそのものは、流石は元・上級冒険者と言うべきか、無駄がなく恐ろしく速く、鋭い。教え方は壊滅的だが、彼が見せる「お手本」そのものは超一流だった。
俺はパウロの踏み込みと刃の軌道を凝視しながら、木剣を振る。
ブンッ……!
小さな身体から放たれたとは思えない、鋭く風を切る音が響いた。
「おっ……!? アレン、今の一振り、めちゃくちゃ筋が良いぞ! 筋が良いどころか、もう形になってやがる!」
パウロが目を丸くして感嘆の声を上げた。
「まあな。父さんの言いたいことを『翻訳』しただけだ」
「ほん訳ぇ? よく分からんが、センスがあるのは良いことだ!」
パウロは豪快に笑うと、木剣を肩に担ぎ直し、俺たち二人に向き直って語り始めた。
「よし、せっかくだからこの世界にある『剣術の三大家族(流派)』について教えてやる。剣術には大きく分けて三つの流派が存在するんだ」
パウロは人差し指を立てた。
「一つ目は『剣神流(けんしんりゅう)』! これは一撃必殺、攻撃こそ最大の防御というスタイルの流派だ。とにかく速く、強く、相手が反応する前に斬り伏せる! 技の速さは三流派の中でダントツだ」
次に中指を立てる。
「二つ目は『水神流(すいじんりゅう)』! これは剣神流とは正反対で、受けとカウンター(受け流し)に特化した守りの流派だ。相手の攻撃を全て受け流し、相手が体勢を崩した瞬間にトドメを刺す。防御力に関しては絶対に崩れない無敵の壁だな」
最後に薬指を立てた。
「そして三つ目が『北神流(ほくしんりゅう)』! これは一言で言えば『兵法』であり『なんでもありの泥臭い剣』だ。奇襲、環境の利用、毒、ブラフ、泥投げ、怪我をした状態での戦闘術まで、あらゆる手段を使って『生き残る』ための流派だな」
説明を終えたパウロは、ニッと不敵に笑った。
「ちなみに俺は、剣神流・水神流・北神流の全てで『上級』の資格を持っている! つまり、お前たちにはこの三つの流派の基本を全部叩き込んでやれるってわけだ!」
(ほう……三流派すべての上級か。教え方はクソだが、プレイヤーとしてのスペックは本物だな)
俺の頭の中で、思考が高速で回転する。
『剣神流』の神速の初動と踏み込み。
『水神流』の完璧な受け流しと体幹の制御。
『北神流』の実戦的で変幻自在な間合いと臨機応変さ。
それらを俺の近接格闘術と組み合わせ、さらに右手の『星屑の錬成』による「赤熱の刃」や「間合いを無視した瞬時の武器生成・変形」と融合させたらどうなるか——?
(間違いなく……既存のどの流派にも存在しない、初見殺しと絶対的殺傷力を兼ね備えた『最高のオリジナル近接戦闘スタイル』が完成する……!)
俺の口元が、知らず知らずのうちに不敵な笑みを刻んでいた。
「おいおいアレン、なんか悪い顔してぞ?」
「別に……父さん、早く続きをやってくれ。その三つの流派の基本、全部身体に叩き込みたい」
「ハッ! 頼もしいねぇ! よーし、次は水神流の『受け』の型だ! ガバッと構えて、相手の剣をヌルッと流すんだぞ! ヌルッとな!」
「……だからその擬音をやめろ」
呆れ顔のルーデウスと、擬音を連発するパウロ。
そして、パウロの超一流の動きを鋭い眼光で盗み、自身の術式へと組み込もうとする俺。
カンッ! カンッ! と木剣がぶつかり合う快い音が、5歳の誕生日を迎えたグレイラット家の庭園にどこまでも高く響き渡っていた。