THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第十話【死神の誕生】
竜:「……!!」
タイン:「いでぇッ!!」
薄暗い竜探偵事務所。竜は相変わらず、自身の机の前で情報収集に没頭していた。
画面をじっと見つめながら、指先が残像を描くほどの速度でキーボードを叩き続けていた彼女だったが――突如として勢いよく立ち上がると、近くでぼんやりと突っ立っていたタインを容赦なく蹴り飛ばした。
そして何事もなかったかのように再び椅子へ座り、高速でのタイピングを再開する。
しばらくして、ふぅ、と長い息を吐くと、彼女は立ち上がってタインをもう一度蹴り飛ばした。
タイン:「いてっ……」
竜:「危ない所でした……」
タイン:「何かあったのか?」
竜:「エデンにハッキングを仕掛けていたのですが、危うく見つかる所でした……」
タイン:「さり気に凄いことやってんな……ところで聞いていいか?」
竜:「なんでしょう?」
タイン:「その間に俺を蹴り飛ばす必要はあったのか?」
竜:「別に?」
タイン:「別に? じ ゃ ね え ぇ ぇ ぇ よ ! ! !」
タインは全身で怒りを露わにしたが、竜は「何か悪いことでもした?」とでも言いたげに、至極無実そうな表情で小首を傾げた。
竜:「しかし、二つ分かりました」
竜はタインの激しい怒号を完全に無視して、何食わぬ顔で話を続ける。
タイン:「ほー? 何が分かったんだ?」
竜:「メッシュさんがこの次元に来ているようです」
タイン:「おぉ! さり気にF・G・シャインの件で会って以来だな!」
竜:「そして、そのメッシュさんの体からも、ビーストマスターさんの体から検出された未知物質が検出されたようです」
タイン:「なにぃ!? メッシュも暴走するのか!?」
竜には、メッシュから検出された未知物質が「極めて微量」であったため、暴走を引き起こすほどの心配はないだろうと予想がついていた。
しかし、それを考えの単純なタインに一から懇切丁寧に説明するのがとてつもなく面倒だったため、やはり無視して話を一方的に進めた。
竜:「……メッシュさんって、ビーストマスターさんと接触したことありましたっけ?」
タイン:「しらん」
竜はそもそも、タインから有益な答えが得られるなどとは微塵も期待していなかったが、取り敢えず力強く殴っておいた。
タイン:「いターイン」
痛がり方がどうしても気に食わなかったので、竜は感情のままにもう一発、激しいパンチを叩き込んだ。
殴られたタインも、「今のは俺が悪い」と深く納得したかのような顔をして、素直にその拳を受け入れていた。
タイン:「でもメッシュってさり気にビッグブロックの守り手みたいなポジションだったから、さり気に戦闘回数自体は少ないよな……一番大物と戦ったのはヴァレンくらいか?」
かつてメッシュは、あの『ビッグブロックの死闘』において、クロとシロが融合することによって現世へ復活を遂げたラヴドの英雄ジョーカード――またの名を「ヴァレン」と、激しい死闘を繰り広げている。
その戦闘記録は、ハッキングで入手した古いデータベースにも残されていた。
竜:(ヴァレン……関係があるのか……いや、しかし暴走らしい暴走は特に無いはず……しかしヴァレンの体を調べたという記録もまた無い……)
竜が腕を組み、難解なパズルのピースを繋ぎ合わせるように思考の海へ沈み込んでいると――ふいに、タインが彼女の様子を心配そうに覗き込んできた。
タイン:「ところでさり気に大丈夫なのか?」
竜:「……何が?」
タイン:「さり気にハッキングばれかけたんだろ?」
竜:「仮にここからハッキングを行ったことがバレたとして、100%誰もあなたを疑わないから安心して下さい」
タイン:「俺の心配じゃねえ、お前の心配をしてるんだよ!」
竜:「…………私の心配をしてくれるのですか?」
タイン:「当たり前だろ」
竜:「これだけタコ殴りにされているのに?」
タイン:「……ん? 言われてみれば……いや、でもさり気に仲間だから?」
「仲間」というその何気ない言葉に、竜の脳裏へ、かつて二人が初めて出会った頃の記憶が鮮やかに蘇った。
自分がエデンの襲撃を受けて窮地に陥っていたあの時、元々は敵対するエデン側にいたタインは、竜を抹殺しようとしたトゥルースに逆らい、彼女を守ってくれたのだ。
竜:「……では昔、初めて会った時、私をエデンから庇ったのは?」
タイン:「それはお前がさり気に正々堂々とエデンと戦ってるのに、トゥルースのヤツらが汚い真似をしやがるから……」
竜:「では今この瞬間、私がエデンへのハッキングなんて汚い真似をしている件については?」
タイン:「……それは…………なんでだ?」
竜:「私に聞かないで下さい」
タインは、自分自身の主張と目の前の現実との間にある矛盾を説明することができず、両手で頭を抱えてうなり始めた。
その時、竜の超頭脳の中に、ある一つの「答え」が浮かび上がりそうになった。
それは、タインがこんな理不尽な仕打ちを受けながらも自分の傍に居続ける理由。そして自分が彼を「椅子」や「ボロ雑巾」と呼びながらも、決してこの事務所から追い出そうとしない理由。
お互いの胸の奥にある、目には見えない特別な「絆」の正体だった。
竜:「もしかして……」
タイン:「もしかして?」
竜:「…………なんでもありません」
しかし――彼女はすぐに、自らが導き出しかけた答えを否定するように首を横に振り、きつく口をつぐんだ。
常に自身の推測に絶対の自信を持って冷徹に行動する竜だったが、何故かその可愛らしすぎる結論だけは、全力で否定した。
(そんな、甘ったるいことがあるわけがない。冷静になれ)
竜は自分の中に込み上げた妙な熱を必死に押し殺し、自らを叱咤するように、無言のままタインを力強く蹴り飛ばした。
―
ビーストマスター:「……ジョーカード……?」
ホログラムのレツィアの口から告げられた、あまりにも意外な機体名。
ビーストマスターは大きく目を見開いた。
彼の反応が何を意味するのかを理解しているレツィアは、深く傷ついた過去を抉る痛みに耐えるように、努めて感情を抑えた静かな声で彼へ語りかけた。
レツィア:「はい……貴方の記憶の中にいる、あのラヴドの英雄ジョーカードと同一人物のはずです」
すでにレツィアは、ビーストマスターが山の麓のボロ小屋でヘルメット型装置を被った際、自動転送された彼の記憶を読み取っていた。
それはすなわち、この世界で起きた第三次世界大戦、そして最愛のマスターを奪われて狂気に陥ったジョーカードが、世界の歴史からメダロットそのものを消し去ろうとし、ワンダたちとの戦いの末に倒された経緯まで、彼女が把握しているということだった。
レツィア:「そこの装置を頭に装着してください」
レツィアは、やり切れないほどの哀れみを向けるビーストマスターから目を逸らし、自身を投影しているメインコンピューターの傍らに設置された別の装置を指し示した。
それは山の麓のボロ小屋に放置されていた、あのヘルメット型の機械と全く同じ不気味な形状をしていた。
ビーストマスター:「あの装置は?」
レツィア:「私の体験した当時の映像を見せることができます……この件については、私は上手く説明できる自信が無いので……直接、私の記憶の映像を見てください」
英雄ジョーカード。
かつてN・G・ライトを消滅させ、ラヴドを勝利へと導いた救世主。だがその後、ライトの遺産である過去消滅装置『DISAPPEARANCE』の力を用い、全メダロットの消滅という破滅を企て、当時ラヴド軍にいたワンダエンジェルたちとの戦いの末に倒された男。
ビーストマスター:「……分かりました」
ビーストマスターは彼女の心情を静かに汲み、促されるままヘルメット型の装置を頭へ装着した。
麓のボロ小屋にあった装置のように、自分の内側を強引に暴かれるような不快な感覚はなかった。
代わりに訪れたのは、自分の意識そのものが全く別の場所へと吸い込まれていくような、不思議な浮遊感だった。
その感覚は秒単位で強まり、ビーストマスターの視界は白くぼやけていく。
そして――。
奇妙な浮遊感が消え、ビーストマスターが再び目を開くと、彼は見知らぬ広大な近代施設の中に立っていた。
大きなテーブルやパイプ椅子が規則正しく並び、壁際には食券を売る古い販売機が置かれている。周囲では白衣を着た大勢の人間の科学者たちが、賑やかに会話を交わしながら、うどんやカレーといった食事を美味しそうに平らげていた。
ビーストマスター:「……食堂?」
レツィア:(ここはネオを研究していた施設……私の記憶データから再構築した過去の世界です)
レツィアの声が、直接頭の中へ響いてきた。
どうやら、この過去視装置によって、ビーストマスターは彼女が体験した百年前の出来事を、自身の五感を通じて追体験しているようだった。
レツィアの記憶から構築されている世界である以上、この食堂のどこかに彼女自身もいるはずだ。
ビーストマスターが賑わう食堂を見渡すと、すぐに窓際の席で食券を握りしめている彼女の姿を発見した。
百年前、実際に肉体を持っていた頃のレツィアは、ホログラムの彼女と全く同じ容姿をしていた。
ビーストマスター:(何歳くらいだろう……)
レツィア:(28歳の頃の話です)
再び、頭の中に彼女の声が響いた。
どうやら、自分の考えていることまでリアルタイムで読み取られているらしい。
過去のレツィアは、食券販売機から一気に十枚ほどの食券を掴み出すと、食堂の配膳係のおばちゃんへ勢いよく差し出した。
レツィア:「さしみ定食と、きつねうどんと、カツカレーうどん定食と、……」
食堂のおばちゃんは「本当によく食べるねレツィアさん……」と、呆れ果てた表情で次々と注文を記録していた。
しかしレツィアは、小動物のような仕草で「何がです?」と不思議そうに首を傾げる。
ビーストマスター:(可愛い28歳だ……)
レツィア:(……どうも)
しまった。
思考を読まれていることを忘れていた自分を、ビーストマスターは後悔した。
―
レツィアは大量の食事をあっという間に平らげ、その記憶の移動に伴って、ビーストマスターの視界もまた「実験室」とプレートの貼られた大部屋へと移った。
実験室の中央には、何本もの高圧ケーブルが接続された大掛かりな実験装置が設置されていた。
その中央のシリンダー内には、道化師のような造形をしたメダロット――トランプのジョーカー型メダロットであるジョーカードが、固定された状態で直立している。
ここでは、彼の機体名はジョーカードではなく、開発コードである「プロト」と呼ばれていた。
レツィアが室内のオペレーター席に着いて間もなく、このプロジェクトの責任者と思われる初老の男性科学者が、厳かな表情でマイクを握り、指揮を執り始めた。
『実験開始―――――』
『ネオ融合開始します―――――』
『ネオ、メダルへの埋め込み完了―――――』
『メダルの装着準備に入ります―――――』
『数値正常―――――』
密閉された司令室の中に、実験の進行を知らせるアナウンスが次々と響き渡る。
何時間もの厳重な確認作業を経て、プロトが固定されたシリンダーの周囲には、爆撃にも耐えるほどの分厚い強化防護ガラスが設置された。
実験は、ついに最終局面を迎える。
『メダル装着完了、起動準備開始―――――』
『起動します』
オペレーターがコンソールの起動レバーを引き下げると、暗かったプロトの双眸に、一筋の明かりが灯った。
それは、メダロット本来の輝きとは一線を画す、不気味な「紫色」の光を宿した眼だった。
プロト:「アヒャ」
プロトの口から漏れ出た、滑稽でありながら異常な第一声。
実験室全体の空気が凍りついた。
そして――。
プロト:「アヒャーー!! アッヒャッヒャッヒャーーー!! 破壊破壊!! ハカイーー!!」
プロトは常軌を逸した金切り声を上げながら、目の前の強化ガラスへ向けて、両拳を激しく叩きつけ始めた。
『プロト、暴走しました!』
『電源落とせ!』
『無理です、すべての制御信号を受け付けません!』
研究者たちが大慌てでコンソールを叩き、緊急停止信号を送り続ける。
しかし狂気に囚われたプロトは、極めて頑強な防護ガラスを狂ったように殴り続けた。
その強度は凄まじく、どれほど拳を叩きつけようとも、表面にささいなヒビすら入る様子はない。
しかし――。
プロト:「アッヒャーーーー!!」
プロトは突然、哄笑を上げて天井を指差した。
その瞬間。
天井の金属板をすり抜けるようにして、上空から極めてグロテスクな「何か」が、床へと静かに舞い降りてきた。
骨が浮き出るほどに痩せ細った身体には、汚れきった包帯が無数に巻かれている。その上からボロボロの死装束を纏い、背中には漆黒の禍々しい悪魔の翼。
そして、その両手には魂を刈り取るための大鎌が握られていた。
それは、おとぎ話に登場する、死そのものを体現したおぞましき『死神』の姿だった。
プロトがその死神へ意思を伝えるように手を振る。
次の瞬間、死神の振るった大鎌が、あれほど頑強だった強化ガラスを豆腐のように容易く叩き割った。
割れたガラスの隙間から死神は実験室へ侵入し、悲鳴を上げる研究者たちへ襲いかかる。
制御用コンソールの前で、プロトの暴走をなんとか止めようと必死にキーボードを叩き続けていた一人の若い科学者が、真っ先にその鎌の犠牲となった。
抵抗する間もなく、その身体は腰の辺りから血飛沫を上げて真っ二つにされ、床へ大量の鮮血を撒き散らした。
死神は返す刃で、次々とパニックに陥った研究者たちを物理的に解体していく。
そして、このプロジェクトの責任者であり、先ほどまでマイクを握っていたあの男が、背後から襲いかかった死神の鎌によって脳天を無残にかち割られ、原型を留めない肉の塊へと成り果てた。
死神の次の標的は――コンソールの隅で震えていたレツィアだった。
血塗られた大鎌を構えた死神が、宙を滑るようにして彼女の眼前へ迫る。
レツィア:「キ、キャーーー!!」
レツィアは迫り来る理不尽な死を受け入れることができず、ただ背後の壁にしがみついたまま、喉が枯れるほどの悲鳴を上げた。
刃が巻き起こす冷たい風が、彼女の顔を撫でる。
レツィアは恐怖のあまりきつく目を閉じ、頭を両手で抱え込んで縮こまった。
――その、絶体絶命の瞬間。
バチィィッ!!
激しい破裂音が実験室に響き渡り、レツィアの目の前で振り下ろされようとしていた死神の姿が、一瞬にして霧のように掻き消えた。
何者かが援護のメダロットを連れて助けに来てくれたのか。
レツィアは涙に濡れた目を恐る恐る開き、周囲を見渡した。
しかし、そこに助っ人の姿などどこにもない。
ただ惨劇の中でかろうじて生き残った数人の科学者たちが、恐怖に震えながら、床に転がったプロトを凝視しているだけだった。
床の上では、プロトの頭部パーツが何らかの過負荷によって激しく損壊し、白煙を上げて完全に機能停止していた。
それは、プロトが暴走を開始したあの瞬間から、正確に「四分四十四秒」が経過した時だった。
―
ビーストマスター:「……ハッ」
ビーストマスターは、大きく息を吐きながら現実世界――宝条屋敷の地下室へと戻った。
ヘルメット型装置を頭から外して正面を見ると、ホログラムのレツィアは深く俯き、床のあたりを見つめながらぽつりと座り込んでいた。
レツィア:「……プロトの暴走により、プロジェクトは壊滅的な打撃を受けました。しかし、元々政府が秘密裏に進めていた国策であったということもあり、凄惨に殺害された科学者たちの死は歴史の闇へと完全にもみ消され、ネオの研究自体は冷酷にも続行されたのです」
レツィアは淡々と言葉を続ける。
レツィア:「プロトは危険分子として厳重に封印され、私たちは来る日も来る日も、実験が失敗した原因を分析し続けました。そして……次の犠牲者となる、第二のネオ融合実験の準備が着々と進められていったのです。それが……」
レツィアはゆっくりと顔を上げ、ビーストマスターを見つめた。
これから語る凄惨な真実を、自らの罪として憂うような悲しい瞳を向けながら。
ビーストマスター:「……私ですね」
レツィア:「その通り……。しかし、私たちが貴方の調整をまさに完成させようとしていた研究の途中で、ある重大な事件が起きたのです」
レツィアは静かに目を伏せた。
レツィア:「私を含むプロジェクトの研究者たちの大部分が、一斉に襲撃してきた集団によって、一晩にして大量誘拐されてしまいました。襲撃を実行したのは、表向きは政府の治安部隊であるセレクト隊――しかし、その実態は怪電波を用いて世界中を混沌に陥れようとした悪の組織、ロボロボ団」
そして、百年以上前の惨劇の名を告げる。
レツィア:「彼らによって引き起こされたこの誘拐劇こそが、のちにメダロットの暴走へと繋がる、あの有名な事件の引き金です」
ビーストマスター:「魔の十日間事件……ですか」
第十話【死神の誕生】終わり