THE END OF DISAPPEARANCE   作:土地_0000

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第十三話【宝条レツィアの遺産】

第十三話【宝条レツィアの遺産】

 

 

カヲス:「自由自在……とはつまり……」

 

メッシュ:「そうだ、そういう事だ! 偶発的に次元の狭間へ吸い込まれ、どこの次元に飛ぶか分からない俺とは違う! 〝自分の好きな時〟に次元の狭間へ入り、〝好きな次元〟に現れる! ……それがジェノムスだ」

 

コスモス:「そんな存在が、この次元に……」

 

 メッシュの口から語られる、かつてないこの世界の危機。

 コスモスは冷静さを保とうと努めてはいたが、その拳はぎゅっと硬く握りしめられていた。

 

 あれは、内心でひどく慌てている証拠だ――と、カヲスは彼女の心の機微を誰よりも正確に理解していた。

 それもそのはず、この五年間、カヲスはこの静かな部屋で彼女と共に生活を送ってきた。

 何より、二人の関係は「政府に隠蔽された元リーダー」と「その監視者である女王」という冷徹で形式的な言葉だけでは、到底語ることのできないものになっていた。

 

 カヲスは、彼女の小さな肩にそっと手を置いた。

 普段なら、それだけでコスモスは劇的に落ち着く。

 だが今回は、すぐ傍にメッシュがいる手前恥ずかしかったのか、彼女は小声で「こんなときに……」と呟きながら赤面し、カヲスの手をそっと振り落とした。

 

カヲス:「まぁ……落ち着け……その能力は完璧……とも言い難い」

 

 カヲスの声は、妙なほど平坦で冷静だった。

 もし本当に、ジェノムスが狙った次元へ自由自在に移動でき、しかもその力を何度でも容易に使えるのであれば。

 エルドラージは、とっくに大量の戦力をこの次元へ送り込み、ラヴドやエデンを攻撃していてもおかしくない。

 

 しかし現実には、ここ最近になってエルドラージを名乗る不穏な者たちの噂を耳にするようになった程度で、組織が大規模な攻撃を仕掛けてくる気配はない。

 それを彼らが今も実行していない理由。

 答えは、極めて単純だった。

 できないのだ。

 

カヲス:「おそらく……その能力……連発できるわけでもなさそうだ……。この次元へ来るために力を使いすぎた……今は回復を待っている……といったところではないか?」

 

 かつてカヲスは、N・G・ライトの残した遺産『DISAPPEARANCE』を用い、時を越えるための研究に没頭していた。

 その経験から、時間だけでなく空間そのものを越えるとなれば、膨大なエネルギーが必要になることを身に染みて理解していた。

 

 もしもジェノムスが、その移動に伴う消耗を一切気にする必要のない存在だったなら、今頃この世界はとうに灰になっている。

 いまだラヴドとエデンが正常に政治を行えているということは、ジェノムスにとっても、「自由自在な次元移動」は莫大な負担を伴うものなのだろう。

 

メッシュ:「そうだとしても、ジェノムスに力が戻った時こそヤバイってことじゃないのか?」

 

カヲス:「…………まぁ、そうだな」

 

コスモス:「カヲス様……」

 

 元エデンリーダー、カヲス。

 彼はやはり、いかなる想定外の脅威を前にしても、決して慌てない男だった。

 

 

 ―

 

 

 宝条屋敷の地下。

 ビーストマスターの前で、レツィアのホログラムは静かに、しかし確信に近いものを宿した声で語った。

 

レツィア:「ジェノムスが消滅する直前、私の電話に着信があったのを覚えていますか?」

 

ビーストマスター:「はい。それが何か?」

 

 そういえば、あの追体験映像の中で、ジェノムスが廃棄のための爆破に逆らい、姿を消すその瞬間、レツィアの携帯端末がけたたましく鳴り響いていた。

 当時は、ただの実験室の雑音の一つとして特に気にも留めなかった。

 だが、そこに何か重要な意味があったのだろうか。

 

レツィア:「その電話は、私が主導していたチームPからの連絡でした。そして……」

 

 レツィアは眼鏡の奥の目をキリッと開き、ビーストマスターを真っ直ぐに見据えた。

 一度深く息を吐いてから、大きく吸い込む。

 ホログラムデータである彼女がそんな仕草をしても物理的な意味はないのだろうが、それは科学者としての気持ちの問題だった。

 

レツィア:「この着信時に起こっていた出来事こそが、貴方の暴走の真実だと私は考えています」

 

ビーストマスター:「……!」

 

 ビーストマスターの表情が鋭く変わった。

 これまで、自分の暴走原因を突き止めるという目的から、少し回り道をしながら過去の歴史を聞かされていたようにも思えた。

 だが、ここにきてようやく、あの『ラヴド国王暴走事件』の核心が目の前に浮かび上がろうとしていた。

 

レツィア:「…………」

 

 レツィアは静かにビーストマスターを見つめ、彼が次の言葉を促すのを待った。

 

ビーストマスター:「……心の準備は出来ています。どうぞ」

 

レツィア:「……なぜあのタイミングで着信があったのか。それは他でもない、プロトの容態が急変したからです」

 

ビーストマスター:「……急変?」

 

レツィア:「突然、メダルが自らプロトのもとへ飛び、再び暴走を始めました」

 

ビーストマスター:「……!?」

 

 メダルが自ら動き、プロトへ戻って暴走を始めた。

 その奇妙な報告を聞いた瞬間、ビーストマスターは先ほど目の当たりにしたジェノムスの廃棄実験を思い出した。

 あの時も確かに、メダルの役割を果たす漆黒の六角形のコアが、自らジェノムスへ向かって飛び、その身体へと融合していた。

 

レツィア:「幸い、当時のプロトは厳重すぎるほどに拘束されていたこと。そして暴走自体も短時間で収まったため、被害は最小限に留まりました。ただ……報告によると、プロトが暴走を始めたのは〝ジェノムスが起動し、雄叫びを上げた瞬間〟。そして暴走が停止したのは〝ジェノムスが次元の狭間を開いて消滅した瞬間〟だったそうです」

 

ビーストマスター:「ジェノムスはネオの塊……。故に、周囲に存在する他のネオにも影響を及ぼす……?」

 

レツィア:「我々は、そう捉えています。元々、ネオは不安定で暴走の危険を孕んでいます。しかし、ネオそのものの純粋な塊であるジェノムスが〝何か巨大なエネルギー〟を動かす時、その強大な波長に他のネオが共鳴し、勝手に暴走させられてしまうのではないかと」

 

ビーストマスター:「つまり……あの、物理的な衝撃もないのに、自分自身が自分ではなくなっていった未知の暴走は……」

 

レツィア:「ジェノムスが次元の狭間を開き、この世界へやってきたことによって引き起こされた可能性が極めて高いです」

 

 ビーストマスターを侵食した、あの『ハカイ』の衝動。

 それは彼自身の異常ではなく、この世界へジェノムスが現れた瞬間、その身に宿るネオが巨大なエネルギーへ共鳴したことで引き起こされた可能性が高かった。

 

 

 ―

 

 

 荒野に聳える巨大要塞。

 その地下に隠された一室。

 

ジェノムス:「DS達は良い仕事をしてくれたな」

 

ネクロデス:「だな。やはり君が唯一神になるために殺すべきは、ラヴドとエデンらしいな」

 

ジェノムス:「もう一つ、重要な事も分かった」

 

ネクロデス:「何?」

 

 その時。

 どこまでも低姿勢な謝罪の言葉と共に、マティグアドが浮遊する玉座を滑らせながら戻ってきた。

 

マティ:「はい、すいません、私ただいま帰りましたよ! あ、お話中すいませんねー」

 

ジェノムス:「マティグアドか……」

 

マティ:「はい~。宝条屋敷に行ってきたんですけどねー。なんかネオ持ちのビーストマスターに会うし、おそわれるしで大変でー」

 

ジェノムス:「ほう、ビーストマスター」

 

ネクロデス:「DSの話に出てきた、暴走した国王か」

 

マティ:「あ、国王さんだったんです? じゃあ大王と国王の夢の共演ですねー、はっはっはっは! ……すいません」

 

 空気を読まずに軽口を叩くマティグアドだったが、ジェノムスとネクロデスの反応から状況を察し、即座に謝罪した。

 おそらく、そうでなくても彼は謝罪していたかもしれない。

 

ネクロデス:「いいから続きを」

 

マティ:「あ、すいません……。それで、まぁジェノムスさんと同じネオですし、勝てないと思って逃げてきまして~。え~っと……あぁ! 〝宝条レツィアさんの遺産〟ですね! ……え~っとですねー、すいませんが~屋敷には無いみたいでした~」

 

ジェノムス:「……無い?」

 

マティ:「日記には、代々守ってきたメダロットが地下で目覚めて、娘さんと一緒にいるところを見つけたーって書いてありましたね~。たぶん、それじゃないですかね? 推測ですいませんが。だとしたら、どこにいるか分からないですねー、すいません」

 

ネクロデス:「手がかり無しか……」

 

ジェノムス:「いや、手がかりはすでに掴んでいる」

 

ネクロデス:「何?」

 

 ジェノムスは、不気味な赤い翼を小さく揺らし、その眼を鋭く光らせた。

 

ジェノムス:「私は研究されている間も、薄っすらとだが意識はあった。別チームの宝条レツィアが研究室で交わしていた会話の音声データは、今でもはっきりと覚えている……。いずれ、自らの敵になる存在だと直感していたからな。先ほどDSが持ち帰ってきた、戦後の重要人物のデータの中に……いたぞ。〝宝条レツィアの遺産〟がな」

 

マティ:「えーっと、アレ? すいませんが、私また仕事です?」

 

ジェノムス:「いや、そろそろエデンがこちらの動向に感づき始める頃だ。お前はこの場所の守りを、トラップで固めてくれ。本来なら私が直々に出向きたいところだが……この〝建物ごと次元の狭間を通らせるのに使った力〟が、まだ完全には戻っていない」

 

 先ほどのカヲスの推測どおり、ジェノムスといえど、巨大な建造物を丸ごと他次元から転送させる代償は重い。

 現在は、消耗したエネルギーの回復を待たなければならない状態だった。

 

ジェノムス:「DSも別の仕事があるし、ケフクージャはまだ帰ってこない。ネクロデスは追跡や捕捉は苦手……というよりも、任務を忘れて相手を殺してしまいそうだ」

 

ネクロデス:「……ぬぬ」

 

ジェノムス:「とすると、あいつを行かせるしかないな……クラヤミシアを」

 

 ジェノムスの口から漏れ出たその名は、暗い地下室の空気をいっそう冷たく凍りつかせた。

 

 

 ―

 

 

 宝条屋敷。

 

レツィア:「そして次に話すのは、貴方の暴走を根本から止める手段についてです」

 

 ジェノムスがすでにこの世界へ現れているという重大な事実について、レツィアはあえて深く言及せず、話を進めた。

 決して無視していい話題ではない。

 だが、その対策を考える前に、目の前にいるビーストマスターを「ネオの呪い」から解放する手段を伝えることこそが、科学者としての自らの最優先の役目だと考えていたのだ。

 

ビーストマスター:「……そういえば、チームPはプロトを改善することが目的でしたね。実験は成功……したようですね」

 

 そこでビーストマスターは気づいた。

 プロトとは、あの英雄ジョーカードのことに他ならない。

 彼がラヴドに属していた時代、あるいはそれ以降の戦いにおいて、「自我を失って暴走した」という記録はどこにも見当たらなかった。

 せいぜい、彼がシロとクロに分裂した際、シロの言動から不気味な狂気が垣間見えた程度のもの。

 

 つまりレツィアたちは、確かにプロトの暴走を抑えることに成功していたのだ。

 レツィアは、ビーストマスターへ少しだけ優しく笑いかけた。

 「その通りです」と、言葉の代わりに微笑みで答えるように。

 

レツィア:「我々は、ネオの不安定な性質を科学的に変化させ、メダロットと相性のよい安全な状態へ変換する研究をしていました。それを私たちは〝浄化〟と呼んでいたのですが……ある時、その浄化を確実に行う特殊な光線を生み出すことに成功したのです」

 

ビーストマスター:「では、その浄化を私のパーツにも施せば……」

 

レツィア:「はい。ネオそのものを安定させることができれば、ジェノムスの力に共鳴して暴走する危険も取り除けるはずです」

 

 もちろん、市販のパーツへ換装し、ネオを宿したWEA型パーツを二度と使わなければ、同じ暴走を避けることはできるだろう。

 だが、それは危険なパーツを切り離して封印するだけで、そこに宿るネオそのものが安全になったわけではない。

 

 自分のWEA型パーツを、暴走の危険なく再び使える状態へ戻す。

 そのための根本的な解決策こそが、レツィアの言う「浄化」だった。

 

レツィア:「実は、ジェノムスを廃棄しようとしていた頃には、すでにその光線を生み出すことに特化した専用のメダロットを開発していました。ですが、ある『大きな欠陥』が存在したため、ほとんど実戦で使用することなく、この地下室へ封印したのです。その後、そのメダロット自身の力を直接使わず、光線だけを別の方法で生み出す手法を確立したことで、プロトは無事に〝浄化〟されました」

 

ビーストマスター:「大きな欠陥?」

 

 ビーストマスターは、その「浄化の光線を生み出すために造られた」という謎のメダロットに、強い興味を抱いた。

 同じ研究から生み出された存在としての同情か。

 あるいは、何らかの運命的な予感を感じ取ったのか。

 

レツィア:「はい。その光線を生み出す手段として――自らの身体そのものを、直接『浄化の光』へ変換するというものでした。その変換はメダルにあまりにも甚大な負荷を与え、最悪の場合、意識ごと消滅しかねない危険なものでした。そのため、プロトの浄化には使われませんでした」

 

 レツィアは、静かに続ける。

 

レツィア:「ただ、その力は、いつか貴方やジェノムスが目覚め、ネオによって暴走した時に救うための手段になると考え、この屋敷の地下……つまり、ここへ封印したのです。一族の間では、それがいつしか〝宝条レツィアの遺産〟と呼ばれるようになっていたようですが」

 

 ここに封印されている。

 その言葉を聞き、ビーストマスターは地下室を見渡した。

 だが、壁一面の五万枚のメダルと巨大なメインコンピューターがあるだけで、他にメダロットの姿はない。

 

 そういえば、先ほど書斎で読んだ、あの父親の日記の言葉が脳裏に蘇った。

 

 ――『娘は、一体のメダロットと一緒にいるところを発見された』

 ――『メダロットにどこからこの屋敷に侵入したのだと怒鳴ると、メダロットは「地下で目覚めた」と言った』

 ――『あの部屋には宝条家の人間と、ネオを持ったメダロット以外は入れないはず』

 ――『すぐにでもあのメダロットを廃棄したかったが、一族が守ってきた機体だ』

 

 どうやら、その「遺産」たるメダロットは、何年も前にこの地下で目覚め、日記の主の娘と出会っていたらしい。

 

ビーストマスター:「……どうやら、ここにはいないようですね」

 

レツィア:「はい。何年も前に目覚め、この場所を離れているようですね。それにしても……」

 

 ホログラムのレツィアは、不思議そうにビーストマスターの顔を見つめた。

 

レツィア:「やはり、気づきませんか?」

 

 ビーストマスターは、頭の上にクエスチョンマークを浮かべるようにして首を傾げた。

 

レツィア:「私はすでに、貴方の記憶を読み取った際……その中に彼女をはっきりと見つけていますよ」

 

ビーストマスター:「彼女……とは、その〝浄化〟を行うメダロットですか? そのメダロットは、私の知る人物だということですか?」

 

レツィア:「はい。貴方の記憶によると……彼女は、あのジョーカードとの最終決戦で自らの全身を癒しのエネルギーへ変換する力を使い……戦いの後、深い昏睡状態に陥り、生死の境を彷徨ったはずです」

 

ビーストマスター:「ジョーカードとの戦い……まさか!?」

 

 ビーストマスターは気づいた。

 決定的なピースが、カチリと音を立てて嵌まった。

 そんな特殊な能力を持ち、ジョーカードとの最終決戦でその力を使った者など、彼の知る限り一機しか存在しない。

 

レツィア:「ネオを浄化するために生まれた彼女が……今度はネオに終止符を打つ。何かの運命だったのでしょうか」

 

 ビーストマスターは、そのあまりに美しく、残酷で、愛おしい巡り合わせに震えながら、彼女の名前を静かに口にした。

 

 

ビーストマスター:「元ラヴド軍一級兵士L班所属…………ワンダエンジェル」

 

 

第十三話【宝条レツィアの遺産】終わり

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