THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第十四話【闇のクリスタル】
天使型メダロット、ワンダエンジェル。
名前は、ワンダ。
かつての戦争において、彼女は間違いなく「主人公」だった。
伝説のフォー・パーツの適合者として選ばれ、
他のあらゆるメダロットにはない特異な能力を宿し、
過酷な戦争の最終決戦では、最深部にまで到達して見せ、
かつてのマスターを失った深い悲しみの底で、旧知の友と一対一で、文字通りその身を激しく削り合いながら勝利を収め、
彼の暴走した信念をその手で止め、
世界のすべてのメダロットを、消滅という危機から救い出した。
数多くの「主人公」たちが各地で参戦し、それぞれの思惑で戦火を駆け抜けたあの大きな戦争において、誰よりも長く出番があり、誰よりも過酷な運命を背負って、最も大きな奇跡を成し遂げた彼女は、まさしく主人公だった。
物語の、主人公の中の主人公だったのだ。
その後に起きた、あのエデン女王コスモス誘拐事件においては、彼女は明確に「主人公」とは呼ばれなかったものの、事件を解決へと導く上で極めて重大な役割を担っていた。
復活したN・G・ライトと戦う最中、突如として飛来した黒メダリアが彼女の身体へ入り込み、その身を器として英雄ジョーカード――ヴァレンが再びこの世へ姿を現したのだ。
その際、復活を遂げた彼女の大切な親友ヴァレンは、戯けた調子でこう呟いている。
――『この体は何気に乗り心地がいいねぇ』と。
それは、決して気のせいなどではなかった。
ネオという名のエネルギーによって強すぎる力を宿したヴァレンにとって、ネオを浄化するために生み出されたワンダの身体は、極めて相性のよい器だったのだ。
通常の身体では、『ブラインド・ゲーム』による死神の力を安定して扱えるのは四分四十四秒まで。
しかし、ワンダの身体を器としていたあの時のヴァレンは、その制限に苦しめられることなく力を振るい続けていた。
もっとも、当時はそんな技術的な秘密など誰も知らなかったし、彼自身も知る由はなかった。
すべては、まったくの偶然。
いや、もしワンダの同居人であり、元エデン十二使徒のナギサがその場にいたなら、春風のような笑みを浮かべて、大仰にこう呼ぶのだろう。
――これこそが、すべてを引き寄せる運命……デスティニーなのだ、と。
そして。
かつて世界を救った天使は再び、この世界の物語に、逃れられぬ宿命のうねりへと選ばれることになる。
ワンダ:「ナギサさーん、秋桜咲いてるよー!」
ナギサ:「フフフ、季節……シーズンは廻る。運命……デスティニーのようにゆっくりとしずかに、そしていつの間にかね……」
ワンダは、まばゆい笑みを浮かべて、教会の神父に自分たちが丹精込めて育てている花の様子を告げた。
声をかけられた大天使型メダロット、パーティクルのナギサは、いつもと変わらぬ春風のように爽やかな微笑みを湛えながら、ゆっくりと花壇へ歩み寄る。
ここは、聖・ヴァレン教会。
かつて人間が支配していた頃の宗教とは全く関係のない、シスターを務めるワンダの「大切な旧友の名前」にちなんで、勝手に付けられた場所だった。
人類が存在した大昔の世界には、キリスト教やイスラム教、仏教などといった様々な宗教が存在していた。
だが、この教会の教義には、それらはいっさい関係がない。
そもそも人類の宗教には、「人間がより良く生きるため」の道徳や、「死後に救済を得るため」の教えが数多く存在していた。
しかし、メダロットしか存在しない現在の新世界では事情が違う。
メダルが破壊されれば命を落とすことはあるものの、彼らには人間のような寿命がなく、「いつか必ず寿命によって死ぬ」という生物学的な宿命を持たない。
そのため、「死後の世界で救われるためにどう生きるか」という考えは、人類の時代ほど普遍的に求められるものではなかった。
では、この教会は一体何のために存在し、迷えるメダロットたちはここに何をしにやってくるのだろうか。
中には、神父ナギサの途方もなく長い、長い説教を聞きに来る者もいる。
何を言っているのか意味不明な彼のキザな語りだが、不思議なことに、聞いているうちに心が軽くなる者が一定数いるらしく、ナギサはナギサなりに神父らしい役割を真っ当に果たしていた。
また、教会の名物とも言える、庭に咲き誇る美しい「秋桜」を見に来る者もいる。
このコスモスの花は、数年前まで教会の地下室でひっそりと花を育てていた者が残していったものだった。
彼が別の場所へ移り住んだのをきっかけに、ワンダたちが庭へ植え替え、今も大切に咲かせ続けている。
そして、シスターを自称するには明らかに
教会というお堅い雰囲気をいい意味で台無しにしてくれる、彼女の明るくフランクな存在そのものが、この場所に多くのメダロットたちを集める理由にもなっていた。
何より――彼らはここに、各々の「何か」に対して自由に祈りを捧げるためにやってくる。
神に祈るわけでもなく、仏に祈るわけでもない。
もちろん祈っても構わないのだが、彼らはとにかく、枠に囚われることなく自由に祈る。
愛するあの方のために、祈るのも良し。
かつて、自分を愛してくれた人間のマスターのために、祈るのも良し。
テレビに映るお気に入りのアイドルに、祈るのも良し。
二次元の世界に生きる自分の「推し」のために、祈るのも良し。
現に、この教会のシスターであるワンダにいたっては、時折、空を見上げながら「死神」のために熱心に祈りを捧げていることもある。
神父のナギサにいたっては、運命だの世界の平和だのといったよく分からない対象に大仰に祈りを捧げたり、かつて散っていった旧友に祈ったりしているらしい。
もはや、ここを「教会」と呼んでいいのかは極めて微妙なところではあるが、とにかく便宜上、この場所は『聖・ヴァレン教会』という名称で親しまれていた。
ワンダとナギサは、並んで咲き誇る秋桜の花を見つめていた。
せっかく美しく花が咲いたというのに、あいにく今日の教会は「大掃除」のため、一般の参拝をすべてお休みにしていた。
椅子も机も、並べられた装飾品もすべてひっくり返し、部屋の隅々まで徹底的に綺麗に掃除をする。
やはり、教会と名乗る以上、いつでも清潔な聖域でありたい場所だった。
ワンダ:「で? 掃除すすんだ?」
ナギサ:「掃除……クリーナップ、汚れを排除する行い。排除された汚れは決して消えることなんて無い、必ずどこかにいて、見えないところにいて、そして再び見えるところに現れる……」
ワンダ:「すすんだの?」
ナギサ:「全ては進んでいるさ……良くも悪くもね。喜びも悲しみも怒りも……全てが進んでいる」
ワンダ:「そろそろ普通に喋ろっか♪」
ワンダは満面の可愛らしい笑顔を浮かべたまま、ナギサの額に向けて強烈な「ヘッドバッド」を一発お見舞いした。
ゴツン! と激しい音が響き渡り、ナギサは避けることもなく、どこか満足げな恍惚とした表情を浮かべたまま、床へと大の字に倒れ込んだ。
ナギサ:「フフ、運命……デスティニーを感じるよ」
ワンダ:「いや意味分からんから!」
気絶する寸前の朦朧とした意識の中で言った寝言なのかは分からなかったが、ワンダは容赦のないツッコミを床に向けて叩き込んだ。
この世界には妙にマイペースで個性的なメダロットが多いが、ナギサはその最たる存在であり、真面目にコミュニケーションをとろうとするだけで精神が疲弊してしまう。
だが、そんなナギサとこの数年の間、同じ屋根の下で穏やかに暮らし続けることができたワンダは、彼にとってまさにベストパートナーに違いなかった。
ワンダ:「はぁ~まったく、毎日毎日疲れるわ」
ワンダが少しだけ頬を赤く染めながら、やれやれと嬉しそうにため息をついた、まさにその時のことだった。
教会の入り口から内部へと差し込んでいた日光が、不意に何者かのシルエットによって遮られた。
ワンダが顔を上げ、入り口の方を見つめると、そこにはいまだかつて目にしたことのない、あまりに異様で幾何学的なメダロットが中空に佇んでいた。
上部に位置する、ダイヤモンドカットされた縦長の赤いクリスタル。
その左右には、黄色と緑色に輝くクリスタル。
そして下部には、巨大な逆四角錐の上に青い立方体を乗せた、頑強そうな青いクリスタル。
それらの間には、ティンペットも、エネルギーを繋ぐケーブルも、一切存在していなかった。
ただ、色鮮やかな四つのクリスタルのパーツが、中空に完全に独立した状態でプカプカ、フワフワと浮遊し、不気味なバランスで一つの機体のシルエットを形作っている――そんな、極めて神秘的で無機質な存在だった。
ワンダ:「あなた……誰?」
常連のメダロットたちには絶対にいない不気味な風貌に、ワンダは警戒して尋ねた。
すると、中空に浮遊する四つのクリスタルは、ピシリとも動かないまま、音を返してきた。
それは、女性のような高い音域と、男性のような低い音域を、機械で強引に合成して作り出したかのような声音。
声と呼ぶにはあまりに無機質で、どちらかといえば金属が擦れ合う高周波の「音」に近かった。
クラヤミシア:「我が名前 クラヤミシアだ 覚えたか?」
その独特な区切り方をする妙な口調に、ワンダは戸惑いを隠せなかった。
だが、今日の教会は大掃除でお休みにしていることを伝えようと、彼女は気を取り直して口を開く。
ワンダ:「あ、あのねクラヤミシアさん、悪いんだけど今日は教会は……」
クラヤミシア:「目的は お前自身に あらんかな」
クラヤミシアは、ワンダの言葉を遮るようにして、静かに断言した。
ワンダ:(目的が私自身にある?)
一体どういうことだろう、とワンダは不思議そうに小首を傾げた。
クラヤミシア:「ジェノムスに 捕らえて来いと 言われてる」
告げると同時に、クラヤミシアの中空に浮く右腕――黄色いクリスタルが、中心部からまばゆいエネルギーの光を放ち始めた。
クラヤミシア:「無に返す 我が願望は 我慢する」
性別の判別すらつかないクラヤミシアの右腕のクリスタルから、何の前触れもなく、不意打ちの強力なレーザー射撃が放たれた。
ワンダは何がなんだか状況を把握できていなかったが、とっさに床を蹴って横へと大きく跳んだ。
シスターとなって戦場から退き、穏やかな日常を送る日々が続いてはいた。
だが、かつてラヴド軍の一級兵士として幾多の死線をくぐり抜けていた頃に限界まで鍛え上げられた反射神経は、今も衰えることなく健在だったのだ。
レーザーは彼女のいた場所を掠め、教会の壁を激しく焦がした。
クラヤミシア:「不意打ちの 波動砲すら かわすのか」
ワンダ:「あっれぇ~……なんか私、また面倒臭い事件に巻き込まれちゃったりしてる~?」
激しく舞い散る埃の中で、ワンダは鋭い目でクラヤミシアを射すように見つめ、不敵に身構えた。
―
ビーストマスター:「ワンダさんが……」
レツィア:「間違いありません。彼女です。あんな特殊な力を持ったワンダエンジェルは、世界中を探しても他にいるはずがありません」
レツィアのその断言に対し、ビーストマスターは否定する言葉を持たなかったし、その必要もないと確信していた。
実際、ワンダがこれまでの戦争において、メダロットの歴史上でも類を見ないほどに「特異な癒しと浄化の能力」を発揮していたことは、彼自身もよく知っていた。
彼女こそが、あの宝条レツィアが残した『遺産』であると言われれば、すべての辻褄が合う。
何より、ワンダとビーストマスターは、仲が良いとは言えないものの、お互いの実力を認め合う確固たる「顔見知り」だった。
彼女が相手であるなら、自らの身体を浄化するための協力を頼むことは、決して不可能な話ではない。
レツィア:「この部屋の本棚の二段目、左から十五番目の本に、彼女の力を応用して〝浄化〟を行うための具体的な手順を記しておきました。カヲスという科学者であれば、私の遺産であるワンダの能力と、この本の情報さえ揃えば、貴方の中にあるネオを安全な状態へ浄化し、今後の暴走を防ぐことができるでしょう」
これで――ビーストマスターが、すべての追手を欺いてまでこの「宝条屋敷」へとやってきた目的は、ほぼ達成された。
彼は、自らの「正体」を解き明かすために、ここへ来た。
十数年前、空間の裂け目から突然降ってきたあのWEA型パーツは、やはり100年以上前の「魔の十日間事件」の最中に生み出された本物のオリジナルパーツであり、その内部にはネオと呼ばれるエネルギーが宿されている。
ネオは絶大な力を生み出すが、メダロットとの相性が悪く、暴走を招く危険な物質。
彼は、自らの「暴走の原因」を突き止めるために、ここへ来た。
元々暴走しやすい性質を持つWEA型パーツに加え、今回、ジェノムスという名の「ネオそのものの塊」が次元の狭間をこじ開けてこの世界へやってきた際、その膨大なエネルギー波に自身のネオが激しく共鳴した。
その結果、システムの制御を失い、あの未知の暴走を引き起こした可能性が極めて高い。
彼は、自らの「暴走を止める手段」を知るために、ここへ来た。
〝浄化〟と呼ばれる科学的アプローチによって、ネオをメダロットと相性のよい安全な状態へ変化させることができる。
レツィアの残した書物と、カヲスという頭脳。
そして、自らを浄化の光へと変換する能力を秘めた、ワンダの力。
この三つが揃えば、ビーストマスターの暴走を根本から防げる可能性があるのだ。
レツィア:「おそらく、これで貴方の目的はおおよそ達成されたのではないでしょうか?」
ビーストマスター:「はい……しかし、あとほんの少しだけ……」
ビーストマスターが静かに言葉を返すと、レツィアのホログラムは少し目を大きく開き、驚いたように表情を動かした。
小さく顔を傾けて不思議そうにビーストマスターの顔を覗き込むその仕草は、どこか愛らしくもあった。
ビーストマスター:「ジェノムスがこの世界に来ているとのことですが……ジェノムスは、この世界に対して激しい恨みを抱いているのではないでしょうか?」
その問いかけに対し、レツィアは静かに頷いて答えた。
仮にビーストマスターが彼女にその問いを投げかけなかったとしても、彼女は自分からその事実を告げるつもりだったのだろう。
むしろ、その脅威を伝えるために、彼女はネオにまつわる百年以上に及ぶ悲劇を、一から順番に語ってきたのだから。
レツィア:「その通り。強すぎる力と科学者たちの怯えゆえに、一度も起動されることなく廃棄されかけたジェノムスが、この世界に対して何もしないとは、到底考えられません。ですから私は……貴方に、私の最後の望みを託したいのです……」
ビーストマスターは、静かにレツィアの次の言葉を待った。
レツィアのホログラムは少し俯いたあと、再び顔を上げ、ビーストマスターの目を真っ直ぐに見据えた。
本当は、こんな過酷な運命を押し付けるようなことは、言いたくないけれど。
自分勝手で、エゴイスティックな願いなのは、十分に分かっているけれど。
ネオの実験によって人生を狂わされた被害者であるビーストマスターに、彼女の願いを聞く義務など一片もないと分かっているけれど。
それでも、強い意志をその瞳に宿し、レツィアは呟いた。
レツィア:「ジェノムスを……止めてください」
その重い懇願を、ビーストマスターは一瞬の迷いすら見せず、あっさりと、そして力強く引き受けた。
ビーストマスター:「当然です……私は貴方に生み出された者であり、ラヴドの元国王であり、この世界の住人なのですから」
先日までラヴドの民を率いた王としての、そしてこの平和な新世界を愛する一人の戦士としての誇りを胸に、ビーストマスターはレツィアのホログラムに向けて深く頷いて見せた。
第十四話【闇のクリスタル】終わり
------------------------
[今回登場したメダロット]
【クラヤミシア】
エルドラージ所属の不思議なメダロット。
※本作オリメダ
------------------------