THE END OF DISAPPEARANCE   作:土地_0000

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第十五話【宝条~その血の運命~】

第十五話【宝条~その血の運命~】

 

 

ビーストマスター:「私はジェノムスを倒します。必ず倒します」

 

 ビーストマスターは、落ち着いた声音でありながらも、腹の底に響くような強い決意を込めてレツィアのホログラムへ告げた。

 

レツィア:「ありがとう……そして、ごめんなさい」

 

 レツィアは、悲しげに顔を伏せた。

 自分たち科学者の飽くなき探求心と犯した大罪によって、ネオを宿す「化け物」へと変えられてしまった目の前の男。

 その彼に、自らが生み出してしまったもう一人の「化け物」であるジェノムスを止めてほしいと懇願すること。

 

 科学者としての恥からか。

 あるいは、彼をこれ以上の戦いへ巻き込んでしまうことへの申し訳なさからだろうか。

 

ビーストマスター:「……何も謝ることはありません。これでも感謝しているんですよ」

 

 レツィアはハッとして顔を上げた。

 そこには、どこまでも満足そうに、穏やかな笑みを浮かべるビーストマスターの姿があった。

 

ビーストマスター:「このパーツが無ければ、私はきっともっと早くに死んでいたでしょうからね。ジェノムスを倒すことも、この身体を背負って生きる苦労も、その代償としては安いものです」

 

 その微笑みから静かに溢れ出る、絶対的な決意、勇気、そして気高さ。

 かつて彼がどのような経緯で造られ、どのような罪を犯し、現在の世間においてどれほど恐ろしい「脱獄犯」として手配されていようとも、それだけで目の前の男の本質を語り尽くすことなどできなかった。

 

 ビーストマスターは、間違いなく一国の王としての風格を、その魂の奥底に備えていた。

 

レツィア:「……無事、体を浄化し、ジェノムスを止めることができた時は、またここに来て……この装置を破壊してください」

 

 今、ビーストマスターの目の前で光を紡いでいる、レツィアの人格コピー。

 彼女は元々、ネオに関わる悲劇の真実を後世へ伝えるため、この地下室で稼働し続けてきた。

 

 長い、長い歳月の間。

 自らの言葉を受け取るにふさわしい、ネオの宿命を背負った者がこの部屋を訪れるのを、静かに待ち続けていたのだ。

 

 そして――この世界からネオによる脅威が消え去り、ジェノムスを止めたその時。

 彼女の残した最後の役割は終わる。

 役割を全うし、ようやく止まることができる。

 永い消滅の安らぎへと就くことができる。

 それこそが、彼女にとっての最大の救済だった。

 

ビーストマスター:「……分かりました」

 

 ビーストマスターはそう言い残すと、レツィアが指示した本棚から、「浄化」の極秘手順が記された一冊の書物を手にした。

 そして、出口の扉へと歩み出す。

 

 自らの体の謎。

 暴走の真実。

 そして、暴走を止める手段。

 すべての答えを得た彼は、最後に振り返ることなく、一度だけ静かに呟いた。

 

ビーストマスター:「また後で会いましょう…………母上」

 

 

 ―

 

 

 ところ変わって、エデン国の王宮。

 コスモスのプライベートルームに、通信シグナルが鳴り響いた。

 相手は、トゥルース主任デュオカイザーだった。

 

デュオ:「はぁぃ♪ セルヴォちゃんとビートちゃんが帰ったから報告ょん」

 

 デュオカイザーはいつもの軽い口調で、しかし極めて正確に、セルヴォとビートが命懸けで僻地の要塞から持ち帰った情報を伝達した。

 半年前まで何もなかったはずの荒野に突如出現した、エデン本部規模の超巨大な建造物。

 そして、その内部で遭遇したという、DSを自称するお騒がせコンビ。

 

 通信機を介した彼女の報告を、コスモスと共に、カヲスとメッシュも厳粛な表情で聞いていた。

 説明を終えたデュオカイザーへ、今度はコスモスが、先ほどメッシュの口から語られた「エルドラージ」の情報を伝える。

 

デュオ:「……とぃぅ事は、あの建物はエルドラージのアジトって事になるんじゃなぃかしら?」

 

コスモス:「しかし、そんな大規模な建物を、エデンやラヴドの目を盗んで一から建造するなんて……」

 

カヲス:「いや……〝建物ごと〟……この次元に…来たのだろう」

 

 コスモスは「まさか」というように目を丸くしてカヲスを見つめた。

 画面の向こうでも、デュオカイザーが僅かに驚いた声を上げる。

 だが、実際に次元の狭間でエルドラージの脅威を体験してきたメッシュは、その突飛な仮説に深く納得し、言葉を付け足した。

 

メッシュ:「……ジェノムスならありえるな」

 

 コスモスは深く考え込んだ。

 要塞を丸ごと別次元から転送させるという、想像を絶する力を持つ者が、この世界へ入り込んでいる。

 そして彼らは確実に、自分たちの故郷たるこの世界を標的に定めている。

 

 決して看過できる事態ではなかった。

 いち早く行動を起こし、対策を講じなければならない。

 もしもジェノムスが、カヲスの推測通り「次元移動による負担」で力を大きく消耗し、回復するまで本格的な活動を開始できない状態なのだとすれば。

 今こそが、彼らを叩く最大の好機であるはずだった。

 

コスモス:「メッシュさん、エルドラージの戦力はどれくらいあるのですか?」

 

 そうなると、作戦の規模を決める上で、最も重要になるのはジェノムス以外の戦力だった。

 実力者であるメッシュを瀕死にまで追い詰め、カリパーたちをバラバラに破壊したネクロデス。

 

 トゥルースの二人を翻弄したDS。

 彼らを抱える組織全体の規模は、一体どれほどのものなのか。

 

メッシュ:「全員を知っているわけじゃないが、オレはもちろん、カヲスやコスモスよりも強大な力を持つ奴らばかりのはずだ」

 

 デュオカイザーは思考を巡らせる。

 メッシュのその言葉が真実であるなら、現在のエデンとラヴドの軍事力を結集した大規模な「二大国連合軍」を組織したとしても、到底敵うかどうか分からない。

 それほどの脅威ということではないか。

 

デュオ:「そんな強ぃ奴ら……どこから湧ぃてきたのかしらねぃ」

 

メッシュ:「他の次元からだよ」

 

カヲス:「…………」

 

メッシュ:「エルドラージの幹部達は、ジェノムスがスカウトした、ありとあらゆる次元の強者達だ」

 

 メッシュの低い声音が、プライベートルームに不穏な余韻を残した。

 

 

 ―

 

 

 ビーストマスターが静かに部屋を去った後。

 宝条レツィアのホログラムは、彼の出て行った重厚な扉を見つめながら、一人物思いに耽っていた。

 

 かつて自らが携わっていた『Nプロジェクト』。

 まさか、あの時犯した過ちが、100年以上の時を経て、これほどまでに大きな「王の風格」を生み出し、同時に凄まじい悲劇と歪みを生み出してしまうとは、当時の彼女には想像すらできなかった。

 

 ビーストマスターは、自らの宿命を受け入れ、一国の王として強く気高き男へと成長した。

 ジェノムスは、おそらく今も次元の狭間を渡り歩き、かつて自分が持っていた研究データの数値とは比較にならないほど、規格外の力を蓄えているのだろう。

 

 そして――プロトは。

 

 たった一人の大切な少女の幸せを守るため、すべてを犠牲にして世界の全メダロットを消滅させようと誓った、あの悲しき英雄ジョーカードは。

 

レツィア:「……素敵なマスターに出会えたのね」

 

 

 レツィアは、静かに100年以上前の「あの日」の思い出を回想する――。

 

 

 ―

 

 

 ジェノムスの脱出事件があり、そしてプロトに宿るネオをなんとか「浄化」した時点で、政府はこれ以上の実験継続は不可能と判断し、Nプロジェクトを完全に凍結した。

 ネオに関する実験の証拠は歴史の闇へと葬られ、徹底して隠蔽された。

 レツィアの造り出した、対ネオ専用の浄化能力を持つワンダエンジェルは、将来再びネオの脅威が現れた時のための重要な備えとして、宝条屋敷の地下室へ厳重に封印されることとなった。

 

 そして、暴走から救い出されたプロトの処遇を巡っては、政府の審議会で長きにわたる激しい議論が行われた。

 最終的には、ジェノムスと同様に「爆破による廃棄」という結論が下されようとしていた。

 

 レツィアは、必死になってそれに抗った。

 浄化を終えたプロトが、すでに暴走する危険のない存在であることを訴え続けたのだ。

 まるで、冷酷な強盗に対して「どうか私の息子だけは助けてほしい」と、涙を流しながら床に頭を擦りつけて懇願する母親のように。

 プロトの廃棄に、ただ一人で反対し続けた。

 

 本当に、長い長い時間がかかった。

 レツィアは、自らに残された人生のほとんどを、プロトという存在の救済に費やした。

 

 だが、その執念がついに実を結んだ。

 プロトの廃棄処分は正式に撤回され、ジョーカードの開発者――すなわち、母親である「宝条レツィア」に、彼の所有権が与えられたのだ。

 その権利を勝ち取った頃には、レツィアもすっかり年老いていた。

 

 だが、その心は計り知れない満足感に満ちていた。

 生涯を独身のまま生きてきた彼女にとって、自ら設計し、開発したジョーカードは、まさに「息子」そのものだった。

 その愛しい息子が、ようやく自分の元へ帰ってきたことが、嬉しくて仕方がなかった。

 

 レツィア自身に子供はいなかった。

 だが、彼女の兄弟たちが家庭を持ったことで、宝条の血筋そのものは途絶えることなく、後のルクの代まで続いていく。

 

 プロトが手元へ戻ってきて間もなく、レツィアは彼を起動しようとした。

 しかし、パーツを組み立てる直前。

 彼女はふと手を止めた。

 

 おそらくプロトは、ネオの浄化による影響で、あの起動実験以降の記憶を失っている。

 もし目を覚ました彼に、自分は何と語りかけるべきなのだろう。

 

 彼が恐ろしい兵器として生み出された経緯を?

 多くの科学者たちが血の海に沈んだ、あの凄惨な実験室での惨劇を?

 

 いいや。

 

 プロトには、そんな薄汚れた大人たちの罪など何一つ知らずに生きてほしかった。

 この世界のどこにでもいる。

 ごく普通の。

 何一つ特別なことなどない、ただのメダロットとして。

 健やかに生きていってほしかったのだ。

 

 何も語るまい。

 

 かつてプロトと呼ばれた彼の暗い過去など、決してこの口から教えるまい。

 そう決意した時、この「宝条屋敷」という忌まわしい場所で彼を起動させることは避けるべきだと考えた。

 

 あの実験室で起きた惨劇は、屋敷に仕える宝条の人間であれば誰もが知っている。

 誰が、彼の耳に余計な真実を吹き込んでしまうか分かったものではない。

 レツィアは古いパーツを抱え、こっそりと夜の宝条屋敷を抜け出した。

 

 高い山を下り、麓の静かな林へと辿り着く。

 そして、組み立てたプロトの身体へ、メダルをはめ込んだ。

 

 

「…………お?」

 

 

 プロトは、目を覚ました。

 かつてのような、不気味な暴走の気配は微塵もない。

 

「おはよう」

 

 レツィアが優しい声をかけると、プロトは少しだけ首を傾げた。

 そして、尋ねた。

 

ジョーカード:「ばーちゃん誰?」

 

レツィア:「私は……秘密よ」

 

 「宝条レツィア」という自らの本名を名乗ってしまえば、万が一にも、彼が自らの出生の秘密へ辿り着いてしまうかもしれない。

 続けてプロトは、「じゃあ……オレは?」と、自分の名前について尋ねてきた。

 

 やはり、レツィアの推測通り。

 彼は、自分が何者であったのかを覚えていないようだった。

 

レツィア:「貴方はトランプのジョーカー型メダロット、機体名ジョーカード。名前は……私がつけるべきではないわ」

 

ジョーカード:「ジョーカード? が機体名……で、なんで名前つけないの? ばーちゃんマスターだろ?」

 

レツィア:「いいえ、私はマスターの資格なんて無いわ……それにもう、あなたとこれ以上会うことは無いもの」

 

 レツィアは、彼を起動させる前から心に固く決めていた。

 このまま彼を引き取り、二人で生活を送るようなことは絶対にすまいと。

 彼の出生の秘密が漏れる危険を考えれば、この山の周辺で暮らし続けることはできない。

 

 もちろん、彼を連れて、ここではないどこか遠い街で二人きりに暮らすことも考えた。

 だが、それも彼女には選べなかった。

 

 なぜなら、レツィアは「宝条一族」の人間だからだ。

 宝条の人間は、何故だか必ず、その最期にメダロットが関与する非業の死を遂げる。

 そういう、逃れられぬ『血の運命』を背負った不吉な血族なのだ。

 

 もし彼と共に暮らし続ければ。

 いつか、自分の死にジョーカードが何らかの形で関わってしまうかもしれない。

 

 たとえ彼に何一つ悪意がなくとも。

 事故であろうと。

 偶然であろうと。

 その結果、自分の死に関わってしまったと知れば、優しい彼のメダルには一生消えない悔恨が残るだろう。

 そんな酷すぎる重荷を、生まれたばかりの「我が子」に背負わせるわけにはいかなかった。

 

ジョーカード:「なんで会わないの?」

 

レツィア:「……私の一族は呪われていてね。何故か必ず、その死にメダロットが関わってしまうの。そういう不幸な一族なのよ。だから、もしあなたと一緒にいたら……」

 

ジョーカード:「俺が原因でばーちゃんが死んだら、俺が傷つくって事か?」

 

 自らが言おうとしていた懸念を、まだ名前すらない彼に先回りして言われ、レツィアは驚愕して目を見開いた。

 ネオは情報処理性能を高める。

 実験室で得られていたそのデータは、本物だったらしい。

 たとえ浄化を経ても、彼の聡明な力は健在だったのだ。

 

レツィア:「そうよ。私はそういう、不幸の下に生まれているから……」

 

ジョーカード:「やだね、ばーちゃんと暮らすぜ俺は」

 

レツィア:「え、えぇ?」

 

ジョーカード:「ばーちゃんが不幸だってんなら、そんな不幸は俺が吸い取ってやるぜ!」

 

 

 ――おどけたように笑う彼の優しい瞳が、レツィアの瞳を真っ直ぐに見つめていた。

 

 

第十五話【宝条~その血の運命~】終わり

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