THE END OF DISAPPEARANCE   作:土地_0000

17 / 17
第十六話【不幸のメダロット~THE BEGINNING OF DISAPPEARANCE~】

第十六話【不幸のメダロット~THE BEGINNING OF DISAPPEARANCE~】

 

 

 ジョーカードは、最後までレツィアと共に暮らすことを頑なに主張し続けた。

 生まれたばかりの雛鳥が、初めてその目で捉えた生き物を無条件に親だと信じ込む「刷り込み」のように。

 過去の記憶を失った状態で再び目覚め、最初に見たレツィアのことを、無条件に最愛のマスターとして認識したのだろうか。

 

 あるいは、自分という生命の形を設計し、この世に生み出してくれた創造主こそが彼女であると、自身のメダルが本能的に察知したからなのだろうか。

 とにかく、彼の真っ直ぐで力強い主張を、レツィアは最後まで拒むことができなかった。

 それは彼女にとって、生涯をかけて守り通した愛しい「息子」から贈られた、生まれて初めての可愛い我が儘だったからだ。

 

 ジョーカードのこれからの未来や、一族の行く末を考えれば、ここであえて心を鬼にして彼を厳しく突き放し、他人として別の街へ送り出すべきだったのかもしれない。

 だが、どれほど理性を働かせようとも、目の前で子犬のように自分を見つめる彼を拒絶することなど、年老いたレツィアにはどうしてもできなかった。

 そうして、レツィアはジョーカードとの共同生活を始めることを決意した。

 

 ただし、彼の持つ『ネオ』の出生に関する最重要機密や、プロジェクトの過去の記録を絶対に周囲へ漏らさないため、二人は誰も寄り付かない宝条屋敷からさらに離れた場所で暮らす必要があった。

 二人は、屋敷が建つ高い山の麓に、木材を組んで小さなボロ小屋を作り、そこで人目を忍ぶようにして静かな同居生活を始めた。

 しかし――共同生活を送りながらも、レツィアの胸の奥には、常に消えない自責の念が横たわっていた。

 

(私には、この子の隣で笑って暮らす資格など、本当にあるのだろうか)

 

 ジョーカードを『Nプロジェクト』という悪魔の実験へ自らの手で差し出し、結果として彼のメダルを深く侵食させ、一度は実験室を血の海へ変えるほどの恐ろしい暴走機へと変えてしまったのは、他ならぬ自分自身なのだ。

 そんな大罪を犯した自分が、彼のマスターとして穏やかな毎日を享受することなど、許されるはずがない。

 

 それでも彼女は、ジョーカードの傍にいなければならない「義務」が存在するのだと、自分自身へ言い聞かせた。

 レツィアは、宝条屋敷の地下研究室に、ネオに関する記録を後世へ遺すための大がかりな情報記録装置を開発していた。

 

 自分たちが経験したネオの恐ろしさ。

 その計り知れない危険性。

 そして、いつか再びネオが目覚めた時のための対処法。

 それらを可能な限り正確に記録しておくための装置だった。

 

 そして、かつてチームPの責任者として、プロト――すなわちジョーカードに宿るネオの『浄化』と調整を担っていた彼女には、現在の彼のシステムがどのように稼働し、安定を保っているのかを、生涯を通じて観察し続ける開発者としての義務がある。

 レツィアは、地下の装置へジョーカードの心身の状態も遠隔で記録し続けることにした。

 

 自分が若い頃に造り、宝条屋敷に保管していた、ペダルを回すだけで大容量の電力を生み出せる自転車型の自家発電システム。

 そして、頭部に被ることで、自身の脳内の記憶データや目の前のジョーカードの機体ログを、遠隔で宝条屋敷の地下コンピューターへ転送・記録できる特別なヘッドデバイス。

 それらを、二人の暮らすボロ小屋へ運び込んだ。

 

 そうした科学者としてのいくつかの「大義名分」を自分自身に言い聞かせながら、レツィアとジョーカードの、静かで穏やかな二人の生活が始まった。

 

 

 ―

 

 

 ジョーカードは、腰の曲がったレツィアの生活をかいがいしく世話した。

 レツィアもまた、かつての狂気が嘘のように穏やかで、暴走する兆候を一切見せないジョーカードの姿を見つめ、微笑みながら毎日を過ごしていた。

 

 ジョーカードは、彼女のことを親愛を込めて「ばーちゃん」と呼んだ。

 レツィアは、彼のことをただ一人の特別な存在として、「あなた」という二人称で呼び続けた。

 

 あの日、麓の林で誓った通り、ジョーカードに対して「宝条レツィア」という自らの本当の名前を最後まで教えることはなかった。

 彼自身に新しい名前を付けてやることも、頑なに拒み続けた。

 

 どうせ、自分は宝条の人間。

 いずれメダロットに関わる非業の死を遂げ、ろくな最期を迎えられないかもしれない。

 だからこそ、自分が死んだ後、彼が「ばーちゃんの名前」を思い出して悲しまないように。

 さっさと自分のことなど忘れて、前に進んでほしい。

 

 彼女は、そんな一途な母親としての優しさから、あえて名前を名乗らなかったのだ。

 そのまま二人は、ボロ小屋でお互いの存在を支えにしながら、十年以上もの歳月を共に暮らした。

 その長い歳月の中で、レツィアとジョーカードの絆は、単なる開発者と実験体という関係を遥かに超えていった。

 

 二人は、互いにとって何物にも代えがたい大切なパートナーとして、穏やかな日々を過ごしていた。

 最初のうちは、科学者としての義務や贖罪を大義名分にしていたレツィアだったが、本当は最初から、息子と共にいたいという愛情を隠しきれてはいなかった。

 そんな奇跡のような幸せに包まれながら、レツィアはふと、一つの不思議な疑問を抱くようになった。

 

 ――私は、一体いつになったら死ぬのだろうか、と。

 

 宝条一族。

 メダロットに関わる非業の死を代々繰り返し、比較的短命な者も多かった、『メダロットに呪われた一族』。

 その歴代の記録と比べれば、すでに髪が白くなり、老人と呼べるほどの年齢まで穏やかに生き続けているレツィアは、明らかに異例だった。

 

 自分自身に流れているはずの、あの不吉な血の運命は、一体どこへ行ってしまったというのか。

 そんな思いに耽っている時、レツィアの脳裏に、かつてジョーカードを起動したあの日、彼が放った力強い言葉が鮮やかによみがえった。

 

 ――『ばーちゃんが不幸だってんなら、そんな不幸は俺が吸い取ってやるぜ!』

 

 まさか。

 本当に、そんな不条理なことがあるのだろうか。

 本当に、目の前で笑っているこのジョーカードというメダロットが、レツィアの背負う宝条一族の血の運命を、代わりに吸い取っているというのだろうか。

 

 もしも、そんなオカルトが真実なのだとしたら。

 自分の代わりに不運をその身へ溜め込んでいるこの子は――この先、一体どれほど過酷な運命と、どれほどの凄惨な不幸を、一人で背負い続けなければならないのだろうか。

 レツィアは彼の未来を想い、目には見えない運命の重さに、深く胸を締め付けられた。

 

 そうして十年以上の歳月が流れた頃。

 レツィアの老いた身体は徐々に衰えを見せ始め、ついにはベッドの上で寝たきりの生活を送るようになった。

 

 何か、内臓を侵すような重い病気にかかったわけではなかった。

 心配したジョーカードが街から無理やり連れてきた医師によれば、ただ単に、年齢を重ねて寿命を迎えようとしているだけだった。

 

 身体が静かに、眠りへ向かおうとしている。

 本当に、ただそれだけのことだった。

 寝たきりの静かな毎日を過ごす中、ついにレツィアは、自らの命の炎が消えゆく最後の瞬間を悟った。

 

 死期を理解した彼女は、枕元にジョーカードを呼び、その震える手を伸ばして、優しく彼の頬に触れた。

 

レツィア:「不思議です……」

 

ジョーカード:「どうしたんだ? ばーちゃん!」

 

レツィア:「私たちの一族は、メダロットに関係する凄惨な死を迎える運命……そんな私が、こんな風に、あなたの傍で幸せに包まれて死ねるなんて……」

 

ジョーカード:「お、おいおい、死ぬなんて言うなよ、まだまだ……」

 

レツィア:「いいえ、なんとなく分かるのです。自分の死期が。私は間もなく、この世から旅立つでしょう……愛するあなたに看取られて、これ以上ないほどの幸せの中で」

 

ジョーカード:「…………」

 

 ジョーカードは何かを言おうと口を開きかけた。

 だが、レツィアのあまりにも穏やかで、満足そうに微笑む顔を前にして、それ以上は言葉が出なくなってしまった。

 死を迎えようとしている人間が、これほどまでに満ち足りた、美しい笑顔を浮かべられるものなのだろうか。

 

レツィア:「私が死んだら、ジョーカード、旅に出てください……。そして、あなたに相応しいパートナーを見つけて、幸せに暮らしてください。私は、あなたと暮らせて本当に幸せでした……だから、あなたもどうか……幸せになって」

 

ジョーカード:「旅なんて言われても……どうすりゃいいんだよ? 俺、旅行なんて行ったことないぜ!」

 

 戸惑うジョーカードを優しく諭すように、レツィアは彼の手を、その枯れ木のような掌でしっかりと握りしめた。

 そして、重い瞼をかろうじて開き、彼を真っ直ぐに見据えて最期の言葉を遺した。

 

レツィア:「〝何気に〟で良いのですよ」

 

ジョーカード:「何気?」

 

レツィア:「そう、深く考えなくてもいい……自分の思った通りに、自由に、何気に旅をしていればいいのです。あなたはメダロット。人間のような寿命はないのですから……何気に、幸せに生きてください。もしも、あなたが旅の途中で、とても困った時、とても不幸な時……その手に、そっと温かい手を差し伸べてくれる人がいたら……その人のことを、誰よりも大事にしてあげてくださいね。……きっと、その人こそが、あなたの、生涯の最高のパートナー……です」

 

 レツィアは、消え入りそうな小さな声で、最後にこう言い残した。

 

レツィア:「旅に出る前に……あの装置を……頭に……」

 

 そして彼女は優しく目を閉じ、その呼吸は、そこで静かに止まった。

 

 宝条レツィア。

 少なくとも現存する宝条一族の記録上、老衰によって天寿を全うした者は、彼女一人だった。

 

 そんな彼女の血の運命を、自ら背負おうとしたメダロット、ジョーカード。

 彼は、自らの手で静かに彼女のための墓石を削り、そのボロ小屋のすぐ隣に、手厚く彼女を葬った。

 

ジョーカード:「じゃあな……ばーちゃん、〝何気に〟旅に出てくるぜ」

 

 墓標の前でそっと手を合わせ、小屋から旅立とうと歩み出したジョーカードだったが、ふと、思い出したように足を止めた。

 

ジョーカード:「おっとっと! 忘れるところだった」

 

 彼は大急ぎで小屋の中へ戻ると、レツィアが最期に遺したヘッドデバイスを自身の頭部へ装着し、静かに目を閉じた。

 

 ――そこまでが、この装置に記録されていた情報ログの全容だった。

 

 

 ―

 

 

 過去視装置によって映し出されていたホログラム映像。

 実験室の惨劇を語っていた、二十八歳当時の若いレツィアの姿が、ふわりとノイズを帯びながら、老衰で亡くなる直前の優しい老婆の姿へと静かに変化した。

 ホログラムのレツィアは、すべてを知り尽くした憂いを帯びた瞳で、ただ静かに地下室の天井を見つめながら呟いた。

 

レツィア:「たとえ、その身に代えても守りたい素敵なマスター(人間)ができたのね……ジョーカード、いいえ、ヴァレン」

 

 彼女はただ一人、誰もいない暗い地下室で、かつて自分が生涯をかけて愛した「息子」の辿ったその後の運命に、静かに想いを馳せていた。

 自分が背負うはずだった宝条一族の不幸を、代わりに吸い取ったかのように、幸せな最期まで看取ってくれたジョーカード。

 その彼が、巡り巡って、一族最後の生き残りである少女――宝条ルクという、自分にそっくりなハネ髪を持った不器用な「超不幸女」と出会う。

 

レツィア:(あの最愛の少女の不幸をすべて消滅させようとしたのね)

 

 宿命に逆らい、愛する者のためにその身を犠牲にし続けた、哀しくも美しい「我が子」の生き様。

 レツィアのホログラムは、どこか遠い空を見つめるように物思いに耽ったまま、まばゆい光の粒子を湛えて、静かに揺らめいていた。

 

 

第十六話【不幸のメダロット~THE BEGINNING OF DISAPPEARANCE~】終わり

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。