THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第十七話【クリスタルのある教会】
エデン国の王宮。その一室で、女王コスモスは深い思考の海に沈み、頭を悩ませていた。
メッシュが持ち帰ってきた、あの不穏な警告を信じるならば、新興組織『エルドラージ』が隠し持っている戦力は、想像を絶するものになる。
それこそ、ラヴドとエデンの二大国が完全に手を結び、お互いが有するすべての軍事力を根こそぎ動員しなければ対抗できないほどの、未知の怪物たちの集団。
だが――エルドラージが未だ表立ってこの世界に危害を加えていない現状において、「正体不明の見えない敵を叩くために、ラヴドと組んで軍を丸ごと動かす」などということは、両国の抱える様々な政治的・社会的な事情から、到底実現できるはずのない夢物語だった。
ラヴド側はもちろん、エデン国側であっても、ただの噂や得体の知れない気配のためだけに全軍を動員するなどという無謀な命令は、いくら女王であるコスモスにその権限があろうとも、下せるはずがなかった。
表沙汰になる前に、その息の根を止めておきたい存在。
しかし、表沙汰になって甚大な被害が出なければ、軍を直接動かす大義名分が得られないという、あまりに冷酷で絶望的なジレンマ。
だが、不可能なことを嘆いていても始まらない。
せめて、表の軍を動かせない今のうちに、裏の影の世界からだけでも、敵への徹底した牽制と情報収集を行っておかなければならなかった。
コスモス:「デュオカイザーさん、トゥルースの増員の件、真剣に考えておいてください」
メインモニターの向こうのデュオカイザーに向けてコスモスがそう告げると、主任は一瞬の沈黙を挟み、いつもの気だるげな言葉を返してきた。
デュオ:「だーかーらー、今のエデンにトゥルースのお仕事が務まるょぅな子はぃなぃゎょ」
コスモスが女王に就任して以来、彼女は事あるごとにデュオカイザーへ「トゥルースへの増員」を提案し続けていたが、そのたびに、ことごとく不可能だと一蹴され続けていた。
そして今回も、デュオカイザーはいつもの調子でその提案を冷たく断る。
デュオ:「無理に実力の足りない子をトゥルースに入れたところで、今のセルヴォちゃんとビートちゃんじゃ〝後輩〟を育成する気なんて起きなぃでしょうょ……」
コスモス:「そう……ですね、しかしこういう事態です。考えておいて下さい」
実際、エデン国の女王直下諜報部『トゥルース』は、セルヴォ、ビート、そしてデュオカイザーという、わずか三体の構成員だけで稼働していながら、業務に対する不満や遅れを生じさせたことは一度もなかった。
それほどまでに彼ら二人の現場での処理能力はずば抜けており、あまりの仕事の消化の早さに、定期的に有給の特別休暇を与える余裕すらあるほどだったのだ。
だが、コスモスには、彼らが「新人など必要ない」と頑なに主張し、驚異的な処理速度を維持し続けているのは、どこか「無理をしている」かのように思えてならなかった。
十年前、自分たちの手で、後輩リネルのメダルを砕いて処刑せざるを得なかった、消えない罪の傷跡。二度と自分たちの傍で後輩を死なせたくないという、影の暗殺者たちの、無器用な祈りのようにも感じられた。
そんなことをカヲスの部屋でぼんやりと考えていた、その時。
女王のプライベートルームに設置された極秘端末に、厳重な守秘回線を用いた通信シグナルが激しく鳴り響いた。
一体誰からの連絡なのかと、素早く別のモニターに視線を走らせたコスモスは、ハッと目を丸くして立ち上がった。
コスモス:「ビーストマスターさんから通信が!!」
―
ディスト:「ね~~ベビーぃ~~」
ベビー:「なんですか~?」
ラヴド本部のディストの私室。ディストとベビーの二人は、机やベッドの上で、ふにゃあとした軟体動物のように弛みきっていた。
七年前のあの悲壮な戦争における凄まじい功績により、ディストという一級兵士には、軍内でも別格の大きな価値が生まれていた。そのため、よほどの国家的緊急事態(たとえばエデン女王が誘拐されたなど)でも発生しない限り、彼が危険な最前線の任務へ駆り出されることはまずなくなっていた。
もちろん、いつどのような重大任務が下されても即座に対応できるよう、ディストは普段から自分とは直接関係のない他の部隊の任務のフォローに積極的に回っていたし、それでも暇が余っていれば、訓練場へ篭って自身の機体を厳しく鍛え上げたりもしていた。
だが――今日に限っては、彼のシステムは一向にやる気メーターを上昇させる気配を見せなかった。
原因は、ただ一つ。
ディスト:「ローラは一体いつラヴドに来るのでしょうか~」
ベビー:「さぁ、ローラって旅を始めてからは時間感覚くるってますからね~」
ディスト:「そのくるった時間感覚では〝近々〟ってどれくらいなわけ~?」
ベビー:「さぁ~? 忘れました~」
ディスト:「そっかぁ~」
再び、二体の間を退屈な静寂が包み込もうとした、まさにその時。
ディストの懐の通信端末が、トゥルルルル、と小気味よいコール音を激しく鳴り響かせた。
その瞬間、寝そべっていたディストとベビーは、まるで落雷に打たれたかのように急にシャキッと体を立て直した。ディストはあわあわと慌てふためきながら端末を手に取り、今にも心臓が破裂しそうなほどに震える手で応答ボタンをスライドさせる。
そしてベビーは、その一部始終を、空中に正座待機した状態で固唾をのんで見守った。
ディスト:「……は、はい!」
ブラックメイル:「ディストぉ~…かッ!?」
ディスト:「なんだブラックメイルさんかよ」
通信機から聞こえてきたのが、待ち焦がれていたローラの涼やかな声ではなく、いつもの野暮ったい「上司」の声だと気がついた瞬間、ディストは足から糸が切れたようにその場に崩れ落ち、再び「ふにゃあ」と脱力した。
ブラックメイル:「なんだ、って一応俺現国王なんだけどぉ~…なッ……」
通信の向こうで、ラヴドの現国王であるブラックメイルは、一級兵士のあまりの落胆ぶりに少々動揺した様子を見せた。しかし、すぐに調子を取り戻して重々しく言葉を継ぐ。
ブラックメイル:「緊急任務だぁ~…ぞッ」
「緊急任務」という不穏なその響きを耳にした瞬間、ディストは瞬時に姿勢を正し、今度は凛とした冷徹な声で真っ直ぐに応答した。
ディスト:「……了解です。任務の内容は?」
いつもの恋する頼りない少年としての声音は消え去り、その眼の奥には、かつて数々の一撃を撃ち抜いてきた「大戦の勇者」としての鋭い光が宿っていた。
それを肌で感じ取ったブラックメイルは、満足そうに頷き、落ち着いた声で極秘の任務を告げた。
ブラックメイル:「今から俺は隠れてエデンへ向かう、任務は俺の護送だぁ~…ぞッ」
ディストが有する「ディストスター」の「車両型」へのメダチェンジは、最高クラスの推進・爆走性能に優れており、ラヴド軍の中でも、移動用ビークルを一切必要としない稀有な機動力を持つ。それに加え、彼はフォー・パーツ『エアスト』を操り、絶対的な戦闘力を誇る軍のトップエース。国王を極秘裏に護送する任務において、これ以上にふさわしい者はどこにもいなかった。
ディスト:「分かりました、集合場所は?」
ブラックメイル:「MF-K-R地点に10分後だ……それからもう一つ言い忘れぇ~…たッ」
ブラックメイルは少しだけ声を低め、不器用な照れ臭さを滲ませながら、通信機越しに付け足した。
ブラックメイル:「エデンへ行く途中〝聖ヴァレン教会〟によってくぅ~…れッ」
―
ワンダ:「一応聞いてみるけど、なんで私は誘拐されそうになってるわけ」
シスターを務める青い天使、ワンダは、ダメで元々というダメ押しのつもりで、目の前に中空に浮遊する異様な敵、クラヤミシアに当たり前すぎる質問をぶつけてみた。
クラヤミシア:「お前こそ 宝条レツィア その遺産」
意外なことに、クラヤミシアは包み隠さず素直に理由を五・七・五の節に乗せて答えてくれた。しかし、ワンダには彼(あるいは彼女)が何を言っているのか、さっぱり理解することができなかった。
そもそも、クラヤミシアの電子の声には、ロボットらしく感情というものが一片もこもっていないため、その言葉の真意を悟ることは至難の業だった。
ワンダ:「うん。答えてくれてうれしいけど、さっぱりわからん」
クラヤミシア:「かまわない お前の意志は 興味ない」
告げると同時に、クラヤミシアの右腕――浮かんでいる黄色いクリスタルが再び、激しいエネルギーを宿した光を発した。
その容赦のない挙動から、相手が並々ならぬ「明確な敵意」をこちらに向けていることだけは、ワンダにも十分に理解できた。
クラヤミシアがレーザーを放つと、ワンダは一級兵士時代の反射神経を総動員して、床の上を転がるようにしてそれを回避する。
そして、回避した勢いのまま、お返しとばかりに、自身のフォー・パーツ『ソウス』で回復の力を攻撃力に変換した、鋭いレーザーをクラヤミシアに向けて放った。そのエネルギー量を調節することで、彼女は大小様々なレーザーを撃ち分けることができるのだ。
ワンダ:「まったく! セリフが短い奴とか長い奴とか……ちょうどいい奴はいないのか!!」
ワンダが放った正確無比なレーザーは、中空に浮かぶクラヤミシアの胴体に直撃した。
しかし――彼女の放った狙撃は、クラヤミシアの結晶のような頑強なボディの表面をかすかに焦がした程度で、致命的なダメージを与えることまではできなかった。
クラヤミシア:「素早いな それでは少し 本気出す」
クラヤミシアがそう呟くと、クラヤミシアの左右に浮遊していた黄色と緑色のクリスタルの両腕が、その位置から大きく離れてスライドした。
そして、ワンダの左上あたりの上空に右腕が、さらに彼女の右後ろあたりの死角に左腕が、不気味に静止して固定される。
(――挟み撃ちの狙撃射撃!)
ワンダは、瞬時に次に起こるであろうシチュエーションを予想した。
クラヤミシアの能力は、自身の浮かぶ腕を完全に切り離し、射撃の発射位置を、中空の好きな座標へ自由に設定することができるのだ。
彼女がその危険な特性を理解した時には、すでにワンダの右後ろに位置していたクリスタルから、容赦ない高出力ビームが放たれていた。
ワンダはとっさに左に跳んでそれをかわしたが、回避した先を狙い澄ましたかのように、今度は左上のクリスタルから第二波のビームが放たれる。
これ自体、想定していた範囲の攻撃ではあった。しかし、四方八方から連射されるその電磁の嵐に、長く実戦から離れていたワンダには、その複雑な連続攻撃へ即座に対応するだけの戦闘勘が戻りきっていなかった。
(本体のクラヤミシアを叩けばビームは止まるはずだけど、あの頑丈なクリスタルをすぐに砕くことなんてできない!)
もう、どうしようもない。
ビームの白い光が、無防備なワンダの機体を真っ直ぐに貫く――その時だった。
ワンダの目の前の空間に、光の粒子でできた半透明の「
不意にレーザーを反射され、クラヤミシアは慌てて右腕のクリスタルを中空から引き戻し、辛うじて自らの放ったレーザーの直撃を回避した。
ナギサ:「理解……アンダースタンディングに苦しむ状況だね。僕らの眼前にいる、輝きをたたえながらも深い闇を抱える宝玉……クリスタルは何者だい?」
先ほど、ワンダの強烈なヘッドバットを食らって床に気絶していた神父、ナギサが、完璧なタイミングで意識を取り戻していた。
ナギサは、まだ自分が寝ている間に何が起きていたのか、その状況を全く理解していなかった。それにもかかわらず、いつも通りの春風のように爽やかな微笑みを浮かべたまま、目覚めの一瞬でワンダを守り抜くという、最も確実な最適解の行動をとって見せたのだ。
その一寸の迷いもない動きは、伊達にかつてエデン最高の精鋭集団『十二使徒』に所属していたわけではないという、本物の実力を証明していた。
クラヤミシアは、相変わらず感情の起伏が一切感じられない機械的な声と、表情の変わりようのないのっぺりとしたクリスタルの仮面で、淡々と呟いた。
クラヤミシア:「面倒だ 時間圧縮 使おうか」
告げると同時に、クラヤミシアの頭パーツである、あの赤いクリスタルが、すさまじい速度で回転を始めた。
(――何か、悪いことが起こる)
ワンダもナギサも、その回転が放つただならぬ波動から、それだけは直感できた。
しかし、その「時間圧縮」という謎の技が、一体どのような物理的な危害をもたらすものなのかまでは分からない。
とにかく何らかの極大攻撃を受けるに違いないと、ワンダはクラヤミシアの挙動を注意深く観察し、ナギサはいつでも反射行動を発生させられるように、深く腰を落とした。
その時だった。
クラヤミシア:「また来たか 私の邪魔を する物が」
クラヤミシアの頭パーツの高速回転が、パキパキという凍結音を伴って、ピタリと強制停止した。
元々がダイヤモンドカットされたクリスタルのような形状をしているのでわかりにくいが、よく見ると、クラヤミシアの頭部の周囲に冷たい霜が降り、カチカチに「凍りついて」いる。
クラヤミシアの発言から察するに、自分の意思でその回転を止めたわけではなく、何者かによって回転機構そのものを凍結させられたようだった。
そして、ワンダとナギサの知り合いの中で、このような氷雪の所業を行える者など、ただの一機しか存在しなかった。
ナギサ:「幸運……ラッキーというやつかな、守りを貫きし氷帝の登場か……運命……デスティニーを感じるよ」
ワンダ:「久しぶり! つもる話もあるけど……とりあえず助けて」
入り口の光の前に、絶対の盾『ダブレスト』を構え、その手から冷たい吹雪を放っている、美しい雪女のような機体が佇んでいた。
ローラ:「トゥルースといい、ワンダといい、まったく妾と再会する者がことごとくトラブルに巻き込まれているのは一体どういうことなのだ?」
呆れたようにため息を吐きながら、ローラは、氷のように冷たい瞳でクラヤミシアを見据え、その手に宿る冷気を、ふたたび激しく渦巻かせた。
第十七話【クリスタルのある教会】終わり