THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第十八話【大樹幻葬 ~Necro-Fantasy】
聖・ヴァレン教会を急襲した、不気味なクリスタルの刺客、クラヤミシア。
その未知の脅威を前に追い詰められるワンダとナギサだったが、絶体絶命の窮地に、かつての戦友であるオーロラクイーンのローラが、冷たい吹雪をまとって颯爽と姿を現した。
ローラ:「で、どういう状況だこれは?」
ローラは、空中に浮かぶクラヤミシアを挟んだ反対側から、ワンダとナギサへ向けて冷静に尋ねた。
ナギサ:「フフフ……それでは僕が説明……エクスプラネーションを」
ワンダ:「なんかよくわからんけど誘拐されそう! 以上!」
ローラ:「なるほど分かりやすい」
ワンダの極めてあっさりとした状況説明を、ローラは瞬時に理解し、即座に床を蹴って跳躍した。
そして、流れるように説明役をスルーされたナギサは、「やれやれ……」と両手を上げ、いつも通りに苦笑するしかなかった。
ローラは空中を滑るようにしてクラヤミシアの頭上を飛び越えると、そのまま上空から烈火のごときファイヤー攻撃を放った。
直前にローラの冷気によって急激に凍結させられていたクラヤミシアの頭部。
そこへ真逆の高熱を持つ炎が叩き込まれ、急激な温度変化によるヒートショックが、その結晶ボディへ通常以上の損傷を与える。
クラヤミシアの表面に激しいひび割れが走り、初めて目に見える深い傷を負ってよろめいた。
クラヤミシア:「忌々し 私に傷を 負わすとは」
クリスタルを軋ませながら、クラヤミシアは再びその頭部パーツを凄まじい速度で回転させ始める。
ローラ:「ほぅ、なかなか風流な話し方をするな。嫌いではないぞ」
床へしなやかに着地したローラは、不敵に微笑みながら右腕のフォー・パーツ『ダブレスト』を起動させた。
ダブレストから放出された半球状の障壁を中心に、瞬時にして強固な防壁が彼女たちの周囲を取り囲む。
自身の格闘熟練度を守りの力へと変換し、敵の妨害行動を遮断する盾。
この防壁が展開されている限り、相手がどのような未知の攻撃を仕掛けようとも、すべてを無効化できるはずだった。
ローラはダブレストを構えたまま、相手がどのような攻撃、あるいは妨害を放ってくるのか、冷静に観察するべく徹底した待ちの態勢を取った。
だが、クラヤミシアが放ったのは、先ほどワンダを狙った時と同じ、右腕のクリスタルから直接放つ単調なレーザー射撃に過ぎなかった。
ダブレストの防壁が、その閃光を正面からがっしりと受け止める。
そしてレーザーは、ローラの機体に届くことなく、防壁の表面で完全に打ち消された――。
確かに、届いていない。
防壁がレーザーを完全に阻み、無力化したその輝きを、ローラは自身の目で克明に確認していた。
しかし――。
ローラ:「グ……ァ……っ」
突如として、激しい焦熱の痛みがローラの腹部パーツを貫いた。
見下ろせば、彼女の腹部装甲には、レーザー攻撃をまともに受けたかのような、ドロドロに焼け焦げた凄まじい大破痕が広がっていた。
ローラ:「ば、馬鹿な……ダブレストは確かに、敵のレーザーを打ち消したはず……っ」
ローラは目の前の現実を理解できず、愕然としながら片膝を床についた。
そこで彼女は、傍らにいたワンダから、およそ信じがたい言葉を耳にする。
ワンダ:「……何言ってるの? あいつはローラが盾を張る前にレーザーを撃ってきたでしょ?」
ローラ:「……何?」
ローラは、自らの耳を疑った。
ワンダは、一体何を言っているのだ。
そして、自分の目すら疑った。
自分の見間違いだったというのか。
しかし彼女の記憶には、防壁がレーザーを完璧に阻んだ光景が、一寸のブレもなくはっきりと残されている。
ローラの認知を歪めるような、高度な幻覚を受けたのか?
だとするならば、そんな明らかなマイナス症状を、ダブレストが無効化しなかった理由がどうしても説明できない。
ローラ:「……妾は一体、何をされたのだ?」
防壁を展開して完全に防いだはずの現実。
そして、防壁を張るよりも前に着弾していたという現実。
あまりに理不尽な事象に、傷を負ったローラはもちろん、それを見ていたワンダとナギサですら、何が起こったのか理解することができなかった。
――その時だった。
ディスト:「ローラァァァァ!!」
教会の扉が凄まじい衝撃と共に破壊される。
突入してきたのは、メダチェンジしたディスト。
そして、その車体の上にサーファーのようにして立っている、ブラックメイルだった。
ブラックメイル:「もう来てやがったのか、ジェノムスの配下ぁ~…がッ!」
クラヤミシアが反応するよりも早く、ブラックメイルは爆走するディストの車体から勢いよく跳躍した。
その突進の慣性と推進力を左腕の鉄拳へ乗せ、必殺のハンマー攻撃を仕掛ける。
強烈な一撃がクラヤミシアの胴体へ直撃した。
クリスタルが砕ける鈍い音が響き、その機体は教会の奥の壁へと激しく叩きつけられる。
ブラックメイルは着地するなり、すぐさまワンダの元へ駆け寄って声を荒げた。
ブラックメイル:「ワンダ、早く逃げるんだぁ~…ぞッ」
ワンダ:「え? ブラックメイルさん!? なんでこんなところに? っていうか私だけじゃなくて……」
ブラックメイル:「あとで説明するからとにかく来ぉ~…いッ」
ブラックメイルは強引にワンダを抱え上げると、待機していたディストの車体の上へ乗せた。
ブラックメイルとワンダを乗せたディストは、車体の推進力を維持したまま、左腕のパーツだけを部分的にメダチェンジ解除する。
そして、露出したフォー・パーツ『エアスト』で、負傷して動けないローラの身体をがっしりと鷲掴みにして回収した。
ナギサもそれに続き、素早くディストの車体へ飛び乗る。
クラヤミシア:「逃がさんぞ 女は私が もらおうか」
壁から這い上がったクラヤミシアが、再びその頭部パーツを高速回転させ始めた。
ブラックメイル:「ゴースゥ~…トォォォッ!!!」
その瞬間、ブラックメイルがクラヤミシアの顔面へ向けて、最大威力の「ゴースト弾」を放った。
かつてラヴド軍突撃兵団長を務めた男が放つ、最大級の一撃。
その凄まじい反動がディストの背中を押すように働き、ただでさえ速い車体をさらに加速させた。
クラヤミシアの頭部パーツの回転が、突風に遮られるようにして止まる。
ディストの車体はすでに、教会の外の遥か彼方。
クラヤミシアの射程範囲外へと走り去っていた。
クラヤミシアは、ただ荒れ果てた教会の扉の向こうを見つめながら、無感情に、ぽつりと呟いた。
クラヤミシア:「残念だ 射程外まで 逃げられた」
―
ところ変わって、エルドラージの巨大要塞。
その地下室で、ネクロデスはジェノムスへ向けて、かねてから抱いていた疑問を投げかけていた。
ネクロデス:「ジェノムス、本当にこの時代でよかったのか? この世界を掌握するためならば、もっと前の、歴史が定まる前の時代の方が、はるかに楽だと思うが?」
問われたジェノムスは、それが愚問だとでも言いたげに、フッと静かに笑って答えた。
ジェノムス:「この時代がベストだよ、ネクロデス」
それでもネクロデスが納得した表情を見せないのを見て、ジェノムスは諭すように言葉を付け足した。
ジェノムス:「たとえば、メダロットが生まれる前の時代へ行き、人間を滅ぼすとする。……すると、このジェノムスという存在自体が生まれない。私が生まれてすぐに人間を滅ぼすとする。……すると、私は貴様に出会うことも、こうして他次元の強者たちを仲間に引き入れ、成長を遂げることもできない」
ネクロデス:「では、エデンとラヴドが激しく戦争をしていた時代などどうだ?」
ジェノムス:「それでは、私は単なる『戦争の勝者』として歴史に名を残すだけだ。メダロットの社会が安定したこの時代のメダロットたちを、圧倒する……それこそが、唯一無二の神としての証明。……私を、唯一神にするのだろう? ネクロデスよ?」
ネクロデス:「……そうだな」
ジェノムスの放つ、傲慢で冷酷な絶対の自信を前に、ネクロデスは静かに頷くしかなかった。
思えば、ジェノムスは出会った頃から傲慢であった。
ネクロデスは、静かに過去を回想する――。
―
かつて、ネクロデスがエルドラージの一員として加わるよりも前の出来事。
大樹型メダロット、ネクロデス。
彼は、深みのある水色の重厚な西洋騎士のような甲冑を身に纏い、その全身の至る所から、奇怪な大樹の枝や根のような、鋭く尖った茶色いアームを四方八方へ伸ばしている異様な姿をしていた。
特に脚部パーツには、地面へしっかりと根を張るように何本もの木のアームが取り付けられており、そのため彼は「多脚型」のメダロットに分類されていた。
ネクロデスは、極めて生真面目な男だった。
彼は常に、自らの意思で「正義」であろうとした。
そして、彼にとっての正義とは、実に単純明快なルールだった。
――『悪を殺す』ということ。
正義の対義語は、悪。
悪と徹底的に戦うことこそが、正義。
しかし悪というものは、どれほど駆逐しようとも、いつの時代にも必ず存在する。
アリの巨大な群れの中に、どれほど間引いても一定数の怠け者が現れるのと同じように、どれだけ殺し、どれだけ排除しようとも、この世から悪が滅び去ることはない。
その、決して滅びることのない悪を相手に、ただひたすら刃を振るい、戦い続ける。
それこそが、己が正義であり続けるための唯一の証明。
彼は、その狂信的なマイルールを信じて疑わなかった。
彼は正義であるために、日々戦い続けた。
彼にとって都合のいいことに、戦争直後の荒廃した世界には、略奪や暴力へ身を落とした者、混乱に乗じて他者を害する者が数多く存在していた。
強盗、殺人、放火、詐欺、強姦、暴行、ストーカー……。
ネクロデスは、目の前に現れた数々の悪を、その手で容赦なく殺し、排除し続けた。
だが、彼の能力には致命的な欠点があった。
全身から根のようなアームを伸ばした大樹型の彼の脚部は、極端に「足が遅い」という弱点を持っていたのだ。
そのため、敵を制圧する戦闘力は高くとも、目の前から一目散に逃亡を図る悪を追跡して仕留めることには、まったく向いていなかった。
そこで彼は、自らの手足となり、代わりに悪を屠ってくれる「最速の殺人兵器」を作り出すことに決めた。
かつて『赤い悪魔』と恐れられ、その機体を操るメダル自身が、その狂気的な破壊力に恐怖を覚えてしまうという、いわく付きの機体――ブロッソメイル。
ネクロデスは、その機体をベースとしてスピードを極限まで引き上げた特注のメダロットを創り出し、シンプルに『レッド』という名を与えた。
レッドの働きは、まさに彼の期待通り、完璧だった。
彼女はネクロデスの命令にどこまでも忠実であり、風よりも速く戦場を駆け抜け、悪とされた者たちを殺しに殺した。
だが、そこで重大な問題が生じた。
ネクロデスは、レッドに対して『悪の定義』を、論理的に教え込むことができなかったのだ。
具体的に「どういう行動が悪に該当するのか」を明確に教えることができない。
そのためレッドは、ただ彼から「殺せ」と命令された者を機械的に殺し、自身の戦闘の中で「これが悪なのだ」と、なんとなく学習していくだけの存在となってしまった。
その問題が浮き彫りになって以来、ネクロデス自身も、レッドに対して一体どのような命令を下すことが「正義」として正しいのか、分からなくなっていった。
自らが追い求めていた正義の確固たる境界線は、泥のように曖昧に濁り始める。
もしも、自分がこれまでレッドに命じて殺させてきた対象が、すべてただの無害な「善」であったとしたら――。
自分は正義などではなく、悪になってしまうのではないか。
ネクロデスは、その最悪の仮説を頭では否定しつつも、自らの掲げる「悪の定義」を論理的に証明できない以上、その恐ろしい可能性は、彼のメダルの奥底に消えない澱のように残り続けた。
ネクロデスは、悪と正義を隔てる、明確な境界を渇望していた。
そして、そんなある夜のことだった。
レッドが悪を殺すため夜の街へ出かけている間、一人で薄暗い自室に残り、消えない葛藤に耽っていたネクロデスの頭上で、この世のものとは思えない不気味な音が突然響き渡った。
シ ュ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ………
虚空が歪み、空間が抉られる。
それは、次元の狭間が開き、奈落の門が口を開ける音だった。
第十八話【大樹幻葬 ~Necro-Fantasy】終わり