THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第二十一話【疾きこと風の如く、徐かなること林の如し】
マティ:「はいはーい、すいませんネクロデスさんいいですよー! いかにも侵略者っぽいですねー」
エデン軍第二基地『ビッグブロック』へと続く緩やかな登り坂。
大王型メダロットのマティグアドは、浮遊する玉座の上でビデオカメラを片手に持ち、歩を進めるネクロデスの姿を嬉々として撮影していた。
電波ジャックされたテレビ中継の向こう側、この星に生きる何千万ものメダロットたちが、その生々しい侵略の映像を固唾をのんで見つめていた。
被写体となっているネクロデスは、根のようにも見える複雑に分岐した脚部パーツを小刻みに動かしながら、まるで不気味な大樹がそのまま移動しているかのように、ゆっくり、ゆっくりと、地を這うような超スローペースで進撃を続けていた。
ビッグブロックはかつて、ラヴド軍による長距離からのビーム集中砲火作戦によって攻め落とされた過去を持つ。
それ以来、この強固な城壁の周囲には、かなり離れた外縁部に至るまで厳重な見張りのエデン兵士たちが配備されていた。だが――その兵士たちは、ネクロデスがここまで這い進んでくるまでの道中で、すでに全員無残に殺害され、ただの骸となってその辺りに転がされていた。
ネクロデス:「調子のいいことを言って、やられるなよマティグアド」
マティ:「あ、大丈夫です。すいませんが、攻撃が始まったら私逃げて遠くから撮影しますので」
ネクロデス:「賢明な判断だな……」
マティ:「いや、ほんとすいません」
その時、ビッグブロックの城壁から、大気を震わせる巨大な爆鳴が轟いた。
いよいよ本格的な防衛攻撃が始まったのだ。
マティグアドは、攻撃の音が聞こえるや否や、撮影の手を一切止めることなく、すぐさま宙を舞うように浮遊し、安全な遥か彼方へと一目散に逃げ去っていった。
マティ:(本当にすいませんねー、いやーケガをすると〝あの方〟に怒られちゃうんで)
お騒がせなカメラマンが去り、ネクロデスは戦場にただ一機、取り残される形となった。
だが、彼にとってそれは何の障害でもなかった。
ビッグブロックから放たれた極大の防衛爆撃が、一斉に彼のもとへと着弾する。
激しい閃光と爆風が巻き起こり、ネクロデスがいた場所を中心に、半径数十メートルにも及ぶ巨大なクレーターが地面に穿たれた。
しかし――土煙が晴れたその中心部で、ネクロデス自身は、一筋の焦げ跡すら負わずに立ち尽くしていた。
彼の機体の周囲を、ドーム状に覆っていた半透明の「黒い膜」。
それは、物理攻撃やエネルギー攻撃を遮断する、極めて強固な防御障壁だった。
だが、ビッグブロックの防衛部隊も引き下がりはしなかった。
先ほど以上のエネルギー出力を注ぎ込んだ光学兵器、および最大威力の砲撃による集中砲火のオンパレードが、ネクロデスを目がけて一斉に降り注ぐ。
ネクロデス:「なかなかの威力だが、これなら問題あるまい。……バリアチェンジ!」
ネクロデスを覆っていた半透明の障壁の色が、黒から禍々しい「赤」へと一瞬にして変化した。
直後、押し寄せた最大火力の集中砲火が、赤い膜へと激突する。
大爆発がネクロデスを呑み込むかと思われたが、そうはならなかった。
赤い障壁に激突したエネルギーも弾丸も、放たれた軌道を逆流し、ビッグブロックの防衛部隊の元へと凄まじい衝撃を伴って帰っていった。
――全方位反射。
反射と聞いて、この世界の者が瞬時に思い浮かべるのは、かつての十二使徒であるナギサの精密な『心の壁』の技術だろう。
ナギサの反射は、相手の攻撃を正確にその発射座標へと跳ね返す、狙い澄ました一点突破。
それに対して、このネクロデスのバリアチェンジによる反射は、精密さこそナギサに劣るものの、自身の全方位へ同時に反射の壁を展開し、敵の波状攻撃をまとめて撃ち返すという、多人数戦において無類の強さを発揮するものだった。
ネクロデスの反射障壁によって、自ら放った集中砲火をそのまま撃ち返されたビッグブロックの防衛網。
だが、ラヴドの猛攻によって一度攻め落とされて以来、エデンによって異常なまでに頑丈に作り直されたその城壁は、跳ね返された衝撃に耐えきり、表面の装甲にわずかな傷が走った程度で崩壊を免れていた。
しかし、これによってビッグブロックの防衛部隊は、ネクロデスへの追撃を封じられることとなった。
反射障壁を展開している相手に対し、正面から飛び道具を撃ち続けても、自ら被害を増やすだけだからだ。
ネクロデス:「バリアチェンジ……」
攻撃がやんだことを確認すると、ネクロデスは再び障壁の色を黒へと戻し、何事もなかったかのようにゆっくりと進撃を再開した。
ちなみに、この黒い障壁は、反射をもすり抜けるデストロイやサクリファイスといった特殊攻撃すら防御する。
その代わり、壁を展開している間は、ネクロデス自身の攻撃も外へ向けて放つことができないという制限があった。
ビッグブロックの主火力を黙らせ、無防備な要塞へと進み続けようとしたネクロデスだったが、背後で、カツンと激しく地面を蹴る足音を聞き取り、静かに振り返った。
そこに佇んでいた者の姿を目にしても、ネクロデスは表情一つ変えることなく、ただ重苦しい声でその名を呟いた。
ネクロデス:「……レッドか」
かつて、この世のすべての悪を刈り取るために、自らの手で創り出した、最速の刃。
ネクロデスはかつて、言葉を発することを禁じて沈黙を貫かせていたその機体に、直接『レッド』という名前を与えた
レッド:「…………」
ある日、突然自分の目の前から姿を消した、「先生」と再び巡り合えたことへの想い。
レッドは、自身のメダルの奥底から突き上げてくる複雑な感情を、どのような言葉にして表現するべきなのか、全く分からなかった。
今、自分の目の前に立っているネクロデスは、かつて生きる意味を教えてくれた大切な師。
だがそれと同時に、先ほど電波ジャックされたテレビ画面の中で、この世界を支配すると宣戦布告した最悪の怪物ジェノムスの「同胞」であると告げられた、世界の敵だった。
レッド:「………ネクロデス先生」
レッドが、その名を静かに絞り出した、その瞬間だった。
それまで冷徹で物静かに佇んでいたネクロデスが、ギラリとオレンジ色の目を大きく見開いて激昂した。
ネクロデス:「何故……貴様が言葉を話しているのだ……?」
ネクロデスの声音に、隠しきれない怒りと動揺が混ざる。
かつて彼から「喋ること」を禁じられ、ただ悪を殺すよう教え込まれていたレッドは、その教えを破り、言葉を話すようになった現在の自分を、師に対してどのように釈明していいのか分からず、ただ沈黙を貫くことしかできなかった。
ネクロデス:「DSから聞いた報告の中で、お前の名を見つけるたびに、私は疑問を感じていた。……だが、これで納得がいった」
ネクロデスは、すべての謎が氷解したかのように、急に恐ろしいほどの落ち着きを取り戻し、冷酷に語りかけた。
ネクロデス:「エデンの兵として活躍していたお前……。ラヴドやエデンのような悪が定めた悪を刈り取る賞金稼ぎになったお前……。どちらも疑問に感じていたが、一番の疑問はこれだ。……何故、仮にも悪と定められた者を……生け捕りにし、殺さないのか? その疑問が、ようやく解消された」
その言葉の終わりと同時に、ネクロデスの周囲を覆っていた黒い障壁がプツリと消滅した。
そして、ネクロデスの頑強な機体から、かつての愛弟子へと、明確な殺意を伴った一撃が加えられた。
彼の右手から飛び出した、強烈なブレイク攻撃。
レッドは、その破滅的なエネルギーの弾丸を、鍛え上げた反射神経でとっさに回避してみせた。
レッド:「……ネクロデス先生……!」
ネクロデス:「貴様、悪に堕ちたな!!」
その一言と、容赦なく放たれた一発の銃弾によって―― 彼らの師と弟子との関係は、永久に終わりを迎えた。
決裂の宣告が響き渡った直後から、ネクロデスは次々と、小さなブレイク弾をレッドに向けて連射した。
レッドの凄まじい回避速度を計算して放たれた、精密な弾幕。
しかしレッドは、その追尾する重力弾のすべてを、風のようにしなやかなステップで確実に回避し続けた。
だが、レッドはただ避けるばかりで、自分からネクロデスに向けて攻撃を仕掛ける素振りを、ただの一度も見せなかった。
一見、一方的なネクロデスの無情な裏切りに見えるこの激しい戦闘において、レッドのメダルの奥にあったのは、師に対する深い「罪の意識」だった。
決して話してはならないとされた言葉を話し。
悪を殺すためだけの兵器という生き方から離れ。
リーブというお人好しの相棒と出会い、彼と共に穏やかに笑いながら、幸福な賞金稼ぎの毎日を過ごし続けていた。
そのすべての幸せな時間が、ネクロデス先生の教えを裏切り続けていたという、消えない罪悪感。
ネクロデスに対する、申し訳なさ。
だからこそ、レッドは彼に向けて攻撃する事ができなかった。
しかし、かといって、このまま彼の手にかかっておめおめと機能停止させられるわけにもいかない。本能的な防御意識に従い、飛来する弾丸だけは確実に回避し続けた。
攻めるネクロデスと、避けることしかしないレッド。
そんな奇妙に膠着した戦局が、砂埃の舞うビッグブロックの外縁で、しばらくの間続いていた。
レッドがここ数年、リーブと共に過ごす中で、自身に課していた技術的な「課題」は二つ存在していた。
一つは、自身の最高速度に達し、周囲の景色が流れて目で知覚できなくなっても、姿勢を乱すことなく真っ直ぐに直進できるようになること。
もう一つは、自分が現在どれほどの速度で、どの方向へ走っているのかを、視覚情報に頼らず正確に算出し、把握できるようになること。
レッドの走る速度は、今やこの世界でも最速の領域に達していた。
しかし、そのあまりの速さゆえに、一度トップスピードへ突入すれば、周囲の景色が流れ、視覚だけでは自分が今どこを走っているのか把握できなくなってしまうという欠点を抱えていた。
そこでレッドは、自分が走り出した初期位置、進行方向、そして現在の移動速度から、自分が今どの座標にいるのかを算出する技術を磨き続けた。
リーブと共に数年間鍛錬を重ねた結果、後者である「移動速度と現在位置の計算把握」は、すでにレッド一機でも行えるほどに身についていた。
一方で、最高速度を維持したまま正確に直進するという前者の課題には、今なお相棒であるリーブの助けが必要だった。
――リーブによる、極めて精密な「体重補正コントロール」。
レッド以上に彼女の重心や機体バランスの乱れを把握しているリーブは、かつての共同機動のように、レッドの車体へ騎乗することで、超高速走行時に生じるわずかな体重の偏りや、路面の凹凸によるバランスの乱れをリアルタイムで感じ取り、瞬時に補正を加えることができたのだ。
だからこそ、二機が一つになった時の「紅い風」は、世界最速の直進突撃という圧倒的な強さを誇っていた。
だが、そんな最高の、唯一無二の相棒たるリーブを、レッドはあの酒場へと置いてきてしまった。
なぜなら、彼にだけは、自分の「血塗られた兵器としての真の過去」を知られたくなかったからだ。
レッド:(――もしかしたら、もう二度と、リーブと笑顔で会うことはないかもしれない)
レッドは胸を締め付ける悲しい想いを巡らせながらも、ネクロデスの重力弾をかわし続けた。
リーブの補正がなく、直進の軌道こそ完全には安定しない。
だが、それでも彼女が元々持っている驚異的な反応速度をもってすれば、ネクロデスが放つ攻撃を、残像を残しながら確実に回避することができていた。
ネクロデス:「レッド、美しいほどに速いな。そして静かだ。我ながら、素晴らしい出来の機体だと思う……。だからこそ、この手で貴様を殺さねばならんことが、非常に残念だ」
ネクロデスは、重厚な右腕をさっと上空へと掲げた。
そして今度は、回避されやすい小さな重力弾を連射するのをやめ、彼を構成する枯れ木の枝アームから放たれた極大の重力エネルギーを用い、一帯の空間丸ごとを覆う巨大な「逆重力ドーム」を展開した。
その瞬間、大気が軋み、周囲の重力バランスが反転する。
ネクロデス自身の重厚な多脚がフワリと地面から浮き上がり、それと同時に、彼が狙っていたレッドの軽い機体もまた、重力から見放されたように中空へと高く浮き上がった。
レッド:「…………!?」
ネクロデス:「……逆の重力をこの地帯にかけた。これで、地面を蹴り、その高い脚力で高速回避することはできまい!」
ネクロデスの冷酷な指摘の通り、空中では地面を蹴ることができず、レッドは自慢の高速機動を完全に封じられていた。
ネクロデス:「さらばだ、我が最高の失敗作よ」
ネクロデスは、無防備な空中にとどまるかつての弟子へ、左腕を真っ直ぐに向けた。
その刹那――。
――ガンッッ!!
けたたましい金属の直撃音が響き渡り、「逆重力ドーム」を展開していたネクロデスの右腕パーツへ、一発の正確極まるライフルの弾丸が直撃した。
ビッグブロックの焦土の向こうから放たれたその狙撃は、ネクロデスの右腕パーツへとピンポイントで命中した。
その一撃そのもののダメージは小さかった。
だが、想定外の精密なカウンター射撃を喰らったネクロデスは瞬時に身構え、自らの身を守るため、咄嗟にあの黒い防壁を周囲へと再展開した。
防壁が周囲を覆ったことにより、ネクロデス自身から発せられていた「逆重力ドーム」の展開も終了し、周囲の重力は正常へと戻る。
重力から解放されたレッドは、しなやかに両足で地面へと着地した。
ネクロデスは、自らを覆う黒い膜の奥から、鋭いオレンジ色の目をライフルの弾丸が飛来してきた方向へと向けた。
そして、警戒をにじませた声で問う。
ネクロデス:「……何者だ?」
煙幕の向こうから、一歩一歩、確かな足音を響かせながら現れたのは、愛用のライフルを不敵に構えた、お人好しのカブト型メダロット。
リーブは、自慢の相棒を守るように彼女の前に立ち塞がり、不敵な声音で名乗りを上げた。
リーブ:「……レッドさんのお友達や」
第二十一話【疾きこと風の如く、徐かなること林の如し】終わり