THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第二話【宝条一族】
そこは、とある場所とも言えず。
そこは、ある時とも言えず。
人間の、あるいはメダロットの言語では到底表現することのできない「それ」は、過去とも現在とも未来ともつかぬ、極彩色と虚無が入り混じる不確かな時空の中に浮かんでいた。
『……では我々の誘いを蹴るわけだな』
世界の隙間から染み出すように、冷徹で絶対的な意思を秘めた声が響く。
それに答えたのは、どこまでも飄々とした、それでいて芯の通った若い声だった。
「ファッファッファ……当たり前だろ、お前達が狙っているのは俺の故郷の次元だぜ?」
『悪に染まった世界から悪を消滅させようという我らに刃向かう……貴様は悪だ』
再び、冷徹な声がノイズを乗せて響く。
彼らの語る「正義」には、一切の対話の余地など残されていなかった。
『……では、この場で私は貴様を、悪を殺すとしよう!!』
火花が散り、時空が歪む。
次元の深淵にて、誰にも知られることのない激突が、静かにその幕を開けた。
―
今度は、場所も時間もはっきりと指定することができる。
ラヴド国の最南端に位置する、潮風の香る穏やかな町。
あの『ラヴド国王暴走事件』から、二週間の月日が流れた頃のことだ。
かつて大きな戦争が終結した直後は、食糧や物資の不足から、行き当たりばったりの賊による犯罪が急増していた。しかしここ数年でその多くは治安維持部隊によって検挙され、代わって犯罪そのものが計画的かつ巧妙なものへと変化していった。
資金は銀行などで厳重に管理され、犯罪者たちも綿密な計画を立てて動く。かつて国家は、手配犯に賞金をかけて一般市民の協力を募ったこともあったが、凶悪化する犯罪者を相手に素人を巻き込む結果となり、制度は見直されることとなった。
そこでエデン、ラヴド両国が新たに導入したのが、現在の「公式バウンティハンター制度」である。
両国が実施する厳格な試験に合格した公式の「賞金稼ぎ」だけが、指定された犯罪者を捕らえた際に賞金を得る権利を与えられる制度だ。
その超難関とされる試験にトップクラスの成績で合格し、今や賞金稼ぎ業界で「紅い風」と恐れられる二人組がいた。
男は、かつてすすたけ村の平和を一人で守り抜いていたメタル・ビートルのリーブ。
そして女は、紅き悪魔として知られるブロッソメイルのレッド。
凄まじい実力を持つ彼らは今まさに、凶悪な犯罪者のアジトへ突入しようとしていた――。
……わけではなく、荷物が重くて運べず困っていた近所の老婦人を手伝っている真っ最中だった。
「紅い風」という禍々しい異名ばかりが業界内で一人歩きし、手配犯たちから恐れられている二人だが、その実態はなんてことはない。困っている者を放っておけない、心優しいメダロットたちだった。
「いやぁお兄さん悪いねぇ」
リーブ:「ええんです! どうせ暇やったところですから」
リーブは快活に笑い、老婦人の家へ荷物を運び入れると、ついでに開封作業までてきぱきと手伝ってやった。
「それでお駄賃だけど……」
リーブ:「いやいやいや! おばあちゃん、それは大事にとっといてください! そういうつもりや無かったんですから!」
老婦人が懐から取り出そうとした小銭を、リーブは丁寧に断った。
そして、せかせかとした足取りでレッドを連れ、その場を去っていく。
リーブ:「いやー、ええ事した後は気分がええですなー」
上機嫌のまま、リーブは隣を歩くレッドへ話しかける。
この数年で少しずつ言葉を発するようになったレッドは、静かに彼を見つめ返した。
レッド:「だから溜まらない……」
リーブ:「うッ……で、でもなんか他人に感謝されるって、お金とかよりも満足度があると思いません?」
レッド:「別に」
リーブ:「あらら……」
レッド:「でもリーブ嬉しそう」
リーブ:「はい、そうですね」
少しだけ言葉足らずなレッドの表現であっても、リーブはその行間に込められた意味をきちんと補完し、理解してくれる。
レッドにとって、やはりリーブはこれ以上ない最高のパートナーだった。
とはいえ、お駄賃を断り続けていては、賞金稼ぎとして生活していくことができない。
「そろそろまとまった大きな組織の手配犯でも捕まえようか」と、二人が並んで相談を始めようとした、その時だった。
『素っっ晴らしい!!!』
突如として、二人の背後から雷が落ちたかのような大声が響き渡った。
慌ててリーブとレッドが振り返ると、そこには見慣れない風貌の、およそ平穏な町には不釣り合いなメダロットが立っていた。
全身を重厚な紫色の甲冑で包み、頭部には騎士のようなフード付きの兜。その顔面のスリットから、黄金色の「十字架」を模したバイザーの光が鋭く放たれている。
最も異彩を放っているのは、その背中に背負われた、自身の身長を遥かに凌ぐ巨大な「赤い十字架」のバックパックだった。
それだけでなく、両手に握られた小型の赤い十字型武器の先端には、鋭利な銀色のスパイクが不気味に突き出している。
リーブ:「あ、あなたはどなたですか?」
威圧的な外見と、それに見合わぬ異様なテンションの高さに、リーブは若干引きつりながらも尋ねた。
『おっと失礼、私の名前はケフクージャ! 悪に満ちた世を変える者!』
リーブ:「は、はぁ」
ケフクージャと名乗った男は、両手に持ったスパイク付きの十字架を大仰に広げ、大音量で二人へ問いかける。
ケフクージャ:「時に、君達。ボランティアは好きかね?」
レッド:「割と……」
リーブ:「まぁ、好きやと思いますけど」
レッドもリーブも、完全に相手の勢いに押されて引き気味に答える。
しかし、そんな二人の動揺など意に介さず、ケフクージャの興奮はさらに高まっていった。
ケフクージャ:「よろしい!! 無償で働き、皆が手を取り合う素晴らしき愛……ボランティア!! ボランティアは素晴らしく、同様に君たちも素晴らしい!!」
ケフクージャはがさごそと紫色のタバードの隙間を探り、不格好な「メダルの形をしたプレート」のようなものを二枚取り出した。
ケフクージャ:「その精神を称えて君たちにはこの〝ぼらんてぃあばっち〟を差し上げよう!」
言うが早いか、ケフクージャは熱烈な笑みを湛えたまま、驚異的な速度で回れ右をして走り去ってしまった。
その姿が遠ざかっても、なお「ボランティア!」「愛!」「絆!」という大声が町に響いている。
あとに取り残されたリーブとレッドは、押し付けられた謎のバッジを手にしたまま、ぽかんとした表情で互いを見つめ合った。
リーブ:「このバッジ、どうします?」
レッド:「さぁ……?」
―
国王暴走事件から、二週間。
この間、エデン女王直下諜報部――通称『トゥルース』の面々は、凄まじい量の任務に忙殺されていた。
実行部隊のセルヴォとビートは、本部へ帰る暇すらほとんどないまま、次から次へと任務の地を飛び回っている。
主任であるデュオカイザーもまた、本部に一人で籠もり、数台のキーボードを同時に叩きながら、何十ものモニターに流れる膨大なデータ群と格闘し続けていた。
そしてついに、その執念が実を結ぶ。
ネットワークの奥深くに隠蔽され、隅へと追いやられていた古いデータの中から、デュオカイザーは女王コスモスに命じられていた「あるもの」を探し当てることに成功した。
デュオ:「ぃゃっほぅーー!! コスモスちゃーーん、見っかったゎょん!!」
女王コスモスのプライベートルームに、超スペシャルダイナミックウルトラスーパーデラックスハイテンションな通信ボイスが鳴り響いた。
カヲス:「………コスモスは……会議だ………」
だが、あいにくコスモスは会議に出席しており、部屋に一人残されていたカヲスが、不幸にもこの騒がしい通信を直接受け取る羽目となった。
せっかくの最高機密レベルの回線だというのに、こんな大声で叫ばれては守秘の意味がない。
カヲスはそう言いたかったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
デュオ:「ぁらん? じゃまぁカヲス様でぃぃゎょん。魔の十日間事件でビーストマスターの開発に携わった科学者の名前みつけたゎょん」
「魔の十日間事件」。
かつて世界征服を企む悪の組織「ロボロボ団」が怪電波を流し、セレクトメダルを装着したメダロットたちを一斉に暴走させた大事件である。
その混乱の最中、ロボロボ団は優秀な科学者たちを密かに監禁し、暴走電波とは別に、ある恐るべき「超兵器型メダロット」の開発に取り組ませていた。
それこそが、初代ビーストマスター。
しかし、その性能はロボロボ団の手にすら負えず、ビーストマスター自身が制御不能となって暴走。ロボロボ団のアジトを崩壊させたのち、行方不明となった。
その後、世間一般に市販されたビーストマスターは、あまりの危険性から威力を極端に落とした「量産品」に過ぎないと言われている。
カヲスがこの「魔の十日間事件」に目をつけた理由は単純だった。
当時、行方不明となったその「制御不能の超兵器」こそが、現在のラヴド国王であるビーストマスターなのではないか。
そう推測したからだ。
カヲスがコスモスへ相談し、その依頼を受けたコスモスがデュオカイザーへ極秘裏に命じた調査。
その目的は、超兵器ビーストマスターの開発責任者を特定することだった。
カヲス:「そうか………聞かせてくれ………」
デュオ:「……〝宝条レツィア〟……とぃぅ女の科学者が魔の十日間事件のビーストマスター開発の責任者ょ」
通信機の向こうから告げられたその名に、カヲスはハッとして息を呑んだ。
カヲス:「……宝条一族の人間…………か」
デュオ:「有名なの?」
カヲス:「メダロットに関し……異常な…才能をもった…………一族だ」
カヲスはいつにも増して途切れ途切れに、静かに重苦しく語り始める。
デュオカイザーは仕事の手を動かしながらも、その一言一句を聞き漏らさないよう耳を傾けた。
「宝条一族」。
メダロットに関連するあらゆる分野において、異常なほどの才能を秘めた天才の血脈。
カヲスが古い記憶から思い出す名と、デュオカイザーがその場でデータベースから引き出した記録を合わせると、恐るべき名前が次々と浮かび上がってきた。
『風の翼』の原型となる優れた理論を構築した、宝条シド。
『世界メダバードコンテスト』の初代王者に輝いた、宝条シエラ。
メダロットを利用した商業化に乗り出し、大成功を収めた、宝条コルネオ。
有名テーマパーク『シノビックパーク』の七代目管理者を務めた、宝条ゴドー。
人類史上最後となったメダリンピックにて優勝を果たした少女、宝条ルク。
メダロットたちを使って貧困に苦しむ世界中の子供たちを救い、ノーベル平和賞を受賞した、宝条エルミナ。
格闘型メダロットの動きを物理的な限界まで最適化することに成功した、宝条ザンガン。
新型マッスルケーブルの開発、およびメダフォースのエネルギー効率を劇的に最適化した、宝条ガスト。
そして、メダルの宇宙起源説を世界で最初に唱えたとされる伝説的な研究者、宝条イファルナ。
挙げていけばきりがない。
メダロットの歴史にその名を燦然と輝かせる、あまりに偉大な天才の一族だった。
だが、宝条一族には、その異常な才能とは裏腹に、奇妙なほど不吉な運命が付きまとっていた。
メダロットに関わる者たちから、彼らは畏怖を込めてこう呼ばれている。
――『メダロットに呪われた一族』。
その残酷な運命は、一族の者たちに「メダロットに関連した死」という形で、非業の最期をもたらしてきた。
宝条シドは、自身が設計・開発した新型の飛行メダロットに乗り込んだ際、謎のトラブルによって墜落し、命を落とした。
宝条シエラは、メダバードコンテストの最中、対戦相手のメダロットが激しい突風に流されて頭部へ直撃し、不慮の死を遂げた。
宝条コルネオは、メダロットのリミッターを限界解除する実験に立ち会った際、そのメダロットが引き起こした大暴走に巻き込まれて死亡した。
宝条ゴドーは、シノビックパークの複雑な仕掛けを相棒のメダロットと共に調整していた際、稼働した巨大な歯車に巻き込まれて絶命した。
宝条エルミナは、紛争地で慈善活動を行っていた際、戦争仕様にリミッターを外されたメダロットの銃撃に倒れた。
宝条ザンガンは、最高の格闘技術を追求するためメダロットと共に武者修行へ出かけた一年後、冷たい山奥で息絶えているところを発見された。
宝条ガストは、革新的な実験データを横取りしようと企んだ部下の研究員に銃殺された。彼を撃ち抜いたのは、その部下が連れていたメダロットだった。
宝条イファルナは、人類初のロケットで宇宙へ旅立つ際、発射事故によって爆死した。そして、その原因となったロケットの精密整備を担当していたのは、他ならぬメダロットたちだった。
そして、一族最後の生き残りであったはずの少女、宝条ルク。
彼女もまた第三次世界大戦の最中、人類滅亡を企てたエデンの神――N・G・ライト自らの手によって、非情にも殺害されている。
カヲス:「メダロットを………研究する者なら……かならず…………聞く名前だ」
デュオ:「メダロットに呪われた一族……宝条一家……なるほどねぃ……じゃぁ、ぁたしはもう少し〝宝条レツィア〟について調べてみるゎねぃ!」
カヲス:「…………あぁ……」
カヲスが力なく同意すると同時に、通信は不意にプツリと途絶えた。
デュオカイザーとの騒がしい会話が終わり、女王のプライベートルームには再び、耳が痛くなるような静寂が戻ってくる。
カヲスは深いため息を一つ吐き、ぽつりと呟いた。
カヲス:「………アイツと会話するのは…………やっぱり疲れるな」
第二話【宝条一族】終わり
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[今回新登場したメダロット]
【ケフクージャ】
ボランティアが大好きな謎のメダロット
※本作オリメダ
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