THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第三話【主人公】
そこは、ラヴド国の領土でもなく、エデン国の支配下でもない、人里離れた不毛の地。
世界の境界が曖昧に揺らめくその暗がりに、冷徹な威圧感を放つ二つの影が佇み、静かに言葉を交わしていた。
?:「……貴様が悪を殺し損じるとは珍しいな」
一つの影が、深淵の底を這うような静かな声でもう一つの影へ問いかける。
その隣に並ぶ影が、わずかに身じろぎした。
??:「すまない。まさかあの男にも次元の狭間を開く力があるとは思わなかった」
?:「別に私は気にしないさ。許さないのはお前個人の主義だろう?」
??:「……あの男はこの世界を自分の故郷の次元だと言った。もしもまた出会った時は必ず殺す」
その声に、抑えきれない冷徹な殺意が混ざる。
だが、その同胞たる男には全く動じた様子がなかった。
?:「好きにしてくれて構わんが、しばらくは大人しくしてくれ。まだこの世界の事を調べている最中だ」
??:「我々が旅立ってから少々時間が過ぎているらしいからな。彼らの報告待ちか?」
?:「そうだ。まぁケフクージャも、〝この世界のボランティア指数を測る〟とか言って飛び出していったが」
??:「測るまでも無い。私のいた時からこの世界には大量の悪が蔓延っていたからな」
?:「……その悪を刈り取るために弟子をおいて旅立ったのではなかったのか?」
??:「そうだな。少しは期待してもいいかもしれぬが……個人で殺すにはこの世界の悪は多すぎるし、大きすぎる」
かつてこの地へ残してきた、弟子の面影が脳裏を掠めたのか。男はそう呟き、深く沈黙した。
その同胞たる男はその横顔を静かに見つめ、確認するように言葉を継ぐ。
?:「……お前の主義をいちいち否定する気はないが、とりあえずしばらくは冷静に頼むぞ」
??:「分かっているさ、我が同胞ジェノムス」
?:「信頼しているぞ、我が同胞ネクロデス」
固い絆で結ばれた二つの影は、そのまま夜の闇の奥へ静かに溶け込んでいった。
―
この世界において、凶悪な犯罪組織を追うのは「警察」か、ライセンスを所持した「公式バウンティハンター」のいずれかである。
身の安全を保障されない危険な行為に一般市民が関与しないよう、ラヴドとエデンの両国は厳重な警告を発しており、仮に手配犯を捕まえたとしても、正規のライセンスがなければ賞金は一円も支払われない。
だから普通であれば、犯罪者を追う者はそのどちらかに限られる。
しかし――世の中には、その「普通」の枠に全く当てはまらない者もいた。
彼女は、エデン国にもラヴド国にも属していない。
賞金稼ぎになるための過酷な試験を受けたことも、バウンティハンターのライセンスを持ったこともない。
それにもかかわらず、彼女は犯罪組織を正確に追い詰め、その牙城を徹底的に叩き潰す。
その理由は、時として大国からの極秘の「依頼」であったりするが、多くの場合に彼女を突き動かすのは、純粋で底の知れない「知的欲求」だった。
ブラックスタッグ――名前を「竜」という。
かつてエデンで猛威を振るい、戦闘特化集団『十二使徒』の一員として戦場に立っていた彼女は、現在、とある寂れた街の片隅で探偵事務所を営んでいた。
そして、その事務所の近くで行き倒れていた、かつて十二使徒で共に戦ったグレインの「タイン」を強引に助手へ仕立て上げ、奇妙な二人暮らしを続けている。
竜は今日も、己の知的欲求を満たすため、探偵事務所の薄暗い一室でその悪魔的な超頭脳をフル回転させていた。
タイン:「おい……」
竜:「うるさいですね……今忙しいんですよ」
タイン:「何が忙しいんだ?」
竜:「ラヴドのデータベースにハッキングをかけてるんです」
タイン:「さり気に凄いことしてるな……」
竜:「今のラヴドなら不可能な話ではありませんよ……まだ混乱が収まっていないようですから」
タイン:「ふーんそうか。さり気にビーストマスターの件について調べてるのか?」
竜:「まぁ……そんな所です」
タイン:「そうか、それはさておきだな」
竜:「……なんですか?」
タイン:「俺はさり気に椅子じゃねえええぇぇぇぇ!!!!」
激しい怒号が狭い事務所内に木霊した。
今まで四つん這いになり、文字通り竜の「椅子」として押し潰されていたタインが、怒りに任せて勢いよく立ち上がったのだ。
その背中に座ってキーボードを叩いていた竜は、不意に宙へと放り出される。
だが、彼女は空中で見事な三回転を決めて体勢を整え、猫のようにしなやかに、何事もなかったかのように着地してみせた。
竜:「別にあなたを椅子なんて思ってませんよ……あつかましい。椅子に謝ってください」
タイン:「相変わらず辛辣だなおい!」
タインは今から五、六年ほど前、自分を見つけるための放浪の旅に出ていた。
だが、機体のメンテナンスも怠ったまま無謀な旅を続けた結果、力尽きてこの街の路上で行き倒れてしまったのだ。
そこを竜に拾われ、治療を施されて以来、彼は今日までこの探偵事務所で「助手」として働き続けている。
とはいえ、タインには竜のひらめきを支えるような知略など一片も持ち合わせていない。彼の真価は頭脳労働ではなく、圧倒的な肉体労働にこそあった。タイン自身も、それは重々自覚している。
だが、十二使徒の時代から、竜という女がタインへ吐く言葉は、おおよそ仲間に向けるものとは思えないほど容赦のない悪態ばかりだった。
タイン:(どうしてコイツは俺を追い出さないのだろうか?)
タインは、そのことが不思議でならなかった。
何しろ十二使徒だった頃から、竜は自分のことをことあるごとに嫌っていた――ような気がする。
何故かタインにだけは、口を開けばひどい罵詈雑言をぶつけ、蹴りや殴りといった暴力も日常茶飯事だった。
そんな冷酷な彼女が、何故この五、六年もの間、自分を一度も追い出さず傍に置き続けているのだろうか。
以前、思い切ってその理由を直接尋ねたこともある。しかし彼女は、「自分で気付くべきですね……」と一蹴しただけだった。
そこまで考えを巡らせていた、その時。
タインの顔面に、竜の容赦ないキックが突き刺さった。
竜:「何ジロジロ見てるんですか……蹴りいれますよ」
タイン:「さり気にもういれてるけどな……!」
あまりの理不尽さである。
なぜ自分がこれほど劣悪な環境で、横暴極まる扱いを毎日受けなければならないのか。
こんなひどい仕打ちを同居人から受け続けている者など、世界中を探しても自分くらいに違いないと、タインは憤る。
しかし、ここでタインの頭に新たな、そして彼にとっては最も重大な疑問が浮かび上がった。
竜と出会って以来、生まれて初めて抱く不審だった。
タイン:(俺はこんなにひどい扱いをされているのに、なんでさり気に出て行く気にならないんだ?)
一応言っておくが、タインは決して事務所に軟禁されているわけではない。
外への出入りは完全に自由であり、放浪の旅に出ることだっていつでも可能なのだ。
普通の感覚なら、これほど辛辣に扱われ、ボロ雑巾のように扱われる環境など、一歩外に出れば二度と戻りたくないと思うだろう。
なのにタインは、いつも当たり前のように、疑問も持たずこの事務所へ帰ってきてしまう。
タイン:(……ん!? 俺自身の事のはずなのにさっぱり分からんぞ! どういうことだ!? さり気にここまで頭悪かったのか俺!?)
タインは自身の大きな頭を両手で抱え、その場にしゃがみ込んだ。
しかし、いくら考えても答えは出ない。
考えるだけ無駄だ。
そう判断した彼は、すぐに思考を放棄して「まぁいいや」と考えるのをやめてしまった。
その様子を、竜は冷淡極まる、それこそゴミバコの中身でも見るような瞳で静かに見下ろしていた。
―
エデン国女王コスモスのプライベートルーム。
その静かな部屋に設置された守秘用端末から、ラヴド国王代理ブラックメイルの重苦しい声が飛び込んできた。
ブラックメイル:「……1週間後、ビーストマスターは秘密裏に処刑される事に決まったぁ…ぞ……」
ブラックメイル最大の長所である、あの底抜けの元気さが完全に消え失せた、絶望に満ちた声だった。
元々、ビーストマスターに対して政治的な反感を抱く者は、ラヴド国内に多く存在していた。
今回の事件を好機と見た彼らが裏で強固に結託した結果、元国王を秘密裏に処刑することが急転直下で決定されてしまったのだ。
国王代理であるブラックメイルは、会議の席で最後までその決定に激しく抵抗し続けた。
しかし、言葉の応酬や根回しといった「議論」の戦場は、彼が得意とする場所ではない。そして最悪の結論が下された。
迅速な処刑。
公開すれば支持者が暴動を起こす、元国王の醜聞が国家の信用を損ねるなど、様々な理由が会議では述べられた。
だが結局のところ、正規の手続きを取れば時間がかかり、現在の有利な状況が覆る可能性を恐れた政敵側の都合だった。
ブラックメイル:「俺に……俺にもっと力があれば……ッ!」
激しい落胆と怒りに震える親友を、女王コスモスは遮るように、穏やかでありながら極めて硬質な声で呼びかけた。
コスモス:「ブラックメイルさん、まだ諦めないで下さい。私、エデン女王コスモスは全力でビーストマスターさんを救います」
自暴自棄に陥り、今にも自らの身を投げ打って牢獄へ殴り込みかねないブラックメイルを、コスモスは冷静に引き止めた。
今の彼を落ち着かせ、無謀な行動に走らせないことが最優先だった。
ブラックメイル:「……どうするつもりぃ~…だッ?」
コスモスの落ち着いた声が功を奏したのか、通信の向こうのブラックメイルは少しだけいつもの調子を取り戻した。
コスモス:「どうするも何も……」
コスモスの声は、ひどく冷徹だった。
あまりに淡々と、そして当然のように言い放つその様子には、静かな凄みすら漂っている。
少なくとも七年前、十二使徒「ハードネステン」として厳格な規律を遵守していた頃の彼女であれば、絶対に口にしないような台詞だった。
コスモス:「秘密裏だとか、法に背く方法だとかいう事に関して、エデンにはプロフェッショナルがいますから」
―
それから、一週間後――。
ラヴド国の国境を越えたすぐ先に広がる、昼なお暗い鬱蒼とした深い森。
周囲の喧騒から隔絶されたその場所に、一台の車が停車していた。
車外では、青い装甲を持つクワガタムシ型のメダロット――エデン女王直下諜報部『トゥルース』のセルヴォが、荷台から引き出した木箱を開封している。
あたりには、セルヴォ以外のメダロットの姿はない。
彼は今、大きな任務の真っ最中だった。
厳重を極めるラヴドの監視網から「あるもの」を盗み出し、国境を越えてこの森まで密かに運んできたところだったのだ。
セルヴォは箱の中から、金属骨格であるティンペットと、見慣れた重厚なパーツ一式を取り出し、手際よく組み立てていく。
組み上がった体のスロットへ、慣れた手つきで一枚のメダルを滑り込ませた。
かつて人間がこの星を闊歩していた大昔、ロボトルに胸を熱くさせていた少年少女たちが日常的に行っていた、実になんてことはない基本的な手順。
だが、いま組み上げられたその体は、その辺に転がっている市販品とは比較にならない、とんでもない存在だった。
セルヴォ:「さて、目が覚めたか? 意識ははっきりしてるか? ……暴走とかしねーか?」
ビーストマスター:「……セルヴォさん。私は一体……?」
ゆっくりと目を覚まし、泥のような眠りから覚醒したメダロット――あろうことか、ラヴドの牢獄で厳重に拘束されているはずの元国王ビーストマスターが、困惑の声を上げた。
セルヴォはラヴド国内の監視網を欺き、彼のパーツ一式とメダルをすべて持ち出してきたのだ。
セルヴォ:「さて、……何から話したものか」
セルヴォはいつもの気だるげな調子で、ビーストマスターにこれまでの経緯を説明した。
突然の暴走によってビーストマスターが国王の座を追われ、牢獄へ収監されていたこと。
ラヴド国内の政敵たちの結託により、極秘裏に処刑されることが決まっていたこと。
そして、それを見かねたエデン女王コスモスから、彼を牢獄より救出する極秘任務が下されたこと。
セルヴォ:「さて、トゥルース総動員の特大任務だったぞ」
セルヴォの淡々とした説明を聞き終えると、ビーストマスターは力なく顔を伏せた。
ビーストマスター:「そうですか……命を救っていただいたことには感謝しますが……私なんかを救ってどうするのですか?」
ビーストマスターの言葉に宿っていたのは、底知れない絶望だった。
最高権力者である国王の座を奪われたことに絶望しているのではない。
死刑を宣告された己の運命に絶望しているのでもなかった。
彼が何よりも絶望していたのは――他ならぬ自分の体が暴走し、数多くの無辜のメダロットたちに重傷を負わせてしまったという、消えない罪の事実だった。
ビーストマスター:「今更、私に何ができると言うのです? 人目のつかないところで孤独に暮らしでもすればいいのですか?」
セルヴォ:「いいや、ビーストマスター。あんたは自分の体について、自分で調べるんだ」
セルヴォはビーストマスターの暗い精神状態に一切の同情を挟まず、極めて事務的に、しかし冷徹なまでの事実を告げた。
ビーストマスターの体に起きた異変について、カヲスやブラックメイル、そしてトゥルースが必死に調査してきたこと。
100年以上前の「魔の十日間」で開発された、制御不能とされた特殊なビーストマスターのオリジナル機こそが、現在のビーストマスターと同一ではないかという疑いがあること。
その開発責任者として『宝条レツィア』という女性科学者が深く関わっていること。
そして何より――国王代理となったブラックメイルが、「あいつ自身の手で、あいつ自身の真実を掴んでほしい」と強く願い、この救出計画を手引きしてくれたこと。
ビーストマスター:「ブラックメイルさんが……?」
セルヴォ:「さて、随分友人思いな国王代理だぜ。自分自身で真実を知るのが、一番アンタが納得できる解決法だろうってよ」
その言葉を聞いた瞬間、ビーストマスターの胸に温かなものが押し寄せた。
彼は思わず、ラヴド国がある方角へ静かに向き直り、深く頭を下げる。
元々は、特に気が合うような二人ではなかった。
ラヴド最強のメダロットと、最凶のメダロットとして肩を並べ、戦禍の中で会話を交わす機会が増えていっただけの関係。
戦後、成り行きで国を動かす立場となり、成り行きで協力し合っていただけのはずだった。
だが、不器用なブラックメイルにとって、ビーストマスターはいつの間にか掛け替えのない「親友」となっていた。そしてビーストマスターにとってもまた、彼は唯一無二の「親友」だった。
親友が自分のために下してくれた決断に、ビーストマスターはただただ深い感謝の念を抱いた。
友の思いを、決して無駄にはしない。
必ず自身の体に関する全ての謎を解き明かし、真実を掴み取る。
ビーストマスターは胸の奥で、固く決意した。
―
決意を新たにしたビーストマスターへ、セルヴォは現実的な状況を突きつけた。
現在、ラヴドとエデンの両国では、表向きビーストマスターは「脱獄犯」として最高レベルの指名手配を敷かれている。
そのため、今後の調査ではいかなるメダロットの目にも留まらないよう、慎重かつ隠密に行動しなければならない。
説明を終えたセルヴォは、ビーストマスターへ二つの物品を手渡した。
一つ目は、小型の通信機。
トゥルースのメンバーが使用しているものと同型で、厳重な守秘回線を経由し、直接エデン女王コスモスへ繋がる特別仕様だ。何か重要な事実が分かり次第、すぐに連絡を入れるよう、コスモス自身がデュオカイザーに手配させたという。
二つ目は、古い羊皮紙の地図。
「宝条レツィア」の身辺を調べていく過程で、彼女――というより、歴代の宝条一族が代々住み、かつては極秘の研究施設としても稼働していたという巨大な屋敷の存在が浮かび上がった。
通称『宝条屋敷』。
近年起こった三度の大戦において、幸いにも一度も爆撃や攻撃を受けた記録がなく、今も山奥の静寂の中に往時の姿を留めている可能性が極めて高かった。
地図に記された場所は、エデン領でもラヴド領でもない中立地帯――険しく切り立った山々の奥深くだった。
セルヴォ:「さて、大体の事は分かったか? 国王代理のブラックメイルが随分心配していた……さっさと自分の体調べて、教えてやんな」
そう語りかけるセルヴォを見据えるビーストマスターの顔には、もはや目覚めた時のような絶望の暗い影はなかった。
重い決意を胸に秘め、数多の思いをその背に負った、気高き戦士の瞳。
それはかつて、ラヴド軍「N班班長」として多くの兵士たちから憧れと尊敬を集めていた、あの頃の頼もしい顔そのものだった。
ビーストマスター:「全て了解しました。必ず自身の謎を解いて戻ります……ありがとうございます」
ビーストマスターの言葉を聞くと、セルヴォはここまで乗ってきた車の運転席へ乗り込んだ。
そのまま何も言わずエンジンをかけ、静かに別れるかと思われたが――セルヴォはふと気まぐれを起こしたように、窓から顔を出して言葉をかける。
セルヴォ:「さて、俺達トゥルース、ラヴド国王代理ブラックメイル、エデン国女王コスモスとその恋人カヲス……色々な可能性があったが決定したな」
ビーストマスター:「決定? ……何が?」
ビーストマスターが不思議そうに首を傾げると、セルヴォは彼をビシッと指差し、不敵な笑みを浮かべた。
セルヴォ:「……今回の騒動の主人公はお前だ、ビーストマスター。……まぁ頑張る事だな」
そのままセルヴォはアクセルを踏み込み、砂埃を上げてビーストマスターの前から走り去っていった。
深い森を抜け、ハイウェイを爆走する車内。
セルヴォはハンドルの上で指先を軽く叩きながら、気だるそうに独り言を呟いていた。
セルヴォ:「さて、俺もビートとデュオさんと情報隠蔽でもしますかね。主人公なんざまっぴらごめんだ……俺達トゥルースは裏方だぜ」
第三話【主人公】終わり
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[今回登場したメダロット]
【ネクロデス】
悪を滅ぼす事に固執したメダロット。レッドの先生。
※本作オリメダ
【ジェノムス】
ネクロデスの親友。
※本作オリキャラ
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