THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第六話【メダロットあらざる者】
ビーストマスター:「……ジェノムス? ……ネオ?」
どこまでも腰の低い大王型メダロット、マティグアドの口からこぼれ出た、いまだかつて耳にしたことのない奇妙な言葉。ビーストマスターは不審そうに首を傾げた。
マティグアドはしばらく口をつぐんで考え込んでいたが、すぐにしまったという表情を浮かべ、慌てて両手をブンブンと振り始めた。
マティ:「あ、いえいえいえいえすいません何でもないんですよ~ハハハハ、いやぁ、ま、ね、すいませんが今聞いたのは忘れていただけるとありがたいなぁ~なんて思うんですが……無理ですよね~すいません。じゃ、私、帰りますから、失礼しま」
ビーストマスター:「待ちなさい!」
マティ:「ひっ」
すり抜けて立ち去ろうとするマティグアドの前に、ビーストマスターは右腕の重厚なデスボムをピシッと突きつけた。
マティグアドは完全に逃げるタイミングを失い、浮遊する玉座の上で情けなく両手を挙げたまま固まった。
ビーストマスター:「あなたは私の体について何か知っているのですか?」
魔王のような風貌には不釣り合いなほど怯えたマティグアドは、諦めたように肩を揺らした。
マティ:「すいませんがあなた自身が知らないなんて予想外でしたよ」
ビーストマスター:「〝ネオ〟と言うものが私の体から検出された未知物質なのですか……? そしてジェノムスとは私と同じような体を持つ者……? もしそうだとするならそのジェノムスという者は一体何者」
マティ:「あーもう!困りますね察しが良すぎるでしょあなた!すいませんが私は何も喋りませんよ!ジェノムスさんに怒られちゃうかもしれないし」
ビーストマスター:「なるほど……ジェノムスはあなたと顔見知りなのですね」
マティ:「あ、……ジェノムスさんすいませーん」
マティグアドはどこか遠くの空を見つめながら、この場にいないジェノムスへ向けてペコペコと謝罪の言葉を飛ばした。
ビーストマスター:「だとするならばあなたをここで逃がすわけにはいきませんね……」
マティ:「ありゃりゃ?そういう事になるんですか?」
マティグアドは依然として緊張感に欠けたまま、うー、あーと唸り声を上げ、額や顎に節くれ立った指を当てて考え事をし始めた。
マティ:「分かりました! 取引をしましょう!! ……あ、いきなり大きい声だしてすいません」
ビーストマスター:「取引?」
マティ:「はい、そうですすいません。私はジェノムスさんの情報、あなたはあなたの情報をそれぞれ交換するわけです、はい」
ビーストマスター:「私の情報?」
マティ:「あなたは何者なのか?そのパーツをどこでどのように手に入れたか?そんな感じですかね、すいません」
ビーストマスター:「…………」
ビーストマスターは右腕のデスボムを向けたまま、静かにマティグアドを観察した。
どこまでも謙虚で腰が低く、控えめな態度を取り続けてはいるが、提示してきた取引内容は極めて賢く、狡猾で大胆不敵なものだった。
彼が絶えず浮かべている、顔に張り付いたような愛想笑いが、いまやひどく底気味悪いものに思えてくる。
交渉の余地はない。
ビーストマスターはさらに、左腕のデスビームをマティグアドの胸元へ向けた。
ビーストマスター:「交渉決裂です」
マティ:「あららら……残念です」
即座に、ビーストマスターは左腕から白熱するデスビームを放った。
デスボムは命中時の爆煙が濃く、その煙に紛れて敵に逃げられる危険がある。それを考慮しての判断だった。
だが、放たれた超高熱の閃光は、マティグアドの直前で空間を滑るようにして不自然に立ち消え、霧散した。
マティ:「あ、すいません。単発クリアおいてました」
マティグアドはペコリと滑稽に頭を下げると、一瞬にして浮遊する玉座の向きを反転させ、森の奥へ向かって一目散に逃走を開始した。
ビーストマスター:「くッ……!」
宙を舞うように逃げるトゲだらけの背中に向けて、ビーストマスターは必殺のデスブラストを放とうと力強く一歩を踏み出した。
――その瞬間だった。
ビーストマスターの足元の茂みから、突如として無数の太い蔦が生き物のように飛び出し、彼の両脚へ一瞬にして巻きついた。
ビーストマスター:「……なっ!?」
強固に動きを拘束され、ビーストマスターはもがいた。
だが、彼が蔦を引きちぎろうとする数秒の間に、マティグアドの姿はすでに鬱蒼とした森の奥へ消え去っていた。
ビーストマスターは苦し紛れに右腕のデスボムを数発放ったが、マティグアドが逃走経路に撒き散らした大量の障害物トラップにことごとく阻まれ、森の地面を爆破させるだけに終わってしまった。
ビーストマスター:「逃げられましたか……」
足元に絡みついた蔦を一本ずつ丁寧に外しながら、ビーストマスターは破壊されたトラップの残骸を見つめた。
あの不意を突かれた一瞬の攻防で、これほどの量の罠を設置し、足留めまで成功させたのだ。
へこへこと謝るふりをしながら、あの男はどれほどの戦闘技術を秘めているというのか。
そして、マティグアドが従う「ジェノムス」という不気味な存在。
ビーストマスターは思索を巡らせるうち、先ほどのマティグアドの問いかけへと突き当たった。
――『あなたは何者なのか? そのパーツをどこでどのように手に入れたか?』
脱獄犯である自分が、元ラヴド国王ビーストマスターであるなどとは、口が裂けても言えなかった。だからこそ交渉を決裂させたのだ。
だが、もう半分の問い。
「このパーツをどこで手に入れたか」という疑問。
実を言うと、彼自身もその時の記憶がひどく曖昧だった。
――覚えていない、ということすら、今の今まで忘れていた。
思い出したくない過去だからと、自分で記憶を封じていたわけではない。ただ、何故かこれまで、そのことについて深く考えようとしなかったのだ。
最初から自分のパーツの出所について疑問を抱かないように、自ら考えることを避けていたかのように。
しかし、不意にその疑問を突きつけられ、自分自身のルーツを探らねばならない立場となった今、ビーストマスターは初めて、記憶の奥底に沈んでいた過去を辿ろうとした。
ビーストマスター:「……あれはたしか――――」
―
それは、今から十数年も昔のこと。
人類が完全に滅亡を迎えた、あの凄惨な「第三次世界大戦」の時の出来事だ。
元々、ビーストマスターは最初から現在の強大なWEA型のパーツを装備していたわけではない。
かつての彼は、BAF型メダロットのパーツ一式を装備した、どこにでもいる、お世辞にも「強い」とは言えないありふれたメダロットだった。
平和な街で、平凡な家庭に育った普通の少年のパートナーとして、何一つ特別なことのない、穏やかな毎日を送っていた。
そんな彼の平凡な日常は、N・G・ライト率いるエデンの圧倒的な侵攻によって、一瞬にして粉々に打ち砕かれた。
エデンのメダロットたちが街を包囲し、容赦ない攻撃を仕掛けてくる。
彼は必死になってマスターである少年を庇い、抵抗した。だが、当時の彼の戦闘能力では、敵の軍勢に立ち向かうことなど到底できなかった。
すぐに追い詰められ、少年は涙を流しながらエデンのメダロットたちへ必死に命乞いをする。
今思えば、身震いするほどに残酷で異常な光景だった。
だが、当時はこのような悲劇が、世界の至る所で当たり前のように繰り広げられていた。
エデンの兵士たちは少年の命乞いなど全く気にも留めず、冷酷に武器を振り上げた。
誰もが明日をも知れぬ、そんな時代だったのだ。
――その時だった。
シュゴゴゴゴ……
激しい爆音に混ざって、頭上からこの世のものとは思えない不気味な空間の鳴動音が響き渡った。
何事かと見上げると、暗い虚空に不自然な歪みが生じている。
その「裂け目」から、眩い火花と共に、あるメダロットのパーツ一式が音を立てて地上へ降ってきたのだ。
空間の歪みは、不気味な余韻を残して虚空へ消え去った。
降ってきたパーツ。
それこそが、WEA型メダロット――ビーストマスターの、オリジナルパーツ一式だった。
マスターの少年の判断は、驚くほど迅速だった。
目の前に降ってきた未知のパーツのデータを即座に転送し、彼が元々装備していたBAF型のパーツと瞬時に換装させたのだ。
こうして彼は、一瞬にして現在のWEA型の強大な体を手に入れた。
そして――。
――彼の記憶は、そこでぷつりと途切れている。
次に残っている記憶は、暗い静寂の中、高熱にうなされて機能停止しかけていた自分を、誰かが熱心に看病してくれている光景だった。
彼を看病していたのは、後のラヴドリーダーとなる、紅蓮の装甲を纏うアークビートルD。
アークビートルDは、エデンの攻撃によって完全に破壊され尽くし、死の灰が積もる焦土の街の中で、唯一生き残っていたのがビーストマスターだけだったと静かに語った。
以後、彼はアークビートルDとその同志たちが築き上げた「ラヴド」という組織に加わり、その圧倒的な破壊力で数多くのエデン兵を屠ってきたのだが。
ビーストマスター:「まさか……!」
平凡だった自分が、平凡でなくなった。
あの日の、忌まわしい換装の記憶が脳裏に蘇る。
ビーストマスターは体を震わせ、最悪の推測に辿り着いた。
あの時、自分のいた大切な故郷を、そして愛するマスターを、塵一つ残さず破壊し尽くしたのは――。
WEA型パーツの強大な力に耐えかねて、暴走した「自分自身」だったのではないか。
ビーストマスター:「…………」
去っていったはずの底知れない絶望が、再び濁流のようにビーストマスターへ襲いかかった。
処刑を宣告され、死を待つだけだった自分を救い出してくれたコスモスたちや、裏で協力してくれたブラックメイルのおかげで、ようやく前を向くことができたというのに。
己こそが故郷を滅ぼしたのではないか。
その悍ましい疑念が、再び彼の胸を締め上げる。
ビーストマスター:「…………ああぁぁぁ!!」
湧き上がる葛藤と、自身の奥底に潜む不気味な影を振り払うかのように、ビーストマスターは天に向かって絶叫した。
それと同時に、左腕からデスビームを放つ。
耳を劈く爆音と共に、眩い光線が空を真っ二つに切り裂き、天高くに真っ白な光の柱を打ち上げた。
ビーストマスター:「絶対に……絶対に……私は自分を知ってみせる……自分を取り戻してみせる!!」
己を叱咤し、自らに言い聞かせるように覚悟を固めたビーストマスターは、もう振り返らなかった。
彼は足音を響かせ、目の前の蔦が絡まる宝条屋敷の重厚な扉を力強く押し開いた。
―
メッシュ:「……く……あ……ん?」
メッシュは、ゆっくりと目を覚ました。
メッシュ:「なんじゃここは?」
ぼやける視界の先、自分がガラスの円筒ケースに閉じ込められ、温かい謎の修復液の中にぷかぷかと浸されていることに気がついた。
横のケースに視線を向ければ、頼もしい盟友たち――カリパー、キドゥ、ゲンジの三機もまた、同じように培養液の中で眠っている。彼らはまだ目覚める様子はなかった。
カヲス:「気が付いた………ようだな……」
ケースのガラス越しに、重苦しい声がかけられた。
ここは一体どこの世界だ、と声の主を見つめたメッシュは、その顔に驚愕する。
そこに立っていたのは、カヲス。かつて自分がエデン国に所属し、十二使徒として戦場に身を投じていた頃の上司だった男だ。
メッシュ:「カヲス! ………様」
カヲス:「今は私は……エデンリーダー…ではない……様はいらん」
そう言われてメッシュは、自分が次元の狭間に吸い込まれて消え去った後、戦争でラヴドが勝利し、社会体制が変わったことを思い出した。
確か、最後にこの世界を訪れた時は、コスモスが誘拐されたことで世界中が大騒ぎになっていた気がするが。
コスモス:「メッシュさん……良かった!目が覚めなかったらどうしようかと心配になっていたところです!」
メッシュが首を巡らせると、そこには心配そうにケースを見つめるコスモスの姿があった。
無事に救出され、元気にしているらしい。いや、あるいはコスモスが誘拐される前の時間軸に転移してしまったのだろうか。
それにしても、今のコスモスの心配そうな声と柔和な表情には、かつての冷徹なハードネステンを知るメッシュにとって、どこか胸が熱くなるような変化が感じられた。
コスモス:「5年前は誘拐されていてお会いできませんでしたね……お久しぶりです」
コスモスが笑顔で語りかけたことで、今の時間軸が「あの誘拐事件から五年が経過した未来」であることがはっきりと分かった。
カヲス:「で……何があったのだ? ……ひどく傷ついた姿だったが………」
カヲスの問いかけが、メッシュの記憶の奥底に沈んでいた、直近の凄惨な出来事を呼び起こした。
――何があったのか?
――あの、引き裂かれるような圧倒的な戦い。
メッシュ:「ハッ!!」
メッシュは目を真っ赤に発光させ、恐怖と怒りに身を震わせた。
あの次元の狭間で自分たちを蹂躙し、カリパーたちをバラバラに破壊し尽くした、絶対に許すことのできない最凶の敵。
メッシュ:「カヲス! コスモス! 気をつけろ! この次元は狙われている!!」
突然取り乱して叫び始めたメッシュに、カヲスとコスモスは困惑の表情を浮かべた。
しかしメッシュは、培養ケースのガラスを拳で激しく叩きながら、焦燥に駆られた声で捲くし立てた。
メッシュ:「次元の狭間を自由に渡り歩く男……〝メダロットあらざる者、ジェノムス〟に……!」
第六話【メダロットあらざる者】終わり