THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第七話【THE END OF HOJO FAMILY】
ビーストマスターは蔦の這う巨大な扉を押し開き、宝条屋敷の中へ静かに足を踏み入れた。
まず眼前に飛び込んできたのは、広大なエントランスだった。
かつて平凡なメダロットとして過ごしていた頃、マスターの少年が通っていた小学校の体育館が、ちょうどこれくらいの広さだったような気がする。ビーストマスターはおぼろげな記憶を辿りながら、静まり返った屋敷の中を見渡した。
内部の老朽化はかなり進んでおり、木製の床や柱は酷く腐食していた。しかし、剥げかけた壁には本物の貴金属を用いた装飾が残され、割れたガラスケースの奥には精巧なクリスタル細工や、宝石をはめ込んだ絵画が飾られたままになっている。
かつてこの場所に暮らしていた「宝条」という一族が、どれほどの富を築いていたかが窺えた。
豪奢な装飾が残されているからこそ、色褪せて崩れかけた屋敷の姿は、いっそう不気味に感じられる。
エントランスの中央には、落下して砕け散ったクリスタルシャンデリアの残骸が横たわっていた。ビーストマスターはその破片をまたぎ、暗い廊下を歩いて屋敷の探索を始めた。
外見に違わず、内部も広大な屋敷だった。
まずは自分のルーツや「宝条レツィア」について記された資料を探すべきだろう。書庫か、研究資料が保管されていそうな部屋を見つける必要があった。
一時間ほど埃の舞う屋敷内をさまよった末、ビーストマスターは重厚な二重扉に突き当たった。
その先にあったのは、かつての家長のものと思われる書斎だった。壁を埋め尽くす本棚の前に立ち、彼は古びた本を次々と調べ始める。
だが、膨大な数の書物が並んでいるにもかかわらず、メダロットに関する学術書や研究資料は一冊も見当たらなかった。
まるで、この部屋から意図的に排除されたかのようだった。
ビーストマスターが不思議に思いながら調べ続けていると、机の引き出しの奥に、一冊の古びた革製の手帳が残されているのを発見した。
それは、かつての家長が書き綴っていた日記だった。
手帳の記述を確認したところ、日記が書かれたのは、あの「魔の十日間事件」からかなり長い年月が経過した後のことらしい。ビーストマスターの直接的な開発データが記されている可能性は低そうだった。
しかし、呪われた一族の背景を知る手掛かりは残されているかもしれない。
ビーストマスターは静かに手帳の頁をめくり、インクの滲んだ筆跡を追い始めた。
―
**2xxx年 11月10日**
娘が生まれた。
よりによって、メダロットに呪われたこのような宝条の一族に生を受けさせてしまったが……それでも、私はこの子の生涯の幸せのためだけに、この命のすべてを使い果たそうと固く誓った。
**2xxx年 12月5日**
娘はとてもよく食べる子だ。
一族の人間は代々大食いの血筋だが、この子もその例外に漏れることはなかったらしい。
やはり、どれほど抗おうとも一族の呪縛からは逃れられないのかと少しだけショックを受けたが……それでも、私の腕の中で嬉しそうに笑う娘の顔を見ていると、そんな些細な問題などどうでもよく思えてくる。
**2xx〇年 2月5日**
叔父が死んだ。
死因は、やはりメダロットだった。
この宝条という一族の忌まわしい血が、私が誰よりも愛する娘の体の中にも等しく流れているのだと思うと、気が狂いそうになる。
現在、この屋敷では信頼できる人間のメイドだけを雇い、娘の生活環境からはメダロットを完全に排除している。おかげで娘がメダロットに直接触れる機会はない。
しかし、技術が高度に発達した現代において、メダロットの存在から完全に隔離して娘を育てることなど至難の業だ。一体、どうすればいいのだろうか。
**2xx〇年 11月10日**
娘の一歳の誕生日。
屋敷のメイドたちに、娘へのプレゼントとしてメダロット関連のものは絶対に選ぶなときつく忠告しておいた甲斐があり、そのような不吉な贈り物は一つも現れなかった。
それにしても、娘の髪の毛のハネ方――これはやはり、一族共通の遺伝的特性なのだろうか。私と同様に、四方八方好き勝手な方向へハネる茶色いクセ毛。
いや、今はそんな遺伝を気にするよりも、娘の無事な成長を心から祝おう。
最近の娘は、ハイハイで屋敷中を素早く動き回り、メイドたちを困らせている。これは、ずいぶんなお転婆娘になりそうだ。
だが、どんなに騒がしくても、可愛いからすべて許す。
**2xx▼年 2月14日**
恐れていたことが起きてしまった。
メイドがほんの少し目を離した隙に、娘が屋敷からいなくなったというのだ。
すぐに屋敷の者全員を動員して捜索させたところ、幸いにもすぐに見つけることができた。
しかし、問題はそこからだった。
娘は、一機のメダロットと一緒にいるところを発見されたのだ。
メダロットが娘を優しく抱きかかえているのを見るなり、私は狂ったように走り寄り、大急ぎで娘をその腕から力ずくで引き剥がした。
だが、引き離された娘は「わんわーわんわー!」と大声で泣き叫び、手が付けられなくなった。
恐る恐る娘を再びメダロットのそばに戻してやると、娘はピタリと泣き止み、まるで天使のような満面の笑顔を浮かべたのだ。
最悪だ。
娘は、この見知らぬメダロットにすっかり懐いてしまっていた。
私が怒りと恐怖に震えながら、どこからこの屋敷に侵入したのだとメダロットに怒鳴りつけると、彼女は怯えることもなく、ただ静かに「地下で目覚めた」と答えた。
その言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いた。
私は急いで、地下の隠し部屋へと階段を駆け下りた。
あの部屋は、宝条家の人間と、かつて我々が『ネオ』と呼んだ未知の概念を持つメダロット以外は、物理的に入ることができないよう厳重にロックされていると、代々口伝されている。
娘の存在もまた、その扉を開く例外ではなかったということか。
部屋に入ると、厳重に安置されていたはずの『あのメダロット』の姿が、台座から消え去っていた。
すぐにでも彼女を廃棄してやりたかったが……これは、我が一族が代々命懸けで守り伝えてきた機体なのだ。
遥か昔、一族の先祖は心血を注いで数々のメダロットを研究していたという。
いや、私が聞いている話では、その研究における「最後の検体は、そもそもメダロットですらなかった」らしい。
その絶対的な脅威に対抗するための唯一の手段として、宝条一族が代々守り続けてきた対抗機。
とてもではないが、それをこの手で捨てることなどできなかった……。
何が聖バレンタインデーだ。
私にとっては、人生で最も散々な日だ。
**2xx▼年 2月24日**
娘は相変わらず、あの地下から目覚めたメダロットに懐き続けている。
彼女は私の前に跪き、「自分に落ち度があったのならいくらでも謝罪する。決して娘を危険な目には遭わせないので、どうかこのまま傍にいさせて欲しい」と、誠実な声音で懇願してきた。
別に、彼女に落ち度があるわけではない。
むしろ彼女は、娘の遊び相手、そして忠実な守護者として、これ以上ないほどの性質を備えている。
問題があるとするなら、我々、宝条一族の方なのだ。
我々は、何故だか必ず、その死の瞬間にメダロットが関与してしまう。そういう、逃れられぬ呪われた一族なのだ。
だからこそ、相手がどんなに優しく、心正しいメダロットであったとしても、その存在そのものが娘を死へ引き寄せる引き金になる。
娘の幸せを心から願っているからこそ、私はどうしても、メダロットという存在を彼女の視界にすら入れさせたくないのだ。
**2xx□年 4月8日**
娘が小学校に入学した。
記念に一緒に撮った写真を見てつくづく思うが、本当に私の娘は、言葉を失うほどの美人だ。
私の妻に似たのだろう。情けない話だが、不細工な私に似なくて本当に良かった。
こんなに可愛い女の子なのだ。将来、妙な男が近づかないように、今から父親として目を光らせておかねばならない。
それから、これ以上娘がメダロットに興味を抱かないよう、今日から医学の英才教育を施すことに決めた。
なにも医者になって欲しいわけではない。ただ、医者になるための高度な勉強をしておけば、将来どのような道にも進めるだろうから。
間違っても、彼女が『メダロット学』の門を叩くことだけは、絶対に阻止せねばならない。
そんな真剣な話を妻にしたところ、「まだ早すぎる心配よ」と優しく笑われたが。
**2x☆★年 3月10日**
初めて、娘と言い争いをした。
執拗にメダロットから彼女を遠ざけようとする私の過剰な態度に対して、娘は涙を浮かべて大声で私を怒鳴りつけた。
……娘の反応は、極めて当然のことだ。
まだ小学校高学年になったばかりの少女に対して、「我が一族には、メダロットに殺される死の呪いがある」などと話したところで、信じられるはずもなく、理解もできないだろう。
だからこそ私は真実を話していないのだが……娘の目には、私がただ理不尽な私怨や偏見でメダロットを遠ざけている、頑固で冷酷な父親にしか見えていないはずだ。
本当に、当然の拒絶だ。メダロットに罪はない。
しかし、一族の呪いを説明するには、彼女はあまりに若すぎる。
最悪でも、高校に入学する年齢までは、何一つ恐ろしい真実を知らない、平穏で幸せな毎日を歩ませてやりたいのだ。
**2x☆×年 4月8日**
娘もとうとう中学生か。
ついこないだ生まれたばかりだと思っていたが、月日が流れるのは本当に早いものだ。
入学式の写真を見ながら思ったのだが……やはり、私の娘は美人すぎる!
中学生といえば、ちょうど思春期を迎える頃だ。
これまで以上に、くだらない男が彼女に寄り付かないように気をつけなくてはならない。娘と付き合うに相応しい中学生など、この世に一人として存在するはずがない。
恋愛など、もう少し大人になって、しっかりと自身の進路を決めてからで遅くはない。
最悪でも、成人式を迎えるまでは。
それから、いずれ娘が結婚する相手も、私が見定めた、非の打ち所のない誠実な男でなければならない。
少なくとも、ギャンブルを好むような、不誠実でいい加減な男との結婚など、私は死んでも認めない。絶対にだ。
こんな話を真面目に妻に語ったら、鼻で笑われてしまった。
私は、いつでも本気なのだが。
**2x☆▼年 7月7日**
娘の口から希望進路を聞かされ、目の前が真っ暗になった。
娘が志望する高校は、メダロット学の名門校。
かつて一族の中でも際立った偉才であった、あの宝条レツィアの卒業校ではないか。
私は、断固としてその進学に反対した。
娘がどんな進路を選ぼうとも、父親として希望通りに進ませてやるつもりだったが、これだけは、これだけは絶対に譲るわけにはいかない。
絶対に、絶対にメダロットに娘は関わらせない。
きっとこの子にも、一族の持つメダロットに関する凄まじい才能が眠っているに違いない。
だが、その隠された才能を発揮してしまった瞬間から――娘は不幸な死を迎える運命へと引きずり込まれてしまう。
それが、宝条という血筋に課せられた運命なのだから。
**2x☆▼年 11月10日**
娘が家出してしまった。
進路に関して、私があまりにも感情的に、強く反対しすぎたことが原因だろう。
娘の幸せを、あの子の命を何より守りたいと願っての行動だったが、その結果が、娘をこの屋敷から追い出すことになってしまうとは。
一体、私は何のためにここまで頑張ってきたのだろう。
本当に、私のしていることは娘を幸せに導いているのだろうか。
この世に、メダロットなんていう存在さえなければ……こんな風に娘を苦しめ、悲しませることはなかったのに。
――誰か、この世界の歴史から、メダロットという存在のすべてを消滅させてくれはしないだろうか。
いや、そんな後ろ向きなことを嘆いていても始まらない。
すぐに、娘を捜索するための準備を整えよう。
そして見つけ出したら、一族に伝わる「呪い」のすべてを、彼女に正直に打ち明けよう。
この真実を、あの子にずっと隠し続けていたことこそが、今回の大きなすれ違いを生んだ原因なのだから。
娘はまだ若いが、本当に聡明な子だ。
きっと、この衝撃的な真実にも耐え、私の不器用な愛を理解してくれるはずだ。
どうして、その簡単なことに今まで気が付かなかったのだろう。
なんと私は愚かで、独りよがりな父親だったのだろう。
すまなかった。
どうか、この馬鹿な父親を許してくれ……。
我が最愛の娘、ルクよ。
とにかく、娘の捜索にすぐに出発しよう。
しばらく、この家を空けることになるだろうが――。
―
…………日記の記述は、その日のページを最後に、唐突に途切れていた。
ビーストマスターは深い沈黙の中で手帳を見つめていたが、やがてそっと閉じ、元の机の引き出しの奥へ静かに戻した。
第七話【THE END OF HOJO FAMILY】終わり