THE END OF DISAPPEARANCE 作:土地_0000
第八話【宝条レツィア】
元国王ビーストマスターの突然の暴走、そして牢獄からの脱獄事件。ラヴド本部は、前代未聞の連続トラブルによって大混乱に陥っていた。
しかし、その本部の片隅で、国を揺るがす大事件とは全く関係のない理由から、心臓が口から飛び出さんばかりのパニックに陥っている男たちがいた。
『ハァッ……ハァッ……』
赤子のような小さなシルエットが、廊下を懸命に走る――というよりも、滑るように空中を飛んでいく。
彼はプリミティベビー。浮遊型のメダロットだ。
ベビーは五年前の女王誘拐事件の後にラヴド軍へ復帰し、昨年、一級兵士へ昇格していた。現在はある重要な「報告」を携え、上官の執務室へ全速力で向かっていたのだ。
目的の扉が見えるやいなや、彼はノックも忘れて部屋の中へ飛び込んだ。
扉に掲げられた金色のネームプレートには、こう書かれている。
――『ラヴド国軍一級兵士 L班班長 ディストスター』
ベビー:「ディストォォーー!!」
ベビーは扉を勢いよく開け、上官の名前を敬称もつけずに叫んだ。本来ならば大目玉を食らうところだが、執務机に座っていた上官は叱るどころか、同じように取り乱した顔で叫び返した。
ディスト:「ベビィィーー!!」
上官の名前はディスト。七年前の戦争での活躍からラヴド兵たちの間でも一目置かれ、五年前のエデン女王誘拐事件では、市民やエデンの協力者たちと共に女王奪還を成功させた実績を持つ若き英雄だった。
そんなディストとベビーには、L班への所属以外にも共通点があった。
二人とも、お揃いの携帯通信端末を固く握りしめていたのだ。
互いの画面を突き合わせるようにして、二人は執務室に絶叫を響かせた。
ベビー&ディスト:「ローラがラヴドに来るぞ!!!」
絶叫が途絶えた瞬間、部屋の中に沈黙が流れた。
ベビー:「…………」
ディスト:「…………」
ベビー&ディスト:「そっちにもメールが届いていたか……」
互いに受信したメールを確認し合うと、ディストは一級兵士の班長とは思えないほどガタガタと震え始めた。
ディスト:「ご、ごごご五年ぶり……だね」
ベビー:「五年ぶりですね……」
ディスト:「い、いいいいつ頃着くかな?」
ベビー:「〝近々〟としか書いてなかったから分からないですよ」
ディスト:「そ、そうだね。で、でででさー、再会したときなんだけど……」
ベビー:「ディスト君!!」
ディスト:「イエッサー!ベビー大佐!」
突如として、部屋の中で役回りの逆転した軍隊ごっこが始まった。
繰り返すが、軍内での階級はディストの方が上である。
ベビー:「この五年間、君とローラはメールだけの当たり障りの無いやり取りをしてきた!」
ディスト:「イエス!ボス!」
ベビー:「そろそろ終止符をうつときがきたのではないかね!?」
ディスト:「イエス!マスター!」
ベビー:「ローラ到着までに完全なる恋の作戦を考える必要がある!」
ディスト:「その通りだベビー将軍!」
ベビー:「そこで私の著書〝ローラを口説く100の方法〟の購入を……」
ディスト:「あ、それは買わないや」
ベビー:「ですよねー」
ディスト:「ですよねー」
ディスト&ベビー:「HAHAHAHAHAHAHA!!!」
互いに乾いた高笑いを上げ、軍隊ごっこは幕を閉じた。
世間がどんなに混沌としていようとも、ラヴドのL班だけは不変の平和に満ちていた。
ディスト:「ところでホントにどう告白すればいいと思う?」
ベビー:「さあ?変に考えない方がディストらしくていいんじゃないですか?」
ディスト:「……たしかに」
ディストは納得したように指先を弄び、久しく会っていない親友との再会に、少年のような不器用な期待を膨らませるのだった。
――この国にも平和な場所は、まだ残っているらしい。
―
セルヴォ:「……さて、ビート。今回の俺達の任務は?」
ビート:「次元の狭間が発生したと思われる場所の調査」
セルヴォ:「さて、というわけで調査にきたわけだが……」
セルヴォとビートの二人は、いかなる国家の統治も及ばない「名も無き僻地」へと出向いていた。
ここは、カヲスがコスモスに黙って打ち上げていた小型人工衛星によって、不自然な次元エネルギーの歪みが観測された場所だった。
その発生時刻が、ビーストマスターの王宮での暴走時刻と秒単位で一致していたため、トゥルースの実行部隊に極秘の調査命令が下されたのだ。
この場所はエデンにもラヴドにも属さず、メダロットであっても進んで暮らそうとは思わないような、草木も生えぬ荒地だった。
少し離れた切り立つ丘の上に、細々と暮らす寂れた集落が一つあるくらいで、この平地には何もない――。
……はずだった。
実際、ほんの半年前の任務で近辺を通りかかった時には、遮るもの一つない茶色い荒野が広がっているだけだったのだ。
セルヴォ:「さて、ビート。これは俺の目がぶっ壊れてるのか?」
ビート:「だとするならば俺の目も壊れているのだろうな」
二人は丘の上から眼下の光景を見下ろしたまま、呆然と立ち尽くしていた。
半年前まで不毛の荒野だったはずの場所に、今や不気味な光を放つ『超巨大な建造物』が、天を突くようにそびえ立っていたのだ。
その要塞は、エデンやラヴドが国の中枢として置いている「本部宮殿」に匹敵する、あるいはそれを凌ぐほどの規模だった。
セルヴォ:「さて、人工衛星なんてもんがある以上、絶対これがあること分かってて命令してるよな?」
ビート:「ようするに……外からじゃ分からないから中に入って探って来いということか?」
セルヴォ:「さて……、ラヴド本部を爆破するくらい無理じゃねーの?」
ビート:「ラヴド本部を爆破するくらい『可能』の間違いじゃないのか?」
セルヴォ:「ヘヘッ……違いねえ」
不敵な笑みを交わし、セルヴォとビートは、互いにプロとして腹をくくって一歩を踏み出した。
セルヴォ:「さて……、行きますかっ。生きてたら一杯飲もうぜ……相棒」
ビート:「あぁ、それはいいな……相棒」
二機の諜報員は、巨大な要塞の影へ滑り込むように潜入を開始した。
―
ビーストマスターは、宝条一族の日記に書かれていた「地下の隠し部屋」を探し、屋敷の廊下を慎重に歩き回っていた。
日記によれば、その部屋には宝条家の人間か、あるいは「ネオ」をその身に宿した者しか入れないロックが施されているという。
玄関先で出会ったマティグアドの反応を思い返すと、自分が『ネオを持つ者』に該当する可能性は高そうだった。
日記にあったメダロットは地下で目覚め、その後、屋敷の中で娘と一緒にいるところを発見されていた。ならば地下へ続く道もどこかにあるはずだが、これがなかなか見つからない。
というよりも、そもそも「地下へと繋がる道」自体が、屋敷のどこにも見当たらなかったのだ。
広大で複雑な屋敷の構造が災いし、地下へ降りる手段を探すだけで、すでに一時間以上を費やしてしまっていた。
ビーストマスター:「……仕方ないですね」
痺れを切らしたビーストマスターは、荒療治を試みることにした。
老朽化の進んだ屋敷の床へ直接ビームを放てば、衝撃で建物ごと崩壊してしまう危険もある。彼は慎重に、左腕の銃口を床へ密着させた。
そして、エネルギーを左腕にチャージし、「ハアァァァァ……」と出力を高め始めた、その瞬間だった。
ベキッ!
ビーストマスター:「あり?」
チャージによる微弱な振動か、あるいは彼自身の体重に耐えかねたのか。老朽化した足元の床板が、派手な音を立ててへし折れた。
ビーストマスター:「うおっ!? ……と?」
奈落の底へ落ちるのかと身を強張らせたが、実際には三十センチほど、ズボッと床の下へ沈み込んだだけだった。
ビーストマスターは沈み込んだ足元を確かめ、周囲の古い板を慎重にベリベリと剥がしていった。
すると、床板の下から、地下へ続く石造りの隠し階段が姿を現した。
隠し部屋の存在を知られないよう、階段の入り口を床板で隠していたのだろうか。
ビーストマスターは自分の体重で階段を崩さないよう、注意深く一歩ずつ下りていった。
最下層まで下りると、不気味な紋様が刻まれた金属の扉が立ち塞がっていた。
彼が取っ手にそっと触れた瞬間、扉の枠線が回路のようにまばゆく発光した。そして、ロック解除の電子音と共に、扉が静かに開いた。
部屋に足を踏み入れたビーストマスターは、目の前の光景に言葉を失った。
壁という壁に貼り付けられた、おびただしい数のメダル。
よく見ると、メダルが固定された壁の土台から、神経のように細い無数のコードが伸びている。そのすべてが、部屋の中央に置かれた巨大なメインコンピューターへ接続されていた。
そして、その隣には――山の麓のボロ小屋で見たものと全く同じ、自転車のペダルを備えた自家発電装置が置かれていた。
やはり、あの小屋は宝条屋敷と何らかの技術的な繋がりがあったらしい。
ビーストマスターは発電機のペダルに脚をかけ、力強く回し始めた。
発生した電力が装置へ供給されると、山の麓の小屋と同様に、部屋の古い照明がパッと灯った。
それだけではなかった。
無数のメダルが接続されたメインコンピューターも、重々しいファンノイズを響かせながら稼働を始めたのだ。
これほどの数のメダルを接続した装置は、一体何のために作られたのだろうか。
ビーストマスターが不審そうに見つめていると、機械の上部に設けられたレンズから、青白い光がこぼれ出た。
そして次の瞬間、その光が空中で形を成し、一人の「人間の女性」を映し出した。
ビーストマスター:「なっ!?」
人間など、とっくに絶滅したはずの世界だ。まさか生き残りがこの地下に隠れていたのかと身構えたが、すぐに女性の姿が透けていることに気づいた。
ビーストマスター:「……ホログラム映像?」
ビーストマスターがそう呟くと、女性は嬉しそうに目を細め、優しく笑った。
???:「あら? 理解が早くて助かります」
ただのホログラムでありながら、こちらの言葉を理解し、自然に応答している。
ビーストマスターは驚きを隠せないまま、女性の姿を注意深く観察した。
眼鏡のよく似合う、端正な顔立ちの美人だった。
髪はクセの強い茶色のロングヘアーだが、ストレートパーマを当てて無理やり真っ直ぐに伸ばした形跡が見て取れる。そして、口元には印象的な小さなホクロがあった。
???:「ここは〝宝条〟と〝ネオを持つ者〟しか入れない部屋」
ホログラムの女性は優しく微笑みながら、ビーストマスターを正面から見据えて話し始めた。
ビーストマスター:「ネオを持つ者……」
???:「その通り。〝ネオ〟を持つのは、貴方――ビーストマスターと、プロト、そしてジェノムスの三者です」
プロトという名前は、初めて耳にするものだった。
だが、マティグアドが口にしていたあの「ジェノムス」という謎の存在も、やはり自分と同じ『ネオ』をその身に宿しているらしい。
ビーストマスター:「……貴方は?」
???:「私という人間はすでに死んでいます。貴方が見ているものは、この部屋にある全五万枚のメダルによって記録された私の人格データと記憶データ」
そういえば、ビーストマスターも、そんな古い研究の噂を耳にしたことがあった。
人類が滅びゆく時代、自分自身の意識をメダロットのメダルへコピーし、擬似的な不老不死を得ようとした科学者がいたという話だ。
メダル一枚の容量では、人間一人が持つ膨大な脳の情報を記録することは不可能とされていたはずだ。
だが、目の前の女性は「五万枚」という膨大な数のメダルを並列接続し、処理することで、一人の人間の人格と記憶を再現しているのだ。
???:「そして、私の分身……いいえ、もはや私自身の名前と思っていただいて差し支えは無いでしょう」
ホログラムの女性は眼鏡の奥の瞳を静かに細め、愛おしい子供の名を呼ぶような声音で告げた。
レツィア:「私の名前は宝条レツィア。あなた達の生みの親です」
第八話【宝条レツィア】終わり