了解。文頭の全角空白を全部なくす。
気づいたら、午後7時をとっくに過ぎていた。
……いや、おかしいだろ。
最後に時計を確認した時は、まだ午後2時を少し過ぎたくらいだったはずだ。そこから敵NPCの行動処理を少し弄って、動作確認をして、それで今日は終わりにするつもりだった。
それがどうして5時間も消えてるんだ。
目の前のモニターには大量のコードが並んでいて、その隣では開発中のゲーム画面が動いている。
森の中を歩く敵NPC。
少し前まではプレイヤーを見失った瞬間、決められた初期位置まで律儀に戻っていた。
それがどうにも気に入らなかったんだよな。
せっかく追いかけてきた敵が、プレイヤーを見失った途端に何事もなかったみたいに帰っていくのは、さすがにゲームっぽすぎる。
だったら周囲を探させよう。
音にも反応させよう。
仲間が近くにいれば呼ばせよう。
足跡が残る地形なら、それを追わせても面白い。
そこまで考え始めたのがまずかった。
「……これ、絶対途中で止めるところ間違えたな」
独り言を漏らしながら椅子の背もたれへ身体を預ける。
本当は、途中で何度かやめるタイミングはあった。
ここを直したら終わろう。
この確認が終わったら飯にしよう。
この処理だけ追加したら一回休もう。
それを全部無視したのは俺だ。
自業自得ではある。
その時、腹がかなり大きな音で鳴った。
「……さすがに腹減ったな。というか、最後にまともなもん食ったのいつだっけ」
机の端を見る。
空の菓子袋。
炭酸飲料。
飲みかけのコーヒー。
昼に何か食べた記憶はある。
たぶん、その菓子だ。
「まあ、食ってはいるな」
カロリーは入っている。
なら昼飯を抜いたわけではない。
……この理屈を纏に言ったら、まず間違いなく怒られるけど。
あいつ、最近ちょっと俺の飯にうるさいんだよな。
いや、ちょっとじゃないか。
超神田寿司に行くと、寿司を注文する前に「今日はちゃんと食ったのかい?」って聞かれるくらいにはうるさい。
でも、あれは俺が悪い気もする。
前に丸一日何も食べずに店へ行ったら、それ以来ずっと確認されるようになった。
もう一度モニターへ目を戻す。
敵NPCが森の中でこちらを探している。
……あと少しだけ触りたい。
探索範囲をもう少し広げて、周囲のオブジェクトを使わせれば――。
「いや、やめよう。今触ったら絶対朝までやる」
自分で自分を止める。
この辺りの判断だけは、昔より少し大人になったと思う。
たぶん。
俺は作業中のデータを保存すると、椅子から立ち上がった。
さて、飯。
冷蔵庫の中身を頭の中で思い出してみる。
飲み物。
プリン。
調味料。
あと卵があったような気もする。
でも、いつ買ったやつだったか覚えてない。
「……寿司食いに行くか」
結局そこになる。
亀有へ引っ越してきて半年くらい。
この家を選んだ理由は、ゲーム開発に向いていたからだ。
広い。
地下がある。
サーバーを置ける。
機材を増やしても余裕がある。
多少大きな音が出る実験をしても問題になりにくい。
いずれ完全没入型VRの試験設備を増やすつもりだから、普通のマンションよりこういう家の方が都合がいい。
その条件だけで選んだ。
だから近所に何があるかなんて、引っ越すまでほとんど知らなかった。
それなのに今では、一番ありがたいと思っているのが近所の寿司屋だったりする。
超神田寿司。
初めて見つけた時は、ただ腹が減って入っただけだった。
食った。
美味かった。
特にマグロが美味かった。
それから通っている。
我ながら単純だとは思うけど、気に入った店が家から歩いて数分の場所にあるんだから、使わない理由がない。
それに、最近では店の人たちともかなり顔馴染みになってきた。
特に纏とは、行けば毎回何かしら言い合っている気がする。
適当にパーカーを羽織って家を出る。
夜の亀有を歩くこと数分。
もう見慣れた超神田寿司の暖簾が見えてきた。
引き戸を開ける。
「こんばんはー。腹減ったから、今日も食べに来た!」
店の奥から声が返ってきた。
「おや、遊真じゃないか。今日もずいぶん遅い時間だねぇ」
その声に続いて、すぐ別の声が飛んでくる。
「アンタ、またそんな腹減った腹減ったって言って。今日はちゃんと飯食ったんだろうね?」
来た。
擬宝珠纏。
この店へ通うようになってから知り合った、やたら俺の生活へ口を出してくる店員。
いや、別に嫌じゃない。
むしろ面倒見がいい人なんだとは思う。
ただ、飯の話になると容赦がない。
「今日はちゃんと食べたって。昼にもちゃんと口に入れてるから問題ない」
自信満々に答えた俺を見て、纏が目を細めた。
「その言い方がもう怪しいんだよ。何食ったのか言ってみな」
「えーっと……たしか、チョコが入ったお菓子と炭酸」
「それを飯って言うんじゃないよ!」
やっぱり怒られた。
「いやいや、ちゃんとカロリーはあるだろ。何も食べてないより全然いいじゃん」
「屁理屈言ってないで、ちゃんとしたもん食いな! アンタ、そのうち本当に倒れるよ!」
「だから今から寿司食うって言ってるじゃん。結果的にはちゃんとした飯になるだろ」
「結果で帳尻合わせようとするんじゃないよ!」
相変わらず厳しい。
俺が笑いながらいつもの席へ向かうと、纏も呆れた顔でついてくる。
「で、今日は何にすんだい? どうせまたマグロとか言うんじゃないだろうね」
「それ聞く意味ある? もちろんマグロに決まってるだろ。今日もそれ食いに来たんだから」
「またかい。昨日も食べてたじゃないか」
「昨日食べたマグロと今日食べるマグロは別物だって。昨日は昨日、今日は今日だろ」
「アンタ、その理屈昨日も言ってたよ!」
「あれ、昨日も言ったっけ? じゃあ昨日の俺も正しいこと言ってたんだな」
「自分で自分を肯定してどうすんだい!」
纏が呆れながら注文を通していく。
ここまで含めて、もういつものやり取りだ。
最初に来た頃は、もっと普通に接客されていた気がする。
いつからこんな感じになったんだろう。
まあ、居心地はいいから別にいいけど。
席へ向かおうとした時だった。
店の中を何気なく見渡して、視線が止まった。
少し離れたところに、一人の男がいる。
後ろ姿しか見えていない。
でも。
……いや、まさかな。
何年会ってないと思ってるんだ。
こんなところにいるわけ――。
いや、いる可能性はあるか。
あいつ、東京にいるのは知ってたし。
警察官になったって話も、昔どこかで聞いた。
それにしても。
あの頭。
あの体格。
そして横からでも分かる、あのとんでもない眉毛。
見間違える方が難しい。
「……もしかして、勘吉?」
思わず声に出した。
男が振り返る。
「ん? 誰だ、今わしのことを――」
途中で声が止まった。
向こうも俺を見たまま固まる。
数秒。
たぶん俺も同じ顔をしていたと思う。
「……お前、遊真か?」
その声を聞いた瞬間、疑いは完全に消えた。
「やっぱ勘吉じゃん! うわ、何年ぶりだよ!」
「遊真!? 本当に遊真じゃないか! お前、何でこんなところにいるんだ!」
久しぶり。
本当に久しぶりだ。
何年会ってなかったのか、正確にはすぐ出てこない。
でも顔を見た瞬間、そんな時間はどうでもよくなった。
「いや、それ俺の台詞だって! 勘吉、全然変わってないじゃん!」
「お前に言われたくないわ! 相変わらずガキみたいな顔しやがって!」
「俺はちゃんと大人になってるって。見ろよ、昔より身長だって伸びたぞ」
「大人になった証拠が身長だけか! 中身は何も変わってないじゃないか!」
「勘吉にだけは言われたくないんだけど! というか、その眉毛まだそのままなんだな」
「眉毛が成長して別物になるわけないだろ! 久しぶりに会って最初にそこを見るな!」
ああ。
懐かしい。
数年ぶりの再会なのに、もう昔と同じだ。
子供の頃もこうだった。
会えばくだらないことで言い合って、どっちかが勝手に怒って、数分後には一緒にゲームしている。
喧嘩しても翌日には普通に遊んでいた。
俺がゲームを作り始めた時、最初に遊んだのも勘吉だった。
小学生の頃に作った簡単な迷路ゲーム。
自信満々で見せたら、開始数分で壁の中へ入り込んで動けなくなった。
『遊真! このゲーム壊れたぞ!』
『何したの!?』
『普通にやっただけだ!』
『勘吉の普通は信用できない!』
あれが最初だった。
それから何本も作って、何本も勘吉に壊された。
今思えば、俺がゲームのテストを重視するようになったのって、こいつの影響がかなり大きい気がする。
「しかし遊真、お前こそどうしてここにいるんだ? この辺に用でもあったのか?」
勘吉がそう聞いてくる。
「用っていうか、俺この近所に住んでるんだよ。半年くらい前に引っ越してきて、それからここにはよく飯食いに来てる」
「近所だと!? お前、いつの間に亀有なんぞに引っ越してきたんだ!」
「なんぞって言うなよ。普通に住みやすいし、店も美味いし、結構気に入ってるぞ」
「それなら、なぜわしに連絡しなかった!」
「だって勘吉がどこの派出所にいるか知らなかったし。警察官やってるってことしか知らなかったんだよ」
「調べれば分かるだろう!」
「わざわざ調べて会いに行くほど急ぎでもなかったし」
「お前、再会を喜んでた割に扱いが雑だな!」
「今会えたんだからいいじゃん!」
「そういう問題じゃない!」
俺たちが騒いでいると、纏が近づいてきた。
「さっきから何騒いでんだい。店の中なんだから少しは静かにしな」
「あ、纏。この人、俺の幼馴染」
「誰がこの人だ! 名前で紹介しろ!」
「勘吉。子供の頃からずっと一緒に遊んでた」
「腐れ縁だ! こいつには昔から散々付き合わされてきたんだぞ!」
「それ俺の台詞だろ! 勘吉のせいで何回ゲーム壊されたと思ってるんだ!」
「壊れる方が悪い!」
「壊す方が悪い!」
纏が俺たちを交互に見る。
「……なるほどねぇ。ずいぶん遠慮がないと思ったら、本当に昔からの知り合いだったのかい」
「そうそう。俺はちゃんと幼馴染って言ってるのに、勘吉が勝手に腐れ縁扱いするんだよ」
「腐れ縁で十分だ! お前といるとろくなことがない!」
「そんなこと言いながら、昔は毎日のように俺ん家来てゲームしてたじゃん」
「あれはお前のゲームがただで遊べたからだ!」
「ほら、そういうところ昔から変わってない!」
そこで、ふと気づいた。
纏が勘吉に対してかなり遠慮なく話している。
というか、普通に名前で呼んでいる。
「そういえば纏、勘吉とずいぶん普通に話してるけど、前から知り合いなの?」
俺がそう尋ねると、纏が少し眉を上げた。
「前からも何も、勘吉とは親戚だよ。アンタ、今まで知らなかったのかい?」
「……親戚?」
纏を見る。
勘吉を見る。
もう一度纏を見る。
「本当に?」
「何でそこで疑うんだい!」
「だって纏、ちゃんとしてるじゃん」
「おい遊真!」
勘吉がすぐに食いついてくる。
「勘吉と親戚って言われても、正直全然似てないんだけど。纏は真面目だし、店のこともしっかりやってるし」
「わしだって真面目に働いてるわ!」
「今寿司屋で何してるの?」
「それは色々事情があるんだ!」
「ほら、もう怪しいじゃん」
「遊真ぁ!」
勘吉が立ち上がってこっちへ来る。
「うわ、待てって! 店の中で追いかけるなよ!」
「お前が余計なことを言うからだ!」
「本当のこと言っただけだろ!」
「二人とも、店の中で騒ぐんじゃないよ!」
纏の怒鳴り声が飛んできた。
俺と勘吉が同時に止まる。
「アンタたち、何歳になったと思ってんだい! 子供じゃないんだから、いい加減座んな!」
「勘吉が先に追いかけてきたんだって!」
「遊真が喧嘩売ったんだろうが!」
「どっちも同じだよ!」
結局、二人揃って席へ戻ることになった。
なんだこれ。
昔もこんなことあったな。
二人で悪さして、近所の大人に怒られて並んで座らされる。
大人になってまで同じことしてるとは思わなかった。
「しかし、本当に懐かしいな。遊真、お前今は何してるんだ? 昔からゲームばっかり作ってたが、まさか今でも同じことやってるんじゃないだろうな」
勘吉がそう聞いてきた。
「まさかって何だよ。今も作ってるし、それが仕事になってる」
「ゲーム会社に入ったのか?」
「入ってないよ。自分で作って売ってる。一応会社って形にはしてるけど、基本は小さい規模でやってる」
「一人でゲームなんか作れるのか?」
「全部一人じゃないって。絵とか音楽は人に頼むこともあるけど、企画とプログラムはだいたい俺がやってる」
大人数で作るのも悪くはない。
ただ俺にはあまり向いていない。
何か思いついた時、すぐ試したいんだよな。
会議をして。
資料を作って。
承認を取って。
誰かの返事を待って。
そんなことをしている間に、自分で作った方が早い。
だから今の形が一番楽だ。
「遊真は結構有名なゲームクリエイターなんだよ」
纏が横から付け足した。
「そうなのか? お前、そんなに有名になってたのか!」
勘吉が驚いて俺を見る。
「いや、俺に聞かれても困るんだけど。自分がどれくらい有名かなんて、普段そんな気にしないし」
「普通は自分のゲームが売れたかどうかくらい把握してるだろ!」
「売れてるのは知ってるよ。ただ、細かい本数とか売上まで毎回覚えてないだけ」
「何本売れたんだ?」
「作品によるけど、結構いっぱい」
「結構いっぱいで済ませるな! もっと具体的に言え!」
「だから細かい数字は覚えてないって。必要なところは担当してくれてる人が見てるし、俺はゲーム作る方やりたいんだよ」
勘吉の表情が少しずつ変わっていく。
あ。
この顔、知ってる。
金の匂いを嗅ぎつけた時の顔だ。
「遊真、お前……もしかして結構稼いでるんじゃないだろうな?」
「まあ、生活には困ってないよ」
「その言い方は怪しいぞ! 家は持ち家か!?」
「そうだけど」
「いくらした!」
「知らない」
「自分の家の値段くらい覚えておけ!」
「設備置けて地下があればよかったから、細かい値段まで気にしてなかったんだよ」
「なんてもったいない金の使い方をするんだ!」
「もったいなくないって。ゲーム作るための家なんだから必要経費だろ」
俺からすれば、それより使わないものを買う方がもったいない。
開発機材なら使う。
サーバーも使う。
VR関連の設備も使う。
なら高くても別にいい。
勘吉には理解できないらしい。
「勘吉、アンタ余計なこと考えてないだろうね?」
纏が少し低い声で言った。
「何を言ってる! わしは幼馴染の近況を聞いているだけだ!」
「その顔で言っても説得力ないよ。どうせ遊真の金で何かできないか考えてんだろ」
「失礼なことを言うな! まだ何も考えてない!」
「まだって言ったね?」
「言葉の綾だ!」
ああ。
本当に変わってない。
懐かしいを通り越して安心する。
「そうだ、勘吉。今でもゲーム好き?」
俺がそう聞くと、勘吉がすぐこちらを見る。
「好きに決まってるだろ。仕事がなければ一日中でもやってられるぞ」
「じゃあちょうどいい。今作ってるゲーム、テストしてくれない?」
「テストだと?」
「そう。ちょうど今、敵のAIとかNPC周りをかなり弄ってるんだけど、普通に遊ぶ人だけだと普通の問題しか見つからないんだよ」
「どういう意味だ?」
「勘吉みたいに、開発者が想定してない遊び方する人が欲しいってこと。昔から俺のゲームやると、毎回変なところ行ったり変なこと試したりしてたじゃん」
「褒めてるようで全然褒めてないぞ!」
「ちゃんと褒めてるって。勘吉は俺のゲーム壊すの上手いから」
「人を破壊屋みたいに言うな!」
「でも昔、本当に何本も壊しただろ」
「あれはお前の作りが甘かっただけだ!」
「だから今はもっと上手くなった俺のゲームを壊せるか試してほしいんだよ」
そう言うと、勘吉が少しだけ黙った。
でも口元が緩んでいる。
明らかに乗り気だ。
「……そこまで言うなら、試してやらんこともない」
「何その上から目線。絶対やりたいだけじゃん」
「ただし!」
勘吉が指を立てる。
「報酬はいくらだ?」
「飯奢るよ。好きなもん食わせる」
「安い! 仕事としてテストするなら現金だろう!」
「じゃあ寿司好きなだけ」
「5万円!」
「高いって!」
「お前、金持ってるんだろ!」
「持ってるけど、勘吉に5万円払うのは何か嫌なんだよ!」
「なぜだ!」
「昔ずっと無料で遊んでたじゃん。幼馴染価格でいいだろ」
「昔と今は違う! むしろ幼馴染なら友情手当を上乗せしろ!」
「何だよ友情手当って!」
また言い合いになる。
「本当に似た者同士だね、アンタたち」
纏が呆れたように言った。
「俺と勘吉は全然違うって。俺はもっとまともだろ」
「どこがまともだ! 昔からゲームのことになると周りが見えなくなるくせに!」
「勘吉よりはマシ!」
「わしの方が社会人として立派だ!」
「勤務中にここにいる人が言う?」
「今はちゃんと事情があるんだ!」
纏が深いため息をついた。
「……やっぱり同じだよ」
納得できない。
俺は勘吉ほど変じゃない。
ゲームのためなら多少無茶はするけど、それは仕方ない。
面白いゲームを作るためなんだから。
……たぶん普通だ。
結局、勘吉は翌日の仕事が終わった後、俺の家に来ることになった。
報酬についてはまだ揉めている。
俺は飯で十分だと思う。
というか、昔からの幼馴染にゲーム渡して感想聞くのに5万円は絶対おかしい。
明日までにどうにか寿司で押し切ろう。
腹もいっぱいになったところで席を立つ。
「じゃあ俺、今日は帰るわ。明日の夜でいいんだよな?」
「ああ。ただしちゃんと住所を送れよ。家の場所も知らんからな」
「分かってるって。帰ったらすぐ送る」
そう答えて会計を済ませ、店を出ようとした。
そこで後ろから纏に呼び止められる。
「遊真、ちょっと待ちな」
「まだ何かある? ちゃんと今日は寿司食ったから、飯のことなら文句ないだろ」
「飯はいいよ。帰った後の話だ」
嫌な予感がする。
「……何の話?」
「今日はもう仕事しないで寝な。顔見れば分かるけど、どうせ大して寝てないんだろ」
「いや、帰ったらちょっとだけ確認したいところがあるんだって。1時間くらいで終わるから」
「あんたの1時間が本当に1時間で終わったことあるのかい?」
「……たまにはある」
「自信なさそうに言うんじゃないよ」
「じゃあ30分だけ」
「ダメだよ」
「15分」
「値切ってもダメなものはダメ!」
「厳しくない!?」
「アンタが自分で止まれないから言ってるんだよ! 今日はちゃんと寝な!」
「分かったって。帰ったらなるべく早く寝るから」
「なるべくじゃない。本当に寝るんだよ」
「はいはい。じゃあ今日は素直に寝る」
「返事が軽いんだよ、まったく」
これ以上言うと本当に怒られそうなので、俺は笑いながら店を出た。
夜の亀有を歩く。
さっきまでのことを思い出すと、自然と笑ってしまう。
まさかこんなところで勘吉と再会するとは思わなかった。
何年も会っていなかったのに、顔を合わせた途端に昔と同じように話せた。
そこが何となく嬉しい。
歩きながら、ふと子供の頃のことを思い出した。
たしか、二人でゲームしていた時だった。
『なあ勘吉。本当にゲームの中に入れたら、絶対面白いと思わない?』
俺がそう言った。
勘吉はすぐに笑った。
『そんなもん面白いに決まってるだろ! ゲームの中で実際に冒険できるんだぞ!』
『じゃあ俺が作る』
『本当に作れるのか?』
『今は無理だけど、大人になったら作る』
『だったら一番最初にわしにやらせろ! 他の奴より先だぞ!』
あの時のことを、俺は今でも覚えている。
本当にゲームの世界へ入る。
画面越しじゃない。
コントローラーで動かすんでもない。
自分の足で立って、自分の手で触って、匂いや温度まで感じられる。
そこにもう一つの世界があると、本気で思えるゲーム。
完全没入型VRMMO。
まだ遠い。
必要な技術は山ほどある。
感覚の再現も、安全性も、脳との接続方法も、NPCの知能も、何もかも足りない。
正直、俺が生きているうちに完成するかどうかだって分からない。
でも、作りたい。
それだけは昔から変わっていない。
「勘吉、あの約束覚えてるかな」
たぶん忘れてそうだ。
あいつ、昔のことを妙なところだけ覚えてるからな。
まあ、忘れていても別にいい。
完成した時に思い出させればいいだけだ。
それより今は明日のテストだ。
勘吉ならきっと、俺が考えてもいない遊び方をする。
どんな穴を見つけるのか。
何を壊すのか。
どんな馬鹿なことを思いつくのか。
考えていたら、もう楽しみになってきた。
「……やっぱ、今日ちょっとだけ直したいな」
でも纏に寝ろと言われた。
もし明日、顔を見た瞬間に睡眠時間を聞かれたら絶対バレる。
「仕方ない。今日は寝るか」
何年ぶりかに再会した幼馴染が、これから俺の亀有での生活をどれだけ騒がしくしていくことになるのか。
この時の俺は、まだ全然分かっていなかった。