亀有ゲームクリエイター日誌   作:ひよこ大福

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2話

昨日の夜、久しぶりに再会した勘吉へ住所を送ってから、俺は珍しく本当に寝た。

 

……正確に言えば、寝る前に少しだけコードを確認した。

 

本当に少しだけだ。

 

30分くらい。

 

たぶん。

 

纏に言ったら絶対に怒られるから黙っておこう。

 

翌日も昼過ぎから開発を続けて、昨日まで気になっていた敵NPCの探索処理をひとまず形にした。ついでに経済関係の簡単な調整もして、勘吉が来た時に好き勝手できる状態へ戻しておく。

 

テストするなら、変に制限した状態より自由に動けた方がいい。

 

勘吉の場合、その自由を与えるとろくなことをしない可能性の方が高いけど、それこそ見たいところなんだよな。

 

普通に街へ行って、普通に買い物して、普通に依頼を受ける。

 

そんな遊び方なら俺でも想像できる。

 

でも勘吉は昔から、こっちが用意した遊び方を平気で無視する。

 

だから面白い。

 

夕方になって、勘吉から短い連絡が来た。

 

『仕事終わったぞ。どこだ』

 

昨日住所送っただろ。

 

そう思いながら確認すると、たしかに送ってある。

 

『住所送ったじゃん』

 

すぐ返事が来た。

 

『見てもわからん。迎えに来い』

 

「子供かよ……」

 

まあ、超神田寿司までならすぐだ。

 

ついでに飯も食いたい。

 

俺は作業を保存して家を出た。

 

超神田寿司へ着くと、店の前で勘吉が腕を組んで待っていた。

 

「遅いぞ遊真! わしを何分待たせるつもりだ!」

 

「まだ5分くらいだろ。それに住所送ったんだから、一人で来ればよかったじゃん」

 

「お前の家の住所だけ見せられても分かるか! 地図を送れ、地図を!」

 

「地図アプリ開けば出るだろ」

 

「わしは人に迎えに来てもらう方が早いんだ!」

 

「それを堂々と言うなよ」

 

勘吉は昨日と同じ調子だった。

 

本当に何年も会ってなかったとは思えない。

 

「それで、ゲームはできてるんだろうな? せっかくわしが直々に遊んでやるんだから、つまらなかったら承知せんぞ」

 

「なんでテストする側がそんなに偉そうなんだよ。昨日は報酬まで要求してたくせに」

 

「当然だ! わしほど優秀なテスターはそうそうおらんぞ!」

 

「それは否定しないけど、自分で言うと腹立つな」

 

店の中へ入ると、纏がすぐこっちに気づいた。

 

「遊真、今日はずいぶん早いじゃないか。昨日みたいに腹が減って倒れそうになってから来たんじゃないだろうね」

 

「今日は勘吉を迎えに来ただけ。飯はあとで食う予定」

 

「ほう、これからゲームをしに行くのか」

 

その声に振り向くと、檸檬も店の奥からこちらを見ていた。

 

昨日はあまり話していなかったけど、纏の妹らしい。

 

いや、妹と聞いても年齢差がすごすぎてまだ少し不思議なんだけど。

 

「そうそう。勘吉に今作ってるゲーム壊してもらおうと思って」

 

「だから人聞きの悪い言い方をするな! わしは欠陥を見つけてやるんだ!」

 

「同じようなもんだろ」

 

「全然違うわ!」

 

俺と勘吉が言い合っていると、纏が呆れた顔をした。

 

「アンタたち、昨日再会したばかりとは思えないねぇ」

 

「昔からこんな感じだったよ。勘吉が変なことするから、俺が直す」

 

「逆だ! お前が変なゲームを作るから、わしが正しい遊び方を教えてやってたんだ!」

 

「壁抜けが正しい遊び方なわけないだろ」

 

「抜けられる壁を置いたお前が悪い!」

 

やっぱりこいつ、反省してない。

 

まあ、そのおかげで鍛えられたんだけど。

 

俺はふと纏を見る。

 

昨日、勘吉にテストを頼むことしか考えてなかったけど、せっかくなら普通に遊ぶ人の感想も欲しい。

 

勘吉一人だと、絶対まともな遊び方をしない。

 

比較対象がいた方がいいな。

 

「纏も来る?」

 

「私も?」

 

「うん。勘吉だけだと普通に遊ぶ人の意見が取れないし、二人いた方が分かりやすいから」

 

「おい、わしを異常者みたいに言うな!」

 

「だって普通にゲーム開始して最初に考えることが『何を売れば儲かるか』だろ」

 

「当然だろう! 金がなければ何もできん!」

 

「ほら、こういうところ」

 

纏が勘吉を見て、すぐ納得したように頷いた。

 

「たしかに、アンタ一人に任せたらろくなことしなさそうだね」

 

「纏まで何を言う!」

 

「でも私はゲームなんてそんなに詳しくないよ。それでもいいのかい?」

 

「むしろそれがいい。詳しくない人がどこで迷うかも知りたいし、勘吉とは違う遊び方するだろ」

 

「失礼な言い方だねぇ。まあ、店が落ち着いてからなら少しくらい付き合ってやるよ」

 

「本当? じゃあ一緒に来て!」

 

「遊真、お前ずいぶん簡単に女を家へ誘うな」

 

勘吉が急にニヤニヤし始めた。

 

嫌な顔だ。

 

「何その顔」

 

「いやぁ、別に何も言ってないぞ。幼馴染として、お前も大人になったんだなぁと思っただけだ」

 

「ゲームのテストに呼ぶだけだろ」

 

「ふーん」

 

「その顔やめろよ」

 

纏が勘吉の頭を軽く叩いた。

 

「くだらないこと言ってないで、アンタは少し静かにしてな」

 

「痛いぞ纏!」

 

「変なこと言うからだよ」

 

やっぱり親戚だけあって扱いに慣れてる。

 

店が落ち着くまで少し待ってから、俺と勘吉、纏の3人で家へ向かった。

 

超神田寿司から俺の家までは本当に近い。

 

歩いて数分。

 

それなのに勘吉は、門の前へ着いた瞬間から家を見上げたまま固まった。

 

「……遊真」

 

「今度は何だよ」

 

「ここ、お前の家か?」

 

「さっきからそう言ってるじゃん」

 

「一人で住んでるのか?」

 

「そうだけど」

 

勘吉は家を見て、俺を見て、また家を見る。

 

なんでそんなに忙しいんだ。

 

「いくらした」

 

「昨日も同じこと聞いただろ。覚えてないって」

 

「覚えてないで済む金額の家じゃないだろうが!」

 

「地下が広くて機材置ければよかったから、細かい値段まで気にしてなかったんだよ」

 

「お前は金の価値というものを分かってない!」

 

「勘吉にだけは絶対言われたくない」

 

隣で纏も呆れたように家を見上げている。

 

「前に聞いた時も思ったけど、本当に一人で住んでるんだねぇ」

 

「うん。広い方が色々置けるし」

 

「掃除はどうしてんだい。アンタ、家事なんてまともにやってるようには見えないけど」

 

失礼だな。

 

でも否定できない。

 

「ロボット掃除機が何台かいる」

 

「何台かって何だい」

 

「部屋ごとに置いてる。勝手にやってくれるから楽だよ」

 

「掃除を機械任せにして威張るんじゃないよ」

 

「ちゃんと機械を働かせてるんだから管理してるってことだろ」

 

「それは家事したことにはならないよ!」

 

家へ入ると、勘吉は玄関からすでに落ち着きがなかった。

 

「おい遊真! あそこにあるのは初代の限定版じゃないか!」

 

「玄関でゲーム機見つけるなよ。あとで見せるから」

 

「あとでと言うな! 今見せろ!」

 

「ゲームのテストしに来たんだろ!」

 

「まず家の中を調べるのもテストの一環だ!」

 

「何のテストだよ!」

 

纏がため息をつく。

 

「アンタたち、家に入って1分でこれかい」

 

リビングまで行くと、勘吉がまた止まった。

 

壁際には家庭用ゲーム機が何世代分も並んでいる。

 

新しい物だけじゃない。

 

昔の機種もあるし、海外限定の物もある。

 

珍しい周辺機器も結構ある。

 

俺からすれば普通の光景だけど、勘吉には宝の山に見えるらしい。

 

「遊真、これ全部動くのか?」

 

「ほとんど動くよ。壊れてるのも直すつもりで置いてある」

 

「この棚のソフトも全部お前のか?」

 

「そうだけど。地下にもまだあるよ」

 

「地下にもあるだと!?」

 

「勘吉、目が怖いって」

 

もうゲームをテストすること忘れてないか?

 

「地下って、何があるんだい?」

 

纏が聞いてきた。

 

「昔のゲームとか筐体とか、資料とか。ちょっとした倉庫みたいなもん」

 

「倉庫と言ったな?」

 

勘吉がすぐ食いつく。

 

「いや、勘吉が想像してるような場所じゃないって」

 

「行くぞ!」

 

「勝手に決めるな!」

 

結局、開発室へ行く前に地下を見せることになった。

 

階段を降りると、勘吉が完全に黙った。

 

珍しい。

 

かなり珍しい。

 

壁際には古い家庭用ゲーム機。

 

棚には年代ごとのソフト。

 

奥にはアーケード筐体。

 

さらに昔の雑誌、攻略本、設定資料、ゲーム基板まで並べてある。

 

ゲームを作るなら、過去の作品を見るのも大事だと思って集めていたら、いつの間にかこうなった。

 

「……遊真」

 

「何だよ、急に声が小さくなって」

 

「ここに住ませろ」

 

「嫌だよ」

 

「頼む! 家賃は払わん!」

 

「余計嫌だわ!」

 

勘吉が一台の古いアーケード筐体へ飛びつく。

 

「これ、まだ動くのか!?」

 

「動くけど、今始めたら絶対テストしなくなるだろ」

 

「1プレイだけだ!」

 

「勘吉の1プレイは信用できない」

 

「遊真、これは一生のお願いだ!」

 

「子供の頃から何回目だよ!」

 

俺も筐体を見る。

 

……正直、ちょっとやりたい。

 

昔、勘吉と何度も遊んだゲームだ。

 

「1回だけなら――」

 

「アンタたち」

 

纏の声が後ろから飛んできた。

 

「何しにここへ来たのか、もう忘れたのかい?」

 

俺と勘吉が同時に筐体から手を離した。

 

「ゲームのテスト」

 

「そうだったな」

 

「分かってるならさっさと行きな!」

 

纏がいなかったら、たぶん1時間くらいここで遊んでた。

 

呼んで正解だったな。

 

開発室へ入ると、今度は纏まで足を止めた。

 

「……これはまた、ずいぶんすごい部屋だね」

 

「仕事部屋だから」

 

壁一面に大型モニターが並び、机の上には開発用端末。

 

奥にはガラスで仕切ったサーバールーム。

 

別の机には入力機器や試作中のデバイスが置いてある。

 

勘吉は目を輝かせながら部屋を見回していた。

 

「これ全部ゲームを作るための物か?」

 

「だいたいそう。違う用途のもあるけど、最終的にはゲームに使う」

 

「このパソコンはいくらだ?」

 

「知らない」

 

「またか!」

 

「必要な性能で組んだだけだし。値段より動くかどうかの方が大事だろ」

 

「お前は間違っている! 値段こそ一番大事だ!」

 

「勘吉の方が間違ってるって」

 

纏がモニターの一つを見る。

 

「遊真、一人でこれ全部使ってるのかい?」

 

「同時に全部は使わないけどね。テスト用とか、ビルド用とか、AI処理回すやつとか分けてる」

 

「会社みたいだねぇ」

 

「一応会社ではあるよ」

 

「だったら、どうして普通の会社みたいな場所でやらないんだ?」

 

勘吉が聞く。

 

「面倒だから」

 

「何がだ」

 

「会議。スーツ。通勤。外から決められる締め切り。そういうの全部」

 

俺は椅子へ座りながら答える。

 

「作りたい時に作りたいもの作りたいんだよ。誰かに『今期はこれを売りましょう』とか言われるより、自分で面白いと思ったもの作る方がいい」

 

「お前、昔からそういうところだけは変わらんな」

 

「そういうところだけって何だよ」

 

「遊びの延長でそのまま大人になったような奴だ」

 

否定しようと思った。

 

でも、よく考えたら間違ってない。

 

俺は子供の頃からゲームが好きで、作るのが好きで、それをそのまま仕事にしている。

 

だったらまあ、そういうことなのかもしれない。

 

「まあいいや。始めよう。まず勘吉からな」

 

開発中のゲームを起動する。

 

広い世界で戦闘もできるし、商売もできる。

 

畑を作ってもいい。

 

素材を集めて物を作ってもいい。

 

街を発展させてもいい。

 

NPCたちはそれぞれ簡単な生活をしていて、商人なら商品を仕入れ、住民なら働いて金を使う。

 

まだ未完成だけど、かなり自由には動けるようになっている。

 

「基本的には好きにやっていいよ。何してもいいから」

 

「本当に何してもいいんだな?」

 

その聞き方がもう怖い。

 

「ゲーム内でできることならね」

 

「よし!」

 

勘吉がコントローラーを握る。

 

まず普通なら、街を歩く。

 

NPCに話しかける。

 

依頼を見る。

 

たぶんその辺りから始める。

 

勘吉は違った。

 

開始して数分。

 

武器屋へ入る。

 

値段を見る。

 

道具屋へ移動する。

 

また値段を見る。

 

次に露店。

 

さらに隣町まで走る。

 

「……勘吉、何してるの?」

 

「黙って見てろ。今確認してるところだ」

 

何を。

 

しばらく見ていると、勘吉が安い地域で商品を大量に買い始めた。

 

それを別の地域へ運ぶ。

 

そこで高く売る。

 

これは普通の交易だ。

 

問題はその後だった。

 

勘吉は儲けた金で、特定の商品の在庫を片っ端から買い占め始めた。

 

「おい、これ店の在庫全部買えるじゃないか!」

 

「金があればね」

 

「だったら全部買う!」

 

「やっぱりそうするんだ」

 

そこまでは想定していた。

 

大量に買えば店から商品がなくなる。

 

しばらくすると補充される。

 

ただ、補充までには時間がかかる。

 

勘吉はそれを見て笑った。

 

嫌な笑い方だ。

 

「遊真、別の街ではこの商品を売ってるか?」

 

「地域によるけど売ってるよ」

 

「値段は?」

 

「需要によって変わる」

 

「なるほど……」

 

勘吉は買い占めた町から別の地域へ向かい、同じ商品を先に買った。

 

そのまま数日分ゲーム内時間を進める。

 

最初の町では商品不足。

 

需要が上がる。

 

価格が上がる。

 

そこへ勘吉が商品を持ち込んだ。

 

「よし! 今だ!」

 

高値で売る。

 

所持金が一気に増えた。

 

俺は画面を見たまま笑ってしまった。

 

「すげぇ! そんなやり方するのか!」

 

「どうだ遊真! これが商売というものだ!」

 

「いや、商売というか買い占めじゃない?」

 

纏の言う通りだ。

 

でも面白い。

 

システムとして止めるんじゃなくて、世界側がどう反応するか考えた方がいい。

 

「これ、もっとやったらどうなるかな。商人が別地域から仕入れるようにすれば価格戻るか」

 

「何だと! 余計なことをするな!」

 

「でも一人が買い占めたら、普通は他の商人が儲けようとするだろ」

 

「なら、その商人より先に買い占める!」

 

「そこまでやったら領主か商業組合が動くようにしよう」

 

「わしの商売を邪魔するな!」

 

「それが世界だろ!」

 

楽しい。

 

やっぱり勘吉にやらせて正解だった。

 

禁止するんじゃない。

 

買い占めもできる。

 

独占もできる。

 

ただし、やれば他のNPCが反応する。

 

新しい商人が参入してくるかもしれない。

 

領主が問題視するかもしれない。

 

住民から嫌われるかもしれない。

 

その方が絶対面白い。

 

俺はすぐにメモを取る。

 

「遊真、アンタ楽しそうだねぇ」

 

纏が横から覗き込んでくる。

 

「だって想定してなかったし。こういうの見つけると直したくなるんだよ」

 

「普通、自分のゲームでこんなことされたら怒るもんじゃないのかい?」

 

「なんで? まだ作ってる途中なんだから、今見つかった方がいいじゃん。それに勘吉のやり方もゲーム内でできること使ってるだけだし」

 

「おい遊真、褒めるなら報酬を増やせ!」

 

「それとこれとは別」

 

「ケチ!」

 

俺は勘吉のテストを一旦止め、纏にもコントローラーを渡した。

 

「今度は纏。好きにやってみて」

 

「好きにって言われても、何したらいいんだい?」

 

「本当に何でもいいよ。気になったことやればいい」

 

「それが一番困るんだけどねぇ」

 

纏は少し迷ったあと、街を歩き始めた。

 

勘吉とは全然違う。

 

困っているNPCがいれば話しかける。

 

依頼を受ける。

 

料理屋を見つければ入る。

 

畑を見つければ興味を持つ。

 

住民同士の会話まで聞いている。

 

こういう遊び方も大事なんだよな。

 

「この人、さっき話した時と内容が少し違うね」

 

「時間とか状況で変わるようにしてる。まだ完全じゃないけど」

 

「前に助けたことも覚えてるのかい?」

 

「そこは今作ってるところ。できれば覚えてほしいんだよね。誰に何されたとか、誰が好きとか嫌いとか、全部」

 

「全部って、相当大変なんじゃないのかい?」

 

「大変だよ」

 

「なら何でそんな嬉しそうなんだい」

 

「面白そうだから」

 

答えると、纏が呆れたように笑った。

 

俺はそのままNPCの話を続ける。

 

「俺、ゲームの中の人が『決められた台詞を言うだけの置物』みたいになるの嫌なんだよ。できれば、本当にそこで暮らしてる感じにしたい」

 

「ずいぶん大きなこと考えてるんだねぇ」

 

「最終的にはもっとすごいの作りたいし」

 

「もっとって、これよりか?」

 

勘吉が振り返る。

 

俺は少し考えてから頷いた。

 

「完全没入型VRMMO」

 

二人の反応が止まった。

 

「完全没入って、ゲームの中に本当に入るってことか?」

 

勘吉が聞く。

 

「そう。画面を見るんじゃなくて、本当にそこにいるみたいにする」

 

視界。

 

音。

 

触った感覚。

 

暑さや寒さ。

 

匂い。

 

味。

 

自分の身体がどっちを向いているか。

 

今はまだ全然足りない。

 

脳との接続なんて簡単にできるものじゃないし、安全性を考えたらもっと難しい。

 

でも、作りたい。

 

「子供の頃からずっとそれが夢なんだよ。勘吉にも昔言っただろ」

 

勘吉が眉を寄せる。

 

しばらく考えてから、急に手を叩いた。

 

「思い出したぞ! お前がゲームの中に入れる物を作ると言ってたやつだろ!」

 

「覚えてたんだ」

 

「当たり前だ! わしが一番最初に遊ぶ約束だっただろうが!」

 

そこ覚えてたのか。

 

さすが勘吉。

 

自分に都合のいい約束だけは強い。

 

「まだ完成には全然遠いけどね」

 

「いつできるんだ?」

 

「分からない。10年かもしれないし、もっとかかるかもしれない。下手したら俺が生きてる間に完成しないかもしれない」

 

「そこまでなのかい?」

 

纏が少し驚いた顔をする。

 

「それでもやるのか?」

 

「やるよ」

 

そこは考えるまでもない。

 

「だって作りたいから」

 

できるか分からない。

 

だからやめる。

 

そういう考えにはならない。

 

作りたいんだから、作れるところまでやる。

 

俺にとってはそれだけだ。

 

纏はしばらく何も言わず俺を見ていたけど、やがて小さく笑った。

 

「アンタ、普段はほんと子供みたいなのに、そういうところだけ妙に真っ直ぐだねぇ」

 

「褒めてる?」

 

「半分くらいはね」

 

「半分かよ」

 

「残り半分は、身体壊すまでやりそうだから呆れてるんだよ」

 

そこは言い返せない。

 

勘吉はもう別のことを考えていた。

 

「遊真、そのVRMMOには商売もあるんだろうな?」

 

「完成したら入れたいけど」

 

「なら会社を作れるようにしろ! 株もだ! 土地も買えるようにして、店も持てて、他人を雇えるようにするんだ!」

 

「それ面白いな!」

 

「でしょう!?」

 

勘吉と二人で一気に盛り上がる。

 

ゲーム内企業。

 

株式。

 

投資。

 

土地価格。

 

NPC企業との競争。

 

経済だけで遊べるプレイヤーがいても面白い。

 

「あと借金も――」

 

「遊真!」

 

纏の声が飛んできた。

 

「勘吉の悪知恵に乗るんじゃないよ!」

 

「でもゲームとしては面白くない?」

 

「その前にアンタたちが何時までやる気なのか考えな!」

 

時計を見る。

 

午後10時を過ぎていた。

 

……早いな。

 

ついさっき来た気がするんだけど。

 

「もうこんな時間か」

 

「もうじゃないよ。私、明日も店があるんだからね」

 

「じゃあ今日はここまでにする?」

 

「今日は、じゃない! ここまでにするんだよ!」

 

纏が立ち上がった。

 

勘吉はまだコントローラーを離したくなさそうにしている。

 

「遊真、あと30分だけやらせろ! 今度は金融業を試す!」

 

「俺も見たい!」

 

「二人ともやめな!」

 

結局、纏に強制終了された。

 

玄関まで見送ると、勘吉は最後まで未練たっぷりだった。

 

「遊真、明日もやるぞ! 次は絶対あの市場を支配してやる!」

 

「いいよ。その代わり、対策も入れとくから」

 

「入れるな! そのままにしておけ!」

 

「それじゃテストにならないだろ」

 

「わしが儲からん!」

 

「知るか!」

 

その横で纏が俺を睨む。

 

「遊真、アンタも今日はもう寝るんだよ」

 

「いや、今見つかったところ直したいんだけど」

 

「ダメ」

 

「2時までには寝る」

 

「今から寝な」

 

「さすがに早くない?」

 

「今までの生活考えたらちょうどいいよ」

 

「でもバグいっぱい見つかったし」

 

「明日やればいいだろ」

 

「今やった方が覚えてる」

 

「メモしたんじゃないのかい?」

 

「した」

 

「だったら寝な!」

 

逃げ道がない。

 

「……分かった。2時までには絶対寝る」

 

「今って言ってるだろ!」

 

「じゃあ1時」

 

「交渉するんじゃないよ!」

 

勘吉が横で笑っている。

 

「遊真、昔から女には弱かったからな!」

 

「勘吉も纏にめちゃくちゃ怒られてるだろ!」

 

「わしは別だ!」

 

「何が別なんだよ!」

 

「アンタたち、また始めるなら二人とも放り出すよ!」

 

さすがにそれは困るので黙った。

 

二人が帰ったあと、開発室へ戻る。

 

モニターには今日のテスト結果が残っていた。

 

勘吉が壊した市場。

 

纏が歩いた街。

 

NPCの会話ログ。

 

修正したいところが山ほどある。

 

正直、今すぐ全部触りたい。

 

でも今日はかなり楽しかった。

 

昔みたいに勘吉がゲームを壊して、俺がそれを見て直したくなる。

 

そこに今度は纏がいて、普通に遊んだ人の感想までくれる。

 

亀有に引っ越した時、こんな生活になるとは全然思ってなかった。

 

「……まあ、悪くないな」

 

俺は椅子へ座る。

 

そのままキーボードへ手を伸ばして――。

 

纏の顔が頭に浮かんだ。

 

『今日はもう寝るんだよ』

 

「……30分だけならバレないよな」

 

結局、その日の俺が寝たのは午前2時だった。

 

ちゃんと約束は守った。

 

……俺の中では。

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