翌日の昼過ぎ。
俺は昨日のテストで見つかった問題を片っ端から直していた。
正確には、朝起きてからずっとだ。
いや、ちゃんと寝たぞ。
午前2時に寝て、朝の……何時だったかな。
そこはまあいい。
大事なのは寝たという事実だ。
昨日、勘吉がゲーム内の市場で商品の買い占めを始めたせいで、直したいところが一気に増えた。
一人のプレイヤーが在庫を買い占める。
商品が足りなくなる。
需要が増えて値段が上がる。
そこへ買い占めた本人が商品を持ち込んで高値で売る。
ここまでは別にいい。
というか、できた方が面白い。
問題は、それを延々と繰り返せてしまうことだ。
現実なら、特定の商品が不足して値段が跳ね上がれば、他の商人が絶対に動く。
別の地域から商品を持ち込んで儲けようとする奴も出てくるだろうし、あまりにも一人が市場を独占していたら、商業組合や領主が黙っていないはずだ。
ならゲームでもそうすればいい。
禁止するんじゃなくて、世界側が反応する。
それが俺のやりたい形だ。
「よし。これで別地域から仕入れに来る商人が増える。あとは価格差が一定以上になったら行商人の移動先を変えて……」
モニター上では、昨日勘吉に荒らされた町へ新しい商人が入ってきている。
さらに別の街から荷馬車が到着して、品薄だった商品が補充された。
値段が少しずつ下がっていく。
「いいじゃん。これなら買い占め自体はできるけど、ずっと同じ方法じゃ稼げないな」
たぶん勘吉は怒る。
絶対に「余計なことをするな!」って言う。
でも、その反応を見るのも楽しみだ。
ということで、朝からずっと修正していた。
昼飯?
……食べた。
机の上にパンの袋があるから間違いない。
今日は菓子じゃない。
これは纏に聞かれても堂々と言える。
俺は一度椅子から立ち上がって身体を伸ばした。
昨日勘吉に送ったメッセージを確認する。
『昨日の対策できたからまた見て』
既読がつかない。
仕事中かな。
そういえば、昨日は超神田寿司にいたからそのまま家まで連れてきたけど、勘吉が普段いる派出所の場所をまだ知らない。
名前だけは聞いたことがある。
亀有公園前派出所。
たしか、この辺りなんだよな。
……せっかくだし行ってみるか。
勘吉がいつメッセージを見るか分からないし、待ってるより直接見せた方が早い。
それに亀有へ引っ越して半年になるのに、幼馴染が働いている場所を知らないのも変な話だ。
俺はノートPCより小さな開発用の携帯端末を鞄に入れた。
ゲームの簡単なテストならこれでもできる。
もちろん家の開発環境ほど性能はないけど、勘吉に変更点を見せるくらいなら十分だ。
家を出て、地図を確認しながら歩く。
超神田寿司とは逆方向。
何度か通ったことのある道を進んでいくと、それほど時間もかからず目的地が見えてきた。
「ここか」
亀有公園前派出所。
思っていたより普通だ。
もっと勘吉が働いている場所だから、何かとんでもないものが飛び出しているかと思っていた。
……いや、それは勘吉に失礼か。
たぶん。
入口から中を覗く。
勘吉はいない。
代わりにいたのは、若い男女二人だった。
男の方は背が高くて、見た瞬間に「あ、この人絶対普通の警察官じゃないな」と思うくらい整った顔をしている。
制服も同じはずなのに、なんか勘吉が着てる時と別物に見える。
同じ職業なんだよな?
隣にいる金髪の女性も、どう考えても普通の派出所勤務には見えない。
亀有の派出所って、こんなに顔面偏差値高いの?
俺が入口で固まっていると、男の方がこちらに気づいた。
「どうされましたか? 何かお困りですか?」
声まで爽やかだ。
本当に勘吉と同じ警察官なのか?
「すみません、勘吉……じゃなくて、両津勘吉っています?」
「両津先輩のお知り合いですか?」
「はい。昨日久しぶりに会ったんですけど、ここで働いてるって聞いたから来ました」
二人が少し意外そうな顔をした。
金髪の女性が俺を見る。
「両ちゃんのお友達?」
「友達というか、子供の頃からの幼馴染です。神崎遊真って言います」
名前を言った瞬間、男の表情が変わった。
「神崎遊真さん……もしかして、ゲームクリエイターの神崎遊真さんですか?」
「ゲーム作ってる神崎遊真なら俺ですけど」
「やっぱり! 何本かプレイしたことがあります。世界的にもかなり有名な方ですよね」
世界的。
また言われた。
昨日も纏に似たようなこと言われたけど、自分では全然実感がないんだよな。
「有名かどうかはよく分かんないですけど、ゲームは作ってます」
「中川君、この人知ってるの?」
「はい麗子さん。インディー系の開発者としてはかなり有名ですよ。大手企業から何度も買収や提携の話が出ているはずです」
「へぇ、すごい人なのね」
なんか俺の知らない話まで出てきた。
買収の話ならたしかに何度かあった。
断ったけど。
「会社大きくするの面倒なんですよ。会議とか増えるし」
「そこを理由に断る人、初めて聞いたわ」
麗子と呼ばれた女性が少し笑った。
「僕は中川圭一です。こちらは秋本麗子さんです」
「よろしくお願いします。勘吉の同僚なら、たぶんこれから会うこと増えそうですね」
「ええ。両津先輩の幼馴染となると、かなり大変そうですが」
中川さんが爽やかな顔で恐ろしいことを言った。
「やっぱり勘吉って職場でもあんな感じなんですか?」
「……まあ、両ちゃんは両ちゃんね」
麗子さんの返事で全部分かった。
その時、外から聞き覚えのある大きな声が近づいてきた。
「まったく、部長も細かいことばかり言いおって! 少しくらい休憩時間が長くなったって――」
入口から勘吉が入ってくる。
そして俺を見て止まった。
「……遊真、お前何でここにいるんだ!?」
「ゲーム直したから見せに来た!」
「お前、わざわざここまで来たのか!?」
「メッセージ送ったけど既読つかなかったし、待ってるより早いかなって」
「仕事中なんだから当たり前だろ!」
「勘吉が仕事してる姿、あんまり想像できなくて」
「わしを何だと思ってる!」
「勘吉」
「説明になってない!」
中川さんと麗子さんが笑っている。
勘吉は俺を指差した。
「というか、お前よくここが分かったな」
「地図見た。俺、地図くらい使えるから」
「昨日わしが家へ行く時には迎えに来させただろうが!」
「それは勘吉が地図見なかっただけだろ」
「わしは人に聞いた方が早いんだ!」
「開き直るなよ」
久しぶりに会ったのが昨日なのに、もう普段通りだ。
「それより見てよ。昨日の買い占め対策、もう入れたから」
「何だと!? 余計なことをするなと言っただろ!」
「テストなんだから直すに決まってるだろ」
俺は持ってきた端末を開く。
勘吉がすぐ横に来た。
中川さんと麗子さんも興味があるのか覗き込んでくる。
「昨日、勘吉が一つの町で商品買い占めて値段吊り上げたじゃん」
「わしの完璧な商売だな」
「買い占めよ、それ」
麗子さんがすぐ突っ込む。
「で、今度から一つの地域で商品が不足したら、他の地域の商人が仕入れに来るようにした」
画面を操作する。
昨日と同じように商品を買い占める。
しばらくするとNPCの商人が町へ入ってきて、別地域から仕入れた商品を販売し始めた。
「ほら。これで価格が高騰したら他の商人も儲けようと動く」
「なんてことをするんだ! これではわしの利益が減るじゃないか!」
「当たり前だろ。勘吉だけ儲かって周りが何もしない方がおかしい」
「なら、その商人の仕入れ先を先に押さえればいいんだな?」
「……なるほど」
「あっ、遊真君がまた嬉しそうな顔してる」
麗子さんに言われて気づく。
たしかにちょっと楽しい。
「じゃあ、仕入れ先まで買い占められた場合も考えないとな。一定以上市場を独占したら新しい商人が参入しやすくして――」
「やめろ! わしの商売を邪魔するな!」
「そこまでやったら領主とか商業組合にも警戒されるようにしようかな」
「何でどんどん敵が増えるんだ!」
「勘吉がやりすぎるからだろ」
中川さんが感心したように画面を見る。
「面白いですね。プレイヤーの行動を禁止するのではなく、世界そのものが反応するんですか」
「そうしたいんですよ。できることを最初から禁止するとつまんないし」
悪いことだって、できるならできた方がいい。
泥棒。
詐欺。
市場操作。
別にゲームの中なら、それ自体を全部禁止する必要はない。
ただし、やれば結果が返ってくる。
それが一番自然だと思う。
「泥棒もできるの?」
麗子さんが聞いてきた。
「できますよ。ただ見つかったら捕まるし、噂が広がれば店で警戒されたり、信用も落ちます」
「詐欺は?」
勘吉が急に食いついた。
嫌な予感がする。
「システム上できるようにはしたいけど、信用なくなるよ」
「それなら最初に善人として信用を上げてから、大きな詐欺をすればいい!」
「……それ面白いな」
「感心しない!」
麗子さんの声が派出所に響いた。
いや、でもゲームとしては本当に面白い。
普段から悪人として動いている奴の詐欺なんて、NPCも警戒する。
でも何年も町のために働いて、住民から信頼されているプレイヤーが突然裏切ったら?
被害も大きい。
その代わり、一度失った信用を取り戻すのは難しくすればいい。
「信用度を数値一個じゃなくて、NPCごとに記憶させた方が――」
「遊真君、両ちゃんの悪知恵を真面目にゲームへ取り入れないで!」
「でも面白くないですか?」
「面白いかどうかと、感心していいかは別よ!」
なるほど。
そこは別なのか。
「お前たち! 勤務中に何をしている!」
背後から大きな声がした。
勘吉の身体が一瞬で固まった。
「げっ、部長!」
振り返ると、年配の警察官がこちらを睨んでいる。
この人が部長か。
昨日、勘吉が何度か名前を出していた気がする。
「両津! また仕事もせずゲームをしていたのか!」
「違います部長! これはですね、将来の犯罪対策の研究を――」
「今までの話を聞いていたが、市場を買い占めて詐欺をする相談のどこが犯罪対策だ!」
「それは遊真が!」
「俺はゲーム作ってるだけだよ」
「お前、幼馴染なら少しくらい庇え!」
「なんで俺まで怒られなきゃいけないんだよ」
部長さんが俺を見る。
「君は?」
「神崎遊真です。勘吉の幼馴染です」
「両津の幼馴染?」
俺と勘吉を交互に見る。
それから何故か納得したように頷いた。
「なるほど」
「部長、今の『なるほど』はどういう意味ですか!」
勘吉が抗議する。
俺も少し気になる。
「俺、勘吉ほど変じゃないですよ」
「お前がそれを言うか!」
「少なくとも金のために市場全部買い占めたりしないし」
「ゲームの中だろうが!」
大原部長は大きくため息をついた。
中川さんが俺について簡単に説明してくれた。
ゲームクリエイターであること。
自分で会社をやっていること。
かなり売れている作品があること。
説明されるたびに、自分のことなのに他人の話を聞いている感じがする。
「ほう、君があのゲームを作ったのか」
部長さんまで知っていた。
「ご存じなんですか?」
「孫が遊んでいてな。名前くらいは聞いたことがある」
「それなら嬉しいです」
「しかし、両津の幼馴染とは思えんな」
「どういう意味ですか部長!」
「お前は黙っていろ!」
勘吉だけ怒られた。
ちょっと面白い。
「それで、今はどんなゲームを作っているんだね?」
「今はオープンワールド型のゲームです。戦ったり、商売したり、畑作ったり、街を作ったり、なるべく好きなことができるようにしてます」
「ずいぶん大規模だな」
「最終目標に比べたらまだ全然ですけど」
「最終目標?」
聞かれたので、昨日纏たちにも話した夢を説明する。
完全没入型VRMMO。
画面の外から操作するのではなく、本当にその世界へ入る。
視覚や聴覚だけじゃない。
触った感覚も、温度も、匂いも、味も、自分の身体がそこにあるという感覚まで再現する。
まだ技術的には遠い。
というか、完成までの道が見えていない部分だらけだ。
「生きてる間に完成するか分かんないですけど、それでも作りたいんですよ」
部長さんが少し驚いたように俺を見る。
さっきまで勘吉を怒鳴っていた時とは違う、柔らかい表情になった。
「そうか。立派な夢だな」
「立派っていうより、俺が遊びたいだけですけどね」
「それでも、子供の頃からの夢を今も追っているのは大したものだ」
褒められると少し照れる。
こういう時、どう返したらいいんだろう。
「部長、ちなみにそのゲームが完成したら、わしが一番最初にテストする約束なんですよ!」
勘吉が胸を張った。
「何をお前が自慢している!」
「わしは重要な実験体です!」
「実験体って自分で言うなよ」
「お前が昔からわしにテストさせてたんだろうが!」
「勘吉が勝手に変な遊び方して壊してたんだろ」
部長さんが眉間を押さえる。
「神崎君、悪いことは言わん。この男をテスターに使うのはほどほどにした方がいい」
「でも勘吉、すごいですよ。昨日だけで直すところいっぱい見つかったし」
「ほら見ろ部長! わしは優秀なんです!」
「調子に乗るな!」
すぐ怒られた。
その後、勘吉は仕事へ戻されることになった。
本人は「あと10分だけ!」と粘ったけど、部長さんに睨まれて諦めた。
せっかく来たので、俺はそのまま少し派出所に残って中川さんと麗子さんと話すことにした。
「神崎さんは本当にほとんど一人で開発してるんですか?」
「神崎さんじゃなくて遊真でいいですよ。絵とか音楽は頼むことありますけど、ゲーム部分は自分で触りたいんです」
「それだけの規模を一人で見るのは大変じゃない?」
麗子さんに聞かれる。
「時間足りないなって思う時はあります」
「でしょうね。どうやって時間作ってるの?」
「寝る時間減らせば結構増えますよ」
「それは時間を作ったことにならないわよ」
昨日の纏とほぼ同じことを言われた。
「みんな同じこと言うなぁ」
「みんなに言われるなら、あなたが間違ってるんじゃない?」
「……そういう考え方もあるか」
「今までなかったの?」
麗子さんが呆れている。
その時、派出所の外から聞き慣れた声がした。
「あれ、遊真じゃないか。こんなところで何やってんだい?」
振り向く。
纏だった。
何か用事があって近くを通ったらしい。
「勘吉にゲーム見せに来た」
「勤務中の勘吉に?」
「ちょっとだけ」
「そのちょっとが長くなって怒られたんじゃないだろうね」
当たってる。
「……なんで分かったの?」
「アンタと勘吉が揃ってゲーム始めて、素直に終わるわけないだろ」
すごい。
もう完全に読まれてる。
勘吉が奥から顔を出す。
「纏! 遊真が勝手に来たんだぞ! わしは被害者だ!」
「一緒にゲームしてたんだろ?」
「それは……テストだ!」
「同じじゃないか!」
結局勘吉はまた怒られた。
纏が超神田寿司へ戻るというので、俺も一緒に行くことにする。
店まで歩きながら、纏が横目で俺を見る。
「それで、昨日は何時に寝たんだい?」
来た。
やっぱり聞かれた。
「ちゃんと寝たよ。約束通り午前2時には」
「私、2時まで起きていいなんて言った覚えないんだけど」
「でも2時までには寝るって言ったじゃん」
「私が許可したんじゃなくて、アンタが勝手に決めただけだろ!」
「でも約束は守った」
「勝手に約束の内容を変えるんじゃないよ!」
怒られた。
納得いかない。
「今日は何時間寝たんだい?」
「……3時間くらい」
「それを寝たって言うんじゃない!」
「3時間は寝てるだろ!」
「屁理屈言うんじゃないよ!」
また昨日と同じことになっている。
「でも今日は昼飯ちゃんと食べたよ。パン食った」
「それくらいで威張るんじゃないよ。当たり前だろ」
「昨日より成長してるじゃん」
「比較対象が酷すぎるんだよ」
超神田寿司が見えてきた。
俺はなんとなく今日一日のことを思い返す。
亀有へ引っ越してきて半年。
今までこの辺りで知っている人といえば、超神田寿司の人たちくらいだった。
それが勘吉と再会してから、一気に増え始めている。
中川さん。
麗子さん。
部長さん。
みんな勘吉と同じ派出所にいるのに、全然違う。
特に中川さん。
本当に同じ種類の警察官なのか、今でも少し疑ってる。
「遊真、何笑ってんだい?」
「いや、亀有って面白いなと思って」
「今さら何言ってんだい。半年も住んでるだろ」
「勘吉と会ってから急に面白くなった気がする」
「それ、ろくでもない方向へ行く前触れじゃないだろうね」
「大丈夫だって。俺は勘吉みたいなことしないし」
「アンタはアンタでゲーム絡むと何するか分からないんだよ」
ひどい言われようだ。
でも否定しきれないのが悔しい。
店の前へ着く。
俺が暖簾をくぐろうとすると、纏が先に聞いてきた。
「今日は何食べるつもりだい?」
「もちろんマグロ。昨日のマグロと今日のマグロは違うからな」
「またそれかい!」
「今日はまだ言ってないだろ!」
「昨日も一昨日も聞いたよ!」
そんなことを言い合いながら店へ入る。
昨日まで知らなかった派出所の場所も分かった。
勘吉の同僚とも知り合った。
ゲームの修正案もまた増えた。
亀有へ来た時は、静かに家でゲームを作れればそれでいいと思っていた。
でも最近は、家に籠もっているだけじゃ起きなかったことが次々起きる。
……これはこれで、結構楽しい。
たぶん勘吉のせいだ。
いや、纏のせいも少しあるか。
どっちにしても、俺の亀有での生活は、思っていたよりずっと騒がしくなりそうだった。