ここ3日、俺は超神田寿司に行っていなかった。
別に飽きたわけじゃない。
マグロが嫌いになったわけでもないし、纏に怒られるのが嫌になったわけでもない。
単純に、ゲーム作りが面白くなりすぎた。
檸檬と作り始めた時代劇ゲーム。
最初は気分転換で作る小さな試作品のつもりだったのに、檸檬から「あれが足りぬ」「ここがおかしい」「町人の暮らしが見えぬ」と言われるたびに、直したいところがどんどん増えていった。
町人ごとに一日の行動を変える。
朝になれば店を開ける。
昼には飯を食う。
仕事が終われば家へ帰る。
酒好きなら帰りに飲みに行くし、近所の人間と仲が悪ければ顔を合わせた時に態度も変わる。
ついでに本命のゲームで作っていたNPCの記憶システムを簡略化して入れてみたら、これが予想以上に相性がよかった。
昨日喧嘩した町人同士が、翌日も機嫌悪そうにすれ違う。
前に助けた店主が少しだけ安く売ってくれる。
悪さをしたら噂が広がる。
面白い。
これはかなり面白い。
問題があるとすれば、面白すぎて時間が消えることくらいだった。
「よし、この町人は夕方になったら銭湯行くようにして……あれ?」
モニターの端に表示されている時刻を見る。
午後4時。
俺の感覚だと、まだ午前中だったんだけど。
さすがに時計が壊れてるんじゃないかと思ったけど、スマホも午後4時を表示していた。
どうやら壊れているのは時計じゃなくて俺の時間感覚らしい。
「まあ、いつものことか」
そう思って作業へ戻ろうとした時、机の上に置いていたスマホが震えた。
画面を見る。
纏からのメッセージだった。
『ちゃんと飯食べてる?』
また来た。
最近かなりの頻度で確認される。
この前も夜に「寝てる?」って聞かれたし、本当に母親みたいになってきてる気がする。
それを本人に言うと怒られるから、もう言わないけど。
とりあえず返事だけしておく。
『食べてるって!』
数秒後。
『何食べたの?』
なんで毎回そこまで確認するんだ。
今日は……何食べたっけ。
俺は机の周りを見る。
空のペットボトル。
菓子の袋。
チョコの包み紙。
ああ、そうだ。
ちゃんと食べてる。
『チョコ』
送信。
少しして、電話がかかってきた。
嫌な予感しかしない。
でも出ないともっと怒られそうなので通話ボタンを押す。
「もしもし。ちゃんと食ってるって送ったじゃん」
『アンタ、チョコを飯って言い張るつもりかい!』
いきなり怒鳴られた。
スマホを少し耳から離す。
「いや、カカオ入ってるだろ。確かカカオって身体にいいんじゃなかったっけ」
『そういう問題じゃないよ! 昨日は何食べたんだい?』
「昨日ならちゃんとカップ麺食ったよ。卵も入れたからかなり豪華だった」
『豪華の基準がおかしいんだよ!』
やっぱり怒られた。
「でも今作業いいところだから、終わったらちゃんと何か食うって」
『アンタの「終わったら」が信用できないから言ってるんだよ。いいから今日はまともなもん食べな』
「分かってるって。夜には何か食べるから心配しなくていいよ」
『本当だろうね? また菓子だけで済ませたら承知しないよ』
「そこまで管理される年齢じゃないって」
『だったら管理されなくても生活できるようになりな!』
言い返せない。
というか、電話越しでも強いな。
結局、「ちゃんと食う」と約束して通話を切った。
さて。
何食べようかな。
冷蔵庫には……何があったっけ。
プリンならあった気がする。
あと飲み物。
卵もまだ残ってたかな。
まあ夜になってから考えればいいか。
そう思って、俺は再びモニターへ向かった。
それからどれくらい経ったのか。
インターホンの音で現実へ引き戻された。
最初の一回は気づかなかった。
二回目でなんとなく音が聞こえて、三回目でようやく誰か来ていることを理解した。
「宅配かな」
何か頼んだっけ。
最近は機材を頻繁に買ってるから、自分でも把握しきれていない。
インターホンへ行こうとしたところで、今度はスマホが鳴った。
纏。
「……なんで?」
電話に出る。
「もしもし。さっき電話したばっかりじゃん」
『さっきから玄関前で呼んでるんだけど、アンタ家にいないのかい?』
「家にいるよ」
『だったら早く開けな!』
「……玄関?」
慌てて廊下へ出る。
本当に来てるの?
玄関を開けると、そこには腕を組んだ纏が立っていた。
「纏、なんで俺ん家にいるの?」
「それはこっちの台詞だよ。何回インターホン鳴らせば気づくんだい」
「ゲーム作ってたから聞こえなかった」
「アンタねぇ……」
俺の顔を見た纏が、さっきまでより少し険しい顔になる。
「その顔、最後に寝たのはいつだい?」
「昨日は寝たって。ちゃんとベッドにも入ったし」
「何時間寝たか聞いてるんだよ」
「2時間くらいかな。でも作業中は全然眠くないから問題ないって」
「問題だらけだよ!」
いつものように怒られた。
それより、どうして突然家まで来たんだ。
その理由を聞くと、纏は少しだけ視線を逸らした。
「3日も店に来ないから、檸檬が遊真はどうしたって聞いてきたんだよ。昨日の飯がチョコなんて言ってるし、どうせろくな生活してないだろうと思って様子を見に来ただけさ」
「檸檬が心配してくれてたの?」
「私もしてるよ!」
「あ、纏も心配してくれたんだ」
「そこだけ嬉しそうな顔すんじゃないよ!」
頭を叩かれそうになったので避ける。
危ない危ない。
「まあ、元気なの分かったなら大丈夫だろ。今度店行ったら檸檬にも――」
「ちょっと待ちな」
家へ戻ろうとした俺の肩を纏が掴んだ。
「何だよ。ちゃんと生存確認できたじゃん」
「アンタ、本当にこの3日でまともなもん食べたのかい?」
「だからカップ麺とか食べてるって。それにポテチも食べたし、昨日はチョコも――」
「全部駄目じゃないか!」
纏が俺の横を通り、そのまま玄関へ入ってきた。
「ちょっと、勝手に入るの?」
「今さら何言ってんだい。前にも来たことあるだろ。それより冷蔵庫見せな」
「なんで冷蔵庫まで確認するんだよ」
「アンタの言うことが信用できないからだよ!」
強い。
こうなると止めても無駄だと、最近分かってきた。
仕方なくキッチンまで案内する。
纏が冷蔵庫を開けた。
中には飲み物。
調味料。
卵。
プリン。
以上。
思ったより入ってるじゃん。
「ほら、ちゃんと食べ物あるだろ」
「どこにあるんだい!」
「卵あるじゃん」
「いつ買った卵だい?」
「……いつだっけ」
纏が箱を手に取って確認する。
その直後、ものすごく嫌な顔をした。
「これ、期限切れてるじゃないか!」
「じゃあ食わなくてよかった」
「そういう問題じゃない!」
また怒られた。
その後、纏は冷蔵庫から目を離してリビングを見る。
俺もつられて見る。
床は綺麗だ。
ロボット掃除機が毎日働いてるからな。
ただ、テーブルの上にはペットボトルやら菓子袋やらコントローラーやらが乗っている。
ソファには昨日脱いだパーカーが置きっぱなし。
……まあ、普通だろ。
「遊真」
纏の声が低い。
「どうした? 床ならちゃんと綺麗だろ。ロボット掃除機かなり優秀なんだよ」
「床だけ綺麗ならいいってもんじゃないよ! この空き袋やペットボトルは誰が片付けるんだい!」
「溜まったらまとめて捨てるよ」
「今がその溜まってる状態だろ!」
「まだ置けるから大丈夫」
「基準がおかしいんだよ!」
纏が頭を抱える。
そんなに酷いかな。
俺としては、どこに何があるか把握できてるし困ってない。
「洗濯はしてるんだろうね?」
「そこはちゃんとしてる。洗濯機に入れたら乾燥までやってくれるし」
「それで乾いた服はどこにしまってるんだい?」
「乾燥機」
「……は?」
「着る時にそこから出す」
纏がしばらく黙った。
何か変なこと言ったかな。
「何のために箪笥があるんだい!」
「服入れるためだろ」
「だったら入れな!」
「乾燥機から出した方が早くない?」
「アンタは何で生活の全部を効率だけで考えるんだい!」
だって効率いい方がいいじゃん。
その分ゲーム作れるし。
そう言おうと思ったけど、纏の顔を見てやめた。
今言ったら絶対怒られる。
「遊真、買い物行くよ」
「急にどうしたの?」
「食材が何もないんだから買いに行くんだよ。今日からしばらくカップ麺と菓子だけは禁止!」
「いや、そこまでしなくてもコンビニ行けば――」
「上着着てきな!」
「俺に拒否権ないの?」
「まともに生活してから言いな!」
ないらしい。
仕方なくパーカーを羽織り、纏と一緒に近所のスーパーへ行くことになった。
なんだこれ。
さっきまでNPCの生活AIを作ってたはずなのに、なんで俺が生活指導されてるんだ。
スーパーへ着くと、纏が次々に食材をカゴへ入れていく。
肉。
魚。
野菜。
豆腐。
卵。
俺一人じゃ絶対に買わないものばかりだ。
「こんなに食えるかな」
「何日かに分けて食うんだよ。毎日全部食えなんて言ってないだろ」
「それならこっちも入れよう」
新発売と書かれたポテトチップスをカゴへ入れる。
纏がすぐ元の棚へ戻した。
「何で戻すんだよ! これ限定味だぞ!」
「家にまだ菓子が山ほどあるだろ。あれ食べ終わってからにしな」
「限定だから今しか買えないかもしれないじゃん!」
「だったら今日はちゃんと飯食った後に一袋だけ買いな。それまでは駄目だよ」
「子供じゃないんだから自分で決めさせてくれよ」
「子供より生活できてない奴が言うんじゃないよ!」
すれ違ったおばさんが俺たちを見て笑っていた。
なんか恥ずかしい。
買い物を終えて家へ戻ると、纏はそのままキッチンへ立った。
「今日は何作るの?」
「アンタが数日温めるだけで食えるもんを作っとくよ。毎回外に食いに行くのも面倒なんだろ?」
「さすが纏。分かってるな」
「褒めても何も増えないよ。それより手伝う気があるなら、ぼさっと立ってないでこっち来な」
「俺もやるの?」
「自分の飯だろ!」
言われてしまえばそうなんだけど。
包丁を渡され、野菜を切ることになった。
料理なんてほとんどやらないけど、切るくらいならできる。
そう思っていた。
「遊真、その人参、何で全部大きさが違うんだい」
「同じ人参だから味は同じだろ」
「火の通りが変わるんだよ。なるべく揃えて切りな」
「ああ、そういう理由なのか」
なるほど。
切ったサイズによって加熱時間が変わる。
それならゲームの料理システムにも使えるな。
今は素材を選んでコマンドを押したら料理完成だけど、切り方とか加熱時間まで結果に影響させれば――。
「遊真!」
「危なっ!」
包丁を持ったまま考え込んでいたら、纏に手を掴まれた。
「包丁持ってる時にゲームのこと考えるんじゃないよ!」
「今ちょうど面白いこと思いついたんだって。食材の切り方で料理の完成度変えるシステム――」
「アンタはもう包丁使わなくていい!」
「まだ5分くらいしか使ってないじゃん!」
「5分で没収されるだけのことしたんだよ!」
包丁を取られた。
俺は皿を出す係になった。
悔しい。
でも皿なら安全らしい。
料理が進んでいく間、俺も言われた物を冷蔵庫へ運んだり、使った調理器具を洗ったりしていた。
最初は飯を作るだけのはずだったと思う。
なのに途中から、纏はリビングのペットボトルが気になったらしく片付け始めた。
それが終わるとテーブルを拭き、ソファの服を見つけ、最後には洗濯物まで気にし始めた。
「纏、料理だけでいいって。掃除はロボットがやるから」
「そのロボットは服を畳んでくれるのかい?」
「今は無理だけど、ロボットアーム付けて物を認識させればできるかもしれない」
「アンタに聞いた私が馬鹿だったよ!」
「でも面白そうじゃない? 家事特化AIロボット」
「そんなもの作る前に自分で畳みな!」
そこから何故か、リビングで洗濯物を畳むことになった。
俺の服なのに、纏の方が圧倒的に速い。
「纏、ゲーム以外で何でもできるよな」
「アンタができなさすぎるんだよ。逆に聞くけど、ゲーム以外で何ができるんだい?」
「プログラム書ける」
「それもゲーム関係だろ」
「パソコン組める」
「それも似たようなもんじゃないか」
「ゲーム機ならだいたい直せる」
「そこから離れな!」
難しい注文だな。
ゲーム以外って言われると、急に選択肢が減る。
「でも食器くらい洗えるよ」
「だったらこれから毎日やりな」
「毎日は面倒だなぁ」
「今、自分から言ったんだろ!」
そんなことを言いながら二人で片付けていると、気づけば外は暗くなっていた。
テーブルの上には纏が作った料理が並んでいる。
いい匂い。
腹が減ってきた。
そういえば今日はチョコしか食ってなかった。
「食べてもいい?」
「アンタのために作ったんだから、冷めないうちに食いな。ただし、ちゃんと座ってゆっくり食べるんだよ」
「分かってるって。それじゃ、いただきます!」
最初の一口を食べる。
「うまっ!」
普通に美味い。
いや、かなり美味い。
家でこういう飯食ったの、いつ以来だろ。
普段は外食かコンビニだし、家で食うとしてもカップ麺とか冷凍食品ばっかりだからな。
「これすげぇ美味い。毎日これ食えたら最高なんだけど」
「そんなに気に入ったなら、自分でも少しずつ覚えな」
「それより纏が毎日作りに来てくれた方が早くない?」
纏の箸が止まった。
「……アンタ、私を家政婦か何かだと思ってるのかい?」
「違うって。だって料理美味いし、掃除もできるし、洗濯物までめちゃくちゃ綺麗に畳むじゃん。纏がいると家がすごい快適になる」
「本人の前でよくそこまで堂々と言えるねぇ」
「褒めてるんだけど」
「褒めれば何でもやってもらえると思うんじゃないよ!」
怒られた。
でも、本当に快適なんだよな。
一人だと飯を考える時間すら勿体なく感じるのに、今日は勝手に料理が出てきた。
その間に俺も少し作業――しようとしたら止められたけど。
「毎日は無理でもさ、週3くらいなら来れる?」
「勝手に回数決めるんじゃないよ!」
「じゃあ週2」
「値切ってるみたいに言うな!」
「月8回なら?」
「同じだろ!」
どうやら交渉方法がよくないらしい。
纏は大きくため息をついてから、少し考える。
「……私の暇な時だけなら、たまには来てやるよ」
「本当に!? じゃあ今度から晩飯食える!」
「ただし条件があるからね!」
纏が指を立てる。
嫌な予感。
「私が来ない日もちゃんと飯を食うこと。作り置きしたものを残さないこと。洗濯物くらい自分で畳むこと。それと、徹夜ばっかりするのも禁止だよ」
「最後のは無理だって。ゲーム作ってたらどうしても朝までやりたい日あるし」
「だったら私も来ない」
「分かった! なるべく徹夜しない!」
「さっきまで無理って言ってたじゃないか!」
「纏来なくなる方が困る!」
俺がそう言うと、纏が急に黙った。
何だ?
変なこと言ったかな。
「……何で困るんだい」
「だって飯美味いし、家綺麗になるし、一人でいるより面白いじゃん」
「……そういう意味かい」
「他に何があるんだよ」
纏が何故か少し不機嫌そうな顔になった。
よく分からない。
でも来てくれるなら何でもいいか。
食事が終わった後、纏は冷蔵庫の中へ作り置きを並べていった。
一個ずつ説明までされる。
「これは明日食べな。こっちはその次の日でも大丈夫だから、先にこっちから食べるんだよ」
「全部同時に食ったら駄目?」
「好きにしな。ただし、一回で食いきれない量だから無理すんじゃないよ」
「ちゃんと温めればいいんだろ?」
「そうだよ。あと菓子食う前に飯を食いな」
「そこまで言われなくても分かってるって」
「分かってないから今日ここにいるんだよ!」
正論。
何も言えない。
玄関まで見送る。
纏が靴を履きながら振り返った。
「今日はもうゲームやめて寝なよ」
「まだそんなに遅くないし、少しだけ――」
「遊真」
「……分かった。今日は早く寝るって」
「明日店で聞くからね。誤魔化しても顔見れば分かるよ」
怖い。
でも、そのあと帰ろうとする纏を見て、今日ずっと家のことをやってくれていたことを改めて思い出した。
「纏」
「まだ何かあるのかい?」
「今日はありがとな。飯も美味かったし、掃除とかも助かった」
纏が少し驚いた顔をした。
そんなに珍しいこと言ったかな。
「俺、こういうの本当に苦手だからさ。助かった」
「だったら少しは覚えな。何でもゲーム作るみたいに夢中になれば、家事だって覚えられるだろ」
「家事にゲームくらい面白いシステムがあればなぁ」
「最後までそれかい!」
纏が笑った。
俺もつられて笑う。
「じゃあ、また暇な時来てよ」
「アンタの生活次第だね。次来た時に今日より酷くなってたら、二度と手伝わないよ」
「それは困るからちゃんとする!」
「だったら期待しないで待ってるよ」
そう言って、纏は帰っていった。
翌日。
俺は久しぶりに超神田寿司へ行った。
店へ入った瞬間、纏に見つかる。
「遊真、昨日は何時間寝たんだい? まさか私が帰った後にまた朝までやってないだろうね」
「6時間! 今日はちゃんと6時間寝たから文句ないだろ!」
「へぇ、やればできるじゃないか」
褒められた。
なんか嬉しい。
「しかも朝飯も食ったぞ。昨日纏が作ったやつ温めて食った」
「本当に食べたんだろうね?」
「証拠もある!」
俺はスマホを取り出す。
こう言われる気がして、朝飯を写真に撮っておいた。
画面を見せると、纏が少し笑った。
「何でわざわざ写真まで撮ってるんだい」
「纏、絶対疑うと思ったから」
「今までの行い考えなよ。でも、ちゃんと食べたなら偉いじゃないか」
「もっと褒めていいぞ」
「調子に乗るんじゃないよ」
そのやり取りを見ていた檸檬が、静かに口を開いた。
「遊真、昨日は姉上に家の中まで片付けてもらったそうじゃな」
「檸檬、もう聞いたの? すごい綺麗になったぞ。俺もちゃんと手伝ったからな」
「何を手伝ったのじゃ?」
「自分の洗濯物畳んだ」
「それは手伝いではなく、おぬしが本来やることではないのか?」
「……言われてみればそうだな」
檸檬の言う通りだった。
纏が吹き出す。
「ほら、檸檬にまで言われてるじゃないか」
「二人して俺に厳しくない?」
「甘くしたら、またチョコを飯と言い張るであろう」
「カカオは身体にいいって聞いたんだけど」
「まだ言っておるのか」
檸檬まで呆れていた。
それから数日後。
纏は本当にまた家へ来た。
自分でも少し片付けておいたので、前みたいには散らかっていない。
テーブルの空き袋も捨てた。
ペットボトルも片付けた。
洗濯物も、一応自分なりに畳んだ。
俺としてはかなり頑張った。
家へ入った纏が部屋を見回す。
「どう? 結構綺麗だろ」
「前よりはだいぶましになったねぇ。前が20点なら、今日は70点くらいかね」
「50点も上がったじゃん!」
「そこで満足するんじゃないよ。あと30点残ってるだろ」
「70点なら合格だろ」
「生活に合格点つけてもらおうとするんじゃない!」
厳しい。
でも前よりは褒められた。
その日も纏が料理を作って、俺が簡単な手伝いをした。
包丁はまだ使わせてもらえない。
「もう大丈夫だって。前はちょっと考え事しただけじゃん」
「包丁持ってよそ見した奴に任せられるかい。アンタは皿出しときな」
「いつになったら昇格できるの?」
「しばらく下働きだよ」
「料理のゲームみたいだな」
「家事までゲーム扱いするんじゃないよ」
そんな日が少しずつ増えていった。
纏が来る日は、俺も仕事を少しだけ早く止めるようになった。
料理ができる匂いがすると開発室から出ていく。
すると大体、
「腹が減った時だけ出てくるんじゃないよ」
って怒られる。
逆に纏も、買い物へ行くと俺の家に何が残っていたかを考えるようになったらしい。
「遊真、卵そろそろなくなるだろ。今日買っといたから冷蔵庫入れときな」
「なんで俺より冷蔵庫の中身知ってるんだよ」
「アンタが知らなさすぎるんだよ!」
確かに。
ある日キッチンを見ると、見覚えのないエプロンが掛けてあった。
俺が普段使っている……というか、ほとんど使っていないエプロンとは違う。
「纏、これ誰の?」
「私のだよ」
「なんで俺ん家に纏のエプロンあるの?」
「アンタが貸すやつ、大きくて使いづらいんだよ。どうせこれからもたまに来るんだから、置いといた方が楽だろ」
「それなら置いとけばいいじゃん」
「だから置いてあるんだろ」
「そっか」
納得。
そのまま俺は開発室へ戻った。
後ろで纏が何か言いたそうな顔をしていた気がするけど、たぶん気のせいだ。
最初は、近所の寿司屋でよく怒ってくる店員だった。
それがいつの間にか、店に行けば睡眠時間を聞かれて、家まで飯を作りに来るようになっている。
俺の家には纏のエプロンまで置かれた。
普通なら、少し不思議に思うのかもしれない。
でも俺としては、家が前より快適になったし、飯も美味いし、纏と話すのも楽しい。
だったら別に問題ない。
今日も開発室からリビングへ出ると、キッチンから料理の匂いがしてくる。
「纏、今日の飯何?」
「出来るまで待ってな。あと、その前にテーブルの上片付けるんだよ!」
「分かったって。ちゃんとやるから俺の分多めにして!」
「自分で片付けるのは当たり前だよ!」
いつの間にか、このやり取りも俺の生活の一部になり始めていた。