遊真の家に、纏が出入りしているらしい。
その話を最初に聞いた時、わしは耳を疑った。
いや、別に纏が遊真の家へ行くこと自体はおかしくない。
二人は超神田寿司で知り合っているし、遊真は最近では店の常連どころか、ほとんど身内みたいな顔で出入りしている。
檸檬とも妙に仲がいい。
それに、あいつの家は店から歩いて行けるほど近い。
だから一度や二度なら分かる。
問題は、どうやら一度や二度ではないということだ。
「姉上なら、今日は遊真の家へ行っておるぞ」
超神田寿司へ顔を出したわしに、檸檬が何気なくそう言った。
「何だと? 纏が遊真の家に?」
「そうじゃ。夕飯を作ってやると言っておった」
「夕飯を作るだと!?」
思わず大声を出したら、店の奥から怒鳴られた。
「勘吉! 店の中で大声出すんじゃないよ!」
夏春都の声だ。
「いや、しかし大変なんだぞ! 纏が遊真の家で夕飯を作っているらしい!」
「それがどうしたんだい。最近ちょくちょく行ってるじゃないか」
「ちょくちょくだと!?」
さらに驚いた。
わしだけ知らなかったのか。
何ということだ。
幼馴染であるこのわしを差し置いて、いつの間にそんな関係になっているんだ。
いや待て。
「最近ちょくちょく」というのは、どういう意味だ。
夕飯を作る。
家へ行く。
それが何度も続いている。
これはまさか――。
「勘吉」
檸檬が呆れたような顔でわしを見る。
「何じゃその顔は。ろくでもないことを考えておるであろう」
「何を言ってる檸檬! わしは幼馴染として遊真の身辺を心配しているだけだ!」
「遊真の金のことしか考えておらぬ顔に見えるがの」
「失礼な!」
だが、ここで一つ重大なことに気づいた。
遊真は金を持っている。
とんでもなく持っている。
あいつ自身はまるで興味がないが、家だけ見ても普通ではない。
ゲームも売れている。
中川の話では、世界中で名前が知られているほどのクリエイターらしい。
つまり。
もし仮に。
本当に仮にだぞ。
纏と遊真が結婚でもしたら――。
「……擬宝珠家に莫大な資産が!」
「勘吉」
「何だ檸檬、今大事な計算を――」
「姉上に言いつけるぞ」
「やめろ!」
危ない。
あいつに知られたら確実に殴られる。
わしは咳払いして誤魔化した。
しかし、これは確認する必要がある。
遊真の家へ行こう。
幼馴染として。
決して面白そうだからではない。
ましてや将来の金の流れを調べるためでもない。
純粋に幼馴染として心配なのだ。
「檸檬、遊真の家へ行ってくるぞ」
「何をしに行くつもりじゃ」
「ゲームのテストに決まってるだろう! この前の続きもまだ残っているからな!」
「ならば遊真へ連絡してから行くのじゃぞ」
「幼馴染の家に行くのに連絡なんぞ必要あるか!」
「必要じゃ」
「堅いこと言うな!」
檸檬の忠告を聞き流し、わしは店を出た。
遊真の家まではすでに覚えている。
最初に行った時は迎えに来させたが、一度行けばさすがに分かる。
何せあれだけ大きな家だ。
近所でもかなり目立つ。
数分歩いて到着。
インターホンを押そうとしたが、ここで少し考えた。
もし纏が本当にいるなら、普通に呼び鈴を鳴らしたら面白くない。
……いや、別に面白さを求めてるわけではないぞ。
ただ、自然な状態を確認する必要があるだけだ。
ちょうどその時、玄関の鍵が開いた。
「危なっ!」
思わず壁の横へ隠れる。
中から遊真が顔を出した。
「纏、ゴミこれで全部?」
「ペットボトルも持ってきなって言っただろ。テーブルの横にまだあったじゃないか」
「忘れてた!」
「取りに戻りな!」
「はーい」
遊真が家の中へ戻る。
少しして、大きなゴミ袋とペットボトルの袋を持って出てきた。
何だ。
普通にゴミ出しか。
いや待て。
今、纏が中にいると言ったな。
本当にいる。
しかも遊真がゴミ出しをさせられている。
珍しいものを見た。
あいつ、自分の家では全部機械にやらせようとしていたはずだ。
わしは物陰からこっそり様子を見る。
遊真がゴミを出して戻る。
玄関が閉まる。
「……これは怪しい」
何が怪しいのかはまだ分からん。
だが怪しい。
わしは今度こそインターホンを押した。
しばらくして、遊真が出てくる。
「誰だよこんな時間に……って、勘吉じゃん」
「何だその嫌そうな顔は! 幼馴染が遊びに来てやったんだぞ!」
「連絡くらいしろよ。今ちょうど飯作ってるところなんだけど」
「お前が料理!?」
あり得ん。
遊真が包丁を握ったら、料理より先にゲームのシステムを考え始める。
この前も纏からそんな話を聞いた気がする。
「俺じゃないって。纏が作ってる」
やはり!
「ほう……纏がねぇ」
「何その顔」
「いやいや、別に何でもないぞ。ちょうどわしも腹が減っていたところだ!」
「帰れ」
「何でだ!」
「絶対飯食いに来ただけだろ!」
「幼馴染が訪ねてきたんだから、飯くらい出すのが礼儀だろ!」
「それ勘吉のルールじゃん!」
騒いでいると、奥から纏が顔を出した。
エプロン姿だ。
「何騒いでんだい……って、勘吉じゃないか。こんな時間に何しに来たんだよ」
「ゲームのテストだ!」
「手ぶらじゃないか」
「コントローラーは遊真の家にある!」
「本当は何しに来たんだい」
「だからテストだと言ってるだろう!」
纏の目が完全に疑っている。
だが、わしはそれ以上に別のものへ目を奪われた。
纏のエプロン。
前に店で使っていた物とは違う。
しかも妙に家に馴染んでいる。
「纏、そのエプロンどうした?」
「これかい? 遊真の家に置いてある私のだよ」
「何だと!?」
思わず遊真を見る。
遊真は何でもない顔で答える。
「纏が前使ってたやつだと大きいって言うから、自分の置いてあるんだよ」
「自分のエプロンを!?」
「そうだけど。何がそんなに驚くことなんだよ」
何だこいつは。
分かってない。
完全に分かってない。
女が自分専用のエプロンを男の家へ置いている。
しかも何度も料理しに来ている。
普通なら何か思うだろう。
だが遊真は、本気で「便利だから」くらいにしか考えていない顔だ。
子供の頃から鈍い奴だったが、ここまでとは。
「遊真、お前……纏がここへ来るのは何回目だ?」
「何回だろ。最近ちょくちょく来てるから分かんない」
「分からないほど来てるのか!?」
「そんなに驚くこと?」
「驚くわ!」
「勘吉、さっきからうるさいよ!」
纏に頭を叩かれた。
「痛いぞ! わしは重要な確認をしているんだ!」
「何の確認だい!」
「お前たちの関係だ!」
その瞬間。
纏の顔が固まった。
遊真は首を傾げた。
「関係って、纏と俺?」
「そうだ!」
「友達じゃない?」
遊真が普通に答えた。
纏が一瞬だけ遊真を見る。
だが遊真は全く気づいていない。
「あと超神田寿司の店員と客。勘吉の親戚。檸檬の姉」
「お前はいちいち分類しないと分からんのか!」
「何怒ってんだよ!」
「纏! お前はどうなんだ!」
「何がだい!」
「遊真のことだ!」
「何で私がアンタに答えなきゃならないんだよ!」
今度は本気で殴られた。
「痛い! 暴力反対!」
「くだらないこと言ってるからだ!」
顔が少し赤い。
怪しい。
非常に怪しい。
しかし、遊真はまだ分かっていない。
「勘吉、飯食わないならゲームやる?」
「お前は少し空気を読め!」
「いきなり来た人に言われたくない!」
「遊真も余計なこと言うんじゃないよ!」
纏がまた怒る。
何だ、この家は。
完全に纏が仕切っている。
キッチンを見る。
料理が並んでいる。
冷蔵庫には何か書かれた紙まで貼ってある。
『これは明日まで』
『先にこっちを食べる』
『野菜も残さない』
どう見ても纏の字だ。
「遊真、この冷蔵庫の紙は何だ」
「纏が書いたやつ。俺がどれから食えばいいか分かんなくなるから」
「お前、完全に世話されてるじゃないか!」
「楽でいいぞ」
「そこで堂々と言うな!」
「あ、でも最近は俺も洗濯物畳めるようになった」
「何を自慢してるんだ! 幼稚園児でもできるぞ!」
「俺、前より50点上がったんだからな」
「何の点数だ!」
「纏がつけた生活点」
わしは纏を見る。
纏が少し気まずそうに目を逸らす。
「前が酷すぎたんだよ」
「そこまで面倒見てるのか!」
「放っておいたらチョコを飯って言う奴なんだから仕方ないだろ!」
「カカオは身体にいいんだぞ」
「遊真、まだ言ってるのかい!」
「ほら始まった」
目の前でいつものように言い合う二人。
遊真は怒られているのに楽しそうだ。
纏も口では文句を言いながら、完全に慣れている。
……なるほど。
わしは分かった。
少なくとも纏の方は、かなり遊真を気にしている。
遊真の方は――。
「纏、今日何作ってるの? さっきからいい匂いしてるんだけど」
「もうすぐできるから待ってな。それよりアンタはテーブル片付けたのかい?」
「今やる!」
「さっきもそう言ってただろ!」
「忘れてたんだって!」
駄目だ。
こいつは何も分かってない。
完全に生活の一部として受け入れている。
恋愛とか、そういう方向へ頭が一切動いていない。
「……遊真、お前は昔から馬鹿だと思っていたが、別の意味でも馬鹿だったんだな」
「急に何だよ!」
「何でもない!」
これは面白い。
いや、面白がっている場合ではない。
幼馴染として、正しい方向へ導いてやる必要がある。
それに、もしうまくいけば――。
遊真の金。
纏との結婚。
親戚になる。
つまり、わしも何か恩恵を受けられる可能性が――。
「勘吉」
纏の声。
顔を上げる。
纏がものすごい目で睨んでいる。
「今、ろくでもないこと考えてたろ」
「何も考えてないぞ!」
「その顔で嘘つくんじゃないよ!」
「本当に遊真の幸せをだな――」
「金のこと考えてただろ」
「何で分かるんだ!」
「分かるよ!」
また叩かれた。
理不尽だ。
食事ができると、結局わしの分も出してくれた。
やはり纏は優しい。
「ほら、勘吉も食べるなら座りな。ただし遊真の分まで取るんじゃないよ」
「分かっている! 人を食い意地の張った男みたいに言うな!」
「昔、俺の弁当勝手に食ったじゃん」
遊真が横から言ってきた。
「いつの話だ!」
「小学生の時。俺の唐揚げ全部食った」
「昔のことをいつまでも覚えてるな!」
「ゲーム貸したら3ヶ月返さなかったのも覚えてるぞ」
「それは借りていただけだ!」
「3ヶ月は長いだろ!」
「ちゃんと返したんだからいいじゃないか!」
「アンタ、子供の頃からそんなことしてたのかい」
纏の視線まで痛くなった。
「遊真! 余計な昔話をするな!」
「だって本当だし」
こいつ、幼馴染なのにわしを庇う気が全くない。
食事を始める。
一口食べる。
「うまい!」
悔しいが本当にうまい。
遊真も横で幸せそうに食っている。
「やっぱ纏の飯うまいよな。最近これ食える日増えたから助かる」
「人に頼ってばっかりじゃなくて、自分でも少しは覚えな」
「この前教えてもらったから卵焼きくらいなら、そのうちできそう」
「そのうちじゃなくて練習しな」
「ゲームの料理システムならもう改良したぞ」
「そうじゃない!」
わしは箸を止めた。
またゲームか。
「遊真、お前は本当に何でもゲームにするな」
「だって料理してて面白かったんだよ。食材の大きさで火の通り変わるとか知らなかったし」
「そんなことも知らなかったのか!」
「勘吉だって料理そんなにしないだろ」
「わしはやろうと思えばできる!」
「じゃあ今度作ってよ」
「それはまた別の話だ!」
遊真が笑う。
纏も呆れている。
わしはその二人を見ながら、やはり妙だと思った。
自然すぎる。
纏がこの家にいることも。
遊真がそれを当たり前に受け入れていることも。
まだ恋人という感じではない。
少なくとも遊真は絶対に違うと思っている。
だが、これを放っておいたらどうなるか。
……面白そうだ。
「遊真」
「今度は何だよ。まだ昔のこと聞きたいの?」
「明日の休み、纏とどこかへ出かけたらどうだ」
「なんで急に?」
「いつも飯を作ってもらっているんだろ。たまにはお礼をするのが人として当然だ!」
我ながら良いことを言った。
纏が驚いた顔をする。
遊真も少し考える。
「それは確かにそうだな」
お。
食いついた。
「纏、明日暇?」
「い、いきなり何だい。店の手伝いもあるんだから勝手に決めるんじゃないよ」
「休めるならどっか行こうよ。纏が行きたいところでいいからさ」
「アンタ、それどういう――」
纏が何か言いかけて止まる。
遊真は普通の顔だ。
「いつも飯作ってもらってるお礼。飯奢るでもいいし、買い物でもいいし、ゲームセンターでもいいぞ」
「最後のはアンタが行きたいだけだろ!」
「バレた?」
やっぱり駄目だ。
遊真本人に任せたら、デートもゲームセンターになる。
いや、纏と遊真ならそれでもいいかもしれん。
「纏、行ってこい! 店の方はわしが手伝ってやる!」
「勘吉、アンタ急に何企んでんだい」
「何も企んでない! たまには遊真の世話から解放されて息抜きするのも大切だぞ!」
「遊真と出かけたら遊真の世話は続くじゃないか!」
「それもそうだな!」
「納得すんな!」
遊真は横で楽しそうに笑っている。
結局、明日は店の状況次第で、時間が空いたら二人で出かけることになった。
纏は最後まで「別にデートじゃないからね」と誰も聞いていないのに言っていた。
遊真は、
「デートって何の話?」
と本気で聞いていた。
こいつは駄目だ。
本当に駄目だ。
わしが何とかしてやらねばならない。
幼馴染として。
もちろん善意だ。
決して将来遊真と纏が結婚した時に、親戚として遊真のゲーム会社へ口を出そうとか、完全没入型VRMMOの中にわし専用の商売エリアを作らせようとか、そういうことは一切考えていない。
「勘吉」
遊真が不思議そうにわしを見る。
「なんでニヤニヤしてるんだ?」
「遊真、お前にはまだ分からん大人の事情というものがあるんだ」
「勘吉に大人のこと言われるとすごい信用できないな」
「何だと!」
「アンタたち、食事中に喧嘩するんじゃないよ!」
また纏に怒られた。
結局、その日はゲームのテストをする予定だったのに、ほとんどできなかった。
だが、それ以上に面白いものを見つけた。
神崎遊真と擬宝珠纏。
どうやら、この二人は本人たちが思っているよりずっと面白いことになりそうだ。
特に遊真。
あいつが自分で気づくまで何年かかるか分からん。
ならば幼馴染であるわしが少しくらい背中を押してやってもいいだろう。
そして、できればその途中で少しくらい儲かる話が――。
「勘吉、何考えてるんだい?」
「何も考えてないぞ!」
「絶対嘘だね!」
纏の拳が飛んできた。
……やはり、金の話はもう少し後にした方がよさそうだ。