過去の私はもういない。
生まれ変わったんだ。
これで彼を取り戻せる。
また彼に興味をもってもらえる。
鏡の前で私は胸が高鳴っていた。
自分の顔がよく見えるようにと、私は、体を前に突き出していた。
せっかく作った完璧な顔をぐちゃぐちゃにしてしまうなんてことにならないように、洗面台の縁を両手でがっしりと握って、体を支える。
鏡の前で、顔のありとあらゆる角度を眺めていくうちにひんやりとしていた洗面台は、体温で温められていった。
体重のかかった手首は、だんだんと痺れてきたが、意に介さずに私は、生まれ変わった自分の顔を見ては、うっとりとしていた。
こんな素敵な顔になれるなんて、なんて素晴らしいのだろう。
おでこはゆったりとした丸みを帯びて、そこから鼻の直線が描き出される。
不自然にはならないように、若干歪みのある直線は、顔の中心あたりで、急カーブをして、地面に着地する。
鼻と唇の間は、スリムで痩せている。
顎も主張しすぎるわけではなくとも、しっかりと
あることがわかる。
外国人のきりっとした骨格と、アジア人の可愛らしいあどけない雰囲気が上手く混じりあって、和洋折衷の美しい顔ができた。
納得のいく顔だった。
一ヶ前のこと
私は、彼氏と一緒に部屋でゆっくりとしていた。
狭い部屋。玄関を上がって、リビングにすぐに着く。
廊下なんてあってないようなものだ。
宅配便を受け取ろうと玄関の先に出たら、日常生活の匂いと、配達員さんのもつ段ボールの匂いが混じりあっていくような、こじんまりとした部屋だった。
部屋には、ソファが置いてあった。
小さな家具しか置いてない中で、どっしりと構えているそれは、私が実家からもってきたものだった。
口をすぼめたドアを何とか通り抜けさせて、彼は、この部屋の一員になった。
そのソファの上で二人きり。
何をするというわけでもない。
ぼんやりと時間を費やしていっていた。
言葉も交わさずに、二人で一緒にいるだけでいいと思っていた。
「ねぇ、ちょっと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
私の話に面倒くさそうに湊が返事する。
スマホに夢中で、こっちの話をきちんと聞いている素振りも見せない彼にいつも私は苛立たせられる。
湊とは、大学の部活で知り合った。
うちの大学は、ローイング競技部いわゆるボート競技部が有名で、毎年全国大会に出場しては、華々しい結果を残してきている。
ボート競技の珍しさに惹かれて入った私と違って、彼は明確な目標をもっていた。
全国大会で優勝する。
彼の頭の中には、そのことしかなかった。
速さを求めて、オールを力一杯漕ぐ。
毎日地道に努力し続けている彼の腕は、太く逞しくなっていく。
仲良くなった時は、親指と人指し指でつくった輪っかくらいだったのが、親指と中指でつくったものくらい太くなった。
小麦色の肌をして、ぐしゃぐしゃとした短髪の彼は、魅力的だった。
彼とお付き合いを始めたのは、大学が夏休みに入る八月の初めだった。
マネージャーという立場を利用して、彼といられるチャンスを掴んだ私は、暇を見つけては遊びに出かけていた。
部の練習がない貴重な日を見つけては、映画を見に行ったり、水族館に行ったりしていた。
彼がエイの裏側を見て、可愛いと言っていたのは、今でも記憶に残っている。
目が細くて、のっぺりとした顔のどこが良いのだろうと思った私は、性格がすこぶる悪いのかもしれない。
エイにまで、対抗心を燃やして、見た目にケチをつけていた。
それほどまでに彼のことが好きだった。
告白が成功したときは、心臓がドキドキして、背中に痛みが走るほどだった。
付き合い始めてから、少しの間は、幸福な時が続いていた。
けれども、そんな時間はすぐに終わってしまう。
ボート以外の全てを犠牲にして生きている他の部員を押しのけて、レギュラーになるためには、恋愛なんてしている暇はなかった。
彼にとって、私は、ボートの副産物だったのである。
部活に一生懸命になる彼を影から支える私というありがちなストーリーを頭の中で組み立てて、自分を誤魔化しているのも辛くなってきていた。
そんな時に出会えたんだ、アレに。