「も……森の賢王!?」
森の奥から現れた異形、ジャンガリアンハムスターを目にした父が大きな声を上げた。
森の賢王? これが?
カルネ村付近を縄張りにしているとは聞いていたけと、こんな浅いところも縄張りなの?
「ふふ……某の姿を見て怯えているでござるな?」
「う……嘘だッ!! 森の賢王の縄張りはもっと森の奥なはずだ!」
「ふむ、それは最近までのことでござるな。今はこの周囲の森全てが某の縄張りでござるよ」
「な……!?」
父とハムスターが何やら会話をしている。
めちゃくちゃシュールな光景でちょっと眺めていたい気持ちもあるのだが、コイツの強さを調べることの方が先決だ。
「《
小声で相手のステータスを測定する魔法を使ってハムスターのHPとMPを確認する。
これは……レベル30強異形種戦士系ってところか?
これなら農民系ビルドのままでも戦えたかもしれない。
「なんで……なんで縄張りが広がっているんだ!?」
「この周辺に居たモンスターが居なくなってしまったでござるからなぁ。縄張りを主張する存在がいないのであれば奪うのは自然の摂理でござるよ」
これってまさか……森の賢王がこんな森の浅い場所まで出てきたのって俺のせい?
俺がモンスターを狩りまくったから?
「くそ……まさかそんなことが起きていたなんて……」
「まぁ知らなくても仕方の無いことでござる。それに加え某の初撃を回避した実力を称えて見逃してやってもいいでござるよ?」
「本当に見逃してくれるのか!?」
「そう言っているでござるよ」
父の顔に希望の色が浮かんでいる。
俺から見ても敵意は感じない。本当に見逃してくれるつもりのようだ。
「ア、アレス……早く――」
「おっと、見逃すのは一人だけでござる」
俺の手を取り、逃げようとする父の前にハムスターが立ち塞がる。
移動速度はそこそこ早いな。
文字にするとどうってこと無さそうであるが、体長3メートルを超える巨大ハムスターに進路を塞がれるというのはなんとも言い難い。
とてもシュールだ。
「そんな……」
「どうするでござるか? 二人まとめてかかって来てもいいでござるよ?」
巨大ジャンガリアンハムスターはニヤリと笑った……ような気がした。
「くそっ……ここまでか」
父は大きく息を吐いてから、俺へと振り返る。
「アレス、お前は逃げろ。すまないが……母さんと妹を頼む……」
「父さん?」
「お前たちが大人になるところを見たかったが、これはどうにもならない。早く行け!」
父は青い顔をしながらも、俺を安心させるように笑みを浮かべた。
「森の賢王! 逃げるのは息子だ! さぁ、一思いにやってくれ!」
父は俺を庇うように前に立ち、ハムスターに向かって声を張り上げた。
「子のために自らの命を差し出すとは立派な親でござるな。その心意気に免じて苦しまずに逝かせてやるでござるよ」
ハムスターは尻尾の先を父へと向ける。
待てよハムスター。そんなこと……俺がさせるわけが無いだろう?
「父さん……そんなことさせないから」
今まで俺は自分の力を隠してきた。
当然だ。こんな得体の知れない力のある子供なんて親からすれば恐ろしい以外何ものでもないだろう。
しかし今、自分の意思でその秘密を開示する決意を固めた。
こんなところで父を――俺の家族を死なせるわけにはいかない。
オフにしていた自分の中にあるチカラ……
瞬間、森の空気が一変した。
「な、なんだ!?」
「フギャァァアアア!!」
父の体がビクリと大きく震え、ハムスターが一瞬で近くの木の頂上まで上り尻尾を股の下に隠す。
ワールドチャンピオンの
レベルⅠから順に「恐怖」「恐慌」「混乱」「狂気」「即死」を相手に付与する
ユグドラシルでは不可能だったが、どうやら対象者を任意で除外出来るようなので即座に父は対象から除外した。
父よ……一瞬だけとはいえ怖い思いをさせて申し訳ない。
「な、なんでござるか!? なんでござるか!?」
「黙れ畜生。お前は『俺』を怒らせた」
コイツは俺の大切な存在を殺すと言った。
ならばその前に俺がコイツを殺してやろう。
殺られる前に殺る。攻撃こそが最大の防御なり。
「アレス……?」
「父さんごめん……話は後で」
アイテムボックスから愛刀『神裂』を取り出し構える。
この刀の攻撃力はユグドラシルでも最上位。一太刀で楽に殺してやろう。
「ま、待って欲しいでござる! 降参! 降参するでござる!」
「何を今更……殺していいのは殺される覚悟のある者だけ。お前にはその覚悟があるんだろう?」
「なんでもするので命だけは助けて欲しいでござる! 何卒!」
ハムスターは木から飛び降りてゴロンと仰向けに寝転がった。
「見苦しい」
どこかで動物が腹を見せるのは服従の証だと見た覚えがあるが……だからどうした。
せっかく首を晒してくれたのだから一思いにその首を刎ねてやろうと刀を振り上げようとした瞬間、父に肩を掴まれ止められてしまった。
「待て!」
「父さん離して。コイツ殺せない」
「殺すのを待てと言ってるんだ!」
初めて聞く父の怒声を聞いて、俺の体は一瞬硬直した。
「落ち着いたか?」
「う、うん……でも、どうして止めたの?」
父に止められるとは思わなかった。
むしろ、殺意全開で刀を握っている相手の肩を掴んで止めるとか危ないからやめて欲しい。
「見た感じ、お前なら森の賢王を殺せるんだろう。だが殺すのは不味い」
「どうして?」
「森のバランスが崩れるからだ」
ごめん父さん……バランスならとっくに崩れてると思うんだ。主に俺のせいで。
「でも……」
「森の賢王はお前に服従しようとしている――そうですよね?」
「そうでござるよ! 某は殿に仕え、共に歩む所存! なのでどうか命だけは助けて欲しいのでござるよ!」
父が森の賢王に問いかけると、森の賢王は必死な様子でそれを肯定する。
「な? 忠誠を誓うという相手を無闇に殺すものじゃないぞ?」
「殿! 何卒! 何卒ぉぉおお!!」
ハムスターうるさい。
「でもコイツ、こう言って油断させておいて後ろから襲ってくるかもしれないよ?」
ユグドラシルに限らずPvPが盛んなゲームではこういった騙し討ちを仕掛けてくるプレーヤーはたくさん居た。
その中でもギルド『アインズ・ウール・ゴウン』所属のぷにっと萌えというプレーヤーはそういった感情を利用したトラップを仕掛けるのがやけに上手かったなと思い出す。
何度煮え湯を飲まされたか……
彼(彼女?)はプロゲーマーではなかったが、それでも尊敬できるプレイヤーの一人だ。
「森の賢王は裏切るつもりはありますか?」
「無いでござる! 殿に絶対なる忠誠を捧げるでござるよ!」
「なぁアレス、森の賢王もこう言っているんだ、許してやったらどうだ?」
父よ……
命を狙われたのは父のはずなのに、なんでこのハムスターを庇うことができるのですか?
器、大きすぎません?
さて……なんだか殺すのも悪いような気もしてきたし、これどうしようかな?
「それになアレス」
「うん」
「今までカルネ村がモンスターの脅威に晒されなかったのは、森の賢王が居たからだ」
それは……うん。聞いたことある。
「俺たちカルネ村の住人は森の賢王を恐れながらも感謝してるんだ。わかるな?」
「うん……」
「だから……な?」
父の説得に、俺は首を縦に振るしかなかった。