「アレス様、ラキュース、一ヶ月ほどお時間を頂くことは可能でしょうか?」
「どうして?」
カッツェ平野花火大会の翌日、俺とラキュースはラナーに招かれて王城にある彼女の私室へと訪れていた。
一日も早くというのが俺たちの共通認識だったはずなのだが、急にどうしたのだろうか?
一ヶ月もスーちゃんのところに行くのを遅らせようとするなんて、ラナーは実は悪魔なのだろうか? 討伐しちゃうよ?
「八本指を確実に壊滅させるためと、王国の混乱を最小限に抑えるためです」
ラナーは力強い口調で言い切ってから、説明をしてくれた。
なんでも、今の人数だとどうしても人手が足りず、致命傷を与えることは可能でも壊滅させることはどう計算しても不可能だったらしい。
最初はそれでもと思っていたが、俺から齎された資料を読み込んでいくうちに一番必要であった政治力に長けた貴族を味方に引き入れることが出来ると確信したそうだ。
「その貴族って一体誰なの?」
「六大貴族が一人、レエブン侯です」
レエブン侯? 誰それ?
「レエブン侯って……貴族派のトップに近い貴族じゃない!」
「はい。ですが今は王派閥ですよ」
「そうなの?」
「ええ。アレス様から頂いた資料からそう判断しました」
ラナーは俺に向けてニコリと微笑む。
言われてみればボウロロープとか言う貴族派のトップの王都屋敷の次に忍び込んだような気もしてきた。
あまり悪事を行っていない貴族だったので俺の記憶に残らなかったようだ。
「レエブン侯は息子さんが産まれてから考え方を改めたそうです。以前は王位の簒奪を目論んでいましたが、今では王国の安定のため王派閥と貴族派閥のバランスを考えて行動しているようですね」
「そんなことまでわかるの……」
「元々王宮に流れる噂で承知はしていましたが、確信を得たのはアレス様から提供された資料のおかげです」
ありがとうございますとお礼を言われたので、軽く会釈を返しておく。
話の流れはよく分からないけど、つまり半信半疑だった情報が俺が持ってきた証拠資料を見て確信に変わったってことかな?
そんな資料あったかな……一通りなんとなくは覚えているけど、思い出せる中にそんな資料は存在しなかったと思うのだけど。
まぁそんなことは置いておいて、これだけ頭のいいラナーが信頼出来ると言うのならそのレエブン侯とやらは信頼してもいいのだろう。
「レエブン侯を引き入れることが出来れば王国の混乱も最小限に抑えられ、八本指の完全な壊滅も夢ではなくなります」
「ラナーがそう言うのならそうなのでしょうね……」
ラキュースは理解はしているようだが、納得はしていない様子。
かく言う俺も似たようなものだ。
そもそも俺の場合、王国が混乱しようがしまいがあまり興味は無い。
俺の大切な人の身内に手を出した八本指を潰すことが目的なのであって、王国を救うというのは結果的にそうなるという話でしかないのだ。
王女様に頼まれたからと言って軽々に頷くわけにはいかない。
「兵は拙速を尊ぶとも言いますが、ここは時間を頂きたいと思います。どうか……」
「ラ、ラナー様!?」
「ラナー……」
ラナーは立ち上がり、深く頭を下げた。
あまりの事にラキュースは言葉を失っているし、俺もどうしていいのかわからない。
ラナーの後ろに控えていたクライムも狼狽えている。
「わかった……わかったからお願いラナー、頭を上げて?」
「ありがとうラキュース。アレス様もどうか……」
「ええと……」
王族に頭下げさせておいて「嫌です」とはさすがに言えない……
オリハルコン級とはいえ、農村生まれの俺にこんな深く頭を下げるなんて、この王女様は真に国のことを憂いているのだろう。
そんな優しい王女様にこんなに真摯な態度で頭を下げられたのだ、それに応えないなんて男が廃る。
男はお姫様の頼みは断ってはいけないのだ。
さっきと言ってることが違うって? 知ってるよ!
「……分かりました。頭をあげてください」
「アレス様、ありがとうございます」
もう一度頭を下げてから、ラナーは美しい微笑みを浮かべて頭を上げた。
「あと一週間もしないうちに王国軍は王都に帰還するでしょう。勝負はそれからです!」
ラナーは胸の前で両拳を握り、顔に力を入れて「ムッ」とした表情を作る。
「全ての準備が整い次第、八本指に強烈な一撃を与えてやりましょう!」
そのまま右ストレートを放つが、その拳は遅く、力強さは欠片も無い。
しかしその意思は受け取った。
俺たちがラナーの拳となって八本指を崩壊に導いてやろう。
そう誓って、俺たちは城を後にした。
さて……一ヶ月後か、それまで何をしよう……
あれ? この間に聖王国に行ってスーちゃんを探してもいいんじゃね?
今ならほっぽり出した事にはならないだろうし……ありよりのありじゃない?
悪魔かもしれないなんて思って申し訳ない。
ラナー、君は天使のようなまさに理想の王女様だよ。