私の……神崎澄香の記憶が戻っておよそ一ヶ月の時が経過した。
頻繁に前世の記憶がフラッシュバックして衝動的に死にたくなるが、その度に姉様が駆け付けて来てくれるおかげでなんとか耐えられている。
一日おきに家にやってくる女性神官さんから魔法を習い、先日遂に《
8歳で魔法を習得するのはかなり異例のことらしく、我がカストディオ家は上へ下へと大騒ぎとなってしまった。
ちなみに自分が今8歳だということはこの時に知った。8歳で姉に『だいしゅきホールド』をカマしたとは我ながらお恥ずかしい限りである。
私としてもこの世界の神様を一切信仰していないにも関わらず信仰系魔法が使えたのでこの結果には大満足だ。
これはもう明日から姉様にも『剣神ペニー』を信仰するように勧めるしかない!
そうして彼の居ないこの世界に彼の痕跡を残すんだ!
そう鼻息荒く決意を固めた日の夜、事件が起こった。
父が毒を盛られたのだ。
幸い治療が間に合い、命に別状はなく犯人もすぐに捕まったのだが、かなり不安な気持ちにさせられた。
その日の夜、ベッドの上でぼんやりと「毒耐性の付く指輪でもあればなぁ」などと考えていると、目の前の空間が歪みポッカリと穴が空いたように黒く染った。
これはユグドラシルで何度も見たアイテムボックスだとすぐに勘づいたので手を入れてみると、手を入れた瞬間に指先に何かが当たる感触があった。
それを掴みアイテムボックスから手を引き抜くとあら不思議、そこには毒に対する完全耐性を付与する指輪が握られていたのだ。
これは! と思った私はアイテムボックスを開いて手を突っ込んでは引き抜きを繰り返し、目の前に装飾品の山を作り出した。
「あとは……」
再びアイテムボックスを開いてゴソゴソ手を動かす。
「あった」
私が取り出したのは一日三十回《
ユグドラシルでの私は
《
「えっと……これは『毒完全耐性』でしょ、こっちは『麻痺完全耐性』で、これは『呪い強耐性』……」
次々とモノクルを使って装飾品を鑑定。とりあえず家族全員に一通りの情報異常耐性が付けられるように分けていく。
「これは『腕力上昇』だからいらない、こっちは『飲食睡眠疲労無効化』だからとりあえずキープ。それからこれは……」
流れ作業のように鑑定をしていた手が止まる。
モノクルを通して鑑定された指輪、そこに表示されていたのは……
「『対となる指輪の所有者がログインしている時、宝石は青く輝く。
所有者同士が近くにいる時、指輪の宝石は赤く輝きその効果を発揮する』……」
間違いない。これは私が唯一所有している
「でも……」
指輪の宝石に、青い輝きは無い。
無色透明の宝石が月の光を反射して美しく輝いているだけなのだ。
やはりこの世界に、彼は居ない。
つい数時間前に『彼の居ないこの世界に彼の痕跡を残す』と決意したが、本当に彼が居ない現実を突きつけられたようで私の気持ちはドン底まで叩き落とされた。
彼は今どうしているだろうか?
私の最後のメールは読んだだろうか?
きっと読んではいない。プロゲーマーでゲーム動画配信者である彼が斜陽化したユグドラシルにログインしてプレイすることは無いだろう。
そんな暇があればもっと人気のあるゲームをするはずだ。
「やっぱり死ぬ前にもう一度だけでも会いたかったな……」
頬を伝う涙を拭い、目の前の装飾品の山をアイテムボックスへと片付け、エンゲージリングを握り締めながら布団に潜り込み、一人寂しく眠りについた。
この数年後、宝石が青く輝き始めることを私はまだ知らない。