一通りのお説教が終わり、ようやく立ち上がる許可をいただけた。
内容としては「ムードが無い」だの「女心がわかってない」だのかねてから前世の
「あの、姉様、ツアーさん、ちょっとお願いがあるのですが」
「なんだい?」
「ケラルトのお願いならなんでも聞くぞ!」
あれ? 俺には無いの?
「少しの間向こうを向いて耳を塞いでいて頂けませんか?」
「うむ、わかった!」
レメディオスは頷き、回れ右をした。そして両手の人差し指を耳へと突っ込む。
素直だな。
「そんなことをしても見えるし聞こえるんだけど……わかったよ」
ツアーも頷き、スーちゃんの言葉に従って後ろを向いて耳を塞ぐ。
そういえば中身ないのにどうやって見て聞いてしてるんだろ? 本体の感覚?
今度聞いてみよう。
「……よしっ」
スーちゃんは二人がこっちを見ていないことを確認して、小さく呟いた。
これから何が行われるのだろうか? 折檻?
俺の悲鳴が聞こえないように配慮したの?
「まな……アレス、気を付け!」
「はいっ!」
スーちゃん、一瞬俺の本名呼びそうになったね? 呼んでもいいんだよ? むしろ呼んで?
「アレスも目を閉じて」
「はい」
《上位物理無効化III》は切っておいた方がいいかな?
見た感じスーちゃんはレベル低そうだし、俺もレベルを下げておいた方がいいかもしれない。
これから殴られるとして、今のままではスーちゃんの拳を痛めてしまう。
それならスーちゃんよりレベルを低くしておいてスーちゃんの拳ではなく俺にダメージが入るようにしておかなければ……
そんなことを考えながらレベル30相当の戦士職へとビルド変更をしていると、柔らかな感触が俺の体を包み込んだ。
「私も……会いたかった。ずっとずっと、会いたかった」
抱擁。今俺はスーちゃんに抱き締められている。
その事実だけで即死して成仏してしまいそうだ。
「スーちゃん……」
スーちゃんは俺の肩口に顔を埋めながら少し震えている。
スーちゃんの背中に手を回してそっと抱き締めると、その震えも止まった。
「スーちゃ……んむっ」
そろそろ目を開けてもいいか問おうとしたのだが、言い終える前に何かに口を塞がれてしまった。
この感触……懐かしい。何年ぶりだろうか……
「……もう目を開けてもいいですよ」
「あっ……」
唇の感触が消え、スーちゃんは体を離してしまった。名残惜しい……
「ファーストキスです。責任取ってくださいね?」
「望むところです!」
前世に続いて今世もスーちゃんの初めてを貰えるとか……幸せすぎて死ぬんじゃないかな?
死因はどこかの非リアが僻んで《
……俺、即死耐性完全だったよね? あとでちゃんと確認しておこう。
そしてやっぱり《
俺とスーちゃんの恋路を邪魔するやつは金玉潰れて死んじまえ。
反対するのなら父のでさえ潰す覚悟だ。反対しそうにないけど。
むしろスーちゃんを連れて帰ったら鼻の下を伸ばしてデレデレして母にしばかれる……うん。これだな。簡単に想像出来た。
「さて、姉様、ツアーさん、もういいですよ」
「む、もういいのか……って顔が赤いぞ!? 風邪でもひいたのか?それともアレスに何か言われたのか!?」
「べ、別に何も!」
「本当か!? もし何か言われたのならすぐに言えよ! 私が斬ってやるからな!」
「姉様には無理です」
ぎゃあぎゃあと姉妹で言い合っているが、スーちゃんが楽しそうなので問題無いだろう。レメディオスがガチっぽいのが少しだけ怖いけど……
「アレス」
これは斬撃耐性も強化しておいた方がいいのかもしれないと考えていると、背後からツアーが話し掛けてきた。
その声は普段の軽い調子とは違い、真剣そのものだ。
「何?」
「彼女が『そう』なのかい?」
「そうだよ」
ツアーも俺がスーちゃんを探していたことは当然知っている。
以前ツアーから俺の目的を聞かれた時に「恋人探し」と答えた時のツアーの間の抜けた雰囲気は今思い出しても笑ってしまいそうだ。
「そうか……なら、彼女にも確認しておかないとね」
「何を?」
「『世界を穢すつもりはあるのか』だよ――なんのつもりだい?」
気が付けば俺は無意識のうちに神裂を抜いてツアーの首元へと突き付けていた。
「スーちゃんが世界を穢すなんて……お前、ふざけてんの?」
この鎧の中身は空っぽだ。斬ってもツアー本体にはなんの痛痒も与えられないのは分かっている。
それでも……スーちゃんが世界を穢すとか有り得ないだろ。
「ふざけてなんかないよ。君には彼女が世界を穢さないという確信でもあるのかい?」
「あるに決まってるだろ」
こいつは一体何を言っているのだろうか?
「スーちゃんがこの世界に存在する……それ以上の幸せがこの世にあると思ってんの? 息を吸ってみろよ、今この瞬間これだけ空気が美味しく感じるのはここにスーちゃんがいるからに他ならない! スーちゃんがいるだけで世界は美しい! スーちゃんの存在で世界は浄化されていると言っても過言ではないんだ! それなのに……お前なんてこと言ってくれてるの? 敵なの? お前俺の敵になりたいの? スーちゃんはね、とても優しいんだ。困っている人がいれば手を差し伸べるし、頑張ろうとしている人がいたら背中を押してあげるんだ。もちろん悪いやつにはそんな事しないよ? つまり善悪の線引きもしっかりしてるし、例え自分が辛い目に遭うと分かっていても悪いことには手を出さない強さも持ってるんだ! それにそれに――」
「ちょっと待って! 圧が! 圧が強い!」
ツアーが両手を上げて降参のポーズを取ったので一度黙る。まだまだ言い足りないが仕方ない。
早く謝らないと自慢の鎧がズタズタになっちゃうぞ?
「怖いよ……君、目から光が失われてたよ?」
「で?」
「分かった、悪かった。僕が間違っていたよ」
分かればいいんだよ分かれば。
「はぁ……この件は置いておくとして、アレどうするつもりだい?」
「アレ?」
ツアーが指差す方向を見ると、綺麗に真っ二つになった丘が目に入った。
俺が誤射しちゃった丘だね。
「……」
「……」
ツアーは何も言わない。俺も何も言えない。
「貸しひとつだね」
「はい」
あれ? どうしてアベリオン丘陵の丘を斬ったことがツアーへの借りになるんだ?
流れで返事したけど、これおかしくない?
「じゃあ僕は先に王都に戻ってるね。再会できたことは伝えておくから、ゆっくりして帰るといいよ。《世界移動》」
「え?」
言い終えると同時、ツアーの姿が掻き消えた。
アイツ……転移出来るの?
しかしゆっくりと言われてもなぁ……
「おいアレス!」
「ん?」
「ケラルトが動かなくなったぞ! お前のせいなんだからなんとかしろ!」
「ええ……」
レメディオスに言われてスーちゃんの方を見てみると、スーちゃんは蹲り顔を両手で押さえていた。
「私はあまり聞いていなかったが、お前とツアーが言い争っているのを聞いてああなったんだ! なんとかしろ!」
「なんとかしろと言われましても……」
多分スーちゃんは俺の「スーちゃんは世界を穢したりしないよ!」の説明を聞いてああなってしまったのだろう。
ふむ、少し言い過ぎたかな? あれでもかなり抑えた方なんだが……
まぁ戻し方は分かるから別にいいんだけどさ。
「大丈夫だよ。あれは恥ずかしがってるフリをしているだけだから。あと1分もしないうちに元に戻るよ」
「なに? 本当か? なら安心だな!」
「フリじゃありません!!」
俺の適当な説明にレメディオスが納得しかけたところでスーちゃんが立ち上がり、鋭いツッコミを入れてきた。
「ほら、直った」
「アレス……お前すごいな!」
「もう! アレスも姉様も喋らないで!!」
よかった。ちょっと煽るとすぐムキになるところは変わってなかった。
スーちゃんの可愛いところが変わってなくて安心だ。
「そんなことよりもっと落ち着いた場所で話さないか? アレスとケラルトの関係も気になるし……」
「姉様!」
このレメディオス、なかなかやりおる。ムキになったスーちゃんのあしらい方がとても上手い。
でも確かに辺り一面亜人の死体だらけの場所でこれ以上話すのもアレだし、ここはレメディオスの提案に乗っておこう。
「そうだね。じゃあカリンシャに行く?」
「うむ。そうしよう」
「もぅ……話は終わってませんからね!?」
それから俺たちは聖王国とアベリオン丘陵を隔てる城壁へと向かって歩き始めた。
そういえばこの二人、急に消えたツアーのことは気にならないのだろうか?
ツアー、影薄いな……どんまい!