悪役の魂と共にMCU転生したので生き延びる   作:ゴウカザルのスケジュール

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第三話

薄々気が付いていた。

我が家がひとり親家庭であるという事に。

それが確定したのは約1年前。

つまり、私が3歳の頃だ。

 

その日、珍しく母親が号泣していた。

手元には一枚の通知文。

TOEIC600程度の私の英語能力では不安であったので、

ドイツ語も英語も完璧に出来てしまう天才ゾラ爺に翻訳して貰うと、

衝撃の事実が判明した。

 

私の母親は不倫相手であった。

 

通知文の内容としては、イラク戦争で父親が死んだというクソほどどうでもいい内容であった。

産まれて以降、一度も顔を見せた事がない父親は軍人だったという真実を知った訳だが、今更どうも思わない。

 

それよりも、だ。

父親は別の家庭を築いていた。

その為、死亡弔慰金や生命保険等の諸々の生活資金が我が家には1円……嗚呼、アメリカなのでここは1ドルか。

 

兎も角、死亡弔慰金も遺族年金も一切支払われず、疎遠な父親の実家にすべて持っていかれた。

今後の生活費に対する目処は立っていない。

 

当然、父親からこっそり渡されていたであろう養育費等も入ってこなくなる。

意地の悪そうな腹違いの姉を連れたババアが殴り込みに来た際に言われた。

未だ3歳児でしかない私は、ゾラ爺と共に阿鼻叫喚するしか無かった。

 

 

 

 

アレから1年が経った。

前の家からは家賃滞納の末、追い出され、

今は湿気と排気ガスが混じり合う劣悪なボロアパートの部屋で生活を送っている。

 

よくある一般的なネグレクト家庭だ。

ひとり親である母親は、体調が良ければ昼間はパートに行く。

酒かドラッグで意識がぶっ飛んでいる事も多々ある。

そして、夜は男を連れ込んで、三割程度の確率で金が支払われている。

 

そんな母親を横目に私は図書館へ行くことを、ほとんど日課として扱うようになっていた。

 

別に読書家になったわけではない。前世でも本は読んだが、休日に文学全集を抱えて一日を過ごすような趣味はなかった。

どちらかといえば、仕事をする上で必要になった制度や法令を調べるための手段であることのほうが多かっただろう。

 

今も事情は似ている。

ただ、以前と違うのは、調べなければならない範囲があまりにも広いことだった。

 

 

アメリカの福祉制度。

州政府と連邦政府の権限関係。

TANF、フードスタンプ、Medicaid、SSI。

児童保護制度。

コンピュータ理論。

 

そして、2005年という時代そのもの。

 

 

前世の記憶はまるで役に立たなかった。

正確に言うならば、働いていた先である日本の地方自治体は時代も相まってとても優れた行政制度が整備されている。

一方、この頃のアメリカはどうなのかと、問われるとかなり厳しい。

 

現実はすこぶるハードだ。

知識チートは成り立つ見込みが無かった。

 

無論、行政制度というものが、どういったものであるのか───そういう概念的な部分は役に立つ。

法律の条文だけで出来上がっているわけではない。

法律があり、政令があり、規則があり、通知があり、内部処理があり、現場の運用があり、その末端に、ようやく一人の住民がいる。

 

故に、制度の名前を覚えただけでは何の意味もない。

という程度の、法や行政との付き合い方は役に立つ。

 

その制度を誰が対象となっており、どこへ申請し、

その際に何を証明しなくてはならないのか。

どの時点でどういった条件で自身は躓き、

躓いた場合にどのような別の制度に拾われるのか。

 

そこまで分からなければ実際の生活に役に立たない。

法や制度に対する知識から実務という段階まで自力で昇華せねばならない。

 

法的には4歳児でしかない私では申請は困難な道のりであった。

というか、正攻法ではシンプルに無理だった。

 

コレは行政職員だった頃にも何度か見てきた問題だった。

救済制度や法知識が有るが、それを社会的な権利へ変換する手段がない。

 

貧困層に対する支援も、実務上、どうせ意味が無いと後回しにされがちである。振込先というが、こっちは社会的信用が無さ過ぎて口座開設が不可能なのだ。

 

親権というのも、とてもデリケートな問題だ。

子供の主張というのは一貫性も信頼性も無いと定義されている上、

余程の緊急性が無い限り、介入する法的権利が無い。

 

 

纏めると、

見た目は子供、頭脳は大人、現実はハードッッ!

である。

 

 

 

そして、更に困った事に徐々に環境は悪化の一途を辿っている。

母親は昼間のパートは辞めてしまったようで、

逆に男を連れ込んでくる頻度は、コレまで週3回くらいのペースだったのが、毎晩になっている。

しかも毎回、違う人物なので再婚云々ではなく、客って事だろう。

つまり────まぁ、そういう事だ。

 

 

そして、強制的に聞かされる母親の悲鳴。

どうせ首を絞められているのか、殴られているのか、なんかしらのどれかだ。

男の荒い鼻息。充満する違法薬物の香り。

 

この肉体に宿る魂が、アラサーの私と、ゾラ爺でなかったら、

必ず何処かのタイミングで狂ってるだろう。

明らかに、子供の養育環境としては劣悪だ。

生活困窮者なので仕方無いとはいえ───いや、仕方無いのか?

本当に?

 

 

「当人の能力不足だろう」

 

 

ゾラ爺が脳内で呟く。

 

 

「まぁそうだろうな。私も同意」

 

 

別段、実存主義者という訳では無いが、

構造主義寄りの思想で考えたとしても、

母親の悪かった点が多く見つかる。

 

そもそも、初期の環境はハードではあったが、ルナティックではなかったのだ。

非正規とはいえ、昼間の仕事に就いていたし、その段階で転職活動や行政支援を受ける方向で積極的に活動を行えば、ここまで搾取される程、堕ちていく未来は無かっただろう。

 

 

「いや、無理か」

 

「多少はマシな環境にワシらが身を置いていた可能性も有るだろうが、

やはり、無理では無いか?この女、手に職が無いではないか」

 

 

ゾラ爺の言う通りかも知れない。

私の母親は顔は良いが、履歴書は汚過ぎる。

高校は中退。

短期間での転職を繰り返し、その場限りの男を作る事でなんとか生きながらえている。

厳しい言い方かも知れないが、行政側の視点では、明らかになにかしらの障害を持っている方だろう。

 

そんな母親に対して、行政は何をしていたのか。

その答えは、私が図書館で様々な文献に目を通して理解した。

端的に言うと、制度は有りますのでご自由に───という状態だ。

 

内縁の妻に対する法整備はされていない。

 

1996年のクリントン政権下に成立した福祉改革法によって、

現金給付のハードルが劇的に上がっている。

 

ひとり親世帯に対する支援事業がそもそも存在しない。

……いや、行政側の支援は無いが、父親に対する取り立て機関は有るには有る。

だがしかし、内縁の妻で、認知されていない場合、先ずは親子関係存在確認の訴えでも提訴しない限り、取り立ては不可能。

その訴えを起こすには裁判費用が必要だ。

 

行政制度は最底辺の未婚シングルマザーには利用不可能な構造になっているという悲しい事実。

 

 

ならば、私が取るべき手段はただ1つ。

自力救済だ。

 

そもそも、自力救済の禁止という概念は、国家が代わりに何とかするからと言う前提の上で成り立っている。

 

その履行義務を国家が果たさない場合は、緊急避難を名目として自力救済すべきである。

 

脳内のゾラ爺はもっと過激な事を言っている。が、全て無視。

爆破で解決したら警察要らねぇよ。ギャングだけでいいんですわ。

 

とはいえ、ゾラ爺の過激な意見を肯定する訳では無いが、そもそも、法と倫理と道徳は全て別個の問題である。

法解釈に道徳とかいうカスみたいな概念を持ち込む輩は、法律を真に理解していないニワカ野郎であるとは、私も思っている。

 

脳内で持論を展開し、揶揄を入れるゾラ爺を無視しつつ、私は、男が置きっぱなしにしている分厚く無骨な折りたたみ式の携帯電話を静かに手に取った。

 

さて、掛けるか。

 

 

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