迷宮を目指した俺は、世界を間違えた 作:アルマトラン
一つの話にしようかと思ったんですが、後半まだ書いてる途中なので前半だけ。
二日酔いの大失態から一週間。俺達はいつも通り冒険者として活動を再開し、拠点にしている街の冒険者ギルドを訪れていた。
シルフィ達を無事にラノア王国へ送り届けてすぐに、俺はギルドの掲示板に貼られていた父さんからの書き置きを見つけていた。中央大陸から発された情報が、ようやくこの北方大地まで回ってきたのだろう。
そこには驚くべき、そして安堵すべき事実が記されていた。
──ルーデウスは生きている。それだけでなく、リーリャとアイシャもルーデウスが連れてきて合流できた、と。その後の大部分は、俺へのメッセージだった。
現在、グレイラット家でまだ見つかっていないのは、あと母さんのみ。
「中央大陸はあらかた探したが、未だに情報は無い。俺は引き続き捜捜を行う。ルークも北方大地に行き、捜索にあたってくれているとアルフォンスから聞いている。それと、俺の知人達を助けてくれてありがとう。ロールズやフィップもお前に礼を言っていた」と書き残していた。
──フィップ? はて、誰のことだろうか。
俺はそんな人物を助けた記憶は無い。あの夜、俺がブエナ村の転移跡から助け出したのは、フィリップさんとヒルダさん、そしてロールズさんとエルナさんの四人だ。
──……あー。フィップって、フィリップさんのことか。
偽名としてあまり機能していない気がするけれど、大丈夫か父さん。
俺が父さんへ宛てた返信の手紙は、どうやらアルフォンスさんが俺の代わりに読んで、すでに返信をしておいてくれたらしい。本当にありがたい。あの時は一刻も早く修行と捜索を行いたくて、何も考えずに村を飛び出してしまった。
本当に、俺は昔から考えなしというか、行き当たりばったりというか、成長がない。
前世の年齢を合わせたら、俺は今三十五歳程になるはずだが、人間の根っこの部分はそう簡単には変わらないらしい。父さんの手紙の続きはまだあった。
「ギレーヌはお前がとてつもなく強くなっているだろう、と言っていた。俺からしてみれば、あまり想像はつかないが。けれど、お前はぐれ黒竜を単独討伐したそうじゃないか。そんな芸当は俺でも絶対に無理だ。お前も転移災害から生き延びるために強くなったんだな。そう思うと、ますます自分が不甲斐ない」
少し自分を責めるような文面が続いていた。父さんも、必死に戦っている。
「話を戻そう。俺達はイーストポートに行く。今後何か情報を得た時は、イーストポートの冒険者ギルドへ連絡してくれ」
それが、手紙の締めくくりだった。
俺と師匠は、それからいくつかの依頼をこなしながら、並行して母さんの捜索を続けていた。けれど、情報は一切出なかった。
もしかしたら、母さんはこの北方大地には飛ばされていないのではないか。そんな嫌な予感が頭をよぎるが、確かめる術はない。
ビヘイリル王国まで足を伸ばし、冒険者ギルドや裏の情報網まで当たってみたが、母さんの手がかりは何も無かった。
どこに行っても、空振りばかり。無力感が胸にじわじわと広がり、焦りと悲しみが心を蝕んでいく。手がかりすらない暗闇の中を、ただ闇雲に突き進んでいるような感覚だった。情報をどれだけ整理しても、導き出される答えは「見つからない」という残酷な現実だけだ。
「……ルーク君。とりあえず、今日はもう休みましょうか」
夜の宿で、俺の様子を察した師匠が静かに声をかけてくれた。
「……はい」
俺は力なく返事をして、ベッドに横になる。
気落ちしている俺を、師匠がどれほど心配そうな、静かな眼差しで見つめてくれていたか。その時の俺は、自分の心の余裕の無さのせいで、まったく気が付いていなかった。
次の日の朝。
いつものように冒険者ギルドの食堂でスープを啜りながら、俺と師匠は話し込んでいた。
未だに捜索の成果が出ないことに気落ちしている俺は、いつもより返事が素っ気なくなっていたかもしれない。
師匠はそんな俺の様子をじっと見ていたが、唐突に口を開いた。
「最近、新たな迷宮が発見されたらしいですよ。なんでも、龍鳴山の麓にあるのだとか」
俺の手が止まる。
師匠の視線が、俺の左目にある火傷跡をそっと見つめていた。
「いやね、君は迷宮にそんなに良い思い出は無いかもしれませんが……本来、迷宮攻略というものは楽しいものです。ですから、その、気分転換にどうかと思いましてね?」
少し言い淀みながら、師匠はそう言った。
ああ、そうか。この人は、俺の元気が無いのを師匠なりに気遣って、あえて新しい刺激を提案してくれているのだ。そのあまりにも不器用で温かい心遣いが、なんだか急におかしくて、愛おしくて、俺は思わず吹き出してしまった。
「……何笑ってるんですか」
師匠が少し不服そうに頬を膨らませる。
「いや、なんでもないですよ。行きましょ、迷宮」
俺が即答すると、師匠はなおも心配そうな顔で俺を見た。
「……嫌ではないのですか? 仮にも君は、迷宮に強制転移され、その消えない傷を負ったというのに」
「むしろ、昔から好きですよ。ワクワクしますよね、迷宮」
俺は笑ってみせた。前世の漫画の記憶だってある。それに、あの転移の時は色々不甲斐ない結果で終わってしまったからこそ、今の自分の力で、今度は完璧に踏破してやりたいという思いが強かった。
「今回はしっかり踏破したいです!」
「……そうですか」
俺の言葉を聞いて、師匠はホッとしたように、いつもの柔らかな笑顔になってくれた。
「それで、その迷宮の危険度はどれくらいなんですか?」
「それが、まだ発見されたばかりなので、詳しくは分からないのですよ。ですが……すでに冒険者パーティが何組か入っているそうなのですが、一向に戻ってこないそうです」
龍鳴山の麓で発見された未知の迷宮。その噂は瞬く間に広まり、我先にと手柄を求めた冒険者たちが乗り込んだ。しかし、その後、生きて帰ってきた者の音沙汰があまりにも無かったため、ギルドの連中の間ではすでに『帰らずの迷宮』という不吉な仮称で呼ばれているらしい。
「へぇ。それは腕が鳴りますね」
「フフフ」
今度は師匠が不敵に笑った。
「? 何笑ってんですか」
「いえいえ。君も、しっかり男の子だなと思っただけですよ」
「え?」
「口角が上がってますよ。そんなに楽しみですか?」
師匠に指摘され、俺は少し恥ずかしくなり、無意識に左頬の傷痕をポリポリとかいた。図星だった。
「どうします? 明日にでも行きましょうか」
「……ですね。とりあえず今日のところは、しっかりと準備をしましょう。俺達の足なら、一週間ほどで着くでしょうし」
俺達は今、パシェラント公国にいる。そこから龍鳴山の麓までは、大体それくらいの距離だ。
普通の冒険者が行こうと思えば二週間以上はかかるだろうが、俺と師匠は休憩を最小限にして強行軍で進むことができる。時間が大幅に短縮されるはずだ。
野営の準備や保存食の備蓄など、とりあえず今日はその買い出しに費やすことにした。
次の日、俺達は朝早くからパシェラント公国を発った。
最近は厳しい 冬も過ぎ去り、すっかり暖かな春の気候になっていた。いつの日か倒したぐれ黒竜の素材で作ったコートを着ていなくても、十分に快適に過ごせる陽気だ。
しかし、師匠は何故かその黒竜のコートを頑なに羽織ろうとしていた。
「師匠、汗だくで旅路を進む方が嫌でしょ。脱いでください」
俺が半ば呆れながら言うと、師匠は「ええー……」と不満そうにしながらも、渋々コートを脱いで荷物に仕舞った。コートを気に入りすぎだろ、この人。
旅路は非常に良好だった。
道中に出現する魔物も、これまでに何度も倒したことがある奴らばかりで、特に苦労するような相手は何一ついなかった。
だが、そんな移動の道中でも、俺達は修行を決して欠かさなかった。
シルフィへの気持ちに気付いた今、俺の中で「より強くなりたい」という渇望は、以前よりも遥かに大きくなっていた。シルフィを守るために、北帝のままで満足しているわけにはいかない。
師匠と道端で剣を交える時、俺が自分で編み出したオリジナルの技は、基本的に使わないようにしていた。使うとしたら、間合いを狂わせる『影纏い』くらいだ。
俺のスタイルは、師匠の鋭い剣をひたすら捌き、一瞬の隙にカウンターを狙う形に特化していた。
「ルーク君、自分から相手に斬りかかる気持ちも大事ですよ」と、師匠には常に言われている。
けれど、どうしても自分から攻めるのは性に合わなかった。むしろ、自分から手を出すと、師匠には先を読まれているかのように、必ずと言っていいほど剣が通らないのだ。だから無意識のうちに、俺の剣は後手に回るようになっていた。
師匠も最初の頃はそれを矯正しようとしてくれたが、いつしか俺に「先に剣を出しなさい」とは言わなくなった。
ある日の模擬戦の後、師匠は汗を拭いながらこう言った。
「君の根っこにあるのは、優しさです。自分から相手を傷つけたくないと、君は無意識に思っているのでしょうね。何年か君と一緒にいて、それが君の持ち味なのではないかと私も気が付きました。あくまでも『守るための剣』であろうとする君のその姿勢を見て、私もようやく分かりましたよ」
俺自身にはその自覚があまり無かったが、師匠の中では何か納得がいったのだろう。それ以来、俺の後手必勝のスタイルをさらに極める方向で指導してくれるようになった。
そんな師匠との模擬戦の勝率は、大体三割といったところだ。手加減なしの本気を出してくれている世界最高峰の剣士に心から感謝をしながら、俺は毎日、泥にまみれて剣を振り続けた。
☆☆☆
一週間の強行軍の末、俺達はついに目的の迷宮へと辿り着いた。
かつて俺が強制転移された先の迷宮は、確かただの薄暗い洞窟のような見た目をしていた気がする。
しかし、目の前にあるこの迷宮は、それとはまったく異なっていた。どこか神殿のような、厳かで神秘的な建造物の雰囲気を漂わせているのだ。
……いや、あの時の俺の記憶に頼るのはやめよう。パニックになっていて、冷静じゃなかったからな。
ふと隣に立つ師匠の方を見ると、師匠は珍しく目を見開いていた。
「……これは、すごいですね。このような迷宮は、私も今まで見たことがありませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ。逆にルーク君は、見た事があるのですか?」
そう問われて、俺は言葉に詰まった。
──『マギ』の迷宮って、大抵こんな神殿みたいなイメージだったけど。
それをそのまま伝えたところで、師匠を困惑させるだけだ。
「いえ。俺は転移した一回きりしか迷宮を見てないので……こんな綺麗な迷宮も、この世界にはあるんだな、と」
俺はできる限り前世の記憶を濁しながら、師匠にそう伝えた。師匠の表情を見る限り、俺の言葉に特に疑問を抱いた様子はない。
「私も旅の中で色々な迷宮を見てきましたが、このような人工的で美しいものは初めて見ましたよ。なるほど、噂になる訳です」
「師匠は、そんなにたくさんの迷宮に潜ったことがあるんですか?」
「前にも話したと思いますが、若い頃の私は、英雄になることを夢見ていましてね。躍起になって迷宮に挑んでいた時期もあるのですよ……まあ, 今思えば恥ずかしい話ですけどね」
「へぇ。師匠はあまり、自分の若い頃の話をしたがりませんよね」
俺が少しニヤリとして突っ込むと、師匠はふっと視線を落とし、少し苦い顔をした。
「……君にとっては、悪影響になるかと思いまして。私の若い頃の精神性は、今の君のように高潔なものではありませんでしたから」
「ふぅん……」
師匠のこんな苦い顔を見るのは久しぶりだ。いつも飄々としているこの人を、もう少し弄り回したい気持ちもあったけれど、今は目の前の迷宮が先だ。
「その話は、また後日詳しく聞くとして……とりあえず入ってみましょうよ」
「そうですね。……って、何さらっと聞き出そうとしてるんです? 絶対に話しませんからね!」
「はいはい」
師匠が後ろで「もう、君はたまに大人をからかいますね!」などと何かを言っているのを適定にあしらいながら、俺は迷宮の階段へと足をかけた。
白磁のような美しい石造りの階段を、一歩一歩踏みしめて登っていく。周囲には静寂が満ちており、風の音すらどこか遠い。
階段を登り終えると、そこには開けた入口のような空間が広がっていた。規則正しく立ち並ぶ巨大な石柱。その中央の奥に、それは鎮座していた。
高さ四メートルはあろうかという、巨大な「鏡」のような物体が、壁に埋め込まれていた。
「見れば見るほど、普通の迷宮って感じじゃないですよね」
「そうですね。本当に、ここで合っているのでしょうか……」
師匠も警戒したように、腰の剣の柄に手を置いている。
街の情報屋にアスラ銅貨四枚を支払い、この迷宮の詳しい場所を教えてもらったのだ。場所自体はここで間違いないはずだが。
「情報屋の嘘だったんですかね?」
「……そうは見えませんでしたが。まあ、入ってみれば分かりますよ」
俺達はそう言いながら、その巨大な鏡へと近づいた。
しかし、距離を詰めていく内に、これが本当の入口なのかどうかが分からなくなってくる。鏡の表面は、寸分の狂いもなく俺と師匠の姿を鮮明に反射しているだけだった。
「これは……どこから入ればいいのでしょうか。扉も取っ手もありませんね」
「確かに……」
俺は鏡に映る自分の顔を見つめた。
「本当は、ただの巨大な鏡だったりして」
「……とりあえず、周りの石柱を調べてみましょう」
「そうですね」
師匠の言う通り、ただの鏡という可能性も否定は出来ない。けれど、俺の胸の奥には、妙な胸騒ぎが広がっていた。
どこか、既視感があるのだ。この世界で経験したことではない。前世の、何か物語の中で、これと似たような光景を見た事があるような気がする。
──なんだったかな。明確な映像が思い出せない。
師匠は視線を逸らし、周囲の石柱の表面に刻まれた紋様を調べに歩き出した。
俺は、とりあえず目の前の鏡がどういう物質でできているのかを確かめようと思い、手を伸ばして、その表面にそっと触れた。カツン、という手応えを予想していた。
しかし、そんな衝撃は一切なかった。
──え?
俺の右腕は、抵抗もなく、その鏡のような物質の中にズブズブと貫通していた。
驚いて慌てて手を引き抜こうとする。しかし、引き抜けない。それどころか、鏡の奥から凄まじい力で「引っ張られる」感覚に襲われた。抗うことができないほどの強力な吸引力だ。
一秒もしない内に、俺の右半身がズルリと鏡の中に引きずり込まれる。
──まずい……! せめて、師匠に報告を──!
俺は残った左手で外の空気を掻きむしりながら、声を限りに叫んだ。
「師匠!! ここが入口です!!」
「ッ!? ルーク君!!」
俺の声に弾かれたように、師匠が驚愕の表情でこちらに振り返り、凄まじい速度で突進してくる。俺の手を掴もうと、その大きな手が伸ばされる。
けれど──師匠の手が俺に届くのが先か、鏡が俺を飲み干すのが先か。
間に合わなかった。
視界が反転する。師匠の焦燥に満ちた顔が遠ざかり、瞬く間に、俺の身体は漆黒の鏡の向こう側へと完全に引きずり込まれた。
勘のいい人はもう気づくかもしれませんね。
またまた夜勤明けです。おやすみなさい。最近安定して投稿できず申し訳ないです。
お気に入り1200件超えました。ありがとうございます。ここまで伸びたこと無いのでちょっと怖いです。
追記
最新話とタイトル名被ってたので変えました