ピピピピ、ピピピピ、と目覚まし時計が鳴る音がする。
まぶたを開くと、見知った天井である。
つまりは俺の住んでいるアパートの一室ってこと。
どうやらアレから寝落ちしてしまって、先生が運んでくれたようだな。
ともあれ、今日は”主人公さま”が副担任としてやってくる日だ。
忘れもしない五月五日。
流石に星1の俺の出番はあまりないとは思うが、”主人公さま”が成功するかしないかで、数多の鬱イベントがハッピーになるかそのままになるかが変わってくるのだ。
ご尊顔だけでも拝んでおきたい。
「もしグズだったらとても困るからな……」
そんなわけでダルい体を起こして、目覚ましを止める。
ひとまず着ていた服を脱ぎ、シャワーを浴びた。昨日そのまま寝ちゃったからな。
天羽の異能のおかげか、擦り傷一つついていない。
俺が放った分の魔力も回復してくれているのに、流石すぎるな。
おそらく今日はもう学校に来ないと思うけど。疲れがたまりすぎて。
朝のルーティンを済ませて、予備のシャツとスラックス、それからブレザーを着込む。
カバンを持って、お気に入りの黒ニット帽を被ったらいよいよ登校である。
これは目立つ金髪を隠すために被ってるんだよね。少なくとも原作ではそういう設定。
玄関を開くと、いつもの駅前。
駅が近すぎて電車の音が煩いけれど、その分安いんだよね。
「いってきます」
誰に言うでもなく、俺はそう呟きアパートを後にした。
ここは異能都市プロキオン。
この世界に七つある幻魔の発生場所の一つにして、異能者を閉じ込める檻。
現に今も青空に大きな天輪が浮かんでいる。
あの円から外に出ることは出来ない。どんな幻魔や異能者であっても。
あの円が存在している限りは。
家族に会えなくて寂しいという異能者もいる。
家族ごとこちらに引っ越してきた異能者もいる。
俺は前者で、両親も大して愛情のない人だった。
それに俺は転生者だからあまり寂しいという思いはない。
ともあれ、やや近未来的な街並みを歩きながら、俺の学校──。
グリッド・リバーサイド・ハイスクール……通称緑川学園へと向かう。
登校する生徒たちが集まっている交差点に着いたところで──。
「おや、先輩。おはようございます」
紫陽花色の髪を揺らす後輩──
実に昨日ぶりの再会である。思うことなどなにもない。
「おっ、今日は休まず来てんのか」
……ぐらいのことである。
それに対して、紫原はによによと笑って俺に着いてくる。
何が楽しいんだろうか。そう思いながら横断歩道を渡る。
「いや~~昨日は盛況でしたね。私も頑張った甲斐があります」
「三体とも俺が倒してたじゃないか」
「ヘイト管理とか色々頑張ってたんです~~」
……まぁ、それはそうだ。
俺が隙を見て近づけるように紫原にはずいぶん戦ってもらっていた。
それで大した怪我もしていないんだから、ずいぶん戦闘が上手いと言わざるを得ない。
「紫原は以前も幻魔退治をしてたのか?」
「ああ、中学の時にけっこう戦ってましたよ」
「それで立ち回りが上手いんだな」
「えへへっ」
心底嬉しそうに照れ笑いをする紫原。
そういえば、早い学校だと小学生から戦わせるところもあるんだとか。
いくら異能でしか倒せないとは言え、一歩間違えたら死にかねないと思うんだけどなぁ……。
ともあれ、そんなことを話しつつ登校路を歩いていく。
「先輩はポイント何に使う予定なんです? 私は大学の学費にしようかと思っていますが」
「俺? あんまり考えてないな……でも大学費でいいかも」
「いつも赤点ギリギリなのに大学行くんですか?」
「…………まぁ一考の余地ありだな」
前世は引きこもりでまともに学校など行っていないので、勉強がろくにできないのだ。
そうは言っても知能は同級生より高くなるから、小学校の頃は無双できたんだが……。
中学に入るとまともに勉強しないともうダメ!
そして習慣が身についてなかった俺はまたたく間にドロップアウトという感じである。
「でもなんで紫原が俺のテストの点数知ってるんだ?」
「え? あ~~……天羽さんに聞いたんですよ」
「ああ、なるほどね……」
あいつなら世間話の一巻でそれぐらい漏らしてもおかしくない。
ともあれ、ようやく学校に着いた。
緑川学園は広いキャンバスに、植木が林立つする自然豊かな校舎だ。
いくつか校舎があるが基本的に生徒が集まるのは中央校舎。
一階が一年、三階が三年というオーソドックスなスタイルになっている。
俺達は昇降口で靴を履き替えると──。
「そんじゃ、また放課後の部活で」
「ええ~~お昼をご一緒しましょうよ~~」
「自分のクラスで食えよ……」
……などと話して各々の教室へと別れていった。
時間も時間なので教室にはほどほどに生徒たちがいる。
彼らのすべてが異能者……などというわけではなく、もちろん一般人もいる。
そういった生徒たちは異能や幻魔についてなど何も知らないのだ。
「よぉ~~っす、今日はちゃんと来たんすねぇ」
自分の席にかばんを置いて座ると、クラスメイトが話しかけてくる。
獅子のたてがみのような赤髪、運動部らしい筋骨隆々のマッチョ体型。
俺の友人である
「ああ、今日は特別な日だからな」
「臨時で副担任が来るって? そんな話聞いたことないっすけどねぇ……」
そう言って、俺の机の端っこに腰掛ける石堂。
情報通の石堂でも知らないということは、しっかりと隠蔽されているようだ。
副担任までは一般情報だったと思うけどな……。
「来るもんは来るんだよ」
「まぁ、あとちょっとでわかるからいいけど」
……と言って、石堂が辺りを見回す。
どうやら普段一緒に登校してくる天羽を探しているようだ。
「天羽ちゃんは今日は休みっすか」
「ああ。俺と一緒でサボりがちだろ、あいつ」
「しょっちゅう逢引でサボってるって言われているやつね」
俺は眉をしかめる。
逢引だと思われるのは、俺は構わないが天羽は困りそうだ。
あいつツンツンしてるからなぁ……。
「訂正しておいてくれ。別に逢引してるわけじゃない」
「へいへい、誰も信じてくれないと思うっすけどねぇ」
まったく、俺や天羽が不良っぽいからってとんでもない噂を流さないでほしいな。
あいつそのせいでしょっちゅう彼氏ができない、候補がいたらなぁ、アンタ立候補しない? とか言われてるんだぞ。おそらく皮肉である。
「俺がちゃんと彼女でも作れば、そんなことも言われないで済むのかねぇ」
「天羽ちゃんがブチギレそうっすねぇ……その台詞」
「なんでだよ」
でもたしかにキレそうだな。アイツはよくわからないタイミングでキレる。
と、ほのぼのと話していると急に石堂がヘラヘラとした笑顔から真面目な表情になった。
ぐいっ、と近づいてきて小声で話すよう人差し指を立てる。
「そういえば一条、人形事件って知ってるっすか?」
「え? ああ……」
石堂には悪いがもちろん知っている。
前世やっていた原作──「オーシャンズ・ゼログラウンド」というソシャゲで起きる最初の事件だ。人間を人形化する幻魔”パペットマスター”による仕業である。一般に知られている人形事件は、急に生気が無くなったかと思うと操り人形のような動きでどこかへと去っていく──という話だ。
「なんか人形っぽくなって失踪するって話だろ?」
「そうそう! よく知ってるっすねぇ」
「俺もけっこうな情報通だからな。で、それがどうしたんだよ」
「いや、一条ならもっと詳しい情報を知ってるかと思って……」
べしっ、と両手を合わせておねだりするような仕草をしてくる石堂。
……と言われてもな。犯人まで知っているけれど、あれはタダの幻魔だし。
というか一般人の石堂に詳しく教える気はない。
「残念だが、俺もそこまで詳しくはない」
「ちぇっ」
……などと話している間にキンコーンカンコーンとチャイムが鳴り、先生がやってきた。
昨日送ってくれた黒髪ロングの先生だ。彼女は主人公じゃない。
「さて、おまえらホームルーム始めるぞー」
よし、これで主人公がやってきて……。
「起立、礼、着席ー」
そろそろ主人公の話がされるはず。
される……され……。
………………あれ、普通にホームルーム終わったんだが…………。
主人公は?
俺は思わず、ホームルームが終わった後先生に尋ねてしまった。
「先生、今日は臨時の副担任が来るんじゃ?」
「なんだそれは? 聞いたことないぞ」
「ええ!?」
五月五日だよな……? もう人形事件は始まってるし。
少なくとも五月上旬のはずだ。なんでやってこない?
主人公がやってこないと、パペットマスターが倒されることもなく……。
人形にされた人々も戻ってくることはない。
いや、最悪他の異能者が知らずに人形を破壊しかねない。
そうなったら二度と戻らないぞ……!
くそっ、もし主人公不在だったら……。
…………この情報を知るのは、俺しかいないのか?
赤髪にムチムチの体躯を持つ一般男子生徒。
一条のクラスメイト。けっこうな情報通。一般人。
グリッド・リバーサイド・ハイスクール
通称緑川学園。広いキャンパスと自然が魅力の学園。
ちょっと不良が多い。