ゼロバンゲート 〜Hong Kong nightー 作:茶坊主(ぽんぽん)
https://syosetu.org/novel/400558/
2作目 ゼロバンゲート〜Re:スタートライン〜
https://syosetu.org/novel/404292/
の続編になります。
過去作のオリキャラ、関係性を引き継いでいますが、
初見の方を置き去りにしないように、後書きに解説を置いていきます。
シリーズ既読の方はもちろん、初見の方でも安心して読み進められる構成になっています。
第1話 怪物
実況
「ゼロバンゲート、後続に影も踏ませず大差をつけたまま──今ゴールイン!!
大楽勝だ! 汗ひとつかかず、余裕の笑みすら浮かべているようだ!!」
アンダーグラウンドレース場の空気が揺れる。
観客席からは歓声ではなく、どよめきが広がった。
観客「チッ、また耳付き野郎が勝ちやがった……」
観客「走る度に早くなってないか?」
観客「誰か連勝止めるヤツいないのかよ。もう2着当てるゲームになってきてんぞ」
ゼロバンゲートは振り返らない。
勝利を誇ることもない。
ただ静かに、影のように歩き去る。
フェアレディ「うふふ……」
ワイングラスを傾けながら、フェアレディは優雅に笑う。
この街の興行はほぼ、彼女の掌の上。
誰が挑戦してきてもゼロバンゲートは勝つ。
だからこそ、フェアレディはこの怪物を手放さない。
その声は甘い。
しかし底には、冷たい支配の色があった。
ゼロはタオルを肩にかけ、薄暗い控室へ戻る。
汗はほとんどかいていない。
息も乱れていない。
ただ、勝ったという事実だけが静かに身体に残っている。
扉を開けると──
満面の笑みを浮かべたフェアレディが、まるで待ち構えていたかのように近づいてくる。
フェアレディ「ゼロ〜♪
今日もお疲れ様。これ、今月の生活費。
お小遣いも足しておいたから、たまには遊んできたら?」
そっと肩を撫でられる。
その仕草は優しいのに、どこか“所有物を扱う手”のようでもある。
ゼロは分厚い封筒を懐に押し込まれる。
ずっしりとした紙幣の重みが胸に落ちた。
ゼロ「遊ぶ……?」
言われて初めて気づく。
レースする時以外は──
トレーニングか、食べるか、寝るか。
それだけだった。
ゼロ「そういえば……俺、遊んだこと……ほとんどないな」
自分でも驚くほどの朴念仁ぶりに、少しだけ焦る。
フェアレディ「ふふ……ゼロはそれでいいのよ」
フェアレディは楽しげに笑う。
フェアレディ「そういえば、最近人気の動画配信してる子がこの街に来てるみたいね。
観光スポットの紹介とかしてるみたいだから、見てみたら?」
フェアレディはスマホを俺へ向ける。
画面には、明るい笑顔のウマ娘が映っていた。
ラヴズオンリーユー「ラブミー? ラブユー!
海外遠征先からお届けしています。ラヴズオンリーユーです!」
画面越しに、彼女は眩しいほどに笑っている。
ただの“配信者の笑顔”じゃない。
光を反射しているような、
見ている側の心を勝手に明るくしてしまうような、そんな笑顔だった。
ラヴズオンリーユー「あ、筋トレさん、いつもありがとう。日本じゃ少し遅い時間かな?」
コメント欄が一気に流れ、ハートマークが画面を埋め尽くす。
彼女は屋台でエッグタルトを買い、
一口頬張って──
ふわっと、花が咲くみたいに微笑んだ。
その瞬間、画面の向こうの空気が変わった。
ただの映像じゃない。
“世界”がそこにあった。
ラヴズオンリーユーは、
画面越しでも観客を惹きつける。
声のトーン、仕草、視線の動かし方──
どれも自然で、計算されていないのに完璧だった。
彼女は“愛”を届けると言う。
だがそれは甘い言葉ではなく、
見ている者の心を軽くする力そのものだった。
ゼロの胸が、知らない感覚でざわつく。
ゼロ「……スイーツか」
思わず呟く。
だが本当は、スイーツなんてどうでもよかった。
気になったのは──
彼女の笑顔が、俺の胸の奥を揺らしたことだ。
日本のトレセン学園のウマ娘が、画面越しに笑っている。
その笑顔は、俺が知っているどんな勝利よりも
ずっと軽くて、
ずっと自由で、
ずっと愛されていた。
才能にも人気にも恵まれた、光の世界の住人。
その存在が、俺の胸に静かに落ちてくる。
フェアレディ「ふふ、可愛い子じゃない……?」
その声は甘い。
しかし、俺の心が揺れるのを楽しんでいるようだった。
フェアレディは画面を指で軽く弾く。
ラヴズオンリーユーの笑顔が揺れ、
その一瞬の光が、控室の薄暗さを照らした。
ゼロは気づく。
自分が今まで見てきた世界は、
影と汗と勝利だけでできていたことに。
そして、画面の向こうには──
“愛されるために走るウマ娘”がいることに。
ラヴズオンリーユーの笑顔は、
ゼロの世界に初めて差し込んだ“光”だった。
ゼロバンゲートは、男性でありながらウマ娘と同じ身体的特徴を持って生まれた存在です。
走ることは彼の本能であり宿命ですが、
公式ルールでは扱うことができない“規格外”のウマ娘でもあります。
そのため、ゼロは学園にもレースにも居場所がなく、
影の街へ流れ着き、存在しないウマ娘として走ることになります。
この物語は、そんなゼロが
影の街で出会った人々と関わりながら、
「自分がどこに立つべきか」を探していく群像劇です。
フェアレディは、
影の街のレースや興行を仕切る胴元のひとりです。
前作ではゼロを利用し、
街のレース支配を独占するほどのやり手でした。
彼女は感情よりも損得勘定
道徳よりも興行の成功
を優先する人物ですが、
ゼロにとっては数少ない“頼れる大人”でもあります。
彼女の言葉や判断は、
ゼロの走り方や生き方に大きな影響を与えることになります。